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【第十四話】研究者のお宅訪問

【前回のあらすじ】

アムルーナの森の謎を追おうとした矢先……なんと、ジタンが行動不能に。冒険は一旦お預けとなってしまう。暇を持て余したみくるは、興味本位で図書館で行われるクローヴィスの授業に参加する。魔法の属性や創世神話、大精霊についてなどを村の子供達に優しく教えるクローヴィス。みくるは彼が「先生」と呼び慕われている所以を知るのであった。

「先生さよなら~」

「またね~!」

 授業が終わって、鞄にノートやペンを詰め込んだ子供達がぱらぱらと帰っていく。

 

「ああ、また今度。気を付けて帰るのだよ」

 それを笑顔で見送りながら、クローヴィスさんは黒板の文字を丁寧に消していた。

 その消し方は几帳面そのもので、端から端までムラの無いようにきっちりと拭き取っている。ものぐさを発動して、日直のときもササーッと拭いて終わりなあたしとは大違いだ。

 

 腕を大きく上下させるたびに、背中で緩く一つに結ばれた髪が揺れた。腰まであるストレートロングの黒髪。実際にこんな長い髪をした人見るのは初めてだったから、ついしげしげと眺めてしまう。ヘアケアとかどうしてんのかな……。


「おねーちゃん、ボーッとしてどしたの?」

 するとティルに声をかけられて、ハッと我に返った。振り向けばアンネと並んで、既に帰り支度を済ませている。

 

「んーん、何でもない。そうだ、今日誘ってくれてありがとね、アンネ」

「いえ……つ、次も、よかったら……」

 もじもじ指を絡ませてはにかむアンネ。

「今日はずーっとお話聞く授業だったけどさ、魔法の練習とかも楽しいから! ……んじゃ、そろそろボクらも帰るよ。またねーっ!」

 

 そう言うと、ティルは元気よく手と長い耳を揺らして小走りに駆けていった。アンネもその背中に慌てて続く。


「あーお腹空いた! ごはんまだかなぁ」

「えっ、まだお昼前だよ……? もしかして寝坊して朝食べてないの?」

「へへっ、バレた?」

「もう……あ、そういえば昨日お母さんがジャムクッキー焼いたの。お家にあるから、来る?」

「ホント!? イイの!?」

 ……何とも平和な会話が、遠ざかる背中越しに聞こえて微笑ましい。


 さて、みんな降りてっちゃったしあたしも帰ろーっと。ペンと紙を仕舞ったリュックサックを持ち上げる。

 

「みくる君、今日はどうも」

 

 ……そこへ、こつこつと近付いてくるブーツの足音。授業の後片付けを終えたクローヴィスさんが、あたしの目の前まで来て笑いかけた。

 

「まさか来てくれるとは。お陰でいつもとは違う、新鮮な時間となったよ」

「そんな、あたしただ座って聞いてただけだよ?」

「いやいや、子供達にも良い刺激になったに違いない。君にとっては内容が初歩的過ぎて、味気無かったかもしれないが……」

「ううんぜーんぜん! あたし魔法のこととか何にも知らないからさ、すっごい楽しかった!」

「……そう、か。ならば良かった」

 

 クローヴィスさんは安心したように一息つく。そして、ふとあたしを見つめた。

 

「ところで、今日は出掛けないのかね? 先程、此処へ来る時に僧侶の彼も見掛けたが」

「えっ……とねぇ……実は……」

 投げかけられた素朴な疑問に、あたしは頬をかきつつ事の顛末を話す。


 かくかくしかじか……この説明も二回目だ。

 

「う、うむ、それは……遮楽が迷惑掛けてしまって申し訳無い……後できちんと言っておくから……」

「ああいや、でもおもてなししてくれただけだし!」

 心底済まなそうに肩を落とすその姿を見て、あたしは慌てて手を振った。

 

「それに、どうせ森の攻略方法だってハッキリしてないんだから、行く宛はなかったんだよね。どっちにしろ今日はオフ日になってたかも。だから授業あってよかった~。タイミングぴったしだったよ」

「そう言って貰えると救われるな」

 苦笑気味に腰へ手を当てるクローヴィスさん。

 

「それでは、これ以降はどうするつもりなのだね?」

「ん? んー……いや特に考えてはないかなぁ……」

「成程……」

 

 すると彼はちょっと遠くに視線を向けて、考える素振りを見せた後で口を開いた。

 

「……魔法に興味が有るのだったな。君さえ良ければ、私の自宅でも覗いてみるかね?」

「えっクローヴィスさん家!? いいの!?」

 

