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【第三十一話】聖なる湖を尋ねて

【前回のあらすじ】

物語の時間軸は再び現在へ。遮楽の過去を聞き終えたシグレは、彼の持つ忠誠心や覚悟に理解を示す。一方でみくるも、クローヴィスの変わらぬ理想を受け止めていた。続く話の中で、みくるから月詠草の話を聞いたクローヴィスは、手掛かりになり得る場所としてセレフィア湖を提案する。そこは聖月の大精霊セレフィエルが祀られている場所であった。


 翌朝。着替えや朝食を済ませたあたし達は宿屋を出た。よし、今日も冒険日和。

 うーんと背伸びをするあたしの横で、ガシャッと音がした。金属製の防具が鳴る音。大剣を背に、ジタンがのっそりと姿を現す。猫背だけど、顔色は良くなったみたい?


「……ジタン、大丈夫?」

「あー……いくらかマシだ」

 首を触りながら言う。やる気無さそうな言動はいつものことなので、本調子なのかはよく分からない。


「ま、少なくとも酔い潰れてた昨日よりは使い物になるでしょうよ……ふあ」

 その隣で、まだ少し眠たそうなシグレ。

 

 すると宿屋の扉が開いて、オルフェとリーリアの二人も出てきた。

「おまたせー!」

「丁度揃ったみたいじゃのぉ」

 あたし達はそれぞれ、持ち物や装備の最終確認をする。


「昨日エトルさんのところで補充は済ませたから、アイテムは十分だと思うよ」

「助かるわい。みんなも準備はええか?」

「あァ」

「万全ですよ」

「いこいこっ!」


 オルフェの言葉に、みんなが頷いたその時。


「やあ、皆。これから出発かね?」

 向こうから、クローヴィスさんが歩いてきた。いつもの白衣風スタイルに、今日はフィールドに出るからか、杖も持っている。オルフェの杖より長くて、大きな青い宝玉や、ぐるぐると巻き付くような金の飾りが付いた、豪華なものだ。わあ強力な攻撃魔法とか撃てそう……!

 隣には遮楽も立っていて、あたし達に片手を上げる。


「おはようクローヴィスさん、それと遮楽も。ちょうど準備終わったとこだよ」

「そうか、タイミングも良かったな。それじゃあ、早速だがセレフィア湖へと向かおうか」


 そう言ったクローヴィスさんは、遮楽の方を向いた。

「それじゃあ遮楽、後の事は宜しく頼むよ」

「本当にあっしは行かなくて構わねェんですかい?」

 

 尋ねる声に、軽く頷いて言う。

「ありがとう。だがセレフィア湖は行き慣れているし、安全も確保された場所だ。問題無いとも。それに彼らも居ることだしね」

 そしてあたし達の方を向いて、微笑みかけた。頼りにされてるみたいで、なんか照れる。


「心配ご無用ですよ。その辺のザコなんか、ワタクシ一人で十分なくらいですから。せいぜい良い収穫があるよう祈っておくことですね」

 と、そんな謙遜とはまるで無縁なシグレ。

「こりゃ。全く口が減らんのじゃけぇ」

 オルフェが軽く小突いたけれど、むしろ遮楽にとってはその強気が良かったみたいで、面白そうに笑った。

「カカッ、確かに余計な心配は要らなそうだな。行ってきなせェ。報告待ってるぜ」


 その言葉を背に、クローヴィスさんを加えたパーティーは、ミレクシアを出たのだった。



 

「此処を真っ直ぐ行くと、道が枝分かれしている所がある。そこから右に二回折れれば、セレフィア湖まで着くよ」

 だだっ広いフィールド。地図とクローヴィスさんの案内を頼りに、あたし達は歩を進めていた。


「ねーねー、そこにいるっていう、だいせいれいサマってどんなせいれいサマなの?」

 すると、オルフェの前を飛んでいたリーリアが振り返って聞いた。

「わしも本で読み齧った知識しか持っとらんが……闇の力と光の力、両方を司るっちゅう存在じゃった筈じゃ」

「その通り」

 思い出しながら答えたオルフェに、クローヴィスさんが相槌を打って、補足するように口を開いた。


「聖月の大精霊セレフィエル。伝承では、人間と同じ姿をしていて、まるで絹糸のような輝く銀の髪を持つ、美しい女性だと言われている……。その役割は、光と闇の調停。それぞれの力を同時に司り、均衡を保っているのだそうだ」

