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【第三十二話】奔走!狂騒!?ヘルマレ洞!

【前回のあらすじ】

月の力を求め赴いたセレフィア湖にて、みくる達は大精霊セレフィエルの声を聞いた。彼女が力を取り戻すには、神具が必要らしい。ミレクシアで用意を整えていると、宿屋の女将が持ち主不明のタリスマンを持ってくる。しかしそれは、創が没にしたはずのアイテムだった…。バグの気配にヒヤリとしつつ、みくる達は次の目的地、ヘルマレ洞へ向かう。

 ミレクシアを出て東へ直進、小高い丘を越えたその先。ぐんと高くそびえる切り立った山……トトラ山。

 その麓にある樹海が、あたし達の現在地だった。ここを抜けた先に、ヘルマレ洞があるらしい。


 甲高い鳥の鳴き声がどこかから聞こえる。葉擦れの音は風なのか、それとも小動物でも通ったのか。


 樹海と言うとおどろおどろしいイメージもあるけど、今は真昼間で日もさんさんと差してるから、そんな感じは全くしなかった。立ち並ぶのは、幹が太くて表面のざらざらした木。その樹皮の割れ目や根元には、明るい緑色の苔がこんもり生えていた。木漏れ日を受けて、濡れたように光っている。


「ねー、大精霊セレフィエルって、ずっと昔に魔王と戦った一人なんだよね?」

 がっちり地面に食い込む、太い木の根につまずかないよう気を付けながら、あたしはふと口にした。


「てことはジタン達的にも、結構重要?」

「ほうじゃのぉ。予言の書も、ちったぁ解明出来るかもしれん。古代勇者の謎にも迫れたらええんじゃがのぉ」

 目の前のオルフェが振り返って答える。


「……そういやすっごい今更だけどさ。その古代勇者って誰なの? どんな人?」

「あ? それこそお前なら全部知ってんじゃねぇのかよ。てっきり兄貴から口止めでもされてんのかと思ってたぜ?」

 あたしの疑問に反応して、ジタンやシグレも振り向いた。


「知らなーい。あたしだってお兄ちゃんから全部聞いてる訳じゃないし。情報量で言うなら大体みんなと同じようなもんだよ」

「そんなもの聞けば教えてもらえるんじゃないんですか? 他でもない、妹のアナタなんですから」

「うーんでも……せっかく伏せられてるのに、もったいなくない?」

「……??」

 宇宙人と話してるみたいな顔をされてしまった。


『その通りだぞみぃ、初見の反応を潰すなんて御法度中の御法度だ』

 ……お兄ちゃんだけがやたらノリノリだ。若干誇らしげなの何なんだろう。


「古代勇者はのぉ……正直、何も分からんとしか言えんねぇ」

 そんな中、少し上を向いて答えたのはオルフェ。

 

「えっ何も分からないって、顔も名前も!?」

「ほうなんよ。それどころか予言の書が見つかるまでは、古代勇者が存在したっちゅう事すら、推測の域を出んかったんじゃ」

「……ん? どういうこと?」

「神魔戦争に関する文献や碑石はたくさん残されとるが……そのどこにも、そがぁな人物の存在を示す記述が無かったんよ。それ以外の、例えば五人の大精霊達が結託して魔王軍と戦ったっちゅうことなんかは、事細かく書かれとるんに」


 喋っている途中に、苔むした倒木が横切っている場所があった。よいしょと大股で越えてから、あたし達は会話に戻る。


「……じゃけど本来精霊いうんはの、肉体を宿す者と契約して初めて、この世に力を顕せる存在なんよ。じゃけぇ、大精霊達だけで戦ったとは考えにくい。彼らと契約した何者かがおったんかもしれん……っちゅう考察は昔からされとった訳じゃ」

「そうなんだ……。魔王と戦って封印したなんて、すごい英雄じゃん。そんなの普通、真っ先に書きそうなもんなのにね」

「わしもそう思うわい。けどまるで、最初からそがぁなもんおらんかったみたいに、不自然なくらい語られとらんのんよ」

「……ひょっとして、消された歴史ってやつ?」

 さては闇深い系かと、少し悪いときめきを覚えつつあたしが聞くと、彼はうーんと首を傾げる。

 

