【第二十四話】凶刃
【前回のあらすじ】
一晩かけ、土砂降りの雨は止んだ。昨夜とは打って変わり普段通りの振る舞いを見せるギドに、内心杞憂であったかと胸をなでおろす遮楽。だが安心したのも束の間、彼の日常に微細な違和感が生じ始める。子分達のどこか不自然な態度、妙な距離感……。釈然としないながらも普段通り過ごしていたある日、ギドから二つの襲撃作戦が提案された。
翌日。盗賊団アジト内は、作戦決行前特有の物々しい雰囲気に満ちていた。
今は最終確認、兼腹ごしらえの時間である。皆パンとスープの軽食を傍らに、真剣な面持ちで座っている。輪の中央では地図が広げられ、計画やルートの摺り合わせが行われていた。
「いいなお前ら」
片手で地図を叩き、ギドが周囲を見回した。
「この作戦が成功すりゃ、この盗賊団は一歩前進する。正念場だぜ……気ぃ抜くなよ」
へい、と緊張感のこもる返事が一斉に上がる。落ち着かない様子で座り直す者、武器の状態を確認する者と、その仕草は様々である。
そんな中、普段と変わらぬ落ち着き様で腰を据えていた遮楽は、ちらりと横目で隣を見た。同行予定である赤毛の子分が座っているのだが、手にしたパンを口に運びもせずじっと握っている。視線はキョロキョロと終始定まらず、露骨に緊張している様子である。
「……おい」
流石に見かねて、声を掛けながら彼の肩を手の甲で軽く叩いた。
「ふぁひっ!?」
過剰に反応した赤毛がビクッと肩を跳ねさせ、遮楽を見る。
「何を怖がってんのか知らんが、今は食え。いざ襲うって時になって、空腹で力が出ねェだの何だの言われたって面倒見切れねェからな」
「へ、へいぃ……」
力無く返事を返した彼は、もそもそと小さくパンを齧り始めた。遮楽はやれやれと首を振ると、スープの入った椀に口を付ける。柔らかく煮込まれた豆や根菜を咀嚼した。
「……ん」
その時、ふと遮楽の顔が僅かに動いた。こちらをじっと見つめていたギドと目が合う。
「どうかしたか?」
「あぁ、いえ」
尋ねられ、少々気まずげに笑った彼は、大したことではないという風に片手を振った。
「スープの味、いかがですかい。ちぃと味付けを変えたと炊事当番の奴が言ってたんですがね」
「へェ、そうだったのか? ……ん、まァ……悪かねェな」
言われてみれば、少々濃い味になっている気がしなくもないが。料理に関して大雑把な彼は、あまり気にせず一息に飲み干す。
「……でしたら、良かったです」
それを見たギドは座り直すと、自身も椀を手に取り傾けた。現在時刻は昼前。動き出す瞬間が迫っている。
ほどなくして、出発の時となった。各自装備を整えた団員が、アジト前に集まっている。
「それじゃあ、行ってきますぜ」
そう静かに言ったのは、村襲撃のチームを率いる、アルバンと呼ばれた男であった。使い慣れた長剣を背に、ギドと遮楽を見る。
「安心して待っていてください。きっと満足する結果にしてみせやす」
「ああ……首尾よくやれよ、頼んだぜ」
頷いたギドに会釈を返し、彼は背を向けた。歩き出すその後に、続々とその他の子分が続いていく。
「……さ、オレらも向かいましょうや」
彼らの姿を見送ったのち、ギドが振り返った。
「あァ、頃合いだな」
「う、うっす……!」
遮楽が応じ、その隣に立つ赤毛も拳を握り締める。そして三人は、襲撃の拠点であるガルバラ峠へと向かったのだった。
その峠は、崖に挟まれた一本の細道であった。蛇行しながら伸びる道の幅は、荷車を一台通すのがやっとと言ったところ。舗装などされておらず、地面には小石が散乱し、状態はお世辞にも良いとは言えない。そのため人の気配も一切なく、ただ谷間を吹き抜ける風と、擦れ合う草の密やかな音だけが辺りに響いている。
そんな峠道を見下ろす崖の中腹に、遮楽達は待機していた。まばらに立つ針葉樹や岩の陰に身を潜めながら、眼下の道を見張る。風雨に削られた岩肌が成した、無骨な稜線。殺風景な景色ではあるが、息を殺して潜む者にとっては絶好の待ち伏せ場所でもあった。
