【第十三話】精霊使いの特別授業
【前回のあらすじ】
窓からみくるが目撃したのは、謎の人影であった。好奇心に駆られ、そっと宿屋を抜け出す。すると不可思議な事に……まるで瞬間移動の如く、気付けば例の森にいた。訳も分からず彷徨う彼女の身に、何故か無反応なアメーバ状生物、怪しい二人組、正体不明の白い獣など、様々な謎が降りかかる。だが途中で目が覚め、全ては夢だったと拍子抜け。その後部屋を出ると、酔い潰れたジタンに出くわした。遮楽に付き合い、散々飲まされたらしい……
「えーっとじゃあ……どうしよっか? 今日」
引き続き、ここは宿屋の廊下。あたしはオルフェに話しかけた。
「さすがにジタン抜きで行く訳にはいかないよね」
「……じゃのぉ」
若干すまなそうな反応。ジタンまさかの二日酔いでダウンということで、冒険に行けなくなってしまった。
「一応聞くけどお兄ちゃん、この展開ってさぁ」
『……想定外も想定外だ。何やってるんだか……』
げんなり顔で眉間を押さえるお兄ちゃんの顔が目に浮かぶ。
「過ぎたこたぁしょうがないけぇ、村でやれる事をやるしかないわい」
「あるかなぁそんなの……オルフェは何するの?」
「ほうじゃね……わしゃあちぃと調べもんでもしようかと思うとる」
「調べもの? 何か気になることでもあるの?」
そう聞くと、オルフェはちょっと背を屈めて言った。
「ほれ、昨日話にあったじゃろう。月詠草が異変にやられんかったんは、月の魔力が関係しとるかもしれんっちゅう……」
「あーね! そういやしてたしてた、そんな話」
昨日のお食事会での会話を思い出して、あたしはぽんと手を打つ。アムルーナの森で見つけた月詠草。それが月夜にしか咲かないという話をアンネから聞いて、オルフェがそう考察してたんだっけ。
「んー、じゃああたしはとりあえず……」
「とりあえず?」
「……朝ご飯、食べよっかな」
腹が減っては何とやら、だ。
そして無事ご飯も済ませたあたしは、道具屋に来ていた。目的は少なくなったアイテムの買い足し。
特に、MP回復系のアイテムは切らしやすいから気を付けないといけない。HPなら回復アイテムの種類も豊富だし、魔法を使う手だってある。でもMPは専用アイテムでないと回復できない上に、ドロップアイテムでもないから調達が地味に大変なんだ。買えるときに買っとかないと……。普段ゲーム内で買い物する感覚で、補充するアイテムを選んでいく。
「お使いとは精が出ますね」
奥の棚から商品を持ってきつつ、エトルさんが言った。
「それがさぁ〜もう聞いてよ〜」
あたしは起きてからの事の顛末を話す。
「ハハハ、そうですか遮楽さんが……。私も何度か晩酌に付き合いましたが、底の抜けた壺かと思いますよ、本当に」
小さい眼鏡を布で拭きながら笑うエトルさん。
「それでさ、今日が丸々空いちゃったんだ。エトルさん何か面白いとこ知らない? マーケットも昨日大体見ちゃったし、あたし一人だとフィールドにも出られないし……」
「うーんそうですねぇ……君が楽しめそうなものと言えば……あ」
悩んだ末に何か思い出したような反応をしたその時。入り口のドアが開く音がした。
「あ、あのぉ……」
ドアの隙間から、遠慮がちに覗き込む紫色のボブカットの頭が見える。やって来たのは、アンネだった。あたしを見つけると、ぺこりと会釈をする。
「ん? どうしたんだい」
エトルさんの穏やかな問いかけに、アンネはおずおずと口を開いた。
「奥の部屋に、ノート、置いてありませんでしたか……? 昨日遊びに来たときに、置いたまま帰っちゃったかもって……」