「どうじゃろうのぉ。仮に隠蔽しようとしとったんなら、むしろその痕跡が見つかりそうなもんじゃが……それすらも無いんじゃけぇ、いなげなもんじゃわい」

「そっかぁ……にしてもさ、オルフェも神話とか結構詳しいよね」

 何気ないあたしの言葉に、少し照れ臭そうに笑うオルフェ。

「古代史や考古学は、昔から好きじゃったけぇのぉ」

 

 ――その後、エンカウントした虫系やキノコ系のモンスターを倒したりもしつつ。

 進んでいくと……ちょっとずつ、景色が変わってきた。苔や草で覆われていた地面に赤茶色が目立ち始めて、葉や枝の切れ間からはちらちらと岩棚が見え隠れする。


 やがて先頭を歩くジタンが、何かに気付いて前を指差した。

「おー……あそこじゃねぇか?」


 真っ直ぐ道を抜けると、立ち並んでいた木々がぱっと途切れた。不意に広がった視界の先にあったのは、冷え固まった溶岩の層がいくつも積み重なってできた、山の斜面。

 その真ん中に、ぽっかりと大きな穴が口を開けていた。穴の向こうは真っ暗で何も見えない。


 ……ここが、ヘルマレ洞の入り口。


「この最深部に、セレフィエルが力を取り戻すのに必要なものがある……とかって話でしたよね?」

「ふえ~くらくてこわそぉ……」

 羽をすぼめたリーリアに、オルフェが優しく話しかける。

「魔法で照らしゃぁ大丈夫じゃ。中の広さもよぉ分からんし、あんまし暗くならん内に行こう」

 そしてあたし達一行は、ぞろぞろと穴の中へと潜っていった。

 

 「……ライト!」

 中に入ってすぐ、リーリアがそう唱えた直後、ふわりと出現した光球があたし達を中心に丸く照らした。ようやく、ヘルマレ洞内部の様子が見えてくる。

 

「うぅーわっ、広っ! でっか!」

 そして思わず口に出した驚きの声が、デコボコした岩壁に吸い込まれていった。意外と反響はしなくて、すぐにシーンとした静けさが戻ってくる。


 狭かったのは入り口から数メートルだけ。それから先は大きな空間が広がっていた。身長二メートル近いジタンが真っ直ぐ立って腕を伸ばしてもまだまだ余裕なくらいだ。窮屈な横穴を想像していたから、驚きもひとしお。


「自然にここまでの洞窟が出来るたぁ……。まさしく神秘じゃのぉ」

 隣で、オルフェも感心したように呟いた。


 壁や天井には鍾乳石が生えてて、地面は溶岩の流れた跡なのか、段々になっている。小学生の頃に家族で探検した、富士山の洞窟にそっくりだ。

 温度は半袖だとちょっと肌寒いくらいで、水分を帯びた冷気がひんやりと肌をなでる。魔法で作った光源の中で、キラキラと浮遊している細かいチリ。


 樹海もなかなか新鮮な景色だったけど……ここはもう、日常とはかけ離れた異空間そのもの。


「……奥もまだありそうだな……。サッサと行って帰って来れると思ってたのによ」

 向こうの方に目を凝らしたジタンが嫌そうに口にする。


「も~そりゃそうだって。あたし達は不思議なお告げに従って、神具を取りに来てんだよ!? そんな一大イベントがあっけなく終わったらつまんないじゃん!」

「お前はなんで毎回浮かれてんだよ……」

 ぐちぐち言いつつ、ダラけてても仕方ないとは思っているのか背中の大剣を背負い直した。あたしもリュックサックの肩ベルトをぐっと握る。


 RPGでは定番中の定番、洞窟ダンジョン……いざ探索開始!


