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プロローグ【セーブデータを読み込んでいます】

 全ての始まりは、一冊の本であった。


 とある大地に、見事な大樹がそびえていた。幹は太く、枝葉は四方に広がり、その姿はまるで大地を踏みしめ空を見上げる巨人のようであった。


 開発等の目的から、幾度となく切り倒そうとする者の手が伸びたが、その度に何らかの災難や事故が発生し、計画はことごとく頓挫した。人々は不思議な力を持つ神樹と噂し、畏敬の念を持って見上げた。

 

 しかし静かにその存在を知らしめていた大樹は、ある激しい雷雨の夜、突然の終焉を迎えた。


 暗雲立ち込める空から落ちた、一筋の雷が直撃したのだ。幹は大きく縦に裂け、枝葉も焼け焦げ、見るも無残な姿に変わり果ててしまった。

 

 だが、その出来事は当初こそ人々を驚かせはしたものの、さして問題視されることはなかった。


 何故ならばその頃、世界はそれ以上の混乱に満ちていたからだ。


 魔物の異常発生、天変地異、不可解な現象の数々……前触れ無く発生した異変が、世界を無差別に呑み込んでいた。そんな渦中にあっては、ただの落雷により樹が燃え落ちたことなど、むしろありふれた自然現象の一つでしかなかったのである。

 

 そう、それは何ら変哲の無い出来事で、終わるはずだったのだ。


 ――その樹の裂け目から、一冊の本が発見されるまでは。


 最初にそれを発見したのは、現地調査に赴いた兵士であった。

 表紙に金のレリーフが彫られ、重厚な装丁の施されたその本は、焼け焦がれた樹の中にありながら、僅かな傷一つ付いていなかった。まるで大樹という揺りかごの中で守られ、この日を待っていたかのように、美しく鎮座していた。


 恐る恐る兵士が本を開くと、最初の数ページ以外は白紙であった。

 しかしその数ページには驚くべきことに、現在世界中で起こっている混乱を、的確に言い当てる内容が書かれていたのである。


 兵士は慄きつつ、この謎めいた本を国王に献上した。自国の異変に頭を悩ませていた王は、解決の糸口になりはしないかと、藁にも縋る思いで表紙に手を掛ける。


 すると、その瞬間またしても奇跡が起こった。


 突如として本が光り輝き、白紙だったページに次々と内容が浮かび上がったのである。

 そこには、遥か古代に魔王と戦った勇者が存在したこと、そして現在起こっている異変の原因は、彼が封印した魔王の復活にあることが記されていた。


 さらに文の結びには、古代の勇者の魂を受け継ぐ者こそが、魔王を真に討つことができるとあった。

 

 その内容に、王室内の考古学者達は一時騒然となる。

 なぜならばそれはいくつもの書物や石碑、壁画などに語られながらも、その大部分が長年謎とされてきた、古代の神魔戦争の核心に迫る内容でもあったためだ。神秘に溢れたその本は、いつしか『予言の書』と呼ばれるようになった。


 やがて騒ぎが落ち着いた頃、王は異変の元を断つべく、予言の書に記された内容と一致している青年を探し出し、彼に全てを伝えた。

 

 その青年の名は、ジタン=エルグラッド。逞しい体に熱き心を宿した勇者である。

 

 彼は突然告げられた自らの宿命に、驚きと戸惑いを隠せなかった。しかし己にしか果たせぬ、世界を救うという使命を理解し、次第にその決意を固めていった。


 そしてひと振りの大剣を手に、伝説の勇者は旅立つ。その姿はまるで、運命に導かれるが如く。


 こうして、一つの物語が幕を開けた。それは、忘れ去られた歴史と、古代勇者の軌跡を巡る、新たな英雄譚の始まりであった――




「お兄ちゃん昨日から書いてるこれ何?」

「ん? ゲーム紹介文。配信ページ用の……あー、あと今度のフリゲ博でパンフ無配するから、それにも載せるかな」

「それ去年も行ってたイベント!? へへっそれじゃ、あたし売り子ってやつやってもいいよ?」

「……気持ちだけ受け取っとく……というか、その日塾の模試って言ってなかったか?」

「あっ」



**********

 


