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【挿入話】精霊使いと用心棒

過去編のオマケで、後日談的な小話です。ストーリー的に蛇足にはなってしまうけれどどうしても書きたかった。

精霊使いとなったクローヴィスと遮楽のお話。

 遮楽がクローヴィスの用心棒となってから、それなりの月日が経過した。

 

 遮楽は盗賊稼業から縁遠い平穏な毎日に慣れ、クローヴィスもまた、当初は渋っていた遮楽のへりくだった態度(時に不遜さを覗かせはするが)をすっかり受け入れていた。そんなある日の事である。

 

「遮楽っ!」

 木製のドアを勢いよく開け、帰宅したクローヴィスが笑顔を覗かせた。珍しく興奮している様子である。

 

「おォ。どうしたんでさ、そんなに上機嫌で……」

 いつもとは違う様子に、机へ向かっていた遮楽は何事かと顔を上げる。彼の手には万年筆が握られ、机の上には本や紙が広げられていた。

 いずれも固まると僅かに盛り上がる、特殊なインクで書かれている。視覚だけでなく、触覚でも間接的に読む事ができる代物である。

 

 紙に残る、ややぎこちない筆跡で綴られた練習の跡。読み書きや計算を勉強している最中だったのだ。生きていくのに最低限の、荒削りな知識しか持ち得なかった彼に、クローヴィスが仕事の合間を縫って基礎から教えているのである。荒事を働かなくなった今は、専ら勉学が彼の一日を占めていた。

 

 “普通”の生活への第一歩……それはあまりにも地味で退屈な道のりであったが、案外悪くもないものだと感じているのも事実。


 さて万年筆を置いた彼は、体ごとクローヴィスに向き直った。

「何か良い事でもありやしたかい」

「ふふふっ……ああ、有ったさ、有ったとも!」

 見るからに浮かれているクローヴィスは、大急ぎで玄関を上がると椅子に荷物を起き、遮楽の方へと身を乗り出す。

 

「ついにやったよ……! 精霊使い(エレメントマスター)としてギルド本部に認められたんだ!」

「……ほォ……?」

 そう言われても、今ひとつピンと来ていないような反応の遮楽。しかし興奮しきりのクローヴィスは構わず、顔を上気させながらぐっと拳を握り締めた。

 

「後日認定式が行われるんだ。研究にもより多くの補助金が出るようになるし、何より魔法の研究者として肩書きにも箔が付く。これで相当やり易くなるぞ。さあ忙しくなるな……! これからが本番なんだ!」


 意気揚々と拳を掲げるその姿を見て、遮楽は分からないなりに何か大きな事を成し遂げたのだと納得する。

 

「それでその……エレ何とかいうのは偉いモンなんですかい?」

 そして素朴な疑問を投げかけると、クローヴィスは少々照れたように言葉に詰まり、頬を掻きつつ答えた。

 

「ええと、自分で言うのも自慢のようで嫌なんだが……まあ、そう簡単になれるものではないよ。同年代では中々居ないさ」

「へェ。そんじゃ、旦那の名声も一気に跳ね上がるって訳だ」

 顎に手を当て、感心したようにそう言いながら、遮楽は彼の姿にじろじろと顔を向けた。

 

「うーむ……そんなら旦那、もっと威厳ってモンを身に着けちゃどうですかい? 他の魔法使い連中に舐められても困るでしょう」

「えっ!? そ、そんなに頼りなく見えるかい……?」

 おろおろと自分を検分するクローヴィス。

 

「もっと重々しい喋り方を心掛けてみるか……一人称も私では弱く見えるだろうか? うーん、では吾輩なんてどうだ……。いっそ髭でも伸ばしてみたらそれっぽくなる……?」

 

 深刻だがどこかズレている気がしなくもないその様子に、遮楽は堪えきれず噴き出した。

「カカカッ! いや、やっぱり旦那はそのままが一番良いのかもしれねェな」

「ちょ、遮楽! 私は真剣に考えていたのに、笑うとは心外な!」


 ムキになって抗議するその様は、やはり威厳と程遠い位置に居る。

 顔に手を当てけらけらと笑う遮楽を見て彼は不服そうに口を尖らせていたが、やがてハッと思い出したような表情になると荷物の方を振り向いた。


「……ああ、そうだ。だからという訳でもないんだが、今日は君にお土産があってね」

「土産?」

 笑いも落ち着いた遮楽が興味深げに聞き返す。

「前に、何かしら武器が欲しいと言っていただろう?」

「おう。素手じゃどうも頼りなくてねェ」

 