 突然の申し出に驚いたけれど、当の本人は穏やかに頷く。

 

「流石に研究室は見せられないが……それでも生活スペースに魔石や魔法薬を保管していたりもするから、君が楽しめる物も見つかるかもしれない」

「へぇ~……! いいなぁ……」

 

 そう言われて、想像がどんどん膨らんだ。キラキラ輝く魔石に、怪しい煙が漂うビン詰めの薬、ファンタジックな形の魔道具がずらりと並ぶ部屋……思わず口元も緩む。

 

 するとそんな様子を見ながらクローヴィスさんは、後ろで手を組んで、体ごと目を逸らしながらさらりと付け加えるように言った。

 

「あぁ、それともし時間が有るのなら……先日、蔵書の一部を虫干しして、それを片付けるのが少々骨でね。ついでに手伝って貰えると非常に助かるのだが……」

「え? ……あ、ひょっとして本当の狙いはそっち?」

「ふふっ、見抜かれてしまったか」

 

 小首を傾げるようにしてこっちを見つつ、涼しい顔で流してみせる。

 

「だが退屈はせずに済むだろう? どうだね」

「んー、まあいっか! どうせやることも無かったし」

「ありがとう。それでは、向かおうか」

 クローヴィスさんに促されて、あたしは階段を降りた。



 

 そして図書館を出て、さっそくクローヴィスさんの家に向かおうとした、そのタイミングだった。

 

「あ、みくる~」

 

 横合いから声が掛けられた。

 顔を向けると声の主はリーリアで、こっちに向かって飛んでくる。見れば、その手にはピンクの棒付きキャンディーが握られていた。

 

「あれ? クローヴィスのおじちゃんもいる。やっほぉ」

「やあ、元気そうだね」

「リーリア、どうしたのそれ」

「おやどのおばちゃんにもらったの!」

 そう答えると、誇らしげに両手で持ったキャンディーを突き出してみせた。


「リーリアね、あさからヒマだったの。ジタンはうーうーいいながらずっとねてるし、オルフェは見つかんないし……」

「シグレは?」

「シグレはねー、トレーニングするって出てっちゃった」

「わぁストイック〜」

「そしたらね、おばちゃんがあそんでくれたの。んでもね、おへやのおそうじと、おせんたくしなきゃって。ごめんねーってコレくれた!」

 嬉しそうにその場でくるりと回る。まるで魔法のステッキでも持っているみたいだ。

 

「へぇ、よかったじゃん」

「うん! だけど~、またタイクツなの! ねーみくるぅあそんで?」

 期待を込めて見上げるキラキラした目。どうやら時間を持て余していたのはあたしだけじゃなかったらしい。

 

「リーリアあのね、あたし今からクローヴィスさん家に行くんだけど……」

 一旦そこで言葉を切って、隣にちらっと視線を向ける。クローヴィスさんは当然と言うかのように頷いた。

 

「勿論、一緒に来て構わないとも」

「おじちゃんのおうち!? 行くー!」

 あたしと同じように、興味津々な反応を見せるリーリア。

 

「確かリーリア君は魔法使いだったな。ならば、きっと役立てられる物も多いと――」

 そこまで言いかけて、ふと思いついたようにクローヴィスさんはあたしを見た。

 

「……そういえば気になっていたのだが、君の職業(ジョブ)は何なのかね? 魔法は全く心得が無いようだし、かと言って前衛職にも見えない……。まさか、その若さで僧侶を?」

 

 その質問に、あたしはぐっと詰まってしまう。

 

「あ、あたしはその……えーと……どっちも違うというかぁ……」

 

『みぃ、違う世界から来た事はむやみに話さない方がいい。面倒なことになりそうだから……』

 言い淀んでいるところにお兄ちゃんの声。


 いや、さすがにそれは言われなくとも分かってる。ここであたしがドヤ顔しながら「創造主の妹です! この世界はお兄ちゃんが作りました!」とか言おうものなら騒ぎになるか、ただのおかしい子扱いされちゃうだろうし。実際、ジタン達と初めて会った時はそんな感じだったし……。

 

「違う? というと?」

「うぐぐ」

 曖昧に否定したせいで余計好奇心を刺激されたのか、クローヴィスさんは首を傾げてさらに聞いてきた。全てを見通そうとするかのように目を真っ直ぐ見つめられて、いよいよあたしは困ってしまう。

 

「おじちゃん! あのね、みくるは“みならいさん”なの!」

 

 ――すると、助け船は意外なところから出された。リーリアがあたしに顔を寄せながら、ニコニコと言う。

 

「リーリアたちといっしょにきて、おべんきょうしてるの!」

 それを聞いたクローヴィスさんは、ふむふむと頷いた。

 

「成程、見習いか。ならば職業(ジョブ)が決まっていないのも頷ける……ギルドへの所属もまだという所かな」

「そ、そう! 今は荷物持ち!」

 よく分からないけど、なんだか都合よく解釈してくれたっぽいから、そういうことにしておいた。

 そして心の中でそっとリーリアを拝む。な、ナイスフォロー……!