 


「ん、しょ……っと」

 出っ張りに足をかけて、高い段差をよじ登る。するとその隣をリーリアが涼しい顔で上がっていった。羽があるっていいなー……と思っていたら、その直後に軽い助走を付けたシグレが軽やかに跳んで、あたしを超えるとひらりと着地。……い、いいもん別に競ってる訳じゃないし……。


 登り切ったあたしは、掌の湿った土をパンパンと払い落とす。アップダウンの激しい、アスレチックみたいな地形。洞窟内で湧くモンスターよりも、この移動の大変さが厄介だった。

 

 さすがにこんな場所を手足丸出しで進もうものなら擦り傷だらけになってしまうので、一応の対策として、たまたま装備品の中で余っていた皮製の膝当てと肘当てを身に付けている。ちょっとだけ探検家気分だ。オフショルとスカートじゃあまりにアンバランスだけど。いつかあたしもちゃんとした冒険用のコスチュームを着たいなぁ……。


「あでっ」

 振り向いた拍子に、頭をぶつけてしまった。ズレたカチューシャを直す。うぅーヘルメットも欲しい。


 でも進んでいくうちに、それすらまだ初級レベルの場所だったんだと気付かされてしまった。切り立つ岩壁はますます高くなって、あたし達を見下ろす。進路は合ってるんだろうけど、ここまでくると、ちょっと足を掛けるくらいじゃ到底登れそうもない。


「どう進めってんだよこんな所……」

 目の前の崖に手を当てて、ため息交じりにジタンが言った。

「自然物じゃけぇのぉ……。そりゃ、易々と登れるようにはなっとらんわい。けどここまで来て引き返す訳にもいかんねぇ。どこかに違う道でもありゃせんじゃろか」

 オルフェが数歩下がって、洞窟全体をキョロキョロ見回す。


「……ん」

 すると列の一番後ろにいたあたしは、あるものを発見した。これまで溶岩石とか鍾乳石とかばっかり見てきたから、少し新鮮にも感じるそれは……ツタだ。岩壁に張り付くように、白っぽいツタが複雑に絡み合いながら上の方まで伸びている。

 

「へ~、こんな場所に植物とか生えるんだ」

 何気なく興味を惹かれて、近寄って触ったりしていると。

 

「あーっ! リーリア、これ知ってるかも!」

 あたしの背中から、リーリアがにゅっと顔を出した。指先を顔に当てて、うーんと思案顔になる。

「おばあちゃんが言ってたの。んっとねぇ……そーそーたしかね、ヨルカズラっていうんだよ! こーんなまっくらなトコでも、ぐんぐんそだつんだって。これでカゴ作ったりしてた!」

 

 シグレがやって来て、ツタの一本を掴むとぐいぐい引っ張る。結構力を込めているように見えるけど、ビクともしない。

「……ふむ。これだけ頑丈なら、縄梯子代わりになりそうですね」

「ほー。助かるわい」

 そこへオルフェとジタンも来る。見れば足場のない高い場所の壁には、ほぼ決まってヨルカズラが伸びていた。洞窟側がこれを使って登れと言わんばかりに。さすがゲームの世界、すごく都合がいい……。


「ほらみくる! グズグズしてたら置いていきますよ!」

「ちょちょちょ待ってよー!」

 するする登っていくシグレを追って、あたしも不安定な足場をおっかなびっくり上がっていった。


 そして、なかなか険しい道のりを突き進むことしばらく。


「うーおなかすいたよぉ……ねーみくる、おやつもってない?」

「携帯食料とかならあったと思うけど……でももう少しがんばろ? 終わってからゆっくり食べようよ」

 なんてことの無い会話をしていると、ジタンが足を止めた。


 何かあったのかと思って前方を見る。すると若干広い空間の先は……壁だった。どこにも続く道は見当たらなくて、あるものと言えば岩壁にびっしりと密集して生えたヨルカズラぐらい。完全に行き止まりだ。

 

「……おい、先が無ぇぞ。ここが最奥なんじゃねぇか?」

 振り返って頭を掻きながらジタン。

「へぇ? 意外とあっけない洞窟でしたね」

 水分補給をしながらシグレが周囲を見回した。

 