するとエトルさんには心当たりがあったようで、すぐに頷く。
「ああ、あれはやっぱりアンネのだったか。ティルのものではなさそうだったし、そうじゃないかと思っていたんだよ。ちょっと待ってておくれ」
そう言ってカウンター奥の部屋へ引っ込むと、程なくして戻ってきた。その手にはクリーム色のノートがある。
「はい、これだろう?」
手渡されたアンネはホッとしたように笑顔を浮かべる。
「よ、よかったぁ。これから必要だし、見つからなかったらどうしようって思ってたんです」
「はは。安心して行ってらっしゃい」
嬉しそうなアンネと小さく手を振るエトルさんを見て、気になったあたしは口を開いた。
「アンネ、これからどこか行くの?」
ノートを胸に抱えたアンネは、窓の外を指差す。
「そ、その、すぐそこの図書館に……。これからクローヴィス先生の授業があるので……」
「そうそう。私も先程それを言おうと思ったんですよ」
「授業……あー! そっか、言ってたもんね」
ピンときたあたしは言いながら頷く。そういえば昨日そんな話もあったんだっけ。
「みくるさんも試しに覗いてみては? きっと面白いし、役にも立つと思いますよ」
「え、でも村の子のための授業なんだよね? あたしが受けてもいいの?」
「だ、大丈夫……だと思います。生徒が増えたら……きっと、クローヴィス先生も嬉しいと思うので……」
その後押しを受けて、あたしもだんだんその気になってきた。普通の勉強は嫌だけど、これは魔法の授業……かなり興味あるかも!
「じゃ、行ってみる! ありがとうエトルさん、アンネ!」
「いえいえ。二人で行ってらっしゃい」
「そ、それじゃ……一緒に……」
という訳で、あたし達二人は村の奥に建てられている図書館へと向かったのだった。
その図書館は、外は素朴な外観だったけれど、中に入ってみると結構しっかりしていた。
ずらりと並んだ本棚には本がぎっしり詰め込まれている。日差しが当たらないようにするためか窓は少ないんだけど、吊り下げられたランプのおかげで暗い感じはしない。天井にある小さな丸窓はステンドグラスになっていて、降り注ぐ光がほんのり色づいているのがちょっとオシャレだ。
「へぇ~……」
柔らかい絨毯の敷かれた床を歩きながらきょろきょろと見回す。置かれた本の種類はざっと見ただけでも、絵本から魔導書、歴史書みたいなものまで様々。普段本はそんなに読まないから暇つぶし候補に出てこなかったけど、ここに一日入り浸ってみるのも案外面白いかも。
「こんにちは」
とある本棚を曲がると女の人がいて、にこやかにあいさつされた。司書さんかな?
「あ、お母さん……です」
あたしの後ろでアンネが小さく言う。
「そうなの? こんにちはー」
言われてみれば、確かに紫色の髪とかおっとりしたタレ目とか、似てる気がする。
「あなたもクローヴィスさんの授業? それならここの二階よ」
その人は、言いながら奥の階段を指差した。
「アンネ、色々教えてあげなさい」
「はぁい」
司書さん、ことアンネのお母さんに見送られて、あたし達は二階に上がった。
二階も一階と変わらず、本棚が規則正しく並んでいた。そしてそれに囲まれるようにして、部屋の真ん中に長机があった。ぐるりと置かれた椅子には、既に何人も村の子供達が座っている。あたしと同い年くらいに見える子もいた。
「あれー? みくるおねーちゃん!」
その内の一人、ティルがあたし達を見て甲高い声を上げた。
「へへ。暇だったからちょっと見学に来てみたよ。席、ここ空いてる?」