 

「いきなり旅から始めるとは大した度胸の持ち主だ。感心だね」

 何とか納得してもらって、この件は済んだ……と思ったら。

 

「……だがそれにしては、武器の一つも携帯していないのが(いささ)か奇異に映るな……? ジタン君達が居るとはいえ、丸腰は流石に無茶ではないかね? それとも、私が気付いていないだけで魔物に対抗し得る術が有るのか?」

 

 さらに、畳み掛けるように質問を重ねられてしまった。

 

 うっ、うぅ確かに、毎度オフショルとスカートで冒険に繰り出すのはいくら何でも無理があるって、前から薄々思ってはいたけど!

 っていうかクローヴィスさん、さっきからなんでこんな詰めてくんの!? 研究者のサガってやつ!?


「もーっ、おじちゃん! ダメ!」

 

 すると、またしても割って入ったのはリーリアだった。握った手を下に突っ張って、ぷんすかと怒りのポーズを取りながらビシッと言う。

 

「これいじょうはヒミツなの! えと、んとね……そう! ここから先はぷらしーぼ、なんだよ! きいちゃダメなの!」

「……?」

 

 ――その場の全員がキョトンとする、微妙な沈黙が数秒流れて。

 

「……えっと……? あっ、もしかしてプライバシーってこと!?」

『プラシーボの方が言葉としては難しい気がするんだが』

 奇跡的に読み取れたあたしが言うと、すかさずぼそりとツッコむお兄ちゃん。

 

「おっと……いや、これはすまない。私のいけない癖が出てしまったようだ。どうか気を悪くしないでくれ、みくる君」

 ハッとしたように頭に手をやって、クローヴィスさんは苦笑いの表情を見せた。

 

「あ、いやー、あははは。そっ、そんなことより早く行こうよっ」

 ……ひとまず、誤魔化すことには成功したらしい。これ以上モタモタしてさらに追い詰められても困るので、あたしは小走りにその場を離れると、大げさに手招きした。




 さてそこから少し歩いて、やって来たのは村の一番奥。そこに建つクローヴィスさんの自宅は、さすが村でも一番大きな家だった。とはいえ研究所も兼ねてるから、必要なだけの大きさなんだろうな。

 

「ようこそ。さぁ、気兼ね無く入ってくれたまえ」

 ポケットから金色の鍵束を出して、ドアを開けたクローヴィスさんは、体をよけると指を揃えた手で部屋の中を指し示した。

 

「お邪魔しまーす!」

「しまぁす!」

 

 元気よく言って、部屋へと上がる。ちょっとよそ行きの気持ちで、脱いだブーツを揃えると玄関の隅にそっと置いた。最初から素足のリーリアはひらひら中に入っていく。

 

 まず目に入ったのは、壁に沿うように立つ大きな本棚だ。本以外にも、瓶詰めされた標本や水晶玉なんかが所狭しと並べられていた。本棚と反対側の壁には、小さな暖炉。

 

 それから窓辺に置かれた机は、引き出しと一体になった形で学習机にも似てるけど、あたしが持ってるやつよりずっと大きくて広々してる。その上には万年筆や何かしらを書いている革張りの手帳、ランプやティーカップがあった。

 

 う、うわー、何ていうか……すっごい頭良さそうな部屋……。

 

「少々散らかっていてお見苦しいが……」

 上着を脱いで壁に掛けながら言うクローヴィスさん。

 

「いや……いやー全然全然!」

 確かに物は多いけど、雑だとは感じない。カテゴリーごとにまとめて置かれてあって、あるべき所にあるって感じ。むしろあたし基準で見たらしっかり整頓されてる部屋だ。


「気になった物が有れば、好きに手に取ってくれて構わない。そこそこ珍しい物も有るからね……ほら、例えばこの結晶なんて美しいだろう?」

 

 そう言うと共に、机の引き出しを開けると布製の箱を取り出す。その中には、手のひらサイズの角ばった石が入っていた。半透明な黄色で、所々に白く雲がかかったような模様があってきれい。

 