 頬杖をついてひらひらと手を振る遮楽。以前武器を持った複数人相手に、半分素手で圧倒していた彼の姿を思い出し、クローヴィスは僅かに苦笑しながらも荷物袋を開けた。

「ピッタリの物を見つけたんだ。これだよ」

 

 彼が取り出したのは……なんと、またしても杖であった。クローヴィスが持っているそれと比べると、見た目の華やかさには欠ける。だが、渋い金の装飾や重厚な作りがチープさを感じさせず、一目で上等な品と分かる物である。以前訓練用として与えられた物と比べても、強度は遥かに上であろう。

 

 ——とはいえ、それでも杖は杖。受け取った遮楽は困ったような表情になり、若干申し訳無さそうな声で言った。

「……旦那。気持ちは嬉しいが、あっしに魔法の心得はありやせんぜ。出来れば剣だかナイフだかの方が使いこなせると思うんだが……」

 するとその返答は予想通りだったようで、クローヴィスは何やら含み笑いを浮かべた。いたずらを仕掛ける子供のような表情である。

 

「ふふっ、ああ分かっているさ。それにはある仕掛けがあるんだ。見ていておくれよ……」

 言いながら、彼は杖の中ほどに触れた。指先が小さな金具を外す。すると持ち手に僅かな隙間が生じた。そして杖を捻るように半回転させ、引っ張る。


 その途端。刀を鞘から抜くが如く、杖の先がするりと外れ、細身の刃が姿を現した。

 

「おっ……」

「仕込み杖さ。中々面白いだろう?」

 遮楽は仕込み杖を目の高さにかざし、しげしげと眺めるような動作をした。指先で刃の研ぎ具合を確かめ、軽く振り、そして杖の先を収納すると感心したように頷く。

 

「成程ねェ。良いモン頂きやした。大事に使いやすぜ」

 気に入ったらしい遮楽の様子に、クローヴィスは満更でもない顔で腰に手を当てる。

 

「おっと、それからこれも」

 次いで思い出したように、荷物袋の中からある物を取り出した。

 それは鉢巻きのような長い布であった。暗い緑色の生地で、中央には図形を組み合わせたような黄色い刺繍が入っている。奇しくもその布地の色は、かつての遮楽の瞳の色とよく似ていた。

 

「何ですかい、これは?」

「君の顔に巻くんだ。その傷痕、あまりむやみに見せたくもないだろう?」

 言いながら、クローヴィスは遮楽の背後に回り、丁度刺繡部分が顔の中央に来るように布を巻いた。

 

「見てくれを隠すって事で? ま、確かに傷物の男が隣に居たら、周りは怯えちまいやすわなァ」

「気を悪くさせていたらすまない。誰かに合う度、傷について尋ねられるのも煩わしいかと思ってね。それに、ただ傷を隠すだけじゃないんだ。特殊な魔導糸を織り込んでいてね。身に着ければ集中力を高めて、攻撃の精度を上げてくれる。君の役にも立つと思うよ」

 

 出来た、と小さく呟いて、布を結び終わった彼が遮楽の前に改めて立った。顔を布で覆い隠し、仕込み杖を手に佇んでいる彼を見て、よしと頷く。

 

「うむ。良いじゃないか、中々渋くて。あとは服装をどうするかだな……今の荒々しい様相も悪くはないが、やはりここは隠された刃と同様に、どこかミステリアスな感じを足したい気も……」

「……旦那、あっしで遊んでやせんか?」

 顎に手を当て真剣に考え込んでいる姿を前に、やや胡乱げな声音で尋ねる遮楽。

 

「ははは、そんな事無いさ。私は大真面目だとも!」

 そして誤魔化すように肩を叩く彼に対し、やれやれと息をついたのだった。


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