「見晴らしは良いな。霧が濃く出てりゃ厄介だったが……これなら心配は無ェだろう」
鉄剣をいつでも抜けるよう差し直し、地べたに腰を下ろした遮楽が言った。
「ええ。まだ少し時間があるはずですぜ。あとは根比べって奴でさ」
その隣で、使い込まれたスコープを覗き込みながらギドも口を開く。そして傍らに置いた革製の袋の紐を解き、次々に道具を出した。先端に鉄杭を結びつけた麻縄、目くらまし用の煙玉、様々な刃物……と、確かめるように置いていく。
「……相変わらず周到だなァお前は。毎度その荷物じゃ重てェだろう」
遮楽はその様子を頬杖をついて眺めながら、ぽつりと呟いた。
「心配性なもんでねぇ。想定できる範囲で、何が起こってもいいようにゃしとかねぇと」
当然のように答えるギド。
そしてある程度準備が整えられ、しばらく経った後、彼が周囲を見回しつつ立ち上がった。
「念のため、斥候をしてきやす。もしかしたら、オレら以外の盗賊連中が張ってるかもしれねぇ。かち合えば厄介な事になりやすから」
「そうだな。頼んだぜ」
遮楽のあっさりとした送り出しに軽く頭を下げ、横に座る赤毛の背中を叩く。
「お前、しっかりやれよ。ここまで付いてきたんだ。足引っ張んじゃねぇぞ」
「へいっ! お、お気を付けて……!」
声をひっくり返しながらも敬礼を返す赤毛。
そしてギドの姿が遠ざかり、その場には遮楽と赤毛の二人が残された。
「…………」
遮楽は、見るからに張り詰めている彼の横顔を眺める。いつもは少々お調子者で口数も多い男なのだが、今日はその影すら無い。
「しっかし、どういう風の吹き回しだ? 急に名乗りを上げるなんてよ」
手持ち無沙汰に剣の柄を弄びながら、こちらは微塵の緊張も無く問い掛ける。
「そ、そりゃまぁ……あん時言った通りです。おれ、早く頭みたいな強くて頼れる存在になりたくて……。それには、頭に付いてって戦い方とか、間近で見るのが一番手っ取り早いかもって」
言葉の威勢の良さとは裏腹に、おどおどと答える赤毛。
「そいつは間違いじゃねェが……だったらもっとどっしり構えられるようになんな。何も無ェ場所にガン付けてどうすんだ。あれこれ心配したって始まらねェだろう」
「そそ、そうですよねぇ! 頭も兄貴もいるんですもんね!」
彼は取って付けたように笑い、無意味に忙しなく周りを見回す。そして、服の裾を摘まむとぱたぱたさせた。
「えと……か、頭ぁ、ここ暑いっすねぇ」
「そうだな。こうも日が高ェと気が滅入る……。耐えて待ち伏せるにゃ酷な時間帯だったな」
遮楽も額に手をかざし、空を見上げた。白む日差しが容赦なく照り付けている。風はあるものの、生ぬるい。じっとしているだけでも汗が滲むほどである。
「のっ……喉、乾いてないっすか? 水、持ってきたんで、へへ」
そう言って、彼は腰の革ベルトから真鍮製の水筒を外すと差し出した。形は平べったく、角の丸い四角形をしている。
「気が利くのは感心だが、むしろそれ飲むべきはお前じゃねェのか? ソワソワしっぱなしで見てるこっちが落ち着かねェよ」
「いっ、いや! おれは自分のがあるんで! これは頭用なんでさ!」
「そうか? ……なら良いんだが……」
やたらと遠慮している赤毛に怪訝な顔をしつつも、遮楽は水筒を受け取る。しかしすぐには飲もうとせず、一旦その場へ置いた。日の光と自身の姿を反射するそれを何とはなしに眺めながら、おもむろに口を開く。
「……なァ」
「へっ、へい!?」
素っ頓狂な声で相槌を打った彼へ、視線は動かさず続けた。
「お前さっき、あっしみてェに強くなりてェだの何だの言ってたがよ……どうも勘違いしてるフシがあんぞ」
「勘……違い……?」
「そうだ。一人前に強くなりてェんなら、上辺の戦い方ばっか真似てんじゃねェ」
そこで改めて、遮楽は赤毛を見た。顔は無骨な無表情のままである。
