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【第二十九話】決別

【前回のあらすじ】

穏やかであったはずの緑の丘に、盗賊団が襲来。遮楽は、ついにギドと再び相見えた。かつての親密さなど見る影も無く、憎しみと殺意を露わにするギド。彼は洞穴での一件が全て己の仕組んだ罠であった事を明かし、遮楽を裏切り者と糾弾した。それに対して毅然と応じた遮楽。全ての因縁に決着を付ける、最後の喧嘩が繰り広げられ、その結末は——

 大気が震えた。

 たった一度の乾いた打撃音。それを最後に、それまで響いていたあらゆる音が断ち消えた。まるで世界が一瞬、脈を止めたと錯覚する沈黙。


 一拍遅れて、風が吹き抜けた。芝生や草花は慄くようにその身を伏せる。

 全てがスローモーションに動く中……決着の瞬間が、ついに訪れた。

 

 弾き飛ばされるように、ガクンと仰け反る上半身。張る首筋。衝撃は下顎から頭部を突き抜け、脳を激しく揺らす。

 

「がッ――!!」

 鼻や口から血を噴きながら、派手に吹き飛び――ギドの体は、地面を二転三転した後、仰向けになる形でようやく止まった。

 

「ごふっ……げは……!」

 濁った呼吸音が微かに響く。痙攣して不規則に動く指先。辛うじてまだ意識はあるようだが、既に戦闘続行が不可能であることは、誰の目にも明らか。


「ッ……ハァッ、ハァッ……」

 その直後、遮楽もまた全身の力が抜けたように片膝を付く。二の腕と首の裂け目から、血が幾本もの筋を描いて滴り落ちていた。顔や胴に残る無数の打撲痕、創傷もまた、戦闘の激しさを物語っている。

 それでも、擦り切れ赤くなった拳を地面に突き立てた。笑う膝を叱咤するように脚へ力を込め、身を揺らしながらも、徐々に起き上がり……やがて、地を踏み締め仁王立ちとなる。

 

 ――勝負あり。

 

 肩を激しく上下させながら、倒れたギドの姿を一瞥した遮楽は、ふと顔を動かした。

 少々離れた場所に、ぽつんと転がっていた物体。それは、折れた杖の残骸であった。当初彼が持っていたが、戦いの最中に折られたものである。


 おもむろに彼が動いた。無言のまま杖の片割れを拾い上げる。

 そしてそのまま歩くと……倒れ込んだまま動けないギドの、傍に立った。

 

「…………」

 すぐには、行動を起こさなかった。何も言わず、ただ細く呻くその男を見下ろしていた。

 しかし一つ重苦しく息を吐き出すと、折れた杖を垂直に持ち、目前に掲げる。

 

 真下から見上げるギドの目からは、その姿は完全に逆光となり、表情もよく分からない。ただ鋭利に尖った杖の切断面が視界に入り、思わず息を呑んだ。


 次の瞬間、高々と杖を握る腕が上げられる。

 

「な……やめ……!」

 掠れた悲鳴が上がる。


 しかし遮楽はそれを断ち切るように、躊躇なく杖を振り下ろす――!


 ドスッ!!


「っぁ、う……!」

 目を見開き、震えながら自らの首に触れるギド。

 

 ……その皮一枚を掠めるかというほどギリギリの場所に、杖が深々と突き刺さっていた。

 

「てめェの言う通り、あっしは頭の器じゃねェのかもなァ……自分を殺しに来やがった奴一人、碌に始末も出来ねェ小心者だ」

 脱力したように腕をだらりと下げ、遮楽が低く呟く。そして死の淵を見た恐怖でまだ声すら出せずにいるギドの隣に、どっと胡坐をかいて座ると、背中を丸め長く息を吐き出した。唐突な戦場と化した丘……ここにようやく、終結の静けさが降りる。

 


 

「思い上がんじゃねェや……」

 遮楽が顔を伏せたまま、低く呟いた。その声音に、もはや先程までの闘意や凄味は無い。

「お前が、一度でもあっしに力で勝ったことがあったか?」

「……クソ……」

 ギドが苦々しげに呟く。

 

「クソッ……ちくしょう……! てめぇ……てめぇのせいで……」

 うわ言のように声が絞り出されるが、その言葉に脈絡は無く、既に戦意は喪失していた。

 

「なんで……なんでこうなっちまったんだよ……!」

「……それを言いてェのはあっしの方なんだがな」

 

 溜息交じりに言う遮楽。そして腕を組むと続けた。

 

「ギド……あっしはまだ納得なんざしてねェからな。今がどうあれ、同じ釜の飯食った仲じゃねェか、なァ。最後ぐれェ、きっちり腹割って話そうや」

 目の潰れた顔を、ギドに向ける。表情は真剣そのものだった。

 