「わぁ……ホントだ! ペンダントとかで欲しいなぁ」

 あたしはそれを箱から取って、窓の光にかざした。透ける部分と透けない部分があって、角度ごとに違った表情がある。うっとり眺めるその様子を、クローヴィスさんはじっと見つめていた。

 

「リーリアにもみせてみせて!」

「おっとと……はい」

 そこへ飛びつくように、リーリアが両手を広げて飛んできた。勢いに少々のけぞりつつ、あたしは石を渡す。

 

「わぁ~……!」

 目を輝かせて、包み込むようにぎゅっと握る小さな両手。


 すると――その次の瞬間、まるでスイッチでも入れたみたいに、石の内部がオレンジっぽく光りだした。

 

「わああなんかピカってしたよ!? なんで!? みくるぅ!」

「えっえっ!?」

 

 助けを求めるように名前を呼ばれたところで、あたしに分かる訳がない。結局一緒になってわたわたした。

 

 ……そんな中、慌てるリーリアの手から、クローヴィスさんがそっと石を回収した。革手袋の中で、一層輝きを強める石。それに照らされつつ、くすりと微笑む。

「そんなに怖がらなくていい。何、ただの発光現象だ」

 冷静に言って石を箱に戻すと、すんっと光は収まった。

 

「あーびっくりしたぁ」

「いやぁすまない……だが、興味深い反応を見る事が出来たよ」

「んもーおじちゃんってばぁ!」

 リーリアが頬を膨らませる。それにクローヴィスさんは眉を下げて笑うと、おもむろに移動した。向かったのは、庭に出る裏口らしいドアだ。

 

「さて……気になる物も多いだろうが、先に片付けを済ませてしまおう。(くだん)の本はこちらにある。すまないが、運ぶのを手伝って貰えるかね?」


 ドアから庭に出ると、すぐに本の山が目に入った。地面に敷かれた木の台の上に、風通しが良いようある程度の間隔を開けて、虫干しされた本が積まれている。そよ風でページがめくれる、軽やかで心地いい音が耳をくすぐった。

 

 本の表紙は、革張りで金色の装飾が施されたものや、古めかしく端が擦り切れたようなものまで様々。

 近付いてよく見てみると、『魔導言語の構造と変遷』やら『古代魔法体系』やら『エーテル理論応用―魔術回路の共鳴干渉について―』やら……。さっぱり意味は分からないけど、いかにも魔法について書かれてありそうなタイトルがずらり並んでいた。


「うわぁ、もしかしてこれ全部魔導書なの……!? みっ、見てもいい!?」

「勿論。興味を持つのは良い事だとも」

 言われるが早いか、あたしは手近な一冊を取って開いてみた。

 

「ゔっ……」

 そして一行読んで心が折れた。目がちかちかするほど細かい文字がびっしりで、書いてあることも難しくて何が何やら。ありがたいことに全部日本語なんだけど、全然日本語じゃない気がする……。

 

 そぉ~っと助けを求めるようにクローヴィスさんを見る。

 

「ふふっ……気にする事は無いよ。それは専門書なのだからね。図書館に村の子供達も使う易しい魔導書が有るから、まずそれを読んでみると良い」

 肩をすくめて笑ったクローヴィスさんは、本を数冊まとめて取ると、あたしに差し出した。


「この本は、あそこ。壁際の本棚の、下から三段目に置いて貰えるかね」

「はぁい」

「リーリアもリーリアも!」

「ありがとう、助かるよ。それではこの本も……少し分厚くて重いが、大丈夫かね?」

「へーきだもん〜」


 指示を受けながら、あたし達はテキパキと本を庭から室内に移していく。


「あぁみくる君。この本は本棚ではなく……部屋の右奥、床に扉が有るのが分かるかね? その傍に積んで置いて欲しいのだが」

 するとある程度まで片付いたところで、クローヴィスさんがあたしに言った。

「え? 床に扉?」


 言われるがまま見てみると……確かに。

 気付かなかったけど、木の床の一部に四角く縁取られたような場所があった。ただ取っ手も無くて、言われなければ扉だなんて分からない。柄付きのオシャレ床って思うだろうな。


「てことはこの下に部屋があるの!?」

「そうだ。地下倉庫のような物だな」

 本を持ったまましゃがみ込むあたしに、庭からクローヴィスさんが答える。

 

「今は鍵を掛けているので開かないが……本はその辺りに置いて貰えれば、後で私が片付けておく」

「はーい……」

 と言いつつ、物珍しさでついついそれを凝視してしまう。緻密な模様の描かれた扉。鍵穴なんて見当たらないけど、どうやって施錠してるんだろう。

 

 ……あ、でもよく見たら一ヶ所だけ模様が歯抜けになって、長方形にくぼんでいる部分がある。ここに何かをはめ込むのかな?