「じゃあ、この辺に神具があるってことだと思うんだけど……」

「それらしきもん、見当たらんのぉ」

 せっかくのゴールなのに、目新しいものは何も無し。神具どころか、アイテム一つ落ちていなかった。

 

「クローヴィスも以前来たときにそんなの無かったと言ってましたし、分かりやすい場所には無いんじゃないですか? 壁か地面にでも埋め……いや、さすがに硬すぎて掘れませんか……」

 岩壁を叩きながらシグレが呟く。リーリアもちょっと高い位置から探しているけれど、見つからないみたいだった。

 

「うーん、てことはなんかギミックを解いたら手に入る系……? でもここに来るまでにそんなの無かったよね?」

 道中を思い出しながら考えていると、横でジタンが低い唸り声を出した。

「ったくよぉ、わざわざ取りに行かせんなら、具体的な在処くらい先に教えろよな……。別に時間かけさせるメリットは大精霊の側にも無ぇだろ」

「うんまぁごもっともなんだけどさ、こういうとき情報曖昧なのはあるあるだから。それ言っちゃおしまいだよ」

「何だよあるあるって……」


 すると、後ろから肩をちょんちょんとつつかれた。

 

「ねーねーみくる」

「ん? 何か見つけた?」

 きょとんとした表情のリーリアは、あたしの背を指差して言う。

 

「リュックの中……あのね、ピカピカしてるよ?」

「えっ」


 慌ててリュックサックを下ろして見てみると……確かに、中で何かが光っているみたいだった。


「おわぁホントだ!? 何コレ!?」

 大急ぎで開けて、問題のそれを引っ張り出す。謎の正体はすぐ判明した。それは……

 

「よ、予言の書が光ってる……!?」

 表紙に金のレリーフが施された、重厚な本。ジタンが選ばれし者であると告げた、全ての始まりにして物語の鍵を握る重要アイテム。それが反応してるってことは……。

 

「はいジタン、これ」

「いやなんでオレだよ」

「だってジタンの本だし……」

「押し付けられただけだっつーの。つーか手放してぇってずっと言ってんじゃねぇか」

「はいはい、今それ言うても仕方ないけぇね。神具の在処を示す手掛かりかもしれんよ。ジタン、なんか分からんか?」

 オルフェに宥められて、ジタンが渋々本を開く。

 

「そう言われてもな……別に内容は変わってねぇし……あ?」

 ふと、顔を上げた。その場でくるくると体の向きを変えて、不思議そうに呟く。

「方角によって光の強さ変わってるか……?」


 やがて、一番光の強まる方向を見つけたらしい。そのまま直進して、突き当りで立ち止まった。


「ここだな」

 そこは、ヨルカズラが一番びっしりと隙間なく生えた場所だった。

 

「ここ? 別に今まで生えてたのと変わらな……え!?」

 手を突っ込んでみたあたしは、思わずびっくりして声を上げた。てっきりすぐ壁に手がつくかと思ったのに、ぐんと奥まで入る。もしやと思ってツタを掻き分けると、その向こうには通路が伸びていた。さらにはその先に、空間が開いているのも見える。


「ねぇ見て! ほら隠し部屋!」

「マジかよ分かりづれぇな……」

「こりゃ驚いたわい。予言の書の導きか……。ジタンにしか見つけれんよう、隠しとったみたいじゃ」


 早速ジタンを筆頭に、みんなで足を踏み入れる。丸くくり抜かれたようなその小部屋は、意外と広くて天井も高かった。


 そこでまず目に入ったのは、中央の石台だった。大理石のような乳白色で、どっしりとした作りは祭壇みたい。装飾らしい装飾はないけど、中央には丸い紋様が彫りこまれていて、それがほのかに青く光っている。内側から滲み出すような光。今あたし達を照らしている魔法の光球を除けば、それがこの部屋で唯一の光源だった。


 そしてその台座の上には、宝箱が置かれていた。銀と淡い青を基調とした色で、全体を覆う細やかな彫刻が美しい。ひょっとしてこの中に、大精霊セレフィエルの言ってた神具があるの?


