【第八話】いざ探索!アムルーナの森
【前回のあらすじ】
突如始まったシグレと遮楽の戦いもついに大詰めを迎え、ギャラリーの声援が飛び交う中、白熱した攻防が繰り広げられる。意地とプライドを短剣に込め、果敢に立ち向かったシグレ。しかし遮楽の卓越した感覚と戦闘技術の前には一歩及ばず、敗北を喫する。それでも彼女の奮闘に大喜びの村人達。パーティーは順調に村へと馴染んでいくのだった。
「いやー、良いもの見せてもらったよ」
「こんな面白い試合をタダで見ちゃってなんだか悪い気もするねぇ……あっそうだ、こないだクッキー焼いたのよ。保存食にもなると思うし、いくつかいかが?」
「あっ、それならウチにも果物干したのがあるわよ~」
「い、いんやぁ、そがぁにお構いのうて……」
女の人達に囲まれたオルフェが、苦笑いしつつ顔の前で両手を振っている。
親善試合を終えて、集まっていたギャラリーはぱらぱらと解散し始めていた。残っているのはあたし達と、クローヴィスさん、そして使い終わった訓練場の後片付けをしている遮楽と数人の男の人達だ。木製の大きなローラーみたいな道具を使って、戦いの余波でデコボコになった地面を均している。
「みくる、飲み物寄こしなさい」
「あ、りょうかーい。はいコレ」
リュックからシグレの水筒を取り出して渡す。ごくごくと呷るその表情は、まだ若干むくれていた。
「みんな」
そこへ、オルフェが小走りにやって来る。その胸には何やら紙袋を抱えていた。どうやら怒涛のお礼攻撃には結局押し負けたらしい。
「必要なもんは大方買い揃えられたんじゃ。日が暮れんうちに、そろそろ出発せんか?」
「へ、出発……?」
『いや、みぃ、メインクエストがまだ進捗率0パーで残ってるからな?』
一瞬何の話だろうとキョトンとしてたら、お兄ちゃんからすかさずツッコみが入った。
「あ、そっか。まだ行ってなかったんだっけ、森」
「お前な……そもそもの目的を忘れる奴があるかよ」
「へへ、村の中見て回るのが楽しすぎてつい」
「森……」
あたしとジタンの会話を聞いていたクローヴィスさんが、ぽつんと呟いた。
「ひょっとしてアムルーナの森かね?」
「そうそう! やっぱりクローヴィスさんも知ってたんだ」
「ああ、此処からもそう遠くない。当然把握はしているし、私自身何度か現地で調べているとも……。しかし、だからこそ言えるが今は危険な場所だ。とても心安く送り出せる場所では……」
「まぁ危険じゃなけりゃ、オレ達みたいな冒険者に仕事が回ってこないんで」
そう事もなげに言うジタンを見て、クローヴィスさんは一瞬目を丸くしたあと、ふっと微笑む。
「どうやら野暮な事を言ってしまったようだね。余計な口を挟みたくなるのは私の悪い性分だ」
そう言って引き下がったけれど、その後少し考えるような仕草をしてから、再び口を開いた。
「……実は私も現状が気になっていたのだよ。案内役が居た方が便利だろう? 君達さえ構わなければ同行したいのだが」
「えっ、クローヴィスさんも来るってこと?」
まさかの申し出に驚いてあたしが聞くと、クローヴィスさんは眉を下げて笑う。
「不安かね? 確かに冒険慣れはしていないが、これでも魔法の腕には多少なりとも自負がある。足を引っ張る事にはならないと思うのだがね」
そういえば、クローヴィスさんは精霊使い……魔法使いの上級職、だっけ? その実力はちょっと見てみたい気もする。
「おじちゃんのまほう見れるの~!?」
「ま、戦力が増えるに越したことはないでしょうね」
リーリアがはしゃいだように言って、シグレもわりと素直に頷いた。
「わしも特に問題は無いように思うが……ジタン、どうじゃ?」
「あァ、オレも別に。拒否する理由も無いしな」
みんな賛成の雰囲気なのを見て、クローヴィスさんもホッとしたような表情になる。
「良かった。では、杖を持って来るから少々――」
「お待ちなせェ、旦那」
ところが、その流れにストップをかけたのが遮楽だった。訓練場の整備が終わったのか、こっちに歩いてくる。