「まず体が作られてねェから、武器もほとんど扱えてねェじゃねェか。振るってより、振られてんだよお前の場合。剣一つ取っても……力任せに無理やり振り回してっから、軌道が大袈裟で切り返しも遅ェ。戦法がどうこうより、まずは武器の重量に足るだけの腕力を身に付けんのが先だろうが」
水筒の蓋を爪の先で軽く叩いた。カツカツと金属製の表面が小さく硬い音を立てる。
「後はそうだな……。腕を振る時にいっつも肩が上ずってんのと、視線だな。自分じゃ気付いてねェんだろうが、焦ると視線が足元に落ちる癖があるぜ。相手を見ねェでどうすんだ」
まるで世間話でもしているかのような、何気ない口調と声音。
しかしそれとは対照的に、赤毛の目は驚きで見開かれた。神妙な表情で、やや俯く。
「そ、そんな……」
握り締めた両手をじっと見つめつつ、発されたのはやや語尾の震えた声。
「そんな細けぇトコまでいつも、見てくだすってたんですか……!? おれみたいな下っ端を……」
「なんだ、何も考えずに、ただ武器握らせてたとでも思ってたのか?」
見くびられたモンだとヘラヘラした笑い混じりに言う遮楽。そして視線を外すと、短い髪を掻き上げあらぬ方向を見ながら言った。
「いくらでも替えの利く、ただの捨て駒ならそれでも良いんだろうがな。あっしはんな事思っちゃいねェさ。下手打って捕まったり、ましてや死なせたりする訳にゃいかねェ……。盗賊稼業に駆り出させる以上、その責任は感じてんだよ、こう見えてもなァ。だからあんまり先走るんじゃねェぞ? 使いっ走りばっかやらせてんのも、ちゃんと理由あっての事だ」
静かにそう語ったが……やがて真面目なセリフを吐くのをむず痒く感じたか、彼は一度流れを切るように掌で膝を叩いた。照れ隠しとも取れる咳払いを挟みつつ、横目で赤毛の顔を見る。
「……ま、せっかくのやる気を潰しちまうのももったいねェわな。帰ったらその辺、じっくり鍛えてやんのも悪くねェかもしれねェ。ただし、相応のシゴキがあるからな。食らい付くつもりなら、覚悟しとけ」
「…………」
赤毛は黙り込んでいた。ただし何か言おうとして迷っているらしく、唇は曖昧に動き、目線もやや泳いでいる。必然的に静けさが生まれ、それに気まずさを覚えた遮楽は頬を掻く。
「……ヘッ、説教臭くなっちまった。喋り過ぎで余計に喉も乾いたしよ」
自嘲気味な笑いと共に会話を切り上げ、一度置いた水筒を手に取った。やや結露し、ひんやりとした温度が掌に伝わる。ネジ式の蓋を回して外せば、弾みで中の水が揺れた。
「……あ……」
すると赤毛が顔を上げ、その口からほんの小さく声が洩れた。だが遮楽はその様子を意に介さず、飲み口を近付ける。
次の瞬間。
「……だっ……!」
――赤毛の体が跳ね上がった。
「ダメっすそれ、飲んじゃッ!!!」
突如発された、錯乱したような叫び声。
そして飛び掛かると――勢いよく水筒をはたき落とした。
「うおっ!?」
驚いて目を見開く遮楽。軽く持っていただけの水筒はあっさりと吹き飛び、地面に転がった。零れた水は乾いた砂へ即座に吸収され、濃い染みを作る。
「お、おい! 何しやがるっ……!?」
思わず立ち上がり、声を荒げかけた彼であったが――赤毛の様子がおかしい事に気付き、言葉を切った。
血の気の引いた真っ青な顔で、小刻みに震えながら、嗚咽するかのような不規則な呼吸を繰り返している。その目には、今にも溢れて落ちそうなほどの涙を溜めていた。
「どうした……お前……!?」
「わ、分かんねぇすよ、おれもう分かんねぇ。どっちが正しいかなんて」
状況が呑み込めないままの遮楽に対し、赤毛は泣きそうな声を必死に絞り出した。
「けど……やっぱ……やっぱ無理っす、こんな良くしてもらって、裏切るなんて、そんな」
激しく頭を振る。赤い髪が揺れる。そして彼は顔を上げて真っ直ぐ遮楽を見上げると、悲壮な表情のまま大きく息を吸い込み口を開いた。
「頭、逃げてくだせぇ! 本当は、おれ達本当は……!」
――刹那。
風切り音が、二人の会話を裂いた。