「ま、粗方の事情は喧嘩始める前に聞いたが、十分頭の冷えた今なら話せる事だってあるだろうよ……。聞かせろ。これまでの全部をめちゃくちゃにする程……何がお前を、そこまで駆り立てたんだ」

「…………」

「言っとくが、黙ってりゃなぁなぁで済むと思うなよ。言ったろ、きっちりケリは付ける。殴り合いの次は、根比べといくか?」

 

 有無を言わせぬ口調。ギドは、しばらく躊躇するように口ごもっていたが……やがて観念したか、顔を歪めながらも唇を開いた。

 

「……し……信じて、たんだ」

 震える声が――剥き出しの本音が、途切れ途切れに紡ぎ出される。

 

「だからこそ……許せなかったんだよ……! あんな軟弱な人間と、ダチみたくつるんで……オレが尊敬して、追いかけた男は、そんな奴じゃないって……」 

 仰向けのまま、ギドは右腕で顔を覆い隠した。肩が小刻みに震え、言葉に嗚咽が混じり始める。


「お、オレはアンタに……心底、憧れてた。理想の姿、だったんだよ。奴隷から救われた、あの時から、ずっと……! 強くて、誰からも支配されなくて、ムカつく人間共なんざみんなその腕っぷしで蹴散らしちまう。こんなクソみてぇな状況だっていつかぶっ壊しちまえる、オレ達デミゴブリンの希望だと、ほ、本気でっ……! なのに、なのにアンタは……!」

「希望って、お前……」

 呆気に取られたように呟いた遮楽。ぴくりと眉根が動く。しかし、その後顔を背け……

 

「……それで、あっしは裏切り者って訳かい」

 深々と、溜息をついた。

 

「随分身勝手な言い草だな。何だかんだと理屈を並べちゃァいたが、結局は全部、てめェの独り相撲じゃねェか」

 

 選ぶ単語こそ冷徹。だが、その声音に突き放す棘は無かった。怒りも悲しみも交えず、ギドの放つ呪詛のようなそれを、ただ冷静に受け止めているようだった。

 

「勝手に神輿に担がれて、勝手に幻滅されてよォ。それで命まで取られてちゃたまらねェや」

 

 未だギドが顔の上に乗せたままの右腕、その指先が強張るように動いた。

 

「気に食わねェ奴がいるから喧嘩する。飢えるから奪う。そこにそれ以上の意味なんざ無ェよ。それをやれ希望だの憧れだの、とてもじゃねェが荷が重いぜ」

「……やめてくれ……遮楽……」


 だが聞こえていないかのように、続ける。

 

「あん時だってそうだ。単に金持ってそうな奴を襲ったら、偶然てめェを逃がす結果になっただけなんだよ。救われただァ? 寝言抜かしてんじゃねェや。全ては成り行きなんだよ。あっしはただの――」

「やめろっ!!」

 

 濁った声で叫ぶギド。体に障ったのか、歯を噛みしめ喉の奥で呻く。

 

「分かってんだよ……もう……言われなくても……勝手な理想押し付けてたことぐらい……っ! でも……い、今更、割り切れるもんかよ!? 物心ついたときから奴隷で、クソ人間共に虫ケラみてぇに扱われて……いつかぜってぇ、復讐してやるって、それだけで生きてきたオレにとって……アンタは、オレのっ……!」

 

 それはもはや訴えでも独白でもなく、ただの感情の支離滅裂な羅列であった。愛憎が入り乱れ、交錯し、絵の具を無作為にぶちまけた滅茶苦茶な絵画のように、塗り潰していく。

 

「それがっ……それが今になって、全部幻想だったとか、あんまりだろぉが……! アンタみたいになりたかった。けど、今の姿見て……オレどうすりゃいいんだよ……!? 何もかも、間違ってたってのかよぉ……っ!」

「あァ、いくら何でも買い被り過ぎだ。あっしはそんな高尚な大義なんざ、抱えちゃいねェ。分かってんなら話は早ェじゃねェか……元々てめェが期待するようなモンなんざ、あっしには無かったんだよ。何一つな」

「ッ……!」

 

 迸る激情とは対照的な、淡々と発される遮楽のセリフに、ギドは奥歯を砕けそうな程強く噛み締める。


 その後、力無く、呼吸音に近い笑い声が震える唇から洩れた。

 

「く、ふっ……ははっ……じゃあオレ……何のために、今までアンタの側で……馬鹿みてぇだよな、結局、全部無意味で……」


 ――ところが。

 

「……でもなァ。何も無かったからこそ……ギド、てめェの野心はよ、かなり気に入ってたんだぜ」 

 そこへ、溜め息と呼ぶには少々情感の籠もる吐息が、自暴自棄な嘆きを静かに遮った。

 

「……え」

 ぽつりと零れるような呟きを聞き、ギドは思わず顔を覆っていた腕を外すと、遮楽の顔を見上げた。

 

 彼は、どこか遠くを向いていた。

 