「む? どうかしたのかね」
「ここ最近研究の方が多忙で、ほとんど休まれてねェでしょう。そんな状態の旦那を、よりによって危険な場所へ、無暗に向かわせる訳にゃいきやせんや。悪ィがここは止めさせて頂きやすぜ」
「いや……しかしだね……」
あごに手を当てて、渋る様子のクローヴィスさん。それを見た遮楽はおもむろに首を振ると、親指で自分の胸を指し示した。
「どうしても現状を知りてェとおっしゃるんなら、代わりにあっしが行きまさァ。それで我慢しちゃ貰えねェですかい?」
「遮楽が? うぅむ」
少々間があってから、クローヴィスさんは頷いた。
「……彼らを補佐するという意味では、確かに私より適任だ。ではお言葉に甘えてお願いするとしよう……という事で、遮楽を任せても宜しいかね」
言いながらあたし達の方に向き直ると、薄く笑ってみせた。
「きっとお役に立てる筈だ。頼れる男だよ、彼は」
「そりゃぁ、もう十分知っとりますわい。のぉ、シグレ?」
「……ふん」
やや含みを持たせたオルフェの言葉に、不服そうな顔をしながら目を逸らすシグレ。
「ああ、そうだ」
すると思い出したようにクローヴィスさんが、腰のベルトに取り付けられた鞄から何かを取り出した。
忍者が使う巻物みたいなアイテムだ。巻物系のアイテムはいくつかあって、緑色のこれは確か……『帰還の巻物』だったはず。使えばダンジョンから村や町へ即座にワープできる、言わばピンチの時の緊急脱出アイテムだ。それをジタンに差し出した。
「これを渡しておこう。備えはしておくべきだからね」
「いいんすかわざわざ……」
「ああ。少しでも身の危険を感じたなら、どうか無理せず此処へ帰ってきてくれたまえ。武運を祈るよ」
巻物を受け取ったジタンが会釈を返して、あたしに手渡す。ちゃんとリュックに仕舞ったのを見届けると、みんなの方を振り返った。
「そんじゃ、まぁ……ちゃっちゃと行くか」
村を出ると、RPGによくある縦隊列でフィールドを移動した。ここだけなぜか毎回ゲームシステムにものすごく忠実なんだよね……。
いつもはあたしが最後尾なんだけど、今回は遮楽がいるから後ろから二番目。背中を守られている安心感がある。
草原が広がる中に一本通る、踏み固められた道を忠実になぞりながら歩いていく。
日は高いけれど、少しだけ雲もあるおかげでそこまで暑くはない。耳を澄ますと、かすかに水の流れる音が聞こえる。近くに川でもあるのかな。そういえばマーケットに魚の干物もあったような……。
自然豊かなこの場所と、そこに作られた村に住む人達の生活が、なんとなく想像できるような気がした。
いつも通り雑談やエンカウントバトルを挟みつつ目的地へ。ミレクシアからもあまり遠くないとクローヴィスさんが言っていた通り、アムルーナの森に着くまではそこまで大変な道のりではなかった。
「えー地図上だと、この森がそうらしい、が……」
先頭のジタンが目の前を見上げながら言った。その後ろで、あたしも顔を覗かせる。
「何というか……別に普通ぽい……?」
荒れ果てた森とか聞いてたから、枯れ木の立ち並ぶ寂しくて恐ろしげな森をイメージしてたんだけど、草も木も元気な緑だ。ところどころカラフルに野花も咲いてて、荒れているどころかきれいで豊かな森。
「ここだけ見りゃそう思うでしょう。しかしねェ、異変が起きてんのはもっと奥の方なんでさァ」
ところが遮楽が前に出て、木の幹に触れながら言った。
「おまけに少しずつ侵食が広がってるみてェで、いずれは森全体がおかしな事になりそうだって言われてんだ」
「ということは、森の最深部に行けば元凶が分かるかもしれないと?」
尋ねたシグレに、腕組みして答える。
「恐らくはなァ……だが口で言う程簡単な問題じゃねェ。まず近付けもしねェからな」
「近付けない……? どうしてです?」
「ま、行きゃ分かるさ」
前置きなんかいらないという風に、親指でくいくいと森の中を指し示す遮楽。
