【第二十三話】違和
【前回のあらすじ】
連携の末、ジェムトータスを撃破した遮楽とクローヴィス。その後遮楽はアジトへと帰るが、途中で激しい雨に見舞われる。さらには奇妙な事に、一人出掛けたというギドが夕食時になっても戻って来ない。——夜も深まった頃、彼はようやく姿を見せたが、その様子はどこかおかしかった。豪雨と共に訪れた突然の異変に、遮楽は一抹の不安を覚えるのだった。
一晩かけ降り続いた雨天も、翌朝にはようやく晴れ間を見せた。太陽の光が無数の水溜まりや草露に反射している。風に乗って漂う湿った土の匂いが、昨夜の余韻を感じさせた。
「……全員いるよな? そんじゃ始めるぜ」
そして、アジト内部。団員が集まる中、気楽ながらもはっきりとした声音でギドが口火を切った。
行われるのは、朝の定例報告である。前に立つ彼を中心に、収支や物資状況の確認、情報の共有、仕事の割り振り等を行うのだ。
ギドに促され、勘定係や倉庫番など、それぞれ役割のある子分が慣れた様子で報告をしていく。
「まぁまずまずといったところか。少し余裕もありそうだし、矢束を買い足してもいいかもしれねぇ……いかがですかい」
そう言うとギドは軽い笑みを浮かべ、隣へと顔を動かした。
「……あァ、問題無ェ。任せるぜ」
問われた遮楽は、頷きと共に答える。無事に了解を得たギドは、再び子分達を向くと話を進めていく。
テキパキと指示を出し、場を回す姿は、これまでのものと何ら変わりなかった。昨日の様子が少々おかしかっただけに、遮楽は内心ホッとする。
(ま、あん時は気が立ってたんだろ……そんな事もあらァな)
彼と子分達とを交互に見ながら、人知れず息をついた。
「ギドの兄貴。そういや、昨日町に下りたときにちょいと聞いたんですが……」
すると区切りの良いタイミングで、一人が手を上げた。
「南の鉱山で、金鉱石が一気に掘れたって話が出回ってやした。もしそれが本当なら、掘ったもんを運ぶ荷車はこの近くを通るはず。一山当てるにゃ、いい獲物かもしれねぇですぜ」
ニヤニヤと手を擦り合わせる子分に、ギドも興味深げな視線を返す。
「そりゃ良いじゃねぇか。当然ある程度は護衛も付けるだろうからな。行くんならまとまった人数を用意した方が確実だとは思うんだが……」
そこで、ギドは再び様子を伺うように遮楽を見た。こういった派手な仕事には、彼が加わることも珍しくないためである。
「どうなさいますかい」
「なかなか面白そうな話だがな……」
遮楽は腕を組むと、首を横に振った。
「あっしは今日別件がある。ギド、お前が指揮を執ってやれ」
「別件?」
「あァ……覚えてるか知らんが、前にちょっかいかけてきたチャチな連中がいただろう」
ギドは間もなく思い出したようで、目を細めた軽蔑の表情で頷いた。
「ああ、一丁前に獲物を横取りしようとしてきた、あのハイエナ共」
「ソイツ等がな、どうせすぐ潰れると思ってたんだが、最近妙に羽振りが良いって噂でなァ……。どうやって力蓄えてんのかちィと気になってんだ。これから軽く偵察に行くつもりだぜ」
「なるほど……お一人で行かれるんですかい?」
「そうだな。襲撃ならともかく、ただの偵察に頭数揃えたところで目立つだけだ。なァにそこまで踏み込むつもりは無ェさ、余計な荒事にゃァならんだろうぜ」
それを聞いたギドは――何を思ったか、ほんの一瞬沈黙し、それから口を開いた。
「……承知しやした。確かに、縄張り争いなんかになりゃ厄介ですからね。頼んます」
「おう」
(……何だ、今の間は?)