「……うぅ~ん」

 自分の部屋のベッドの上。何やら遠くのけたたましい音で目を覚ました。どこかで道路工事でもやってるらしい。


 枕に突っ伏したまま、あたしはもそもそと近くで充電器に繋いでいたスマホに手を伸ばす。うわ、もうすぐ十一時。いくら休日とはいえ、ちょっとやりすぎたかな……


「んはよぉ……」

 階段を降りて、リビングにいるお兄ちゃんとお母さんにあくび混じりのあいさつをする。寝すぎてちょっと体痛いかも。


「おはよう」

「やっと起きてきた。お母さん出掛けてくるから、フライパンの中のオムレツとウインナー温めて食べといて」

 薄い青のアイシャドウを塗りながら、お母さんが言った。


「はぁい……お父さんは?」

「仕事。なんかまだ残ってるからって……さっき出てった」

 とっくに朝ごはんは食べ終わって、机に向かってノートパソコンをカタカタやっていたお兄ちゃんが、画面から目を離さずに言った。


 手元には大学ノートとシャーペン。あれはお兄ちゃんが趣味で作ってるフリーゲームの、シナリオや設定を練るときに使っているアイディアノートだ。絶賛制作作業中みたい。


「じゃあ遅くなるのかな」

「かもしれないって言ってたな」

「ふーん」

 何気ない会話をしながら、うーんと伸びをした。ようやく寝ぼけた意識がクリアになってくる。


「じゃあみくる、行ってくるから。創、昼は冷凍庫にパスタでも炒飯でも買ってあるから何か適当に食べといて」

「了解」

「はーい行ってらっしゃーい」


 紺色のハンドバッグを手に出ていくお母さんを見送ってからトイレと洗顔を済ませて、着替えのために一旦自分の部屋に戻った。クローゼットを開けてちょっと考える。


 んー……今日は特に出かける用事も無いし、気楽なやつでいいかな。

 あたしはハンガーに吊るされたワンピースを手に取った。青地に小さな白い花模様が散った、シンプルかつかわいいデザインだ。ベージュのパジャマを脱いで、それに着替える。


 それが終わったらまた洗面所に行って、今度はヘアセット。クシで解いた髪に、ヘアオイルを付けた。それでもあたしの強いくせっ毛は元気に跳ねて、存在を主張しまくっている。ヘアアイロンを使えばストレートになるだろうけど、あいにくと持ってない。欲しいとは思うけどちょっと高いんだよね……。


 さてある程度寝癖を整えられたら、大きめのリボンが付いた白いカチューシャで髪を留める。家にいるからオシャレする必要はないとは言ったけど、こればかりは外せないあたしのトレードマークみたいなものだ。


 ……こうして起床から十五分くらいで、あたしこと有原みくるの休日スタイルが完成。朝ごはん食べよっと。

 

 改めてリビングに行くと、お兄ちゃんは変わらず作業に没頭していた。

 あたしは戸棚から食パンを一切れ出してトースターに入れると、タイマーを三分にセットする。そしてフライパンが乗ったIHコンロのスイッチを押して、一番弱い火力に設定した。


 これでパンがこんがり焼きあがる頃には、オムレツとウインナーが温まるはず。その後お気に入りのマグカップに、お湯で溶かすタイプのココアの粉を入れて、電気ポットをセットして……休日朝のルーティンをこなしていく。そういや冷蔵庫にみかんゼリーが残ってたっけ。デザートに食べよう。


「……はぁ~……」


 そんな感じで黙々と手順を進めていると、パソコンのタイピング音が止んで、代わりに長い溜息が聞こえてきた。


 オムレツの底が焦げないように、温まり加減を慎重に見ていたあたしが視線を向けると、お兄ちゃんは考え込んだ様子で椅子に背中を預けて天井を見上げているところだった。そしてノートを一枚破ると、それをくしゃくしゃと丸めてしまった。これは……誰がどう見ても行き詰ってる。