「何だよもったいぶるじゃねぇか」
「ハハ、冒険者様ともあろうお方が何をおっしゃる。折角の楽しみを奪う無粋な真似はしねェよ」
不満そうなジタンの追及はさらりと受け流し、杖を担いで列の後ろに戻ってくる。
「別にスリルとか楽しみとか求めてやってねぇんだけど……」
ぶつくさ言いつつ、こんな入り口で立ち止まっててもしょうがないと思ったのか、ジタンは森に入っていった。あたし達も後に続く。
異変が起きた森の調査、始まり始まり。
木漏れ日で明るい森の中を歩いていく……と、さっそくモンスターがあたし達を出迎えた。
今回は二体。四枚の羽を生やした一つ目のコウモリと、角と牙の生えたネズミのような生き物。
前者はあたしも知っているモンスターだった。前のテストプレイでも出てきたやつで、確か名前はワイバット。ワイバーンとバットのかけ合わせなんだとか。でも、後者は初めて見る。名前、何だろ……
『そいつはラットホーンだぞ』
「うわぁあたしの考え読んでた?」
タイミングが良すぎるお兄ちゃんの助言に、素っ頓狂な声が出た。
「みくる、そこん木の陰に隠れときんさい」
「はぁい」
見える範囲で一番大きくて立派な木の裏に身を隠す。そして念のためリュックサックをいつでも開けられるよう準備しつつ、顔だけ出して戦況を伺う。もはやお決まりになった、戦闘中のあたしの行動ルーチンだ。
「キキキッ!」
先制したのはなんと敵のワイバットだった。まさか素早さのステータスが一番高いシグレにも負けないなんて。
「わわ!」
狙われたのはリーリアで、羽を持つ者同士の空中戦が展開される。
「気を付けて! そいつ確か噛みつき攻撃を食らったら毒になった気がする!」
「え!? やだぁ!」
ガチンと嚙み合わされた長い牙をすんでのところで逃れるリーリア。
「毒持ちだろうが何だろうが、当たらなければ問題ないでしょう!」
そこへ、シグレの応戦が入った。しつこくリーリアを追いかけようとしていたワイバットが振り向いて、攻撃から逃れようと右に左に飛ぶ。
でもシグレも鍛えた動体視力と先読み力で、隙を見逃さずに短剣を振るった。的確な一撃はワイバットの羽を一枚切り裂いて、体が大きく揺らめく。
「シグレありがとっ!」
リーリアだって黙っちゃいない。ぴんと伸ばした人差し指を、まるでピストルを撃つようにワイバットに向ける。
「シックル!」
指先から飛び出した、無数の小さなかまいたちが襲いかかった。
「キーッ!」
ワイバットは元々バランスを崩していた体をさらにきりきり舞いさせて、ぼとっと地面に落下した。次の瞬間体が白い光に包まれて消滅、一枚の羽だけがアイテムとして残る。
残るターゲットは一体。ラットホーンは小さな身体に似合わず、牙を剥き出して威嚇した。そして後ろ足をバネのように使って高く飛び上がる。
その延長線上にいたオルフェは杖で防御の構えを取った。でもラットホーンはお構いなしで、勢いよく杖に食らいつく。さすがに嚙み砕くほどあごの力は無いと思うけど、そうするんじゃないかと思わせるくらいの狂暴さだった。
あまりに強引な攻撃姿勢に、オルフェは若干面食らいつつも冷静に、ラットホーン越しの前方へ向かって声をかける。
「ジタン!」
「おう」
短く言葉を交わすと、ジタンが大剣を振りかざした。それに合わせて、オルフェが杖を振り払う。
組み付いていたラットホーンは勢いに負けて地面に投げ出された。そこにすかさず振り下ろされる大剣。幅広の刃の重みと衝撃の威力はたまったものではなくて、もんどりうつと力なく倒れるラットホーン。
森の初戦は、鮮やかな勝利だ。回復も必要なさそうなので、あたしはリュックを背負い直そうと持ち上げる。
と、すぐ後ろでがさっと音が聞こえた。
「んあ?」
風かと思いつつ振り向くと……一体いつからいたのかラットホーンがもう一匹、明らかに敵意満々でこっちを睨んでいた。
「おわーっ!? こっちにもいたぁ!」
思わずリュックを取り落として叫ぶ。なんかあたしこのパターン多くない!?