微妙な引っ掛かりを覚えた遮楽であったが、その後もそつなく子分達の役割を仕切っていく彼の姿に不自然な点は無く、些細なそれはすぐに霧散していった。
「――これで朝の報告は終了だ。今日も励めよお前ら」
数分経ち、いつも通りの流れを終えたギドは、軽い鼓舞と共に場を締めた。
「お疲れさんです」
「失礼しやす」
すぐに、数人の子分達が持ち場へ赴こうと動く。遮楽も立ち上がると、隠密行動用のローブを肩に引っ掛け部屋を出ようとした。
「あー、お前ら。ちょっと待て」
すると、子分だけを呼び止めたギド。反応した彼らの足が止まり、振り向く。
「さっきの話の件もあるし、お前らに伝えておきたい事もある。一旦、全員このまま残っててくれ」
そして遮楽に体を向けると、会釈をした。
「じゃ、後のことはオレに任せて」
「頼んだぜ。日が暮れる前にゃ戻る」
そこへ小走りに寄ってきた子分が、遮楽へ剣を差し出した。
「頭、どうぞ。昨日砥いだばかりですんで、切れ味バッチリですぜ」
「おう助かるぜ、じゃァな」
それらを受け取り遮楽が背を向ければ、近くの子分達が続々頭を下げた。
「お気をつけて!」
一斉に掛けられる声。低く野太いものもあれば、まだあどけなさの混じるものもあるが、態度は皆同様である。
日常風景に見送られ、遮楽はアジトを出た。普段通りの一日の始まりを、朝の陽が出迎える。腰に差した剣の柄を、確かめるようにひと撫ですると、目的地へ一人歩き出した。
それから数時間が経過し……。特にトラブルが起きる事も無く偵察を終え、遮楽がアジトへ帰還したのは、昼を過ぎた頃であった。想定よりも少々早い戻りである。
「あっお疲れ様です!」
見張り台から声を掛けた子分が、梯子を使い降りてくる。
「帰ったぜ。留守中は何も無かったか?」
「へい、いつも通りで、へへ」
ぺこぺこ頷く子分。そして心持ちしゃっきりと背筋を伸ばした。
「それじゃあそろそろ、見張り交代の時間なんでっ! 失礼しやす!」
そう言うが早いか、くるりと体を反転させると、アジトの中へと駆けて行ってしまった。
「……何だアイツ、何をバタバタしてやがんだ?」
やたらと慌ただしい様子に、きょとんとして呟く遮楽。そして腰の剣を外しつつ、自身も入り口をくぐる。
アジト内中央の部屋では、数人の子分が各々の作業をしていた。遮楽の姿を見ると、戻られたんですね、お疲れ様です、と口々に声を掛ける。
「おう……」
何気ない返事を返しつつ、遮楽は室内をぐるりと見回した。
――いつもの彼らの様子には、変わりない……のだが。
いや、むしろ毎日目にしていた光景だからこそ、と言えるのかもしれない。
ごく僅かではあるが、違和感を覚えたのだ。
例えば、奥で武器の手入れをしている者。丁寧に刃の具合を確かめ、集中して作業しているように見えるが……傍らに置かれた砥石は水で濡らされてすらおらず、削りかすもほとんど見当たらない。
その上、皆の距離が不自然に空いているような気がする。やけに遠く散らばっているのだ。しかしその割には、中央へ寄り集まった配置の座布……。
それは直前まで作業そっちのけで膝を突き合わせていたのを、慌てて誤魔化しているようにも捉えられる。
(サボってたのをどやされるとでも思ってんのか? 別に急ぎって訳でもねェし、多少ダラけるぐれェ構やしねェんだがな……)
団の長である自分に、多少の恐れを抱くのも分からなくはないが。それにしても釈然としない気分である。
「か……頭、そんなにじーっとなされて……何か困りごとですかい? 出先で何かありやしたか」
すると、針仕事をしていた一人が顔を上げ尋ねてきた。
「……いや。あっしは部屋に戻ってるぜ。何かありゃ言え」
耳を掻きながら答えた遮楽は、その部屋を後にする。へい、という返事と共に、各自の仕事をする音が聞こえた。
そう、違和感とは言っても些末な事なのだ。少々何かが違う気がする……そんな事で、わざわざ悩む必要も無かろう。そう思考を切り替え、自室にてひと眠りでもするかと大きく伸びをしたのだった。
――が、そのごく僅かなズレは、その後も様々な形で、思いの外しつこく彼の日常に付き纏い始めたのである。