言いながらティルの隣に座って、リュックからペンと、いつもはマッピングに使っている紙を出して机の上に広げる。
「どーしたのー? 今日は冒険行かないの?」
「えっと、まあちょっと一休みというか。はは……」
正直に話したら夢を壊しかねないので、あたしは曖昧にごまかした。
「そっか。毎日じゃキツいもんね」
幸いにもあっさり納得してくれたティルは、手元のノートをぱらぱらめくる。丸っこい字で書かれたメモと、魔方陣のような図形がちらっと目に入った。
「……あ、来たよ、クローヴィス先生」
その時ティルの対面側に座っていたアンネが、本棚の向こうを見ながら言った。
つられて視線を向けると、確かに紙の束や数冊の本を小脇に抱えて歩いてくる、白い上着姿が見える。
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは。皆もう揃っているかね?」
元気な声の数々に片手を上げて応えていたクローヴィスさんは、あたしを見ておやっと眉を上げた。
「これは驚いたな。今日は珍しい生徒が来ているね」
「ちょっと面白そうで……えへへ。よろしくお願いしまーす、クローヴィスせんせ」
「うむ、勿論歓迎だとも。皆、冒険者のみくる君だ。現役で旅をしている者から学べる事も多いだろうから、ぜひ交流を深めてくれ」
紹介を受けて、子供達が次々に手を振ったり頭を下げたりした。若干緊張交じりのきらきらした眼差しを向けられる。うっ、実際のところ冒険者ではないから、ちょっとだけなんだか罪悪感……。
「……それでは、時間も丁度良いし授業を始めよう」
あいさつが落ち着いたタイミングで、クローヴィスさんが切り出す。普段学校で受けるものとは違う、特別授業が幕を開けた。
「さて、前回は魔法の合成を学んで、宝石に魔法の力を宿す練習をしたのだったね」
可動式の青っぽい黒板の前に立って、本を片手に広げながら、クローヴィスさんはそう話し出した。
「そこで復習だが、魔法の力には大きく分けて七つの属性がある……覚えているかね?」
言いながら、みんなを見回す。すると次々に手が上がった。
「はーい! えっと、火属性でしょ、それから水属性……」
「風と雷も!」
「それから闇と光で……あれ? あと一個何だったっけ?」
「あ、土! 土属性だよ!」
「大正解だ、皆素晴らしい。細かく言えばそこからさらに上位・中位・下位という区分も有るのだが、今回は省略しておこう」
クローヴィスさんは白いチョークを取ると、黒板に文字を書き付けていく。まず火、風、雷、水という字が四角形になるように書いてから、真ん中に土と書いた。そしてその四角形の隣に、闇と光という字を横並びで書いて、一度こちらを振り向く。
「それぞれに相性が有る事ももう知っているね? 火と風と雷と水の属性は四すくみの関係にあり、闇属性と光属性はお互いに得意属性となる……ただ一つだけ、例外があってね」
そう言うと、チョークで土の字をコツコツ叩いた。
「この土属性だけは少々特殊で、苦手属性も得意属性も存在しないのだよ」
話す言葉と一緒に、黒板へ矢印が書き足された。得意属性、つまりは相性のいい属性へと引っ張られていく矢印。
火 → 風
↑ 土 ↓ 闇↔光
水 ← 雷
最終的にこんな感じの図ができあがって、クローヴィスさんは一旦チョークを置いた。ここら辺はもはやRPGの常識というか、ゲームやってる内に感覚で覚えていることだから今更習う必要はないんだけど、あたしは念のためその図を手元の紙に書き写す。