「先生! 進捗どうですか!?」

「……前に考えてた奴をボツって、そこから全然進まない」

 茶化しつつ聞くと、どんよりした答えが返ってきた。


「ボツって、どのくらいの量?」

「作業量より考えてた時間の方が多かったから具体的には言えないけど、まあ、先週分の構想がまるっと消えた感じかな……」

「う、うわーそれは結構な」

「今週こそキリの良いとこまで進める予定だったのに……」

 鎖骨くらいまで伸びた髪を手で荒く梳きながら、二度目の溜息をつくお兄ちゃん。


 個人のゲーム制作って大変だ。キャラデザもストーリーも全部一人でやってるから、こんな風にアイディアが浮かばなくて悩んでる姿を見るのも珍しくない。あたしと違って口数が少なくて大人しいお兄ちゃんだけど、そういう時は意外と分かりやすいんだよね。露骨に独り言増えたりするし。


「こういう時が一番心折れそうになるんだよなぁ……今までの作業無駄だったんじゃないかって思えてくるし……」

「ちょっと休憩でも挟んだら? お兄ちゃんもココア飲む?」

「すまん俺コーヒーがいい……」

「りょーかい」


 沸いたお湯で自分のココアを溶かしてから、冷蔵庫にあったペットボトル入りのブラックコーヒーをお兄ちゃん用のカップに注いで、レンジで温める。ミルクも砂糖も入れないのはいつものこと。そんなのただ苦いだけじゃんって思うんだけど、お兄ちゃん的にはこれが一番おいしいらしい。よく分からない。


「はいこれ」

「んー」


 軽く上げた手でありがとうの意を示しつつ、湯気の立つカップを取るお兄ちゃん。ちびちび飲みつつ、その間も何か考えている風に、人差し指の先が机をコツコツ叩く。

 それをよそに、あたしは焼きあがったトーストにたっぷりとマーガリンを塗って、完成した朝食セットを向かい側に並べた。


「ちょっとパソコンずらすよ?」

「ああ」

 椅子に座って、いただきまーすと手を合わせてから、こんがりトーストにかぶりつく。


 ザクッという良い音と、鼻に抜けるマーガリンの香り。何気なく外を見ると今日は良い天気で、少しだけ雲の浮かんだ青い空が広がっていた。付けっぱなしのテレビではトレンドのスイーツ特集をやっていて、リポーターの女の人が一口サイズのケーキを頬張っている。


 いつもの、平和で、何気ない日常って感じの時間だ。この後何しようかな。買ったマンガもちょうど読み終わったし、ソシャゲのイベントストーリーもこないだ完走しちゃったし……。


「……あのさ、みぃ」


 すると、頬杖をついたままお兄ちゃんが話しかけてきた。

「んっ?」

 それに反応したあたしはココアを一口飲んで、マグカップを置く。


「今日、暇だったらテストプレイするか?」

「えっいいの!?」


 ゲーム制作には必須とも言える作業、デバッグ。それにはテストプレイヤーの存在が欠かせない。お兄ちゃんは、その役割をよくあたしにさせてくれる。


 もちろんプレイヤーは一人だけじゃなくて、大学のゲーム制作サークルの友達にも頼んではいるみたいだけど、やっぱり一番身近だからか、最初のプレイヤーはあたしになることが多い。


 ゲーム制作のことなんてちんぷんかんぷんな妹よりも、趣味を同じくするサークル仲間の方がデバッガーとしては得られる物が多そうなのに、あたしの感想を優先させてくれる。それがちょっぴり自慢で誇らしくもあった。