遮楽の視界の端を、何かが横切る。それを知覚したのと、鈍い音が耳に届いたのは、ほぼ同時だった。
「あ、ぎっ……?」
彼の口から、言葉になれない声が洩れた。
その首に……無骨な矢が深々と突き刺さっていた。茶色い矢羽が、命中の衝撃で僅かに震える。
自身の状況を把握すらできず見開かれた目。その瞳から、急速に光が失われてゆく。
息を詰まらせ、喉元へと手をやる。その指は激しく震え、何とか引き抜こうとしているのか、あるいはただ苦しみにもがいているのか判別できない。バランスを失い、フラフラとよろめく体……それが、後方に傾いだ。
「おいッ!?」
我に返った遮楽が咄嗟に手を伸ばす。しかし指先が届く寸前、覚束ない足が切り立った崖の淵を越えた。虚空を踏むその足は、当然何にも支えられる事無く。
次の瞬間、赤毛の体は崖下へと消えていった。峡谷に響くドッという重く、生々しい水気を感じさせるような音。ただ地面に点々と落ちた血の跡だけが、先程まで彼の存在した証を残していた。
「な……!」
あまりの出来事に絶句する遮楽。
しかし彼の培った経験と戦闘勘が、思考停止を許さなかった。ほぼ反射的に矢の飛んできた方向を振り向き、不意打ちしてきた何者かの居場所を探ろうとする……が。
――ドスッ。
突然、鋭い衝撃が脇腹に加えられた。一拍遅れて、熱さに似た感触を覚える。
思わず触れると、ぬるりとした鮮血が掌に付着した。
見れば……そこには、細身のナイフが突き刺さっていた。中央に溝の彫られた、鍔が無く滑らかな形状の投げナイフ。見覚えのある代物であったが、それが何かに思い至る前に、思考が痛みへと上書きされる。
「ぐっ……!」
思わず膝を付いた遮楽の耳に、足音が届いた。
「……土壇場で怖気づきやがって、腑抜けた野郎が」
冷たく静かな声音。
「……!!」
それを聞いた遮楽の表情が、驚愕で強張る。
ゆっくりと岩陰から姿を現した者。
くすんだ金の長髪、耳にいくつも刺さったピアス。間違えようもなく、すっかり見慣れたその姿――ギドであった。片手には、手製のボウガンが提げられている。
「お、お前……」
混乱がありありと見える、絞り出すような声。しかし彼は、そんな声などまるで聞こえていないかのように無反応であった。
そしておもむろに道具袋から球状の物体を取り出すと、少し離れた場所に勢いよく投げる。固い地面に叩きつけられたそれは破裂音と共に割れ、中から白い煙が立ち上った。
その球の正体は、仲間に合図を送るための狼煙である。盗賊団内で頻繁に使われるもので、煙は色ごとに異なった意味合いを持つ。
さて白い狼煙、それは“計画通り”の合図だった。
「あー危ねぇとこだった。チッ、どいつもこいつも信用ならねぇったら……」
「なっ……何の、つもりだ……!? 斥候はどうした、キャラバンの」
「キャラバン? ハッ。まだそんなこと言ってんのか。んなもん来ねぇよ」
吐き捨てるように言い放つギド。遮楽はいまだ混迷の最中にいた。しかし彼の冷ややかな声と視線、そして今まさに自身の肉体を苛んでいる投げナイフ――明確なる攻撃の意図。裏切り。それだけは、否応なく理解を迫られる。
「てめェ……冗談じゃ済まねェぞ、一体何だってんだコレはァ!」
鬼の形相でギドを睨み付けながら、脇腹に刺さったナイフを引き抜いた。途端にせき止められていた血が傷口から溢れ、痛みで一瞬息が詰まり、歯を強く噛み締める。その苦痛を振り払うかのように赤く濡れたナイフを投げ捨てると、腰の剣を抜いて立ち上がろうとする。
ところが……不意に視界がぐらりと揺らぎ、まるで糸の切れた操り人形のように、地面に倒れ伏した。
「ぐぉ……」
剣の柄を掴もうとする指先が、痙攣したように震えている。
「即効性の毒だ。量が少ねぇから死にはしねぇがな」
その様を見下ろしながら、ギドは無感動に言った。
「あと、今朝アンタが食ったスープの器にも毒は入ってたんだぜ? 気づかず美味そうに食ってやがったけどなぁ。こっちは効きが遅ぇがじわじわ痺れてくる。どうだ、目は回るし全身鉛みてぇに重くて動けねぇだろ」