「理想の姿、なァ……。正直羨ましいぜ。あっしにゃそんなモン、分からねェからよ。奪って、腹を満たして、生きる、その先なんざ考えちゃいねェ。だからな……のし上がろうと何でもやって、命燃やしてがむしゃらに走ってるお前が、随分眩しく映ったモンだ」


 独り言のようだった。口の端に滲む血を、ゆっくりと親指で拭う。感慨にでも耽るかのようなそれは、淡々と続いた。

 

「要領良く立ち回れて弁も立つ。気付きゃ子分も続々増えて……あっしにゃ到底出来ねェ芸当だな。そして連中を養っていくからにゃ、ゴロゴロと寝てる訳にもいかねェ。そりゃ重てェ腰も上がるさ。最初こそ煩わしくも思ったがなァ……ヘッ、頭領の自覚が芽生えたとでも言うのかねェ。段々とそれが生きがいって奴になっていった」

 喉の奥で低く笑った遮楽は、緩く握った拳で自身の太腿を軽く一度、叩いた。

 

「賊だの悪党だのゴロツキだのと、疎まれるような生き方しかしてねェがな。それでも、子分を食わせてる矜持はあったんだよ」

「さ、さっきから何が言いてぇ……取って付けたような慰めなんざ、聞きたかねぇよ……」

 ギドはか細い声で遮ろうとする。だがそこに宿る感情は拒絶というより、動揺に近かった。

 

「あー、まァ、要するにだな。チッ、あんまり言葉は得意じゃねェが……」

 舌打ちし、唸りながら頭を乱暴に掻く。そして一呼吸置くと、そこでようやく、遮楽はギドの方へと顔を戻した。

 

「目的も何も無かった、ただの荒くれを……お前が、盗賊団の頭に引っ張り上げたんだぜ? あっしが憧れられるような存在だったんじゃねェ、お前がそうさせたんだ。背中を追いかけたとか言ってたがなァ……実の所、その背中が進む道が作られなきゃ、どうしようも無かった」


 その声に起伏は無く、優しさも、温かさも削がれていた。ただ事実を口にしたまでというような口振り。

 しかし、だからこそ重く、真に迫って響いた。


「……な……んで……」

 ギドの肩が小刻みに震える。血や汗と混ざった涙が顔を伝い落ち、芝の上に広がった。


「なんだよ……今更……なんで、そんな事言うんだよ……!?」

「あァ……そうだな。今更だ……。もう何か言った所で、全てが遅ェよ。だが、こうでもならねェと……踏ん切りは、付かなかったのかもしれねェな」

 顔を伏せた遮楽。風が草の先を逆立て去っていく。言葉を探して一拍置き、彼は低く切り出した。

 

「本当はなァ、もっと早くに、お前の事を手放すべきだったんだよ」

「な……!?」

 ひくりと喉仏が跳ね、信じがたいというように見開かれるギドの目。続ける遮楽は、グッと自身の手首を掴んだ。

 

「最初に出会った時ァ、お前は身寄りも無ェ、ほっときゃ今にも野垂れ死にそうなひ弱なガキだった……。だから連れて行く他なかったが、今は状況も変わった。お前はもう立派に自分で自分を生かせる。そうなりゃ話は別だ。あっしの存在は足枷にしかならねェ。こんな碌でなしの下にいつまでも置いときゃ、腐る……とっくに分かってたのによ……」

 

 短く吐かれた息と共に、俯いた口元が砂を噛んだように歪んだ。握られた拳がわずかにほどけ、また固くなる。

 

「だが、ずるずる先延ばしにしちまった。出来なかったんだよ。あっしと違って器用で、しかもよく懐いて付いて来る……そんなお前が隣に居るのが、つい……惜しくてな。甘えちまった。勝手に祭り上げられたのを良い事に、こっちもダラダラと胡坐をかき続けたって訳だ。今のこの体たらくは……そのツケが」

「ま……待ちやがれ、この野郎ッ……!」

 ギドが切羽詰まった声で止めた。反射的に身を起こそうとして、痛みに顔を歪める。見上げる眼差しは、入り乱れる感情がない交ぜになり、揺れていた。

 

「調子いい御託ばっか並べやがって……! よ、要するに結局、オレのことはいつか、捨てる気でいたってことかよ……!? ふ、フザけんな……! オレは……オレはな……アンタの心変わりさえ無きゃ、ずっと隣に、いたかったんだよ!」

 

 乱れた発声、叩きつけられる本心――隔てる薄幕が、また一枚剥がされた。呼吸の切れ間に甲高い音を立て、繰り返される嗚咽。

 

「そのために……ずっと必死で……! 一瞬でも、役立たずのゴミって思われたりしねぇように、何でも……!」

 途中で苦しげに咳き込み、言葉に歪な継ぎ目を作った。それでも喋るのを止めようとはせず、悲痛に喉を上下させながら、涙混じりの声を絞り出していく。

 