 祭壇と宝箱。それ以外は何も無い。まるでこの宝箱を置くためだけに作られた部屋みたい。


「きれいなはこ~」

「ねー」

 リーリアと一緒に近づいて、まじまじと宝箱を眺める。側面には小さな宝石が埋め込まれていたりして、これそのものが高そうだ。だけど……。

 

 祭壇に両手をついて身を乗り出していたリーリアが、ふと首を傾げた。

「なんだか……ボロボロ?」

「確かにね。こことかなんか……焼けたみたいになってない?」

 

 いかにもレアアイテムの入ってそうな宝箱なんだけど装飾の欠けや傷、汚れが目立つ。

 

「古の時代から存在する、大精霊に関わるもんなんじゃ。そんだけ長い間ここにあったんなら、風化もするわい。形を保っとるんが奇跡なくらいじゃけぇ……」

 敬意を表すように宝箱には触れず、真剣な眼差しを向けながら、オルフェがしみじみと呟いた。


「……開きませんね。鍵穴があるようにも見えませんが」

 ところがシグレは真逆。何の遠慮もなく宝箱に手を掛けると、怪訝な顔で言った。台に固定されているらしく、びくともしない。


「これも予言の書で何とかなるんじゃない? ほら、めっちゃ光ってるし」

 あたしが目配せすると、ジタンも傍に来て、予言の書をかざした。すると共鳴するかのように、本と祭壇の刻印は一層輝きを強めて――


 カタッ、というかすかな音が鳴った。予想通り、ぴったりと閉じられていた頑丈そうな宝箱が、ゆっくりと開いていく。


「ひらいたー! やったぁ!」

「おぉー、理屈はよく分かんないけどすごい!」


 ジタンが中に入っていたものを取り出して、みんなにも見えるように台座の上に平置きする。


 それは金属製の円盤みたいな道具だった。鈍い黄金色で、表面には星座を結んだような紋様が刻まれている。その上から大小二つの透かし彫りが入った輪っかと、時計の針みたいな部品が取り付けられていた。

 さらに目を引くのが、円盤の上部に埋め込まれた丸い水晶。光が当たるたびに、内部にきらきらした輝きの粒が生まれては消える。神秘的で目を奪われるようで、まさしく……神具の名にふさわしいアイテムだった。

 

「これが湖で言ってたやつか……。にしても何だこれ? 羅針盤か?」

 ジタンの疑問に、横から覗き込んだオルフェが答える。

 

「こりゃぁ……アストロラーベ、じゃのう。古の時代に、占星術や天体観測で使われとったっちゅう道具じゃ」

「へぇ、ボロい宝箱と違ってこれはきれいなものですね。新品かと思うくらいに」

 

 みんなが覗き込んで興味深そうな反応を見せる中、まるで他人事みたいな素振りでジタンが一人顔を上げる。

 

「じゃあこれ持ってとっとと帰るぞ。こんな狭苦しい場所なんぞ――」


 言いながら手を伸ばして、アストロラーベを取ろうとした時だった。


 何かが視界を横切った。

 一瞬すぎてよく分からなかった。

 

「え?」


 ただ……さっきまで目の前にあったアストロラーベが忽然と姿を消したこと、それだけは認識できた。


「わ!? ちょっ……どこ行ったの!? 消えたんだけど!?」

「あっあそこ! あれ!」

 リーリアが指差した先に、全員で目を向けると……。


 天井に、巨大な黄色いカエルが張り付いていた。ガマガエルみたいなイボイボの見た目で、お腹がでっぷりと大きい。それと同じくらい大きな口から長い舌が伸びていて、その先に――アストロラーベがくっついていた。