「さすがにここは見学ダメ?」

 地下室の扉なんて聞いて、冒険心がくすぐられないはずがなく。そわそわして聞くと、クローヴィスさんはうーんと唸った。

「気になるかね? だが生憎とその場所には重要な資料も保管されていて……。簡単に案内は出来ないのだよ。申し訳無い」

「そっかぁ」


 無理強いする訳にもいかないので、諦めてあたしは足元に本を置く。

 

「……だが……そう、だな。必然が有れば、鍵も開けられるだろう。君次第ではあるが」

 

 その時、ぽつり呟くように言われた言葉。

 

「へ? ……どゆこと?」

 その意図を測りかねて、あたしはきょとんとした。でもクローヴィスさんは、それ以上続けずに目を伏せると背中を向けてしまう。


「さあ、残るはこの二冊だ。リーリア君、最後を頼むよ」

「はーい!」


 元気よく手を上げて、張り切りながら本を棚へと運ぶリーリア。


 うーん、どういう意味だったんだろ今の……。


「おーわりっ! キレイになったねー、みくる!」

 でもそのぼんやりした疑問は、ひと仕事終えてすっきり笑う、無邪気な声にかき消されてしまった。


「ね、ね、まほうの本たっくさんあったけど……おじちゃんのイチバンとくいなまほうって、どんななの? リーリア気になる!」

 好奇心の種は尽きることなく。片付けが終わるやいなや、うきうきとした調子でリーリアが尋ねる。あ、それちょっとあたしも知りたいかも。


 裏口のドアを閉めたクローヴィスさんは、ちょっと考えるようにあごに手を当てた。

「うーむ、色々と有るが……そうだな、実際に見てみた方が良いだろう」

「えっ、見せてもらってもいいの!?」

「いいのぉ!?」

 あたしとリーリアは二人して色めき立つ。

 

「ああ。但し、少々準備がある。一旦向こうの部屋へ行って、待って貰っても良いかね」

「え? うん……」

 魔法を実演するのに準備、しかも室内で? それに、わざわざ部屋を出るって……。

 

「わかったー! まってるね! みくる行こ!」

 不思議に思うあたしに対して、特に疑う様子も無しに手を振るリーリア。まあ怪しんだって仕方ないよね。待っとこっと。




「何だろうね、今からやる魔法って」

 それからあたし達は、別室で待機していた。ベッドが置いてあって、どうやら寝室みたい。扉の前で体育座りしながら、何となく声をひそめて、こそこそ話す。

 

「やっぱすっごーくつよくて、ドドーンってなるまほうとか……」

「でもそんなのぶっ放したらこの家消し飛ぶよ?」

『その前にまず自分の身を心配してくれ……』

 もっともなお兄ちゃんのツッコみ。


 ……それから程なくして。

「よし、入ってきてくれたまえ」

 クローヴィスさんの声を聞いたあたし達は、再び部屋の中に入った。

 

「……ん?」

「やあ。既にこの部屋の中に魔法を掛けているが、分かるかね?」

 

 部屋の奥に立っているクローヴィスさんが見える。

 でも、特に変わったことはないような気がするけど……。

 

「リーリア、何か分かる? 魔力的な違いとか感じたりしない?」

「んー、わかんない……」

 同じくきょとんとしているリーリア。注意深く周りを見てみたけど、相変わらず何も見つからない。

 

「クローヴィスさん、何かヒントちょうだい!」

 あまりに難しすぎたから、助けを求めるために声を掛けた。

 

「……?」

 でも、返事が返ってこない。クローヴィスさんはあたし達を黙って見つめている。

 

「おじちゃーん……?」

 リーリアもさすがに不安になったようで、恐る恐る話しかける。

 

 しかしそれにも答えはない。反応もせず突っ立ってる……明らかに様子がおかしい。

 

「ね、どうしちゃったの……?」

 心配になって、あたしは近づくとその肩を叩こうとした。

 

「ぅえっ!?」

 瞬間、触れた感覚もなく手が突き抜ける。

 そしてロウソクの火みたいにゆらっとその姿が揺れると――跡形もなく消えてしまった。

 

「え? え?」

「なになにっ!?」

 

 予想外の事態に二人で慌てふためくしかない。すると、

「──わっ!」

「ぎゃっ!?」

「ふぅえっ!?」

 

 背後からいきなり驚かされて、あたし達は肩をびくつかせながら悲鳴を上げた。弾かれるように振り返れば、なんとそこにはしたり顔のクローヴィスさんがいる。

 