「また、攻撃に属性の力を宿したり、逆に特定の属性から身を守るアイテムが存在する事も、もう皆知っての通りだと思う。例えば……そう、この指輪やお守りなんかがそうだ」
腰のポーチをごそごそやって、取り出して見せたのは通常攻撃に火属性を付加する『ルビーの指輪』と、水属性のダメージを軽減する『青いお守り』だ。
「ただ、これも土属性だけはそういったアイテムが存在しないんだ。あらゆる意味で、土属性は特殊という事が分かるな」
「それってなんか、仲間外れにされてるみたいでかわいそうだなー」
ティルが頭の後ろで手を組みながら言った。するとそれを聞いたクローヴィスさんは、フッと微笑む。
「そうかね? 私はむしろ、孤高で誇り高い属性だと思うが」
「ココウ?」
「自分の芯を持ち、誰とも比べられない強さを持っているという意味だよ」
おもむろに、クローヴィスさんは手のひらを上に向けて右手を出した。指先に軽く力が込められると、無から現れた砂粒が渦を巻くように集まって、土の塊になる。おぉ〜とどよめいて注目する子供達……と、あたし。
「この世界を支えている地盤のように、頑強で、揺るぎない……そう考えると、頼もしいだろう? それに、土の魔法はまだ未解明な部分も多いのだよ。魔導書に載っている魔法も比較的少ないし……。とてもミステリアスで浪漫に溢れる、唯一無二の属性だと思わないかね?」
「うん! ボク、土属性の魔法覚えたいな!」
「私も!」
「オレも! 先生教えてよ!」
「はは。やる気があって大変よろしい。その内教えるとも」
盛り上がる場に、嬉しそうな声を出すクローヴィスさん。
「先生、それじゃどの魔法から覚えるのがいいんですか?」
すると一番奥の席に座っていた、最年長らしい茶髪の男の子が手を上げて聞いた。
「うーむ、それは一概には言えないな。本人の適正にも依るし……。ただ、それぞれある程度の傾向があってね。参考までに聞いて欲しい」
再びチョークで黒板の文字を指し示して、クローヴィスさんは口を開いた。
「火属性と水属性の魔法は種類が豊富で、下位魔法から上位魔法まで幅広くあるんだ。それに対して風属性と雷属性は、下位魔法と中位魔法が比較的多い。威力は小さいが、その分魔力の消費が少なく燃費が良いという利点もある」
「コスパ重視でサクサク撃てるって感じ?」
「その通りだみくる君。だから、取り組みやすいのはこの二つの魔法と言われているな」
あたしのリアクションも拾いつつ、解説が続く。
「闇属性と光属性は、上位魔法が多く強力なのだが……如何せん消費が激しい上に制御も難しくてね。やや玄人向けとも言えるだろう」
シンとした図書館に響く言葉と、カリカリとノートを取る音が重なる。年齢も種族もばらばらだけど、みんな同じく真剣な面持ちだ。
「難しいかもしれないけどオレ、闇属性の魔法習いたいな。闇魔法の使い手ってなんかカッコいいもん」
鉛筆を動かしながら、男の子が言った。あ、やっぱこっちの世界でも闇のイメージってそんな感じなんだ。
「えーでも、なんかワルそうで嫌じゃない?」
それに対して隣に座っていた女の子が首を傾げる。
「た、確かに……ちょっと怖い……かも」
もじもじとアンネも言った。
「ふむ……それは、少々誤解かもしれないな」
一連の会話を聞いて、腕を組んだクローヴィスさんは静かに切り出す。
「確かに、闇属性は悪で光属性は善という印象を持つ者は多いだろう。闇とは混沌や暗闇のイメージとも繋がるからね……。ただ、それは闇という力の持つ一側面でしかない。そもそも、闇属性魔法の源流となった古代の精霊は、夜を生み出したと言われていて、生命の休息や安寧を司ってもいたんだ」