まず、子分達が頻繁に彼と同行したがるようになった。これまで実戦経験を積ませる為、狩りや襲撃に若い子分を連れて行く事は確かにあったものの、この頃それを自ら希望する者がやたらと多いのだ。
熱心なのは良い事であるし、付いて行きたいですと慕われるのも悪い気はしない。だがこうも頻発されると、慕ってと言うよりも――むしろ、単独で行動させまいとしているかのようにも感じてしまう。
より単刀直入に言うのであれば……まるで、見張られているような。
「…………」
またしても視線を感じた遮楽は、背後を振り返る。そこにいた子分はびくりと反応すると、それを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべ言った。
「へ、へへ。頭、どこか行かれるんで?」
「どこってまァ……そろそろ干し肉も少なくなってきたからな、ちィと山に入るだけだが」
「そ、そうなんすね! 俺も行こっかなぁ……」
「お前の動きは大振りが過ぎて狩りにゃ向かねェんだよ。それよりギド呼んで来い。飛び道具をアイツに任せる」
すると彼は、気まずそうに後ろを振り返りながら頬を掻いた。
「あっ……えーと、ギドの兄貴はっすねぇ、ちょいと今手が離せねぇみてぇで、自分の部屋で作業されてまして」
「……そうか……まァ、そんなら仕方が無ェな」
相槌を返しつつも遮楽は内心、またかという思いを飲み込んでいた。
第二の違和感。
子分達の変化と反比例するかのように、ギドが遮楽と共に行動する機会が、目に見えて減った。
無論、団の実務役として机上の仕事も担う彼である。アジトに籠りがちになる事自体は不自然ではないが……それでも、以前は獲物を襲うと言えば積極的に付いてきたというのに。
とはいえ、決して明確に避けられている訳ではなかった。顔を合わせれば変わらず気さくな態度で話し、毎度の食事にも顔を出す。重要な相談や報告は、必ず彼から遮楽に告げられる。その際の言葉や声音、表情や態度にも不審に感じる点は無い。
ここ最近、多忙を理由に活動がすれ違いがちなのは……全て、偶然に過ぎないのだろうか?
――そして、もう一つ。それは、遮楽が彼らの集まる場へ顔を出す時、稀に生じた。
何かしら談笑していた子分達が、彼の姿を見るなり会話を途切れさせる事があるのだ。
この日もそうであった。遮楽が火を囲む彼らの傍を通りかかると、それまで盛り上がっていたらしい話が唐突に途絶えた。笑いの余韻だけが妙に浮ついた空気を残し、子分達の間に気まずげな沈黙が広がる。
「……おい何だ。随分楽しそうだったってェのに、あっしにゃ聞かせられねェ話かよ」
軽い冗談めかした口調で言ってはみたものの、返ってきたのはやけに取って付けたような笑い声と曖昧な視線ばかり。
「へへっ、いえいえ、大した事じゃねぇですよ」
「えぇ、えぇ。くだらねぇ話でして……。頭に聞かせるにゃ恥ずかしいもんでさぁ」
予感や胸騒ぎというほど大層なものではない。
日々に支障をきたすような変化でもない。
それでもどこか喉に小骨が引っ掛かったような、奇妙で気味の悪い感覚。それを抱えながらも、遮楽は盗賊団の毎日を変わらず過ごしていた。
事態に変化が訪れたのは、それから数日後の事である。
遮楽は、一仕事終えて帰還したところであった。片手には、ある冒険者パーティーから奪い取った金品の詰まった袋を提げている。
そして、例によって彼は一人ではない。隣に視線を向ければ、まるで大事な宝物のように両腕でひっしと袋を抱きしめ歩く子分の姿がある。赤い髪をした下っ端である。
「お前なァ……」
呆れを帯びた溜息混じりの声で、遮楽は言った。
「全く何の為に付いて来やがったんだ? 攻撃空振って間合いに入られた程度で、慌てふためいてんじゃねェよ。あっしの助けになるどころか、すっかり足手纏いだったじゃねェか」
「め、面目ねぇです……!」
苦言を呈された彼は、情けない声でペコペコ頭を下げる。
「いや、おれもその、今回こそはと張り切ってたんですが」
「今回も何もあるか。そんなんだからお前、いつまで経っても小間使いなんだよ」
「でっ、でもおれ、焚き火の火ぃ起こすのは誰よりも早いですぜ!?」
「だからどうした阿呆が」
赤毛を小突きながらアジト内へ入る遮楽。