「二つの力どっちも? すごいね」

 あたしが言うと、クローヴィスさんは頷いた。


「世界に昼と夜が平等に訪れるのも、この大精霊のお陰という話も有ってね。基本的に大精霊の司る力は一つだけだが、彼女は例外のようだ」

「すっごいせいれいサマなんだぁ~。いいないいな、リーリアあってみたい! これからあえるかな!」

 無邪気に笑うリーリアを見て、クローヴィスさんの顔が若干曇る。それを見て、あたしは思い出した。そういえば図書館で受けた授業で、言ってたっけ。


「えっとねリーリア。大精霊様、一応まだセレフィア湖にいるっぽいんだけど、会うのは厳しいかも」

「えーっ!? なんでぇ!?」

 口を尖らせるリーリアに、あたしは頭の中で昨日の内容を辿りつつ答える。

「なんかねー、存在はしてるけど、こっちが見たり喋ったりするのは出来なくなってるっぽい。それをするための力が足りないんだって。だよね、クローヴィスさん?」

「ああ。よく覚えていたね」

 振り返ったあたしに、彼はすっかり先生の表情で頷いた。


「むむー、ざんねん……」

 頬を膨らませるリーリア。

「……流石、クローヴィスさんは詳しいのぉ」

 会話が終わったあと、一拍置いて、オルフェがふと口に出した。

 

「そういやぁアムルーナの森の調査も、もうなんべんも行かれとるんですか?」

「そうだな……少なくとも一度や二度ではない。だが、どの調査も解決の糸口に繋がるような発見は何も無くてね……。君達に何か有力な情報でも提供出来れば良かったのだが、申し訳無い」

 きまり悪そうな表情をするクローヴィスさんに、手を振るオルフェ。

「いんや、気にせんでつかぁさい。手探りなんはわしらも同じなんじゃ」


 やがて、細い一本道を辿った先に、木立が立ち並ぶのが見えてきた。さらに進むと、陽の光を反射して淡く輝く水面が顔を出す。セレフィア湖――神秘の眠る湖に、到着。




「うわ~きれいな湖!」

 湖面に近づくなり、あたしは歓声を上げた。目の前に広がるのは、澄んだ水色。それも一色じゃなくて、手前は明るい色、奥に行けば行くほど深くて濃い青……と、グラデーションが折り重なっている。透明度が高くて、底に沈んだ岩まで見えるみたいだ。風が吹くたび、細い糸を編んだような光の筋が、きらきらと水面に揺れた。


 湖だけじゃない。顔を上げれば、晴れた空に木の緑がよく映える。葉っぱや足元の草が揺れて擦れる音も、どことなく柔らかい。思いっきり深呼吸すれば、新鮮な空気がスーッと体中を巡る感覚がした。うーん、体も心もリフレッシュって感じ!


「素晴らしい眺めだろう? 私も静かに休まりたい時は、よく此処に来るのだよ」

 ふとあたしの隣に立ったクローヴィスさんが言った。

 

「明るい今の時間帯も良いが、私は夜のセレフィア湖も好きでね。湖面に月が映って、それはそれは幻想的な景色で……。此処に祀られた大精霊が、聖月の名を冠するのも頷ける」

「えっ超見たいそれ」

「ふふ。それに、ただ美しいというだけではないんだ」

 クローヴィスさんはゆっくり場を見回しながら続けた。

 

「この場所に宿る神聖な力が、魔物を寄せ付けない。大精霊の威光は、顕現出来なくなっても尚、失われず残っているという事だね」

「へぇ~、天然の結界ってこと?」

「そう。だから安心して良い。此処は平穏な場所だ」

「はーい」


 そう言われたあたしは完全にリラックスモードで、再びちょっと歩いてみる。完全に自然物ばっかり……って訳でもなくて、四方にはクリスタルで出来た短い柱みたいなものが立てられていた。それも守ってるみたいで、ちょっと神聖な感じがするかも。