「なななんで、今そっそこ立って……!」

「ふふ。今のが私の得意とする魔法の一つ、幻影魔法(イリュージョン)だ。どうだね、触ってみるまで分からなかったろう?」

「うっうん……全然」

 やっと落ち着いてきたあたしは、一つ息をついた。要するに化かされたってやつだ。

 

「でも本物のクローヴィスさんはどこに隠れてたの?」

「姿を周囲の景色に溶け込ませて、見えなくしていたんだ。多彩な使い方が出来る魔法でね……。ちなみに先程は触れると消えたが、もっと魔力を使えば一時的に実体を持たせる事も出来る。なかなか便利な代物だろう?」

 

 幻を見せる魔法かぁ……。よくあるっちゃあるけど、実際に見てみたらこんなに本物と区別がつかないものなんだ。

 

「ふわぁすっごーい……はじめて見たよぉ!」

 興奮しきりのリーリア。

「しかもさっき喋ってたよね!? ほんとに本物みたいに」

 あたしもつられてはしゃぐ。

 

「あぁいや、それは本物の声だ」

 すると若干視線を逸らしつつ何でもないような表情で、クローヴィスさんが言った。

 

「え?」

「流石に声まで与えるのは不可能でね……。幻影のすぐ後ろで喋っていたんだ。君達が近付いてきたら音を立てないように慎重に回り込んで……」

「あたし達を驚かすドッキリのためにそこまでしてたの!?」

「最初から黙ったままだと、近づく前に幻影だとバレてしまうかもしれないだろう?」

 皮手袋をした指先で口元を隠すようにして、いたずらっぽく笑う。お、お茶目さんだな、見かけによらず……。


「ねーねー! どうやったらそんなにまほうできるようになるの!?」

 そんな中、丸くて大きな目を一層輝かせて、リーリアが聞いた。

 

「ふぅむ……一言で説明は難しいな……」

 その直後クローヴィスさんは、何か思いついたように両手を合わせる。

 

「そうだ、私が君に魔法指南をするというのはどうかね? 実際にやりながら学ぶのが一番手っ取り早いだろうし、今後の君自身の為にもなるだろう」

「えっおじちゃんおしえてくれるの!? やるやる!」

 思ってもみない提案に、声を高めるリーリア。


「熱意があって大変宜しい。それでは……また庭に出ようか。みくる君はどうするね?」

「あたしもせっかくだし見学しよっかな」

 やる気満々に飛び出した小さな背中に続いて、再び裏口の扉をくぐった。




「さて、実際に魔法を見せて貰う訳だが……」

 本を虫干ししていた台も片付けて、広々とした庭の中心で、クローヴィスさんとリーリアは向かい合っていた。危なくないように、周囲には結界バリアが張られている。前にシグレと遮楽が戦った時と同じだ。あたしはというと、隅っこの方で小さな木の椅子に腰かけて、様子見中。

 

「何か、特別に習いたいという物は有るかね?」

「あるあるー!」

 迷うことなくリーリアは言った。

 

「こないだおぼえたの! でもね、キレイにできないの」

「習得したばかりでは何事も上手く行かない物だよ。どれ、早速披露して貰おうか」

「うん!」


 リーリアは緊張をほぐすように一つ深呼吸すると、ばっと両腕を前に突き出した。その手の先に、赤い魔法陣が出現する。


「いくよぉっ……ブレイズペタル!」


 魔法を唱えた直後、魔方陣からいくつもの小さな炎が吹き出した。

 

 緩く円を描くような軌道で、赤やオレンジの光を揺らめかせながら舞い踊るその様子は、まるで風に乗る花びら。


「おぉっ……!」

 優雅な光景に、あたしは思わず椅子から立ち上がりかけつつ声を出す。


 ……ところが、勢いが良かったのはそこまで。

 