「うわぁ!? でっかいカエル!?」

「色といい形といい、ヘビーフロッグ……によう似とるが……」

「いやあんなサイズ見たこと無いんですが!? 突然変異!?」


「ンゲッゲッ」

 そんなあたし達の反応を余所に、ヘビーフロッグは舌先で掴んだアストロラーベを眺めていた。横に長い瞳を持つ目が満足そうに細まる。そしてあんぐりと口を開けると……。


 ごっくん、とアストロラーベを吞み込んでしまった。


「食べっ……!? エサじゃないよそれ!?」

「い、いけん、ありゃ光り物を腹袋に集めて、巣に持ち帰る習性があるんじゃ……!」

「それリーリアたちの! かえしてーっ!」


「グエッグエッ!」

 やだねーとでも言うかのように喉を膨らませて鳴くヘビーフロッグ。リーリアの叫びなんかどこ吹く風って感じだ。

「チッ……最後の最後で腹の立つ真似をしてくれますね」

 足を肩幅に開いて、腰をちょっと落としたシグレが短剣に手を掛けた。確かにこれはもう……強引に奪い返すしかないかも!


「グゲコッ!」

 戦いの雰囲気を察したか、ヘビーフロッグが口を開ける。先手必勝とばかりに、仕舞ったばかりの長い舌をムチのようにしならせて打ち下ろしてきた。


 バシンと地面を叩く舌。舞う砂ぼこり。全員がその場から飛びすさって、各々の武器を構えた。

「わ゛ーっ! いきなり始まんないでぇ!」

 あたしも転がるように通路へ駆け込むと、リュックを前に抱える。


「えい!」

 力いっぱい突き出されたリーリアの両手から、魔法の光弾が飛び出た。まずは小手調べ、通常攻撃!

 

「ゲロッ」 

 ヘビーフロッグは即座に反応して、張り付いていた天井から地面に降りる。

 

「ボルト」

 たまたま着地点付近にいたオルフェが電撃の攻撃魔法を唱えたけれど、これも高くジャンプして回避。見かけによらず意外と俊敏だ。


 だけど……素早さなら“彼女”の土俵。


 あたしの視界を横切る影。あっという間にヘビーフロッグの背後に回ったシグレが、短剣を振りかぶると同時に身を翻した。 

「旋風刃!」

 

 回転する体の動きに合わせて、横向きの刃が連続で大きな体を切り付けた。敵一体に対してランダムに多段ヒットする技だ。今のは多分だけど、四回くらい当たったかな?

 

「ゲコォ!?」

 驚いて飛び上がったヘビーフロッグは、すぐさま舌をロケットパンチのように撃ち出して反撃する。体を丸めて、前方に転がるシグレ。壁にぶち当たった舌は再び砂ぼこりを巻き上げて……逆に、自分の視界を覆ってしまった。


 標的の姿を見失って焦ったのか、キョロキョロするヘビーフロッグ。これは……追撃のチャンス!


「もらったぁ!」

 高らかな声と共に、刃が一閃。濁った悲鳴が岩壁に囲まれた空間に響いた。


「フフン、いくらでも向かってくるがいいです。切り刻んでやりますよ!」

「おいシグレ、いつまでそこにいんだ! 済んだなら離れろってんだよ巻き込むぞ!」

 早速煽っているシグレに、攻撃を準備していたジタンが言った。大きく振り上げた大剣を力強く振り下ろす。


「走波斬!」

 ズォンッ! と衝撃波が地面を走って、一直線に向かっていった。


 さらにダメージを重ねてはたまらないと、バタバタ手足を動かしたヘビーフロッグが壁を這う。衝撃波をギリギリ免れて、そのまま天井付近まで上がった。心なしか息を荒げながら、こちらの様子を伺っている。すると、その全身が濡れたようにてらてらとテカりだした。


 ん? あれ何、冷や汗……? カエルって汗とかかくっけ?


「ハッ、高い場所へ退いたところで……ワタクシからは逃げられませんよっ!」

 絶好調ですっかりノリノリのシグレは、言うが早いか走った。お得意の地形を活かした三角飛びで、あっという間に空いた距離を詰める。


「ゲゲコッ」

 一声鳴いたヘビーフロッグ。


 だけど今度はさっきまでとは打って変わって、どういう訳だか微動だにしない。

 

「はぁぁっ!」

 そこへ鋭く襲い掛かる、シグレ渾身の空中回し蹴り。まん丸の大きなお腹に、頑丈なコンバットブーツの先が直撃した。


 ところが、完璧に捉えていたはずの足はそのままずるりと滑る。

 