二重に体内へと取り込まれた毒の相乗効果が、体を完全に支配する。必死で地面に爪を立てるが、身を起こす事すら叶わない。もはや遮楽の全身は、急に他人のものにすげ替えられたようであった。それなのに、這い回るような痛みばかりが、頑なに己自身の感覚を主張してくる。
「騙してた、のか……最初から、このつもりで……!?」
だがそれ以上に重く圧し掛かってくるのは、最も信頼し右腕と呼んでも過言ではなかった存在が、今まさに反逆の刃と敵意の眼差しを向けているその事実であった。
目の前の男がギドである事は疑いようが無い。しかし、まるで全く知らない別人と相対しているかのような錯覚に囚われる。彼の姿が酷く歪んで見えたのは、毒の影響だけではあるまい。
「どういう事だ……あっしに、何の恨みがあって……」
怒りよりも強く押し寄せる、混乱と焦燥。掠れたその声を聞き、ギドは意味ありげに目を細めると、感情をも凍てつかせた声で、やけに静かに言った。
「へぇ……? その言い方、本当に自覚も無かったんだな」
「な……んだ、と……」
「……もういいぜ。今更言ったところでもう何の意味もねぇ。アンタは終わりだ」
その時、ギドがふと顔を上げた。遠くの方に、立ち上る狼煙が見える。それは先ほどギドが上げたのと同じ、白い煙であった。
「おぉ、アイツらは上手くやったみてぇだな」
彼はせせら笑うと、再び遮楽へ視線を戻した。
「種明かしをしてやろうか? キャラバンはハナから噓っぱちだったが、収穫祭直前の村の襲撃、あれはマジの話さ。……けどな、本当の目的は村の備蓄なんかじゃねぇ。それどころか、この際戦利品なんざどうでもよかったんだよ」
愉快そうに両手を広げ、勝ち誇ったような声を浴びせる。
「オレ達がやりたかったのはなぁ、わざと目立って追わせて、村の人間共をここまでおびき寄せることだ。適当に暴れて逃げろと言ってあるからな。もうすぐ、まんまと乗せられて怒り狂ったバカな連中がこぞってやってくるぜ」
「何……クソ、子分の奴等まで、グルか……」
噛みしめた奥歯がギリと微かな音を立てる。何も気付いていなかったと言えば嘘になるであろう。明確な前兆はあったのだから。急によそよそしくなった態度、それとは対照的な過干渉、言動の端々に滲む隠し事の疑惑……。確かに感じ取っていた。
だが、取り合わなかったのだ。目を逸らし続けた。彼らに限って今更牙を剥く事など無いだろうと、さして問題にしなかった。信頼していたと言えば、聞こえは良いのだろうが。
今のこの状況は……そんな危機感の薄さ、ある種の傲慢さや鈍感さに対する、報いだとでも言うのか。
「やっと分かったか。アンタの周りにゃ敵しかいなかったんだよ。それだってのに悠長に振舞ってたなぁ。オレはもう笑いを堪えるので大変だったぜ。異常に勘の鋭い難敵と買い被ってたが、やってみりゃ案外チョロいもんだ」
煽るような声音。口の端に、悪辣な笑みが浮かぶ。敵……はっきりと発音されたその単語が、深く刺さった。
「村の人間共は、捕まえてとっちめるつもりで必死にここまで追いかけて来るだろうな。けどよ」
そう言ってから、ギドは遮楽の目の前にしゃがみ込んだ。いつものどこか油断ならない鋭さを湛えた瞳が、今はひと際冷酷さを宿して見つめている。
「そんなマヌケ共に捕まるオレ達じゃねぇさ。だが一人だけ、不運にも負傷して動けねぇ奴がいる……。後はもう分かるな? 逃げ遅れたアンタは、これから奴らの餌食になるんだよ。考えただけでも恐ろしいよなぁ? きっと、寄って集って袋叩きだ。奴らにとっちゃオレ達は、その辺の害虫と変わりねぇのさ……反吐が出るぜ」
「……てめェ……!」
彼の描いた絵が明らかになるにつれ、遮楽の眉間の皺が深くなる。これまで絶対の敵だと唾棄してきた存在へ、あろうことか自分を差し出そうとしているのだ。