「怖かったんだよっ……! も、もし使えねぇって思われたら、また、あの頃みてぇにっ……! だから、必要としてもらいたくて、食らい付いて……そっ、それなのに、とっとと手放すべきだったって、そんな話があるかよ!」

「違ェ。落ち着け。そうじゃねェよ。だが、成程なァ……ずっと、そんな風に思ってやがったのか……」


 怯えとも怒りともつかぬ反発を受け止め、項垂れる遮楽。再度拳を握り直し、そのわななきを抑え込むように膝へ押し付ける。


「ここまで来て、やっと分かったぜ。お前はあっしに付いて来ることで、奴隷の鎖を断ち切れたと思ってるようだがなァ……実際は、縛られる先が変わっただけだ。自由になっても心のどっかで恐がって、縋って……。だが、そうさせちまったのは間違いなく、あっしなんだよ」

 夕暮れに溶けるその声は、後悔や自責で掠れていた。山麓に落ちかかる橙色の斜陽が、影を薄く長く引き伸ばす。

 

「役に立たなきゃ捨てられる……か。ずっと一緒に生きてて、そんな不安すら拭ってやれなかったんだな」

 ぽたり、と指先から落ちた血の滴が、赤黒く地面に滲む。まるで、彼の感情を可視化させるように。鼻の奥で燻る鉄錆の臭いが、ひと際苦々しくむせ返った。遠くの方で鳥が一度だけ高く鳴き、また黙る。

 

「遅すぎるが……ハッキリ言っとくぜ。必死に手柄なんざ立てようとしなくてもなァ、とっくにお前の事ァ認めてんだよ。……気に入ってた。だからこそ、少しでもマシな思いをさせてやりたかったんだ。奴隷にされて踏みにじられて、身も心もボロボロになって……そんな苦しみなんざ、二度と味わわせちゃならねェってな……」

 

 そこで言葉を切り、彼は喉の奥でクッと短く息を噛み殺した。強張る背筋。一度力が込められ上ずった両肩が、次の瞬間力無く落ちる。

 

「……だが、とんだ思い上がりだったぜ。結局、最後の最後まで傷付ける結果になっちまってよ……悪かった。本当に、情けねェ野郎だ。すまねェ」

「や、やめろ……やめろや……っ!」


 ギドが激しく首を振りながら言った。溢れる涙と汗が、生温かく肌を這う。

「そんな風にっ、謝られるのなんざ、望んでねぇんだよ……! お、オレは……オレは……!」

 

 だが、言葉が続かない。もはやどんな結末が叶えば思い通りになるのか、彼自身にも分からなくなっていた。

 

 代わりに、遮楽が引き取る。重く頷き、口を開いた。


「そうだ、こんな謝罪にゃこれっぽちの価値も無ェよ。ただ、これは……ケジメだ。きっちり、お前とあっしを清算する為のな」


 低く落ちる声に、場の空気が些か締まった。彼はいまだ地面に突き立っていた杖の残骸を引き抜くと、後方に投げ、ギドの喉元から危うさを払う。草地を転がるその音を背に……続く言葉を押し出した。

 

「ここで全部、終いにすんだ。ギド、こんな中途半端な奴なんざなァ、もうお前の方から見捨てちまえよ」

「見捨……て……?」

 諭すような温度がありつつも、どこか宣告にも似た冷たい重さを帯びる声音に、ギドは呆然と繰り返した。

 

「あァ。綺麗さっぱり捨てて、今度こそ本当の意味で、自由に生きろや」

 真っ直ぐ彼へと顔を向けた遮楽。潰れた目元に表情は読み取れないが、それでもありありと分かるほどの決意が宿っていた。

 

「もう、誰かの背中に縋らなきゃ歩けねェ程、弱かねェだろう。掲げた理想に、今のお前なら手が届くはずだ。むしろ、そこ誰かに預けちまったら……永遠に、楽になんかなりゃしねェんじゃねェのか?」


 そこで、不意に彼は前屈みになると、そっと手を伸ばした。

 血や汗で濡れ、ざんばらと顔に掛かるくすんだ金髪。それを指先で掬い、除ける。そしてそのままの動きで、頭に触れた。

 

 撫でるというほどの親密な動作ではなかった。そのような事をする資格は無いと、自覚していた。触れ合いとも呼べぬ、ごく僅かな交わり――それが今の彼に出来る、精一杯の情の表し方であった。

 

「あっしの不甲斐無さのせいで、苦労を掛けちまったな。もっと早くこうして話してりゃ、ここまで拗れなかったのかもしれねェが……まァ、丁度良い機会だ。ちィと荒療治が過ぎたがよ」

 そう言うと、彼はギドから手を離し、立ち上がった。

 

「お前のくれた居場所は心地良かったぜ……しがみつきたくなる程にな。それでも、こうなっちまった以上はもう戻れねェ。自分に刃ァ向けやがった奴をおいそれと許す程、あっしも人が好くねェんだ」