 だから、お兄ちゃんの作ったゲームをテストプレイするのは、あたしの楽しみでもある。


「本当はもっと先までシナリオ考えてからにしようと思ってたけど、ちょっと埒が明かなそうだしな……」

 そう言いながらお兄ちゃんは、ストレッチするように腰をひねった。

「やった! 今日マジで何も予定無かったから、何しようかな~って思ってたんだよね」

「宿題とかあるなら、先にそれやってからでもいいんだけど」

「大丈夫! かわもっち先生の授業中に内職して終わらせたから!」

「……うん、まあ……サボってやらないよりは偉いかな……」


 ぱたりとノートパソコンを閉じて立ち上がったお兄ちゃんは、コーヒーの入ったカップを片手に言った。

「じゃあ、食べ終わったら俺の部屋に来れるか? 先に準備してるから」

「りょーかい!」


 ひらひら手を振って、朝ごはんを再開。残り半分のオムレツをつついた。ちょっと甘めな卵の味付けに、トマトケチャップのほんのりした酸っぱさが交ざる。……ん、おいしい。




 さて全部食べ終わって、お皿を片付けたあたしは、さっそく階段を上がってお兄ちゃんの部屋のドアをノックした。開けると、相変わらず几帳面に整理整頓された部屋が見える。


「みぃ、用意できてるぞ」

 デスクトップパソコンの前で、キャスター付きのイスに座ったお兄ちゃんが振り向いて言った。あたし用のイスも隣に置いてある。


「はーい!」


 あたしは意気揚々と座って、座面の高さを調整した。パソコンのモニターにはゲームウィンドウが映っていて、暗い背景に『幻想奇譚』と書かれた赤いロゴが、金の縁取りで表示されている。見慣れたタイトル画面だ。


「なーんか久しぶりのテストプレイだよね。前どんなストーリーだったかなぁ、うわめっちゃうろ覚え」

 キーボードを押しつつ、あたしは呟く。テストプレイと言っても何か特別な操作をする訳じゃなくて、本当にただ遊ぶだけ。その中でお兄ちゃんと一緒に、ちゃんと想定通りな挙動をするか確認したり、テキストに誤字脱字が無いか見たり、敵の強さやダンジョンの難易度は丁度いいかなどを確認していく。


「レポートとかバイトとかが立て込んでたからなぁ……はあ、制作スケジュールもズレにズレまくってるよ」

 その横でサイドデスクにノートを開きつつ、お兄ちゃんが言った。


 それでも毎日コツコツ、少しずつでも欠かさず何かしら作業をしていたのは素直にすごいと思う。あたしは久しぶりのプレイということもあって、操作確認がてらメニューを開いた。持っているアイテムをチェックしたり、ステータス画面でパーティーの装備品を確認したりする。そこで、ふと気付いた。


「あれ、なんかキャラデザちょっと変わった?」


 ステータス画面では、お兄ちゃんが描いた各キャラクターの立ち絵を見ることができる。

 さすがに細部まで覚えてる訳じゃなかったけど、なんとなく前とは違うデザインな気がした。別人レベルではないにしても、服装とか、身に付けてる小物とかが微妙に変わってる気がする。


「あー、変えた変えた。もっと良くできそうだったから。初期デザインから大幅に変わるなんて珍しいことじゃないしな」

「ふーん、いいじゃんなんか、カッコよくなってる気がする。前より複雑なデザインっぽいし」

「その分立ち絵とか用意するの大変だけどな……キャラデザ考えてる時はそういうこと頭から抜けるんだ」

「あっはは、お兄ちゃんも後先考えずにそういうことするんだぁ」


 何気ない会話をしつつ、ひとまずメインのストーリーを進めていく。とある町の中央広場で、メインキャラクター達が会話をするイベントが起こった。画面下にウィンドウテロップが現れて、セリフが表示される。

 

[ジタン:うーん、攫われた子供達が全員無事だったのは良かったけどさ……結局、予言の書を埋められる手掛かりは何も無かったな。]

 

 このセリフの主は、主人公のジタン。金髪碧眼の正統派勇者だ。簡略化されたドット絵でも分かるくらい、背中の赤いマントが映えている。


 そういえば前にテストプレイしたときは、偶然立ち寄った町でモンスターによる子供の誘拐事件があったから、助けてほしい的なクエストを受けて、ガーゴイルみたいな中ボスを倒したとこで終わったんだった。

 

[ジタン:こうも空振り続きだと、さすがに気が滅入ってくるよなぁ……]

[オルフェ:まあまあ、そう後ろ向きに考えないで。古代の壁画や石碑が残されている遺跡はまだあるんだ。私にも心当たりがある。一つずつ調べていこう。]

 