 

 そのまま、なんとなく湖に沿うように歩を進めていると……ふと、足の先に硬いものが当たった。見れば、長く伸びた草に半ば埋もれるようにして、何かがある。


 しゃがみ込んで草をよけてみる。それは石でできた台座みたいなものだった。何かを固定するような突起があるけど……。


「ねぇここ、何か置いてあったの?」

 振り返って尋ねてみると、クローヴィスさんは頷きつつも眉根を寄せた。

「うむ……おそらく大精霊にまつわる物が飾られていたが、長い年月を経る間に無くなってしまったのだろう。私にも、よく分からないのだよ」

「そうなんだ……」

 台座だけをずっと見てても仕方ないので、あたしは立ち上がる。


「……来てみたはいいものの……」

 すると腕を組んで周囲を伺っていたシグレが、ため息交じりに呟いた。

「本当にただ湖があるだけ。こんなところで手掛かりなど見つかりますかねぇ?」

「大精霊がいるってのも、言っちまえばただの伝承でしかねぇからなぁ」

 ぼりぼり頭を掻きながら、ジタンまでそんなことを言う。


「もー二人共さ、こんな景色のいい場所に来たってのになんもコメント無し!?」

「アナタねぇ、のこのこ観光に来たんじゃないんですよ?」

 呆れたように言われてしまった。それはそうなんだけど。


「ま、まぁ確かに、月にまつわる場所というだけで、確証が有る訳ではないが……」

 取り繕うような咳払いをして、クローヴィスさんは振り返ると、湖を手で指し示した。


「それでも、君達にとって有益なのは確かだ。湖水は飲用可能でね、回復効果もある。荷物に余裕が有るならば、少し汲んで持って行くと役に立つだろう」

「ホント!? のむのむ!」

 それを聞いたリーリアが言うが早いか、ひらひら飛んで行って水に両手を浸ける。

 

「わーっ! つめたい! ……おいしーい!」

「へぇ……そういうことなら便利ですねぇ。うっとうしいモンスターも湧かず、ゆっくり休むのには最適。悪くないじゃないですか」

 はしゃぐリーリアの隣で、指ぬきグローブを外したシグレも水を掬って笑みを浮かべている。向こうではオルフェも興味深そうに水面をなでていた。そういや水筒空になってたっけ。ちょうどいいや、入れとこ。

 

 そんな中、湖のほとりでボーッとあぐらをかいて座っていたジタン。彼にクローヴィスさんが近寄ると、そっとかがみ込んだ。

 

「――君もどうだね? 丁度病み上がりだろう? ほら、瓶なら余っているから使うと良い」

 言いながら、細長い小瓶を差し出す。

「いや病み上がりって……あー、まぁ、どうも」

 気まずそうに頬を掻いたジタンは、小瓶を受け取る。そして促されるまま、分厚いグローブを外して透き通る水面に瓶を浸した。


 ――次の瞬間だった。


「え!? うわ!」

 声を上げて湖から飛びのいたのは、あたしだけじゃない。リーリアもシグレもオルフェも、全員だ。


 なぜなら突然、湖面が輝き始めたから。日差しの反射じゃ絶対にありえない。水の底から湧き上がってくるみたいに、全体が光を帯びる。目がくらむほどの眩しさではないけど……な、何この現象!?


「クローヴィスさん何コレ!? どうなってんの!?」

「…………!!」

 とっさに叫んだけれど、彼も目を見開いて固まっていた。ぽかんと開けた口を手で押さえて、立ち尽くしている。みんな訳が分からず、動けなかった。


 ――ああ……漸く、現れたのですね……。

 ――魂と使命を受け継ぎし者よ……永い、永い時を……お待ちしておりました……。


 突然、辺り一面に声が響いた。スピーカーで流してるみたいにぼわんぼわんと反響してる声なのに、不思議と一言一句、きれいにスッと聞き取れる。というか、入ってくる?