「っ――!?」

 思わぬ手応えの無さに驚いて、紫の目が見開かれた。


「ゲコーッ!」

 ヘビーフロッグが畳み掛けるように高く鳴き声を上げると、口から紫色の何かを吐き出した。

 シグレは即座に反応して身を捻ったけれど、落下中の状態では回避も難しくて、半分浴びてしまう。


「ぐっ!? この、きったないですね!」

 不快そうに顔をしかめながらも、さすがの身のこなしで着地はきちんと決めて、眼光鋭く睨みつける。ところがその直後、うっと呻いて胸辺りを押さえた。


「しかも毒液とは……小癪な……!」

「シグレ! 無理しんさんな」

 すぐにオルフェが解毒魔法を唱えてリカバリーする。その間に地面へ下りてきたヘビーフロッグはというと、さっきの蹴りなんて何事も無かったかのようにピンピンしていた。


「おるぁっ」

 その隙を逃さず、背後からジタンの大剣が振り下ろされる。しかしそれも当たった瞬間ぐにゃりと刃が滑って、勢いが無くなった。


「うお、何だこいつっ……」

 飛びのくジタン。ふと大剣を見ると、どろっとした液体みたいなものがべっとり付いていた。

「げっ、気色悪!」

 盛大に顔を引きつらせながら、慌ててそれを振るい落とす。


「打撃や斬撃が効いていない!?」

「ガマの油っちゅうやつじゃろうか……」

「うえーっ、ぬるぬるでばっちいよぉ!」

 こちらも嫌悪感を丸出しにして、遠巻きに構える三人。


「……あっ、でもさ」

 その時ぴんとひらめいたあたしは、手を打って声を掛ける。

「油なら火とか効くんじゃない!?」

「確かにそうじゃ。リーリア、頼めるかいのぉ」

「ふえ!? う、うー分かったぁ!」


 指名されたリーリアは、絶賛テカテカ状態のヘビーフロッグに両手を向けた。

「フレアシュート!」

 燃え上がる火炎球が、油まみれの体に直撃する。 

「ゲゴォォァッ!?」

 

 予想は大当たりで、黄色い巨体は大炎上しながらドタバタ転げ回った。


「バーンクラッシュ!」

「ファイア」

 こうなったらもう火属性攻撃のゴリ押しだ。ジタンの技だと大剣の威力は無効化されるけど、刃を包み込む炎で着実にダメージを与えられる。


「……あ、シグレ、これ使う?」

 唯一属性攻撃を持たないのでお預けを食らっているシグレに、あたしはリュックの中からアイテム『ルビーの指輪』を差し出した。通常攻撃に火属性を付与するアイテムだ。


「んな!? ……と、とっとと寄越せばいいんですっ!」

 さっきまで快進撃を続けていた反動で悔しかったのか、意地っ張りだか素直だかよく分からない反応をしながら指輪をぶんどって攻撃の輪に加わっていく。


「ゲ……ゲコ……」

 すると追い詰められたヘビーフロッグが、ぐぐっと身を起こした。


 何か行動を起こす前兆のように短い手足を踏ん張って、横長の瞳が――って、こっち見てる!?


「ゲコーッ!」

 ダンッと地面を蹴立ててヘビーフロッグが跳んだ。それもあたしの方に向かって。丸々とした体がすごい勢いで迫ってくる!

 

「ぎゃー!?」

 とっさにしゃがみ込んで、頭をリュックで覆った。

 

 ところがヘビーフロッグは、あたしに攻撃するどころか、その頭上を悠々と超えて。

 ……そのまま通路を駆け抜けて、出ていってしまった。

 

「えぇー!? 逃げたぁ!?」

「お……追いかけんと!」


 あたし達は慌てて、隠し通路から洞窟に戻る。

 急いで見渡すと、壁の高い場所にヘビーフロッグが張り付いているのを見つけた。


「よかった、まだあんなとこにいる! リーリア、できるだけ遠距離な魔法お願い! 撃ち落としちゃえ!」

「よーしっ、いっくよー!」


 リーリアが両手を緩く合わせると、手元に光が集まった。

 

「セイントレーザー!」

 そして元気のいい詠唱と共に、両手が突き出される!