 落ち込むジタンを優しく励ますのは、僧侶のオルフェ。そのセリフを見て、あたしもちょっとずつこれまでのストーリーを思い出してきた。


 ジタン達がいろんな場所を旅してるそもそもの目的は、このゲームの最重要アイテム、予言の書の解明。


 まだほとんどが白紙という謎多き本なんだけど、どうやら特殊条件下で内容が浮かび上がる仕組みらしいことは分かったから、関係ありそうな場所やスポットを巡ろうという話になったんだ。

 それはどこかというと、例えば予言の書にも言及がある、古代の神魔戦争にまつわる遺跡だったり、あとは特に大きな異変が起こっている場所だったり……。


 まあ言ってしまえば分かりやすい手掛かりはほぼゼロ状態なんだけど、そこはほら、ゲームだから、行く先々で何だかんだヒントになるものがあるはず。

 

[リーリア:んーと……それじゃあ、次はどこ行くの?]


 ジタンの隣に居た、小さな女の子が言った。先の尖った耳と背中の透き通ったきれいな羽は、妖精(フェアリー)という種族の証。その名はリーリア。小さくても頼れる魔法使いだ。


[オルフェ:そうだな……ここから北に行ったところにある、ピレト湿地を抜けた先のメルッカ遺跡なんてどうだろう。]

[シグレ:……それなら、ワタクシも聞いたことがあります。古代の権力者の墓ではないかとも噂される……巨大な地下遺跡ですよね。]


 オルフェの言葉に合わせて、静かに補足したのは黒尽くめのくノ一みたいな格好をした女の子。彼女はシグレ。その姿に相応しく、職業(ジョブ)は素早さ自慢のアサシン。


[ジタン:じゃあ、次はそこか?]

[シグレ:しかしここからはかなり遠い場所です。途中の村なり町なりで休むにしても、行くなら日が高いうちに移動しないと……]

[???:すっ、すみません、旅のお方!]


 すると突然画面外から、知らない女の人が走って……いや、正確には飛んできた。リーリアと似たような羽が背中に生えている。耳も尖ってるみたいだし、同じ妖精(フェアリー)かな。

 

[リーリア:どうしたの、おねーさん。また何かこまりごと?]


 同種族のよしみか、リーリアが代表して聞いた。

 

[妖精の女性:ええ。先程の戦いを、実はこっそり見ておりまして……あなた方、とてもお強いとお見受けします。そこで、折り入ってのお願いなのです。]


 ジタン達はその後、妖精の女の人の話を聞いた。

 まとめると相談内容はこう。


 実り豊かで美しく、女の人のお気に入りの場所でもあったとある森が、ある日を境に荒れ果ててしまったのだそうだ。なんでも突然赤い瘴気のようなものが発生して、植物は枯れ、おまけに見たこともない奇妙なモンスターが現れるようになったとのこと。何度も調査隊や冒険者達が原因の解明に赴いたけど、一向に解決しないという話だった。


[ジタン:それは……気になるな。]

[オルフェ:そういえば古代神話にも、赤い煙が人々を脅かした話があったような……予言の書とも何か繋がりがあるかもしれないね。]

[シグレ:それなら、善は急げですね。行きましょう。]

[妖精の女性:ありがとうございます……! どうかお願い致します!]

[リーリア:えへへ。まかせてよおねーさん!]


 次の目的地が定まったところで、会話は終了。画面上部に[ストーリーミッションが更新されました]という表示が現れる。マップを見ると、目的地がマークされていた。


「よーし、多分アイテムも十分だし、HPMPも満タン……じゃあ早速行こうっと」

 あたしは今いる町から出るために、カーソルキーの下を押す。


 ――その直後だった。


 突然、呑気に流れていたBGMが止まった。同時に画面も真っ白になって、動かなくなる。


「あれっ……あ、なんか固まっちゃって……」

 言いかけて、あたしはハッと息を呑んだ。

 

 この現象……全く同じことが、前にも起きたことがある。そうだ、忘れもしない、"あの日"の始まりも確かこうだった!