 ギドの目が伏せられる。

 これは、和解のための対話ではない。決別のための対話なのだ。

 

 再び彼を見下ろす形となる遮楽。その肉体は疲弊の極みにありながら、僅かな億劫ささえも感じさせる事無く、毅然としていた。迷いを振り払い、突き放すかのように、きっぱりと揺るぎない。


「治療の道具くらいはくれてやる。こんなところで寝られても迷惑だ……。動けるようになりゃ、どこにでも失せろ。それでもう、あっしらに構うな」

 

 ひと呼吸の間を置き、声が更に低く落ちる。向かう者を怯ませる――重々しく無慈悲な威圧を帯びて。

 

「次、余計な手ェ出しやがったら……分かってるな? 二度は言わんぜ」

「……遮楽……」


 こぼれ落ちた、ギドの呼びかけには……耳も貸さず。彼は背を向けると、関係を分かつ一歩を踏み出そうとした。


「ま……待ってくれ!」

 ――そこへ、割って入るような一声。


 急いで二人の下へ駆けて来たのは、これまですっかり蚊帳の外となっていたクローヴィスであった。その胸には、何やら布袋が抱えられている。

 

「おう。いつの間にか姿が見えねェと思ったら……何してたんでさァ」

「決着は……付いたのだろう。見れば分かるよ。だったら、もう私が介入しても問題無いね?」

 

 そう言うと、クローヴィスは杖を天にかざした。たちまち淡い光の粒が大量に放出され、倒れた者達全員を包む。やがて周囲で転がっていた子分達は、次々に意識を取り戻し、何が起きたかも分からずに目線を彷徨わせた。ギドは呆気にとられたように彼の行動を見つめていた。

 

「……最低限の回復はさせて貰ったよ。拠点へ帰るのに、動けないのでは大変だからね」

 静かにそう告げたクローヴィスは、ギドの側まで歩み寄ると、ゆっくりと膝を付いた。

 

「君、このまま帰っても暮らしの宛ては無いんだろう? ……少ないが、これを」

 袋の口を開ける。そこには、干し肉や缶詰などの保存食や植物の種、薬草の束などがぎっしりと入っていた。底に敷き詰められた小袋には、おそらくコインが入れられているのだろう。

「もちろんこれは一時凌ぎでしかないが、無いよりはずっと良い筈だ」

 

 その隣で、遮楽が大きく溜息を吐く。

「あのなァ……相変わらずお人好しが過ぎねェか。こんな奴ら、とっとと追い返しちまえばいいものを」

「しかし……」

「やっ……やめろてめぇ! フザけてんのか!?」

 

 回復魔法の甲斐あり、ようやく身を起こしたギド。目を怒らせながら、片手を振り回した。

 

「あぁ!? 良い気になって同情の真似事かよ!?」

「違う……本当に申し訳無いと思っている」

 

 怒鳴り散らすギドを、真摯に見つめるクローヴィス。

 

「私が、君達を引っ掻き回してしまったような物なのだろう? 軽々しく踏み込んだりしなければ、こんな事態には至らなかった。助けになりたいと言いながら傷付けて、果ては無用な争いまで引き起こして……。到底取り返しの付かない喪失だ。謝って済む事ではないが……心から詫びる。余計な事をして、すまなかった」

「そう思ってんなら消えろや! 今すぐに!」


 激しい怒号が、辛そうな謝罪の声を掻き消す。ギドは一度大きく胸で息をすると、突き刺さんばかりの口調と目付きで重ねて言い放った。

 

「口先なら何とでも言える、見え透いてんだよお前ら人間の考えることなんざ……! どうせ内心じゃ嘲笑(わら)ってんだろ。バカで卑しい下等種族ってなぁ! こんなカスみてぇなもんで騙されるかよ!」

 声を荒らげ、袋を払い、今にも噛み付かんばかりに身を乗り出す。危険と判断した遮楽が、クローヴィスを下がらせようと彼の肩を掴んだ。

 しかし彼はその手にそっと触れると、沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

「……そんな扱いを、これまで当たり前に受けてきたのだね? デミゴブリンというだけで理不尽に虐げられたんだ。私も人間というだけで拒絶されたって、文句は言えないよ――でも、いつかはその断絶を無くしたいって、本気で願っているんだ」


 その声は震えを抑えていたが、恐怖から来るものではなかった。諍いの切っ掛けを生んだ後悔とせめぎ合う、信念から湧き上がる震えであった。


「勿論こんな言葉も、今は空虚にしか響かないだろう。だから、せめて行動で示す。今の私に出来る、精一杯の誠意と責務の表れとして、これを君達に差し出したいんだ。ひたむきな命を繋ぐ、一助にして欲しい」

 先程跳ね飛ばされた袋を手繰り寄せ、こぼれてしまった中身を丁寧に戻すと、目の前に置き直した。

 