 乱舞していた炎は、突然力尽きたかのようにしぼんでしまい、次々ひゅるひゅると地面へ落ちていった。残ったのは、もはやかすかな火の残光だけ。


 線香花火の最後をも思わせるその様子を見て、リーリアががっくりと肩を落とした。

「あーん、やっぱりダメだったぁ……こんどこそ、できるとおもったのに……」

「最初は上手くいってたのにね」

「そーなの! いーっつも火がきえちゃうの」

 眉を八の字にして、悲しそうな声を出す。


「ブレイズペタル……火属性の中位魔法か。先程の消え方を考えると……そうだな」

 すると分析するように低く呟きながら、クローヴィスさんが静かに歩み寄った。


「途中で燃え尽きてしまうのは、恐らく魔力の流れが不安定な為だろう」

「んーと……?」

 首を傾げるリーリアに、人差し指を立てて穏やかな笑みを浮かべる。


「この魔法の一番のポイントは、渦を巻く炎の軌道だ。だが先程は、その軌道に乗り切る前に魔力が尽きてしまったんだ。即ち、必要な魔力の流れが途絶えてしまった訳だね」

「ふむむ〜……それじゃ、もーっといっぱいのチカラがいるってことなの?」

 その返答に、クローヴィスさんは首を振った。


「単純に力を込めただけでは、余計に制御出来なくなってしまう。肝心なのは魔力の量じゃない、コントロールだ。放出させた力を、上手に操って循環させる必要がある」

「じゅんかん?」

「火の中で魔力がぐるぐると、回っていくようにするんだ。そのためには、魔力を一気に使ってしまわずに、少しずつ調整していかなければならない」

「すこしずつ……ぐるぐる……」 

 小さな手を回しながら、真面目な顔で考え込むリーリア。


「とはいえ……口頭で説明しただけでは、分かりにくいだろう」

 そう言って、クローヴィスさんが右手を胸の前にかざした。次の瞬間、手の中に青い光が生まれる。そして指揮者みたく右手を動かすと、光は宙を走った。その道筋に、残像がくっきりと残る。まるで蛍光ペンでサッと描いたような丸が、空中に出現した。


「次はこの線をなぞることをイメージして、魔法を発動させてみようか。自らの手を離れた力を操る、その感覚に慣れなければならない」

「うーんわかった! やってみる!」

 再び両手を突き出したリーリアは、さっきより少し慎重に魔法を繰り出す。


「……ブレイズ、ペタル!」

 放出される無数の火。


「ゆっくり、ぐるぐる……んぐぐ……」

 魔法の余波を受けて、ピンクのツインテールがはためいた。考えながらやってる分、さっきより炎の勢いは弱め。でも心なしか、回る軌道が整ってる気がする。

 

 そして、それは燃え続けていた。すぐに消えたりせずに、赤々とした輝きをまとっている。


「ええーいっ!」

 リーリアが気合の声と共に力を込めた。炎は一瞬ボウと勢いを強めて……弾けるように、消えてしまった。


 最後は結局また魔力切れを起こしたみたいだけど――明らかに一回目よりは、上手くできていた。


「おお、これは素晴らしい。大した伸びじゃないか」

「わぁい、ちょっとだけできた!」

 クローヴィスさんが拍手をすると、リーリアも晴れやかな笑顔を見せる。


「魔法をたった一回見て教えただけで、こんなにすぐ上手くなるなんて……さっすが村の先生!」

 あたしがおどけて言うと、クローヴィスさんは謙遜して手を振った。

 

「いやいや、リーリア君の飲み込みが早いからだとも」

「え? リーリアいつもよーくかんでたべてるよ?」

「そっちじゃないよ。すごいねって褒めてるの」

「えへへ〜そぉ?」

 頬に両手を当てて照れつつ喜ぶその姿は、本当に嬉しそうだ。


「この調子ならば、コツを掴むのもそう遠くはないだろう。もう一度やってみるかね?」

「よぉーし!」

 すっかり乗り気になったリーリアは、ぶんぶんと腕を回す。そして魔法の発動体勢に入った。


 その様子を、真剣な表情でクローヴィスさんがじっと見つめる。あたしも、椅子に座った状態で身を乗り出す。集中する二つの視線。


 ……するとそんなあたし達を、リーリアがちらっと見た。

 

「……う〜……」

 途端に、少し困ったように眉を下げて、もじもじしだす。

 

「そっ……そんなにじーってされたら、キンチョーするよぅ……!」

 さっきとは打って変わって弱気な声に、クローヴィスさんはハッとした表情を浮かべたあと、ハハと笑った。


「すまない、プレッシャーだったかね? 確かにやり辛いな、少し席を外そうか。その光は暫く残るから、思う存分練習したまえ」

 そして、あたしの方を振り向いた。

「それではみくる君、私達は一足先に、部屋へ戻ろう」

「あ、はーい。んじゃがんばってねリーリア!」

 促されて、軽く手を振りつつ席を立った。


 ぱたんと閉まる扉。クローヴィスさんに続いて部屋に戻ったあたしは、改めて室内を見回す。

 片付けだったり魔法の実演だったりで、なんだかんだ部屋に置いてある雑貨をじっくり見てなかった。今がちょうどいい機会だ。

 

 この小瓶に入ってる砂、宝石みたいできれいだなぁ。無造作に置いてあるペンもデザインが上品で、あたしが持ってるのとは大違い。机の隅には、天秤に似た道具に、大小様々なパーツ……何に使うんだろう?