 こっ、これってもしかして……いわゆる、あなたの心に直接語りかけていますってやつ!?


 キョロキョロしているみんなの反応を見るに、これが聞こえているのはあたしだけじゃないみたい。


「なっ何者ですか……!」

 思わず短剣に手を掛けつつ、シグレが虚空に向かって張り詰めた声で言う。リーリアはとっさにオルフェの背に隠れた。


「ま……まさか……」

 そんな中、クローヴィスさんが震える声で言った。


「大精霊、セレフィエルっ……!? ほ、本当に……っ!」


 ――世界に姿形を保てなくなろうとも……私は信じ、見守り続けていました。


 みんなの反応はお構いなしに、声が続く。でもそれは決して押しつけがましいものじゃなくて、むしろ温かくて優しい声だった。思わず聞き入ってしまうような。

 

 ――この地を覆い、蝕まんとする悪しき力。けれど……まだ、間に合います。

 ――魔王との戦いで、失われた力を、取り戻せたならば……その邪悪、必ずや祓いましょう。しかし今はまだ、こうして語りかけるのが精一杯……。


 呼吸をするような間があった。風で揺れる水面に合わせて、光も躍る。


 ――東へ行くのです。


 穏やかに、けれどもしっかりと芯を持った響きで、その声は言った。

 たった一言で道を示す、力強い導き。


 ――東の丘を越えた先、樹海に隠された洞窟の奥。そこに、私の力の拠り所となる……神具が眠っています。

 ――それは、月の光を受けて目覚める器……。

 ――月の完全に満ちる夜、その神具を携えて、再びこの湖へとおいでなさい。


 ぴちゃん、と湖畔で水が跳ねる。最初こそ大騒ぎしてたけど、今はもう誰も、何も言わなかった。聞き逃しちゃいけない気もしていた。透き通った湖の中で、青色と金色が混ざり合って、溶ける。

 

 ――それが成された時、私は再び、この世界に身を宿す事が叶います。

 ――そして古より続く、契約の名の下に……貴方へ、大いなる加護と祝福を授けましょう。

 ――さあ……お行きなさい、運命に選ばれし人の子よ……。


 ……風が止んで、同時に、光っていた湖も元に戻った。声も聞こえない。

 

「…………」

 あたしは大きく息を吐き出して、それでやっと、今まで呼吸を止めていたことに気付いた。いまだに現実感がなくて、心臓も大きく鳴ってる。


「ちょちょちょ……ジタンっ! 今の聞いたよね!?」

 そして腰を抜かした姿勢のまま、這うように駆け寄った。

 

「いや聞いたけどよ、なんでオレに振るんだよ」

「なんでって、今のどう聞いてもジタンに向けて話してたでしょ! それにジタンが湖に触った瞬間ああなったんだし……」

 クローヴィスさんもいる手前、あたし達は顔を近づけて小声で会話する。


「で、何だ今の。お前の仕業か?」

「なわけないでしょ!? 分かんないけどさ……これ絶対アレだよ、選ばれし者に与えられるお告げってやつ! なんか試練的なのをクリアすれば、大精霊からすっごい力がもらえるんだよ! きっとそう!」

「はぁ? ったくまたそのクチかよ……。予言の書といいさっきのといい、そんな便利なもんがあんならごちゃごちゃ言わねぇでとっとと寄越せっての面倒くせぇな……」

 ひそひそやっていると、傍で草を踏む音。


「き、君達……」

 恐る恐るといった感じで、クローヴィスさんが話しかけてきた。


「あ、いや、オレ達も訳が分かんねぇっつーか……」

「な、な、何だったんだろうね!? 今の!」

 慌てて誤魔化すあたし達。


「……君達にも、聞こえていたのだろう? 信じ難い現象だが……とても、重要な事を告げていた」

 でもクローヴィスさんの興味は、声が聞こえてきたことそのものよりも、内容の方にあるみたい。よ、よかった。さっきの声とあたし達を結び付けられて、君達は何者なんだ!? みたいな追及をされてたらちょっと困ったから、内心ホッとする。