そして中央の部屋に足を踏み入れたところで、はたと立ち止まった。そこには多くの子分の姿があった為である。今は各自作業のために散らばっている事が多い時間帯で、この光景は少々珍しい。
「どうしたお前等、やけに雁首揃えて……」
「お帰りですかい。お待ちしてやしたぜ」
子分の輪の中で陣取るようにして座り、遮楽に声を掛けたのはギドであった。
「何かあったのか」
「戻られて早々悪ぃんですが、少々お時間ありますかい? 耳寄りな話ですぜ。偵察に行った連中が、良い情報を持ち帰ってきたんでさ。なぁ?」
そう言って斜め後ろに顔を向ければ、子分の一人が神妙に頷く。遮楽は荷物を無造作に放ると、ギドの前に腰を下ろした。
「……へェ。わざわざこうやって待ち構えてるって事ァ、よっぽどの儲け話なんだろうな?」
「そりゃもう、とびっきりですぜ。きっとお気に召すに違いねぇ」
不敵な笑みを口元に浮かべたギド。遮楽の表情にも自然と興味が滲む。彼はゆっくりと言葉を続けた。
「話は二つありやして。一つは馴染みの情報屋から買ったもんです。南の方にガルバラ峠ってのがあるでしょう……あそこを明日の昼、キャラバンが通るって話でさ」
「ガルバラ峠? あんな道も悪くて狭っ苦しい場所をか?」
片眉を持ち上げ、問い返す遮楽。ギドはその反応を予期していたかのように頷いて見せる。
「ええ。なんせそのキャラバンってのが普通じゃねぇらしいんです。王都方面から流れてきた品を秘密裏に売り捌く、いわゆる影の便ってヤツで……。だから大っぴらな護衛も付けられねぇで、人目に晒されにくい場所をコッソリ移動するんでさぁ」
そして声を落としニヤリと笑うと、手元で小さな円を描くような仕草をした。
「もちろん積み荷は一級品。高値で売れる宝石に、希少生物の素材なんかもあるって話ですぜ」
「成程なァ……。確かにあの峠で待ち構えりゃ、奇襲はやり易い」
遮楽の手が無意識に顎を撫でる。二人が話す様子を、周りで控えた子分達は黙して見守っていた。
「それに元が非合法なキャラバンなら、略奪に遭ったところで、そう易々と表沙汰になんざできる訳がねぇ。後の面倒事も少なくて済みやす……襲わねぇ手はねぇでしょう?」
ギドが肩を竦め軽く両手を広げてみせると、遮楽も鼻で笑った。
「そうだな。悪くねェじゃねェか」
「さてと……もう一つは、奇遇にもガルバラ峠からそう遠くねぇ位置にある村なんですがね」
ここでギドは一呼吸置き、視線を子分たちの間にゆっくりと巡らせる。
「そこがもうすぐ収穫祭の時期らしいんでさぁ。村民全員で朝から晩までどんちゃん騒ぎするそうですぜ。だから、今なら村の蔵に祭用の高けぇ酒やら肉やらがたんまり蓄えられてる。村の警護も傭兵なんざ雇えねぇんで、村の若ぇのがやってる程度だ。このタイミングで仕掛けりゃ、まとまった食料が手に入るってもんで」
「ほォ、そいつもなかなか面白そうな話だ。だが村一つ襲うってんなら、多少は準備が要るか……」
考え込む遮楽であったが。
「いや。実はそう悠長なことも言ってられねぇんですよ」
ギドは割って入るように言うと、険しい表情で首を横に振る。
「平和ボケした村のバカな人間共と言っても、さすがにそこまで考えなしじゃねぇ。収穫祭直前には、蔵に強力な魔法結界が張られるそうなんです。それが……明日の夜」
それを聞き、遮楽の眉間の皺がやや深まった。その場の空気がほんの少しの緊張感を帯びる。
「……へェ……。となりゃァ、どっちも明日まとめて掛かる必要があるって訳だな」
「何なら、どっちか捨てますかい」
探るような目付きで言うギド。その問い掛けに、遮楽はすぐさま挑戦的に笑うと、片手を振る。
「馬鹿言え。せっかく獲物が目の前にぶら下がってるってェのに、手も出さず引き下がる奴があるか」
それを聞いたギドの口角が、歪むように吊り上がった。満足げだが、底冷えする邪悪さを帯びた笑み。
「……そうおっしゃると思ってやしたぜ」
抑えた低い声音で言うと、やや前のめりに身を乗り出し、地面に片手を付く。そして真っ直ぐ遮楽を見ると、冷静に切り出した。
「編成はある程度考えてあるんでさ。村の方は、数で押し切っちまった方が都合がいい。多方面から一斉にかかって潰すんです。この作戦はアルバンを指揮役にするつもりですぜ」