「君達が謂れなき悪意に苦しむ事無く、日常をただ穏やかに過ごせる、そんな世界へ橋を架けたいんだ。確かに取るに足らない、カスみたいな行いかもしれない。でも……例え焼け石に水であっても、孤独な道でも、途方も無く時間が掛かっても、私はやり続けるよ。だから、まずは一歩。どうか受け取って貰えないか」


 隣で黙して聞いていた遮楽の、喉が僅かに動いた。草むらがざわりと揺れる。まるでこの場所そのものが答えを待つかのように、静けさで満ちていた。真剣な表情を崩さず、目の前へと真っ直ぐな視線を向け続けるクローヴィスであったが――。


「……信用、できるか。万に一つ、てめぇの言ってることが本心だったとしてもな」

 返されたのは、内に響かぬ事の、ありありと分かる低音。ギドは袋をブーツの底で押し、クローヴィスの方へと突き返す。

「人間からの汚ぇ施しなんざ受けてたまるかよ。飢えて草でも食ってる方がマシだ。お前らは敵なんだよ、誰であろうと」

 

 切って捨てるような口調。

 だが、それでも一切諦めないのがクローヴィスという男である。草地に正座で改めて座り直すと、背筋を伸ばした。

 

「分かった。施しという名目が嫌なら、貢物という事にしようじゃないか。私は降参する。これを渡すから、その代わり手荒な真似は止めて欲しいと……。実際さっき脅されていた訳だし、一応筋は通ると思うが、どうかな?」

 言いながら、まるで献上品のように恭しい態度で、再度袋を差し出す。

 遮楽がやれやれと首を振った。

 

「……何なんだよお前さっきから……! 訳分かんねぇよマジでバカかよ……頭にスライムジェル詰まってんじゃねぇの……」

 頭を抱え、心底げんなりした様子で呟くギド。

 

「……まァ、粘るだけ時間の無駄だとは言っておくぜ。あっしの時もそうだったが、こうなりゃ梃子でも動かねェよ」

 横合いからため息交じりの助言が挟まれる。どこか突拍子も無い彼の言動が、ひりひりと張り詰めていた空気を若干弛緩させていた。

 

 さて、ギドはその後小さく唸りつつ、数秒対応を迷ったように固まっていたが。

 

「……ったよ……受け取りゃいいんだろ受け取りゃ……!」

 舌打ちと共に吐き捨て、突如袋の口を乱暴に掴む。

 

「ただし、てめぇからじゃねぇ」

 そして鋭い目付きでクローヴィスを睨むと、

「遮楽」

 低い声で彼の名を呼んだ。

 

「コイツは手切れの証だ。アンタからコレを貰い受けるのと引き換えに、オレらは完全に手を引く。もう金輪際関わらねぇ……せいぜい死に損なった命、大事にしやがれ」

 そう言って顔を伏せると、重苦しい吐息交じりの言葉を続ける。

 

「それで……いいよな」

「あっしは何でも構わんぜ」

 それに対し遮楽の反応は、相変わらず冷静なものであった。

 

「向かって来たところでどうせ返り討ちにする。どう転ぼうが変わらんさ」

「……はっ。そうだよなぁ……。相変わらずバケモンだよ、アンタは」

 片手で顔を覆い、泣き笑いのような声を洩らすギド。

 

「ああ、良かった! ずっと拒否されっぱなしだったらどうしようかと!」

 そんな中、あまりにも場違いな明るい声が発された。クローヴィスは目を輝かせ、袋の口ごとギドの手に両手を重ねると、晴れやかな笑顔で言う。

 

「ありがとう! もしもまた困ったら訪ねて貰えると嬉しいよ。いつでも力になるとも!」

「話聞いてたのかてめぇ!? 手切れっつったんだよ! 二度と面見せんな離せコラバカ野郎!」

 

 彼の手を振り払うと、ギドは少々顔を顰めながらも立ち上がり、周囲を見回すと声を掛けた。

「お前ら、立てるか? ……聞いた通りだ。撤退するぞ」




 自力で歩ける者達が、それが困難な者に肩を貸し、襲撃の一団は退いていく。

 壮絶な乱戦の余韻は過ぎ去り、草地に残る乾いた血痕のみが、起きた事を言外に伝えていた。


 その様子を、遮楽は無言で見ていた。時の止まったように身じろぎ一つせず、表情も変えず。

 

「ギド」

 ただ、敗走するその背中に向かい、一声だけ掛けた。

 ぴくりと反応し、呼び止められた彼の足が止まる。

 

「これからどうすんだ……団の頭張ってやっていくのか」

 その問いかけに、ギドは振り向きもせず、背中越しに答えた。

 