「……ジタン」

 そこへオルフェが歩いてきた。腕にまだしがみついたまんまのリーリアを連れて。少し遅れてシグレもやって来る。


「さ、さっきのって……ホントに、だいせいれいサマだったのかなっ……!?」

「言っとった事といい、この地に伝わっとる話といい、そうとしか考えられんわい。大精霊伝説は、昔から考古学者や神話学者がこぞって研究しとったが……声だけたぁいうても、こがぁな簡単に接触できるなんてのぉ、いまだに夢でも見よったみたいじゃ」

 胸に手を当てて、頭を振るオルフェ。


「しかも、えらく具体的な内容を言ってましたね……。まぁ分かりやすくて、余計なことを考えずに済む分、ワタクシとしては助かりますが」

 二人よりはあっさりとした感じでシグレが言った。

 

「……東の洞窟と、確かにそう言っていたな」

 改めて、クローヴィスさんが真剣な表情で腕を組む。少し考えてから、軽く頷いた。

 

「心当たりならば、一つ。此処から東へ進めば、トトラ山という山が見えてくる筈だ。それはかつて活火山であったと言われていてね。その名残として、麓に溶岩洞窟が存在するんだ。名前はヘルマレ洞。方角や、樹海の中に在る事を踏まえても――私の知る限りでは、そこしか考えられないな」

「そこにセレフィエルの神具とやらがあるんですか?」

 シグレが尋ねると、彼は眉間を押さえる。

 

「ううむ、私も過去に行った場所ではあるのだが……当時そのような物はどこにも……」

「ここで考えてたって分かんないし、とりあえず行ってみない? さっきみたいに、何か特別な事が起こるかもしんないしさ」

「ほうじゃのぉ。せっかく行き先が示されたんじゃ、向かわん理由は無いわい」

 今日は出発も早かったし、まだ時刻は昼前。めちゃくちゃ遠い場所とかでもないなら、夜になる前に調べて帰ってくることはできそう。

 

「よーし、次の目的地も決定だね! それじゃあ……あ、クローヴィスさんも来る?」

 クローヴィスさんは無言で湖の方を見つめていたけれど、あたしの問いかけに反応してハッとこちらを向く。

 

「そうだな……いや、誘って貰えるのはありがたいが、私は一旦研究室に戻るよ。セレフィエルの持つ力について、改めて詳しく調べておきたいからね」

「そっかぁ、分かった。連れてきてくれて、ありがとうねクローヴィスさん!」

「ああ……お役に立てたのならば、何より」

 薄く微笑む。吹き抜けた風が一陣、顔にかかる長い前髪を揺らした。




「――って訳でさ、今度はヘルマレ洞に行くことにしたんだ」

 リュックの中をごそごそしながら、あたしは言った。今パーティーがいる場所は、ミレクシアの道具屋。新しいダンジョンに行くということで、一応アイテムを補充しているのだった。ついでにクローヴィスさんも頼んでいたものがあったとかで、一緒にいる。

 

「へーっ、おもしろいね!」

 お店のお手伝いをしているティルが、薬草を紐で束ねつつ無邪気な声を出した。

 

「いきなりナゾの声が聞こえるなんて……いいなー! ボクもそんなフシギな体験してみたい!」

 そして、カウンターの奥に向かって呼びかける。

「ねぇ父さん、今度薬草取るついでにちょっと遠くまで行こうよ。草原のスライムくらいならボク倒せるよ!」

「こらこら。またそうやって無茶を言い出すんだから……」

 カーテンの仕切りの奥から、大きなカゴを手に出てきたエトルさんがしかめっ面でたしなめた。


「はい、マナポーション五つと、それから目覚めの雫とワナ除けのお守りが三つずつ。こちらでよろしいでしょうか?」

「はーい、ありがとうございますっ!」

「それからクローヴィスさん、緋光石の加工も完了していますよ。どうぞ」

「ありがとう。うむ、今回も丁寧な仕上がりだ……いつも助かるよ」

「いえいえ、またいつでもおっしゃってください」


 クローヴィスさんとエトルさんのやりとりの間に、あたしは持ち物を改める。

「……うん、アイテムはこれで十分なはずだよ」

「ほいじゃぁ、陽が落ちん内に行こうかの」

 オルフェの言葉を合図に、みんなで道具屋を出ようとしたその時。


「お邪魔するよ~。エトルさんいるかい?」

 