「伏せてなお嬢さん」
すると声を聞いた遮楽が、あたしの前に躍り出てきた。仕込み杖を腰に構えると姿勢を低くする。すぐさま牙を剥いて飛びかかってくるラットホーン。その攻撃にタイミングを合わせて、上半身が沈み込んだ。
「断霞一刀」
その言葉と共に、刃が力強く振り抜かれる。まるで居合切りのような横一文字の斬撃が、ラットホーンのがら空きの胴体を切り裂いた。
モスキートのような悲鳴を上げながら地面に落ちて、動かなくなった体が白く光ると消え失せる。
「おぉっ……!」
しゃがんだ姿勢から立ち上がりつつ、あたしは思わず感嘆の声を上げた。
「それって、遮楽の技!?」
さっきのシグレとの一戦では全く出てこなかったから、てっきり技は無いのかと思ってた。
「おうよ。独学の自己流だがなァ、それなりには扱えるぜ」
周囲にもう敵がいないことを確認しつつ答える遮楽。
「えーっ絶対カッコいいやつじゃん! 他にもあるならもっと見たい!」
「そうかい? ハハッ、いやァおだてられると弱いねェ」
変わらない調子でヘラヘラと笑いながら言う。
『……あ、そうだ。みぃ』
すると、思い出したようにお兄ちゃんが言った。
『前にシグレが使ってた降雷斬もそうだけど、いくつか新しく実装した技とか魔法とかあるんだ。そういうの優先で使うように言ってくれないか? 敵キャラ含めて、ちゃんと想定通りの挙動をするか確認しておきたい』
「ああうん。な、なんか急にちゃんとテストプレイっぽいことするね……」
「どうしたんねぇ、みくる」
ちょうどいいタイミングでオルフェが話しかけてきたので、あたしはみんなに呼び掛ける形で言った。
「あのさ、みんな最近新しく覚えた技とか魔法とかあるでしょ? できればそれ使ってみせてほしいんだけど……」
「いいよぉー。リーリアがんばってつよいのおぼえたんだから!」
「新技なぁ……別にいいけど、こんなとこでか?」
ノリノリなリーリアに対して、ちょっと渋る様子のジタン。
「そうですよ。アナタ気軽に言ってますけど、強力な技は消耗も激しいんですから」
それに重ねるように、シグレも言った。
「ペース配分も考えず、その辺のザコ相手においそれと使えるものでは……」
「まあそう言うちゃりんさんな。熟練さすためにも実戦使用は必要なもんじゃし、ええことじゃろうて」
宥めてフォローしてくれるオルフェ。
『……みぃ。良い考えがある』
すると、そんな中でお兄ちゃんが落ち着き払って言った。
「え、何?」
『あのな……』
――そして伝えられたことを、あたしはほぼそのまま口にした。
「えっと……そ、そうだよねぇ。シグレはさっきミレクシアでも戦ったばっかなんだもん、疲れてても仕方ないよねぇ」
「は?」
思わせぶりなあたしの言い方に反応して、シグレが体を向ける。
「しかも新技ってまだ慣れてないし、ヘトヘト状態でやったら失敗しちゃうかもしれないもんね。いやぁさすがのシグレでも難しいかぁ~。残念だなぁ~」
両手を頭の後ろで組んで、目を逸らしながら、失敗とか難しいとかの単語をあえて強調して言う。ちょっと芝居がかり過ぎ……? とも思ったけど、まんまと刺さるような視線を感じた。
続けてお兄ちゃんからイヤーカフ越しの耳打ちが来る。あたしはさらに言葉を重ねた。
「あ、でも別にいいのかな? 逆に言えば、シグレの全力はあの戦いで十分見れたんだもんね! だからこんなトコで無理することないよ、全然!」
「…………」
メラメラ燃えそうな無言の圧が押し寄せてくる。うわ怖っ……で、でもあと一息! あたしはダメ押しのセリフを口にする。
「遮楽にはちょーっと敵わなかったけどさ……シグレも十分強いし! 大丈夫大丈夫!」
「うっがぁーーーっ!!」
……とうとう、火山が噴火した。がっつり肩を怒らせたシグレがあたしを襲いかからんばかりに睨みつける。
「なーにを寝ボケたことを! あれがワタクシの全力!? フザけんじゃありませんよ! あんなものセーブして戦ってたに決まってるでしょうが! 新技ぁ!? ハッ上等です、完璧に決めてやりますからよぉーく焼き付けておくことですね、その節穴の目に!」
一息でまくし立てると、鼻息荒く短剣を振りかざして、ずかずかと歩いていく。
「ほらモンスター共ぉ! ビビッて隠れてないで、さっさと倒されに出てきなさい! このワタクシにねぇ!」
「おいこら、勝手に行くんじゃねぇ」
一人で森の奥に入っていきそうなシグレの背中にジタンが声をかけた。
『な? 言ったろチョロいって』
そんな中、淡々と言うお兄ちゃん。
「う、うん。はは……ありがとねお兄ちゃん」
その声はあたし以外には聞こえないはずだけど、それでも雰囲気で会話内容を察したのか、ジタンとオルフェが何とも言えない目でシグレを見ていた。
すると……シグレの怒りの挑発の効果があったのか、草むらの向こうから一体のモンスターが飛び出してきた。
人っぽい顔の浮いた根っこみたいなモンスターだ。ひょろっとした短い手足、頭には緑の大きな葉っぱが一枚生えている。この見た目はもしかして。
『みぃ、マンドレイクだ』
「あ、やっぱりね」
お兄ちゃんに聞く前から、このモンスターの名前はなんとなく予想できてた。ファンタジーじゃお馴染みの植物で、マンドラゴラって呼ばれることもある。根っこが人型なのが特徴で、万病に効くとか不老不死の薬とか言われたりするけど、一番のポイントは……
その時、マンドレイクの口らしき空洞が大きく開いた。
「ギィィィヤァァーーーーーーッ!!!!」
そこから間発入れず、すさまじい絶叫が発される。まるで、黒板をガラス片で引っかいたのを拡声器で増幅させたような、ものすごい金切り声……!