「……言ったところで、何になんだよ。もうアンタにゃ、関係ねぇ話なんだろ?」

 その言葉に遮楽は、それもそうだな、とだけ呟く。そして後は何も言う事無く、小さくなる後ろ姿を見送った。

 波が静かに引くように――戦いの幕は閉じていった。


 そして、彼らの姿が完全に見えなくなってから、数秒後。


「さて。盗賊団は追い出され、信じた仲間とも絶縁。めでたく行く宛て無しの独り者って訳だ」

「遮楽……」

 彼らの去っていった方を見つめたまま、独り言のように呟く遮楽を、クローヴィスが悲壮な表情で見る。掛ける言葉が分からず、曖昧に上げた手を無意味に彷徨わせた。

 

「……だが、これでようやく後腐れも無ェ」

「え?」

 

 遮楽がクローヴィスに向き直る。すると計ったかのように、強い追い風が吹き抜けた。背で風を受け毅然と立つその姿は、これまでに受けた仕打ちの悲惨さにも、信頼していた仲間を失った痛みにも、なお揺るがぬ力強さを感じさせた。

 

「アンタ、言っていたな。全ての種族が手を取り合って、共存できる世界を実現させたいと」

 不意に問い掛けられたそれに、クローヴィスは多少面食らいながらも頷く。

 

「あ、ああ……。勿論。皆が無暗に憎み合わず助け合えるなら、こんな素晴らしい事は無いじゃないか。私の手には余り過ぎるくらいの話だが、せめて一本の架け橋にはなりたくて」

「何度聞いても夢物語だ」

 クローヴィスの言葉を切って捨てるように、遮楽は表情を変えずそう言うと鼻を鳴らした。

 

「人間様のご身分で、随分と世間知らずな事を言うモンだ。陽の当たる場所しか知らねェお坊ちゃんの、寝言にしか聞こえねェな。実際に迫害を受けてきたあっしらからすりゃアンタ、とんだ大馬鹿者だぜ」

 

 容赦無く浴びせられた、厳しい言葉。胸を抉られ、クローヴィスは唇を噛むと俯く。反論の素振りすら見せない。

 彼から言われずとも、理屈では内心分かっていたのだ。実際どれだけ声を上げようと、賛同する者が現れるどころか、孤立を深めるばかりだったのだから。それでも何か言わねばと、彼は何もまとまらないまま震える唇を開く。

 

「そ、それは――」

「……だが、案外全てをぶっ壊して変えちまえるのは、そういう大馬鹿者なのかもしれねェ」

「……え」


 そんな苦し紛れの声が、冷静な一声に打ち消された。

 嘲笑や皮肉の色は無い。むしろ込められていたのは、芯の通った真剣味。

 

 突然の肯定にクローヴィスは戸惑い、顔を上げると揺れる瞳で遮楽を見た。彼は相変わらず、ぴたりと前のみを向いている。


「最初こそ、腐るほど居るような口先だけの野郎だと思ったんだがよ……。何とも面倒な事に、アンタはどうやら本気だ。本気で……無茶をやろうとしてやがる。そんで大した腕っぷしも無ェくせに、平然としたツラで突っ込んでいくのを見てたらよ」


 鼻で軽く笑いながらも、声には微かな熱が帯びていった。

 

「変に感化されちまったのかねェ。段々とあっしも……その行く末に興味が湧いた。アンタのような酔狂が、本当に今をひっくり返しちまえるなら、その瞬間を見届けてェと思ったんだよ」


 そこで照れ隠しのように空を仰ぐと、後頭部を掻きつつ言葉を続ける。

 

「ま、言い換えりゃァ……アンタの呆れるぐれェのひたむきさに、一丁賭けてみたくもなったって訳だ」

「遮楽……!」


 沈んでいたクローヴィスの表情が一転、たちまち綻び、明るくなった。

 

「ありがとう。あぁ、そう言って貰えるだけでも、私はとても救われるよ……」

「いや、待て。まだ話は終わっちゃいねェ」


 ほっと胸を撫で下ろす彼へ、遮楽は掌を向けると改まった声音で言った。きょとんと瞬きをするクローヴィス。

 

「そんなデケェ博打を打つってんなら、相応の担保が要るだろうよ。だが残念な事に今のあっしは、張る価値のあるモンなんざ何も持ってねェ。唯一差し出せるとすりゃァな――」

 

 おもむろに、彼は親指で自らの胸を指し示す。それは重く力の籠もる仕草であった。

 

「ただ一つ残った己の身……この命だ。これを、全てアンタに張る。高値は付かねェだろうが、どうせ一度は放り捨てたようなモンだ。好きに使え」

「えっ、な、何言って……!? 駄目だよ! 軽々しく命を差し出すなんて言うのは……。そんな自棄な真似」

 クローヴィスが慌てて口を挟む。しかし遮楽は首を左右に振った。

 

「別にヤケクソになってんじゃねェさ。あっしは元々どうしようもねェ悪党、後ろ暗ェ事は何だってやってきた屑だ。どうせ碌なくたばり方はしねェだろうよ。そんなら、それまでせいぜい誰かの為に……ってェのもまァ悪かねェ、そう思ったまでだ。しかも都合良く、あっしを頼りてェなんて物好きがいるときた」