 木製の扉が開いて、顔を覗かせたのは宿屋の女将さんだった。大きなツノが入り口に引っかからないように、ちょっと身を屈めて入ってくる。


「こんにちは。どうされました?」

 穏やかに応じるエトルさんへ、女将さんは手に持った小さなバスケットを持ち上げながら言った。

「いやぁ、こないだウチの息子が壊したランタンを修理してくれたろ? タダでっていうのも気が引けるからねぇ、そのお礼と言っちゃ何だけど、クルミのベーグルを焼いたんだ。もらっとくれよ」

 バスケットに被せられた布を取ると、ドーナツ型でこんがり焼き色のついたベーグルが二つ、ちょこんと並んでいた。

 

「おぉ、これは美味しそうな……。ありがとうございます。息子と一緒に頂きますね」

「おばちゃん、ありがとー!」

「いいよぉこのくらい。お手伝いかい? 偉いねぇティル坊」

 ティルの頭をなでた女将さんは、ふとあたし達の方を見ると、思い出したようにポンと手を叩いた。

 

「おっそうだアンタ達! いいところにいたねぇ!」

「え?」

 

 ずんずんと近付いてきた女将さんは、腰に着けていた布製の小物入れから何か取り出して、あたし達に差し出した。

「これ。部屋の備え付けローブを洗濯してたらポケットから出てきたんだ。アンタ達のじゃないかい?」


 受け取って見てみれば、それは中央に緑色の石が嵌め込まれた、金属製のメダルみたいなものだった。


「ん……」

 クローヴィスさんも小さく反応して、顔を向ける。

 

 状態は良いとは言えなかった。装飾には所々欠けたりヒビが入ったりしてて見るからにボロボロ。

 でも、中央に嵌め込まれた石はすごくきれいだった。つやつやで、全体は透き通った緑色だけどその中央に、火が灯っているみたいなオレンジ色が揺らめている。見とれちゃいそうな美しさだ。


「チェーンとか無いけど……一応ペンダント、なのかなぁ?」

「……いや。この形状を見るに、タリスマンと呼ぶのが相応しいだろう」

 ぽつんと呟いたあたしに、クローヴィスさんが言った。

「タリスマン?」

 耳慣れない単語のオウム返しに、頷く。

 

「装備者を守ることに特化したアクセサリーはそう呼ばれるのだよ」

「へぇ……お守りって感じかぁ」

 言われてみれば、前に塾の友達が手作りでくれたドリームキャッチャーとも、形が似ているかも?


 ただ、それよりも問題なのは……。あたしは、パーティーのみんなに振り返って聞いた。

 

「こんなの、持ってたっけ?」

 すると全員首をひねる。


「一応道中で手に入れたもんは全部見るようにはしてるけどな……あったかぁ? こんなもの……」

「わかんなーい!」

「うーん、知らんのぉ。わしらのじゃぁなさそうじゃね」

「そうなのかい? でも他に宿泊客はいないんだけどねぇ」

 不思議そうな顔をする女将さん。

 

「前の客のが残ってたんじゃないですか?」

「そりゃぁ無いさ。毎回きちんと洗濯して、そのたんびにポケットの中も確かめてるんだから。うーん変だねぇ……」


『……ん? 何だ、この会話イベント……』

「え?」

 

 イヤーカフからお兄ちゃんの独り言が聞こえた。口振りからして、お兄ちゃんが用意してたシナリオには無いことが起こってるみたい……?