豆知識に、周囲でへぇ~という声が上がる。
「それに、光属性の魔法も無闇に使えば害を生む危険性がある。強すぎる光は全てを眩ませ、灼いてしまうからね」
「あー真夏の太陽めっちゃ暑いし日焼けするみたいな」
「う、うむ、分かりやすく例えて説明出来るのは素晴らしい事だみくる君」
そして一つ咳払いして、穏やかな微笑みを浮かべると、安心させるような声音で言った。
「このように、魔法にはあらゆる側面が存在する。重要なのは、良い悪いと一言で決め付けられないという事だね。今でも尚多くの人が研究を続けている程、奥が深い分野なのだ。ぜひ色々な面に興味を持って、吸収していって欲しい。知れば知る程、きっと楽しいとも」
はーい、とみんな素直に返事をする。すごいなぁ、属性一つでこんなに話ができるんだ。属性相性くらいしか考えてなかったけど……こうして真面目に授業として受けてみると、結構面白い。
「……さて、せっかく古代の精霊の話もしたことだし、今日は古代魔法史にも少し触れてみようか。次は、精霊が如何に生まれたかの話をしよう」
話が一区切りして、手元の水筒を飲みつつしばし喉を休めたクローヴィスさんは、再び話し始めた。おぉっ古代魔法史なんて、いかにもファンタジーでロマンチックなテーマ! あたしはにやにやと上がる口角を抑えつつ、握るペンに力を込める。
「創世神話にも関わる話だがね。この世に存在する精霊の力は、元々一つの膨大なエネルギーだったと言われている。まだ世界すら無かった頃の話だ」
まるで神聖な話を聞かせるように厳かな、けれども穏やかなトーンで話されるそれを、あたし達は押し黙って聞く。
「其処へ突如として現れた何者かが、そのエネルギーを七つに分け、それぞれに名前と役割を与えたんだ。その結果エネルギーは属性を持つ精霊へと変わり、彼らの魔法の力によって地と海、そして昼と夜が生まれた。つまり、今の世界の基盤が作られた訳だね。我々はこの全ての始まりを司った何者かを、創造主と呼んでいる。姿形も何もかもが不明な世界の始祖だ……どうだね、謎めいていて面白いだろう?」
尋ねるその口元に、ほんのり浮かぶ含み笑い。
……創造主。
それって、まあ要するにメタな話で言うと……お兄ちゃん、だ。
『……えらく大層に言われてるな』
半笑いな声がイヤーカフ越しに聞こえてきた。その創造主はあなたよりずっと年下で、バイトしながら大学行ってるフツーの人間ですよって言ったら……クローヴィスさん、どんな顔するかな。
「ん? みくる君どうかしたかね。やけに嬉しそうじゃないか」
「ううん、面白そうな話と思って!」
首を振って適当にはぐらかすと、彼はちょっと不思議そうな顔をしつつ話を再開した。
「世界を形作るという大業を果たしても尚、有り余った力は小精霊となり、世界中に散らばった。すると創造主は、無数に存在する精霊達を統率するため、六人の大精霊を生み出したんだ。そして最後に世界の全てを司る最上位者として、天の大精霊を創った。又の名を神とも呼ばれる存在だな」
話す中で、ふと立ち上がる。そして本棚に寄ると、指先で本を一冊抜き取った。
それを持ってくると、あたし達に見えるように広げる。子供向けらしいその本には大きな挿絵が付いていて、いかにも神様っぽい人が手をかざしていた。
その下では容姿の異なる六人が思い思いのポーズを取っている。この人達――なんか、一部人っぽくない見た目のもいるけど――が大精霊なのかな?