 パァッと光が一瞬広がって、消えた。


 ……ん? あれ? 消えた??


「あ、あのーリーリア、届かないと意味ないんだけど……」

「うぅ~」

 ところが彼女は、しょんぼり沈んだように羽をすぼめて、ひゅるひゅるとあたしの腕の中に落ちてきた。


「えっ、ちょ、何事!?」

 さては知らぬ間に毒攻撃でも食らったのかと慌てていると、どこかバツが悪そうに上目遣いであたしを見上げながら小声で言う。

「あ、あのね……おなかすいてまほう出ないの……」

「うわあぁそういや言ってたね!?」


 致命的なミス……! リーリアはこういうガス欠があるんだった!


「いやあと一発だけでいいからがんばって!? 取り返せたらおやつたくさんあげるから!」

「あうう~」

 そう励ましたものの、リーリアの両手からはもう、ぽひゅ~という気の抜ける効果音みたいな音しか出ない。


「ちょっと遊んでるヒマあったら追いかけなさいよアナタ達!?」

 見かねたシグレが横を駆け抜けていく。当然逃げるヘビーフロッグ。勝てそうだったはずのバトルが一転……第二ラウンド、今度は鬼ごっこが始まった!

 


 

 ――それから、どれくらい時間が経過したか。

 

「逃げんなオラァァッ!!」

 気合の声というよりはヤケクソに近い叫びを上げつつ、段差から飛び降りながら力任せに振るったジタンの大剣が、ヘビーフロッグの顔面に叩きつけられる。

 

「グゲゴォッ!」

 地面を数回バウンドしながら転がったヘビーフロッグは、お腹を上にしてデーンと大の字になり……動かなくなったと思った直後、白い光に包まれて消えてしまった。


 や、やっと倒せたぁ……!


「クッソが……無駄に手こずらせやがって……ハァ……」

 地面に座り込んで天井を見上げながら、ジタンがまるで悪役みたいなセリフを言った。


「ゼー……ゼー」

「ハァハァ……や、やっと倒れましたか、このデカガエル……」

 他のみんなも同じ。精も根も尽き果てて、膝をついたり壁にもたれたりしている。


 結局あたし達は、あれから追い付いては逃げられ、倒そうとしたらまた逃げられ……のいたちごっこを繰り返した。

 しかもなんか妙に賢くて、あたし達が届かない崖を登ったり、天井を這って逃げたりと、脱走手段が簡単には追い付けない方法ばかり。おかげで洞窟中駆けずり回されて……もう足がパンパンだ。

 

 リーリアなんてお腹空きすぎてとうとう動けなくなっちゃって、あたしのリュックに顔だけ出してすっぽり収まっている。実質おんぶだから、これも地味にキツい……。


『……すまん。流石に三回も逃げる仕様はやり過ぎだったか?』

 気まずそうなお兄ちゃんの声。

「真っ先に修正するリストの一番上に入れといて!」

 あたしは投げやりに叫ぶ。


「じゃ、じゃけど神具は無事……じゃの」

 疲れ切った足取りで、オルフェがアストロラーベを手に取った。あと落ちているものは通常ドロップアイテムのガマの油。上位回復アイテム作成に必須の素材だけど……。全ッ然、労力に対価が見合ってない!

 

「みくる、これ……」

「う、うん……」

 とりあえず言われるまま、アストロラーベをリュックに仕舞い込んだ。間違ってもまた取られることの無いように、奥までしっかり押し込む。


「帰るぜ……今日はもうこれ以上どこにも行かねぇからな……」

 どんよりした声でジタンが言った。それに対して何か言葉を返した訳じゃないけど、全員賛成なのが雰囲気で見て取れる。


 ひとまずこれにてミッションクリアだ。次のステップに進めそう。だけど……今は一旦、ふかふかあったかいベッドで一休みしたいかも……。


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