「……ふむ……」

 そんな中、タリスマンを見つめて思案顔だったクローヴィスさんが短く息をついた。そしてあたしに視線を移すと、その口が開かれる。


「みくる君、それは――」

「ちょ、ちょっと待ってください! その石……」

 するとその言葉と、驚いたようなエトルさんの声がちょうど重なった。ハッと気まずそうな反応をして、ぺこりと頭を下げるエトルさん。


「す、すみません。どうぞ」

「あぁいや、構わないよ。大した話題ではなかったんだ。どうしたのだね?」

 クローヴィスさんに促されて、エトルさんはカウンターから出てきた。

 

「そちら、私も見ていいでしょうか?」

「うん、何か知ってるの?」


 あたしがタリスマンを手渡すと、しげしげと眺めてからやっぱり、と呟く。


「こ……これ、フェリスライトでは……!」

「んあ? 何だって?」

 聞き返す女将さん。


『……は!? フェリスライトっ!?』

 その直後、素っ頓狂なお兄ちゃんの声も聞こえた。いやちょっと待って、処理しきれないから同時に何か起こんないで!?


「非常に珍しいものですよ……!」

 興奮している様子のエトルさんは、続けて言った。

「標高の高く、極めて空気の澄んだ場所にしか生成されない鉱石なんです。その優美さは、神話にも語られる程で……! わ、私も初めて見ました……!」

 その様子につられて、ティルも見に来る。

「へー。確かにきれいな石だなー」


「そ、そう……なの?」

『いや、確かにそういう風な設定で考えてはいたんだが……』

 唸るような息遣いが、イヤーカフの向こうから小さく聞こえた。

 

『それ、つい最近没にしたんだぞ!? というか実装すらしてない、ただのアイディアの一つなのに……なんで出てきてるんだ!?』

「へぇぁ!?」


 つ、つまり……また変なバグが起きてる!? 本来シナリオにないイベントが、勝手に追加されてるってこと!?

 

 こうなると、もうお兄ちゃんでもどうしようもないし、何が起こるか予測もつかない。


「……ふむ。確かにこの特徴的で複雑な色味は、フェリスライトで間違い無いな」

「ねぇ本当に違うのかい? 冒険で偶然手に入ったのを知らずに持ってたとかじゃ……」

「仮にそうだとして、部屋着のポケットから出てくるなんておかしくないですか?」

「うーん言われてみりゃそうだねぇ……。こんな場所、自分から入れようとしなきゃ紛れ込みもしないだろうし。いやぁ妙なこともあるもんだよ」

 でも、お兄ちゃんの声が聞こえないこっちの人達は、そんなこと知る由もなく。問題の石を囲んでわいわい話している。


「あ、あの、こちら、もしよろしければなのですが……」

 すると、遠慮がちながらも逸る気持ちを抑えきれない声音で、エトルさんが切り出した。


「私に、修理させてはもらえませんか……!? もちろん、お代は結構ですので」

「いや、まぁ、そもそもオレ達のじゃねぇしな……?」

「ひとまず、預けとってええんじゃないかのぉ。万が一持ち主が分かった時も、ここにある方が返しやすいじゃろうけぇ」

「そ、そうだね……?」

 相槌を打ちつつ心の中で、下手に持ち歩いて変なこと起きたら困るし、と付け足す。


「ありがとうございます……! あぁ、まさかこんな機会が巡ってくるだなんて」

 うっとりとその没アイテムを見つめるエトルさん。


「えっとぉ……と、とりあえずあたし達は行かない? ほら、あんまり遅くなっちゃってもアレだしさ」

 あたしはジタンのマントをくいくい引っ張った。

「お前何慌ててんだ? まぁ……ダラダラしててもしょうがねぇし、とっとと行くか」

「ほいじゃぁ、お邪魔しました。また来ますけぇ」

 

「あっ、はい! またどうぞ、お待ちしています」

「いってらっしゃーい!」

「気を付けて。無事に成果を得られる事を祈っているよ」


 エトルさんとティル、そしてクローヴィスさんの声を背に、あたし達は道具屋を後にした。これから目指すはヘルマレ洞。大精霊を復活させるアイテムを求めて……いざ出発!


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