「さて、これで世界を維持する力は整い、魔法の力も隅々まで満ちた。創造主は、ひとまずの役目を終えたんだ」
「じゃあさ、創造主はそれからどうしたの? ぐっすり寝てお休み?」
疑問を投げかけたのはまたしてもティルだ。それに対してクローヴィスさんは、いい質問だとばかりに笑みを浮かべて、頷きながら口を開く。
「役目を終えた創造主は、世界を一目で見渡せる程果てしなく高い、高い場所へと昇っていった。そして自らの存在を限りなく薄く広げると、やがて世界を覆ったんだ」
説明の途中で、ぺらりとページをめくる。美しい緑の大地と、澄んだ海と、まっさらな空が、カラーで描かれていた。
「これが、空の始まりと言われている。従って、空は最も神聖な場所であり、全てが還る場所とされているんだ。標高の高い場所に住む動物や鳥などが、しばしば神聖視されるのも、これが理由なのだよ」
ぱたんと本を閉じて、机を見回すクローヴィスさん。
「……以上が世界の、そして精霊と魔法の始まりの話だ。そこから更に長い年月を経て、精霊達に力を借り使役する者、つまりは私達の祖先も誕生する訳だが……まあ、それは次回にでも話そう」
壮大な話を聞いて、みんなの目が輝く。もはや授業っていうより、物語の読み聞かせのような雰囲気だ。
「先生、あの……」
そんな中、控えめに手が上げられた。アンネが遠慮がちに、でも興味津々な目で質問をする。
「創造主様は、お空になってしまったけど……その、大精霊様は、今もこの世界にいるんですか? あ、会ってみたいな……」
……するとなぜかクローヴィスさんは、答えに若干困るように眉根を寄せた。
「伝承に依れば……存在自体はしているらしい。だが……私達が会って話す事は、どうやら今の所不可能なのだ」
「え……? ど、どういうことですか……?」
困惑するアンネ。クローヴィスさんは手をあごに当てながら答えた。
「ああ……まず、精霊が実体を持って現れる事を顕現と言うのだが、今、大精霊達はその顕現が出来なくなっているらしいのだよ。この話も詳しくすると長くなってしまうから手短に話すが――」
再びチョークを手に取って、黒板に向かう。
「遥か昔、神魔戦争と呼ばれる大きな戦いがあったらしい。神や精霊達、そして魔王とその眷属が世界を巡り争ったのだそうだ」
「ん? 神魔戦争ってなんか聞いたことあるかも……?」
『ゲームのプロローグでもちらっと出した言葉だな……この辺、結構シナリオ的に重要だぞ?』
あ、じゃあしっかりメモっとこうかな……。お兄ちゃんの言葉に押されるように、ペンを動かす。
「その戦いは他に類を見ない程激しく、文字通りの総力戦となったそうだ。最終的には神や精霊側の勝利で終わったものの、力を使い果たしてしまった大精霊達は、皆この世界に姿を留められなくなったと……古代の文献や碑文にはそう遺されている」
チョークを浮かせたまま、うーんと考え込むクローヴィスさん。
「大精霊達が何らかの方法で力を取り戻す事でもあれば、またその姿を見せてくれるのかもしれないが……その方法はどの資料にも見つからないんだ。私も、会えるものならば是非会いたいのだがね」
「そっかぁ……残念です……」
しょんぼりするアンネを、ティルが仕方ないよねと慰める。
古代の戦争で力を失った大精霊かぁ。なんか、いかにもストーリーに深く関わってきそうな予感がするけど……今んとこまだ、分かんない。お兄ちゃんにもあんまり聞いてないし。制作が進んだら細かい設定とか話してくれるかなー……
……ってあれ?
えっ、なんかクローヴィスさん、あたしのこと見てない!?
「い、いやいやいや!? 知らないよあたし!?」
慌てて両手を顔の前で振ると、クローヴィスさんは肩をすくめて笑った。
「あぁいや、はは、分かっているとも冗談だ。まあ古代文献の研究は日々進んでいる。その内明らかになる事も有るかもしれないな」
軽い調子で話をまとめる。その後ふと上着のポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認した。うわぁアンティークな時計、いかにもな感じで似合うなぁ……。
「……名残惜しいが、そろそろ時間だな。キリも良い事だし、今回の授業は此処までにしよう」
とんとんと手元の資料を整えて、前を見る。それにつられて、みんなもちょっと居住まいを正した。
「きりーつ!」
最年長の男の子の号令で全員立ち上がったので、あたしも合わせて椅子から腰を上げる。
「礼!」
「ありがとうございましたー!」
立ち並ぶ本棚にこだまする、揃った元気なあいさつ。クローヴィスさんは静かに笑った。
「皆、今日も来てくれてありがとう。また次回会える事を楽しみにしている」
授業を締める、真面目ながら穏やかな声。生徒を見つめる真っ直ぐな視線と、ピンと伸びた背筋。黙々とした難しげな研究者ではなくて、優しくて親しげな「先生」としての顔が、確かにそこにはあった。
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