 隣を見ると、お兄ちゃんも目を見開いて固まっていた。


「お、お兄ちゃん……! ねぇこれ、もしかしてこれってさ……! あの時の!」

 驚きと興奮を抑えきれない声であたしが言うと、お兄ちゃんは放心したように呟く。

「……マジか。まさかまた……!?」

「うわぁー!」


 あたしは思わず歓喜の声を上げて、真っ白な画面に両手で触れた。


 覚えている。今でもくっきり思い出せるくらい、鮮明に。


 あたしはかつて、このテストプレイをきっかけに、信じられないような大冒険をしたことがあるんだ。でもそれはあまりに唐突な始まりで、あまりに突拍子もなかったから……心のどこかで、実は全部夢だったんじゃないかって思っていたりもした。

 だってどう考えてもありえなすぎる出来事だったんだもん。ただの楽しい夢で、あたしはそれを忘れたくないだけなんじゃないかって。でも……!


 ぐっと両手を強く握り締める。爪が手のひらに食い込んでちょっと痛い。こんなに実感があるのに、今この瞬間が夢だなんてありえない。そう現実だ。確かにこれは現実!


「やった! やったやった! ねぇまた向こうの世界に行けるのかな!? あの時のみんなに……会えるのかなぁ!」

 嬉しさのあまり、あたしはお兄ちゃんの白いTシャツの肩を掴んで揺さぶった。


「ま、待て待てっ……! 本当に不具合でフリーズしてるだけかもしれないし、あんな事がまさか二度も」

 ガクンガクンしながらお兄ちゃん。しかしそう言っている傍から、白い画面は急激に眩しさを増し始める。


「ほらぁーあの時と同じじゃん!!」

 色めき立って叫んだせいで声がちょっとひっくり返った。ヤバい。ヤバいヤバい! まさか二回目があるなんて!


 あの時は何も分かってないままだったから、ひたすらオロオロしていたけど……一度経験してしまえば、もう慣れたもの。戸惑いだらけだった以前とは違う。


 心臓がとたんにバクバクと騒ぎ出す。手にじわっと汗がにじむ。緊張感というよりも、期待が膨らんでいく感じ。不安なんて全然ない。むしろ、全身がワクワクで満たされていく感覚がたまらない!


 第二の冒険が始まるんだ……ゲーム世界に飛び込んでしまう、夢みたいな冒険がまた!


 画面から発される白い光はやがて、視界をくらますほどに強くなってきた。大丈夫、もう心の準備はできてる。あたしは目をつむりながら、隣にいるお兄ちゃんに向かって言った。


「じゃ、お兄ちゃんっ! 行ってくるね〜!!」



 

 目を開けていられない程の強い光は、数秒後スイッチを切ったように一瞬にして止んだ。


 片手を顔の前にかざしていた創は、恐る恐るまぶたを持ち上げる。

 いつもと何一つ変わらない自室があった。目の前には、未だ白一色のままのパソコン画面。


 しかし隣を見ても――先程まで、一緒にテストプレイをしていた妹の姿は無い。


 ただキャスター付きチェアの座面に置かれた低反発クッションは丸くへこんでおり、直前までその上に何者かが存在していた事をはっきりと物語っていた。


「…………」


 創は、しばらくぼんやりとその場に佇んでいたが。

 やがて無造作に伸ばした黒髪をくしゃりと掻くと、誰にともなく呟く。

「俺……また留守番か」



  

 まぶたの向こうで、光が止んだ気配がした。

 あたしはそっと目を開ける。予想通り、真っ暗な空間に立っていた。


「わぁ……!」


 なんだか懐かしくて、あたしは暗闇に一人ぼっちという状況にはあまりにも似つかわしくない声を出した。何もかも同じだ、あの時と。


 これから、さっきまでプレイしていたゲームの世界に行く。でもその前に、理由や仕組みはよく分かんないけど、一度この場所を経由しなければならない。ここは、言うなればゲーム世界と現実世界の間にある連絡通路みたいなものだ。


 もう少ししたら、床一面――と言っても壁と床の境目なんてまるで分からないんだけど――にびっしりと白い文字列が現れる。

 その上を歩いていくと、やがてワープホールみたいな楕円形の白い空間が出現する。それこそが、ゲーム世界に通じるゲートだ。


 初めて来たときは本当に何もかも意味が分からなくて怖かったなぁ……。それが、こんな冷静に解説できるまでになるんだもん、慣れって恐ろしい。

 