 口元が吊り上がる。挑戦的な表情の中に、これからの生き方を受け入れる決意が見て取れた。

 

「いいぜ。生憎と学も無けりゃ頭も大した事ねェが……ま、用心棒ぐれェなら役に立てるだろう。向こう見ずに突っ走るにゃ、邪魔を問答無用で蹴散らす力も必要だ。あっしがその力を担う。汚れ仕事でも何でもやらせな。それこそあっしの領分だ」

「わ、私は、別に君を道具のように扱うつもりは――」

「扱え。遠慮なんざすんな。手に余る大それた夢ェ掲げてんなら、使えるモン全部使うぐれェの度量は必要だろうよ」


 有無を言わせぬ彼の口調に、クローヴィスは数秒、言葉を失う。震える手を胸に当て、どこか迷いの伺える声で問い掛けた。

 

「……本当に、良いのかい……? こんな私に、この先も付いて来てくれるというのかい?」

「あァ。何より、アンタにゃ命拾いさせられた大きな借りがある。いくら屑でもなァ、恩義にすら報いず平気なツラ下げていられるほど、落ちぶれちゃァいねェんだ」

 フッと一つ肩を竦めて笑った遮楽は、ズボンに掌を擦り付け血や土汚れを拭うと、指を緩く広げ差し出した。分厚く、皮膚の固くなった無骨な男の手。

 

「そんな訳でな、まァ……これからも厄介になるぜ」

 対するクローヴィスは息を呑むと、目を大きく見開いた。たちまちその瞳が潤んで光を帯び、口角と共に上がった頬へ赤みが差す。そして遮楽の手へ飛びつかんばかりに駆け寄ると、両手で包むように握った。影が二人分、重なる。

 

「遮楽……ありがとう……! 君が傍に居てくれるなら、これ程心強い事は無いよ!」

「おう。アンタに……おっと、そうだ。こうなりゃもうアンタだの兄ちゃんだの、舐めた呼ばわり方をする訳にゃいかねェよなァ」

 

 そう言うと遮楽は握手を解いて一歩下がり、握った両拳を体の横に降ろすと、クローヴィスに向かって深く頭を下げた。

 

「これまでの度重なる無礼、どうかお許し願いてェ。以後宜しく頼みやすぜェ……クローヴィスの旦那」

「そ、そんな!? 何も召使いになれと言っているんじゃないんだよ! これまで通り友達で良いんだ。普通に接してくれ、普通に」

 慌てふためき両手を振るクローヴィス。主人、と呼ぶにはあまりにも重々しさや威厳に欠ける姿ではあったが……遮楽は、どこか満足そうであった。


「さて、記念すべき初仕事はっとォ……ま、部屋の片付けからですかい? 野郎共、派手に散らかしてくれやがったんでねェ」

「ああもう、すっかり語尾まで変わって……他人行儀で少し寂しいじゃないか。だがまあ、そうだな……ひとまず、割れた硝子を片付けないと。うっかり踏んだら危ないし。遮楽も中でゆっくり体を休めないといけないよ。手当もしたいから、付いて来てくれ」

「おう、承知でさァ」


 ぐるりと腕や肩を回しながら軽い口調でそう返し、クローヴィスの背を追って一歩踏み出した遮楽の体が――


 不意に、大きく傾いだ。


「ぐっ……!?」


 揺らぐ重心に耐えられず、次の瞬間草地へ倒れ込む。ドサッという重い音を耳にし、振り返ったクローヴィスが驚愕の表情を浮かべた。


「遮楽っ!?」

「へッ……あーァ、早速とんだ醜態晒しちまって……情けねェ用心棒もいたモンだぜ」

 ごろりと仰向けになり、冗談めかしヘラヘラと笑う遮楽。しかし冷や汗の滲む顔は少々気まずげである。


「ちょ、やっぱり君とっくに限界だったんじゃないか!? 瘦せ我慢なんかしないでくれ頼むから! すぐに回復っ……も、もう部屋の片付けは私に任せて、君は此処でじっとしているんだ。いいか、無理に動くんじゃない……あぁそうだ、命令! そうこれはその、私からの命令だ。絶対に休む事!」

「ほォ。早速態度が板に付いてきなすって……流石だねェ、旦那」

「軽口を叩いてる場合じゃないだろうに……! そ、それじゃあ待っていておくれよ!?」

 

 大慌てで部屋に走っていくクローヴィスを眺めながら、遮楽は気づけば口の端で微笑んでいた。

 それは己の道を決めた者の、どこか吹っ切れたような清々しげな笑みであった。


 理想を抱き走る若き研究者と、付き従う荒くれた用心棒。

 歩む道を同じくした二人の前途を祈るように――澄んだ夕風が、颯爽と吹き抜けていった。


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