それが彼にとってどれほどの重さを持つ行為か、皮肉な事に一番よく分かっているのは、遮楽であった。
「一体何がしてェんだ、こんな大掛かりな仕掛けまでしやがって……。いつからだ……いつから、こんな事考えてた……!」
低く呻くようなその声は、縋る様にも似ていた。信じていた者に手痛く背を向けられた現実が、この期に及んでまだ受け入れられずにいる。
「ふざけんじゃねェ……この……この裏切り者、が……っ!」
激情を含んだ、掠れ声の叫び。
それを聞いた瞬間――ギドの目の色が変わった。
植物のように感情を排し、終始冷徹であったその瞳に……明らかな怒りと憎悪が宿る。
「……どの口が言ってんだてめぇ……クソが……!」
直後、彼の手が動く。這いつくばった遮楽の首を両手で掴むと、強引に引き上げながら力を籠めた。
「がっ……は、ァ……!」
気道が締め上げられ、たまらず遮楽の口から苦痛に満ちた声が洩れる。引き剥がそうと必死に彼の手へ指を這わせるも、感覚の麻痺したそれでは僅かな抵抗さえ叶わない。徐々に、意識へ黒い靄が掛かり始める。
「……おっと危ねぇ。ここで殺したら台無しになっちまう」
しかし意識を失う直前、彼の手がぱっと離れた。地面へ倒れ込み、濁った呼吸音混じりに激しく咳き込む遮楽。再び何かを問おうにも、それが許される体の状態ではない。
「兄貴!」
その時、何者かの声が聞こえた。振り向くギド。
こちらに走ってきたのは、襲撃班の指揮を任されていた子分のアルバンであった。倒れている遮楽の姿を確認すると、息を切らせながらもニヤリと笑う。
「やったんですね……!こちらも首尾は上々です。もうすぐ人間共がここに躍り込んできますぜ。俺達も離れた方がいいです」
その後、続々と多数の足音が近付いてきた。
「おおすげぇ、ホントに倒してる……!」
「こんなに上手くいくなんてな……! 兄貴すげぇや!」
足音と共に、興奮したような声も聞こえる。
ザッ、と誰かが遮楽の傍に立つ音がした。一人ではなく、複数である。
「終わりだ……! お前、俺達を人間共に売るつもりだったんだろ!?」
「いかにも頼れる味方ですってなツラしておいて、裏じゃ人間共と結託して、自分だけ助かろうとしてたんだ。卑怯者!」
「そうはいかねぇからなぁ!? 甘く見てんじゃねぇぞ!」
「……何、だと……!?」
全くに身に覚えのない罵倒を受け、遮楽の目が見開かれる。しかしこれにより、ギドがいかにして彼らを丸め込み、扇動したか、その一端を窺い知った。
当然根も葉もない話である。だが彼らはこれまで積み上げた遮楽の行いよりも、ギドの巧みな口八丁を信じたのだ。虚偽にすっかり染められ、向けられた理不尽な憎しみ。それもまた残酷な刃となって、遮楽の胸を深く抉った。
「おーご苦労さん。上出来だぜ」
だがギドはあくまでも平然としていた。アルバンの肩を叩いた彼はおもむろに道具袋を探ると、中からいくつかの宝飾品を掴み出し、遮楽の周囲にばらばらと落とす。
「餞別だぜ、"頭"。もう二度と会えねぇだろうからな」
「こ……の……」
毒が完全に回り、もはや言葉すらまともに発せない遮楽。
「モタモタしてもいられねぇ、行くぞ!」
その言葉を合図に、全員の足音が遠ざかっていった。躊躇の様子など、微塵も感じられない。一人残された遮楽は、救いようの無い現実を前に動けず、ただうずくまる。
……その数分後、再び大勢の足音が自身に近づいてくるのを感じた。今度は子――分達ではない。彼らを捕えんと追ってきた……村の人間達のものである。
「クソどこ行った!? 逃げ足の速い奴らめ……!」
「ん!? おい……あそこに一匹いないか!?」
「怪我して見捨てられたのか? ざまぁねぇな」
「捕まえろ! ただで済むと思うなよ……!」
頭上から浴びせられる、人間の男達の声。怒りに満ち満ちたそれを聞きながら、遮楽は力の入らない拳を握り締めていた。
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