 さぁて、そろそろ足下に白文字が現れる頃かな……と意味もなくキョロキョロしていると。


「ん!?」


 予想を裏切って、あたしの足下ではなく、目の前に白文字が現れた。それもぶわっと一面に広がる感じじゃなく、ぽつんと一行だけ。あたしは不思議に思いながらその文字を読み上げる。


「Now loading……?」


 そしてその下には、「0%」の表示。ゲームで通信してるときとかによく見るやつだ、と思ったのもつかの間、ゼロだったその数字がぐんぐん増えていく。すると……


「え、わ、うわぁ!」

 いきなりあたしの体が光に包まれだした。


 さっきのパソコン画面ほどまぶしくはなくて、特に熱くもないけど、全身をすっぽり覆って見えなくしてしまうような光。

 うわ何これ、よく分かんないけど……なんか、ちょっと変身シーンみたいじゃない!? 誰もが一度は憧れるやつだ! 日曜朝にやってるアニメ『究極変化バトルガールいおり』のいおりちゃんみたく、戦闘的だけどかわいい服になって、髪も伸びて、顔もなんかキリッとして……あんな感じになっちゃうのかなぁ!?


 なんて一人興奮していると、あっという間に目の前の白い数字は100%になった。


 それと同時に、体を包んでいた光も消える。あたしはいそいそと手足をあらためた。さて、どうなったかな……!?


「ん……? あれ、これって……」

 確かに、今まで着ていた青いワンピースは影もカタチも無くなっていた。でもだからといって、コスプレみたいなフリフリの衣装というわけでもなかった。


 代わりに身にまとっていたのは、白地に黒いボーダー柄のオフショルダーシャツと、黄色いスカート。ふと左耳に触れると、小さな固い感触。ピンク色のイヤーカフが付いている。

 続けてなんだか地面がちょっと柔らかいような……と思って視線を落とすと、靴下だけを身に着けていたはずの足は、いつの間にか素朴なデザインの茶色いブーツを履いていた。この格好って……


 そこであたしはハッと気づく。そうだ、確か最初にゲーム世界に行ったときが、この格好だったような……。それが再現されたってこと? すごい。ほんとにゲームみたいに、前回のセーブデータがちゃんと残ってたんだ!


 そのことに驚くよりも、あたしは嬉しさのほうが勝っていた。だってちゃんとセーブを残してくれてたってことは、それってつまり、このゲーム世界があたしを受け入れてくれてたってことだから。また来てもいいんだよって、迎える場所を整えておいてくれてたんだ。


 すると次の瞬間、足元からぶわりと広がるように、かつて見た白い文字列が現れ……少し離れた前方に、それこそ受け入れるようにして、同じく白い楕円形のゲートが開いた。その周りをふちどる色とりどりの粒子が、時々点滅しながら光る。


 あたしはにっと笑って、足を踏み出した。ブーツの底が白文字に触れると、パリンと薄いガラスの割れるような音がして、きっちり並んでいた文字列がばらけてから、すぐにまた並び直した。


 ただ完全に元に戻った訳ではなくて、その文字の順番はデタラメだ。この現象も変わってない。


 一歩、また一歩と歩くたび、胸も高鳴る。ゾクゾクと心の底が震えるような感覚。まるで体が自然に引き寄せられているみたい。ゲートが近づくにつれて、光はほんの少しずつ強くなって、それと重なるようにあたしも大きく息を吸った。あと少しで……! 


 とうとうゲートが目の前に迫った。あたしは急き立てる気持ちを抑えて一旦立ち止まると、目を閉じて深呼吸する。そして両足にぐぐっと力を込めて、少し身をかがめると……躊躇することなく、一気にゲートの中へと飛び込んだ。

 

 ――会いに行くよ、みんな……!


 途端に体がふわりと浮くような感覚がして、視界も真っ白に染まる。体中を走り回る高揚感は、楽しみにしていたゲームを買ってもらって家に帰る時の気持ちと、まるでそっくりだった。


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