 

「……あれ? これって……」

 

 そんな中、あたしの目にふと留まったものがあった。ガラス戸の付いた棚の中。紙の束や、薬草が入った容器が並んでいる、その隣。

 

「クローヴィスさぁん、この棚のも見ていい?」

「む? ……構わないよ。何か気を惹かれる物でも有ったかね?」

 

 許しを得たので、ガラス戸を開けてそれを手に取ってみた。片手に収まるサイズの小さな紙製の箱だ。深緑色に金の箔押しでロゴマークみたいなものが描かれている。一見お菓子の箱みたいだけど、これひょっとして。

 箱の上部が開く作りになっていて、開けてみると中には細い筒状のものが詰まっていた。予想が当たったあたしは、へぇと声を出す。

 

「これってさ、タバコだよね?」

 振り返って聞くと、クローヴィスさんは頷いた。

「あぁ、そうだ。君達にはまだ早いな」

「ふーんそういうのあるんだ、こっちにも」

「ん? こっちとは?」

「え!? あ、いやー、な、なんか意外だなぁって思って。クローヴィスさんタバコ吸うんだなぁって、はは」

 うっかり口が滑って、慌てて濁した。

 

「そうかね? 研究に行き詰ったときの良いお供なのだよ。じっと机に向かっているよりは思考もクリアになるからね」

「そうなんだ……?」

 タバコかぁ。お兄ちゃんは吸わないし、お父さんもお兄ちゃんが生まれたのをきっかけに止めたそうだから、あたしにはあんまり馴染みが無い。でも、クローヴィスさんが静かにタバコを吸う姿はいかにもカッコよく様になってそうで、ちょっと見てみたいかも。


 ところで、箱は結構ストックがあるみたいだし、今気づいたけど棚の横に置かれた小さなサイドテーブルにはガラス製の灰皿があって、そこに吸い殻が少し溜まっていた。実は結構ヘビースモーカーだったりするのかなぁ。まあ確かに研究者って、難しいことたくさん考えてストレス溜まりそうだもんね。


「けど、どっちかっていうと遮楽の方が吸ってそうなイメージだったなぁ」

「ああ、遮楽も嗜む程度には……。ただ、もしかしたら私の影響かもしれない。私と行動を共にする以前は、一切やらなかったそうだから。それに……彼は煙草より、酒だ」

「あはは、そうだった」

 軽く笑って返してから、あたしはふと考える。


「……ねぇ、クローヴィスさんってさ、遮楽とは長く一緒にいるんだよね?」

「そうだな……初めて会ったのは私が二十代の頃だったか」

 腕を組んで懐かしむような顔をするクローヴィスさん。

 

「それからずーっと遮楽は用心棒?」

「その通りだが……どうかしたかね? 何か腑に落ちないといった顔だな」

「うーん……」

 

 あたしは視線を斜め下に向けると、ぽつりぽつり疑問を口にする。

 

「どうして遮楽を、用心棒に雇ったんだろって。だってクローヴィスさんのお仕事は研究者で、冒険者じゃないでしょ? 強いモンスターと戦わなきゃいけないことだってそんなにないはずだし……。確かに遮楽はすっごく強くて傍にいたら頼れるけどさ、付きっきりで守ってもらう必要はないんじゃないかなって」

 

 言いながら、脳裏に最近読んだマンガのワンシーンがよぎってハッと身構える。

 

「ひょ、ひょっとして実は何か悪い組織に狙われてたりする……?」

「ははは、狙われる程大層な人間なら良かったのだがね」

 額に手を当てておかしそうに笑ったクローヴィスさんは、その後少し真面目な表情になった。

 

「……しかし、当然の疑問だ。確かにフィールドワークで魔物の居る場所に赴いたりもするが、君達に比べれば余程安全な仕事だろう。だから遮楽を用心棒として雇ったと言うのは、少々語弊が有るかもしれない……。私に付いて来てくれるようになったのは、これもまた乱暴な言い方にはなってしまうが、半分成り行きのような物でね」

「成り行き?」

 

 あたしが首を傾げると、頷いて、手近な椅子の背に手をかけつつ続ける。

「ああ。遮楽は元々、護衛を生業としていた訳ではなかったのだよ」


 伏せられる目。昔を思い返すような、どこか物憂げな面持ちで、静かに語られた言葉。

「むしろ真逆。彼は……盗賊だった」


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