言いながら、自身の左を指し示す。名指しされた男が前に出ると、背筋を伸ばし頷いた。彼は子分の中でも古株であり、ギドの信頼も得ていた。
「コイツは何回か人間共の村の夜襲を任せたこともあるし、武装も整えれば返り討ちに遭うことはまずないでしょうぜ」
「任せてください、兄貴」
頼もしく応じた彼に目配せをすると、ギドはそのまま続ける。
「逆に、キャラバンの方は道幅も狭ぇ上に、奇襲ってことを考えれば少数精鋭の方がいい。こいつはまずオレが行きやす。足場の多い場所で、速攻重視の戦闘なら一番得意なんでね。そんで、当然単独ってんじゃ心許ねぇんで……」
語尾をやや言い溜め、彼は遮楽を見据えた。色素の薄い瞳は油断ならぬ鋭さを孕みつつも、何かを期待するかのように揺らめいていた。視線を外さぬまま、その口が動く。
「どうですかい、一緒に」
その誘いを聞き……表情には出ずとも、遮楽は内心、仄かに広がる安堵を覚えていた。
彼が最近、やけに自分との外出を避けているように感じていた事。それも杞憂だったかと少々肩の力が抜ける。
「カカッ、断る道理も無ェさ。お前と組むのもえらく久し振りな気がすんなァ……存分にやってやろうじゃねェか」
軽く笑い飛ばし、胡坐に組んだ腿を叩く。ギドはそう来なくてはとばかりに再び口の端を浮かせると、周囲の子分へぐるりと顔を巡らせた。
「そんじゃぁ、補助役にあと一人くらいは欲しいとこだが……」
「あっ、あのっ!」
その時、上ずった声が上がった。全員が視線を向けた先で、手を上げていたのは……赤毛の下っ端子分であった。
「お、おれも……おれもそれ、参加させてくだせぇ!」
緊張の面持ちで鼻息荒く言った彼に、意外そうな表情を浮かべた遮楽。だが、向けるその眼差しは胡乱である。
「……お前が? そりゃまたどうした」
腰に手を当て、ギドが尋ねる。
「あのなァ、やる気なのは結構だが、身の程ってモンがあんだろうぜ。村襲撃に参加して端っこの方で暴れるか、大人しくアジトの留守を預かってろ」
それに重ねて、遮楽も言った。窘めるような口調である。
「で、でもですねっ」
ところが、予想外に赤毛は食い下がった。
「おれ、早く頭みてぇな頼れる男になりてぇんです! そのために頭の戦うとこ、なるべく近くで見てぇですし……今度は絶対足手まといにはなりやせんから! お願いです!」
「……つってもなァ……」
やけに必死な態度を前に、若干困惑の様子を見せる遮楽。
「まぁ……案外悪くねぇかもしれやせんぜ」
そこへギドが口を挟んだ。腕を組み、考え込んだ表情で続ける。
「そろそろ下っ端連中の戦力を底上げすんのも、必要と思ってたところで。荒稽古かもしれやせんが……なぁに、コイツ一人くれぇならオレが世話できまさぁ」
彼の口添えに、遮楽もやれやれと小さく息を吐いた。
「お前がそう言うってんなら……。じゃあ、今回は特別に連れて行ってやる。ただし、付いて来れなきゃ容赦無く置いていくぜ。覚悟しとけ」
「あ、ありがとうごぜぇやす!」
ぱっと顔を明るくした赤毛が、額を地に打ち付けそうなほど勢いよく頭を下げた。それを前に仕方無いなという表情はしつつも、どこかその無鉄砲で血気盛んな言動に対し、気に入った節を見せる。
すると、ギドが場を締めるようにパンと手を一度叩いた。
「粗方決まりやしたな。そんじゃ、明日に備えてゆっくりお休みなすってくだせぇ。きっと長ぇ一日になりやす」
そして、周りを見回しながら声を掛ける。
「今日のところは以上だ。お前らも準備を怠るなよ。お疲れさん」
彼の言葉を合図に、広間にいた子分たちはざわざわと立ち上がり、方々へ散っていく。
「……オレも失礼しやす」
軽い笑みと共に会釈をし、立ち上がるギド。動きに応じて揺れたカランビットナイフの先がチェーンに当たり、カチッと小さく鳴った。
「あァ、また明日な」
何気なく返した遮楽は、その背中を見送る。部屋にただ一人残り、訪れた沈黙に身を預けた。誰かの足音や作業音が、雑音としてアジト内を反響する。微かにさざめくそれは、ふと嵐の前の静けさという言葉を連想させた。
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