「おわぁぁっ! うるさっ!」
慌てて耳を塞いだけれど、それでも突き抜けてくる不快な音。背中を悪寒が走って、全身の皮膚がぶわっと総毛立った。
そう……マンドレイクの一番有名な特徴は、とんでもなく耳障りな悲鳴を上げること!
「っ、ひっでぇ声出しやがる……!」
「くぅっ……!」
「ひやあぁっ! お、おみみいたぁい!」
両耳を押さえて呻くジタンとオルフェ、それに思わず地面へ落ちてばたばた悶えるリーリア。
その少し後ろで遮楽も頭を抱えて顔を歪めていた。視覚すらカバーするレベルで聴覚が鋭い遮楽はもちろん、リーリアもあたし達より耳が大きいから、余計辛いのかも……。
「こぉんのっ……キーキーやっかましいんですよ!」
そんな中、絶叫にも負けじと飛び出したシグレが力の限りマンドレイクを蹴り上げた。
重さは見た目通りだったようで、軽々と吹き飛ぶ。それで終わらずに、シグレは弧を描いて落ちていくその小さな体へと一足飛びに駆け寄ると、ちょうど高さが合う瞬間を狙ってお手本のようなフォームのバク宙を決めた。
「裂空刃!」
縦回転する体の勢いを乗せて、逆手に持った短剣がマンドレイクの体を斬り上げる。あ、ちゃんとお願い通りに新技使ってくれた……。
今度は声を出す間もなく、マンドレイクの体は空中で白い光に包まれて消えてしまった。
「カカカッ。断末魔を先に上げるとは、珍しい生き物もいたモンだぜ」
悲鳴のダメージから立ち直った遮楽が、さも愉快そうに言った。
そうして何回か戦闘を重ねつつも、探索自体は至って順調に進んでいった。前にお兄ちゃんが言ってた通り、敵モンスターとのレベル差も苦戦するほどじゃない。加えて今回は遮楽という強力な助っ人もいるから、ピンチに陥ることはまず無かった。
時たま軽めの回復魔法を使ったり、状態異常の解除やMP回復のためにアイテムを使ったりすることはあったけど、それぐらい。
なんか、このまま普通に最奥まで行けちゃうんじゃ? と思うくらいサクサク攻略だったんだけど……
「ん……?」
最初に気付いたのは、先頭を歩くジタンだった。怪訝そうに低く呟く。
「何だこれ。木の根……じゃねぇよな?」
「どうかしたんですか?」
「ほら」
後ろのシグレにも見えるように、その大きな体をよける。
ジタンが指差した先には、何やら赤くて細長い何かが、地面を這うように伸びていた。見た目は根っこ……というよりは、色も相まって血管に近い。
「奥の方から伸びてきとるんか……?」
オルフェが先を見ながら言った。確かに、森のさらに奥の方まで続いているみたい。
「……やっぱりな。浸食が進んでいやがる……」
その時あたしの隣で、遮楽が呟いた。
「こっからが、森の異変の真骨頂いう事なんか?」
「そうだな。慎重になるに越した事ァねェ」
「ねーねーコレ……さわんない方がいい……?」
リーリアが恐る恐る、偶然落ちていた木の棒で謎の赤いにょろにょろをつつきながら聞いた。興味半分、怖さ半分といった声音だ。
「いや、それは触っても特に問題無ェぜ、お嬢ちゃん。別にいきなり襲い掛かってきたりしねェから安心しな」
軽く笑い交じりに答える遮楽。
「……それ《《は》》、ねぇ……」
すると、彼の含みある言い方を耳ざとく聞きつけたジタンが怠そうに溜息をついた。
「じゃあどんどん厄介になってくんのか?」
「ま、一筋縄じゃ行かなくなりまさァ。でもそりゃァな……」
「あー分かった分かった、自分の目と足で確かめてみろってんだろ」
押し留めるように両手を振って、頭を掻きながら前を向く。そして渋々ながら歩き出して、あたし達もそれに続いた。
そうして少しずつ、不穏な雰囲気になりつつあった森の探索だけど……
決定的に状況が変わったのは、そこからさらに進んでいった時だった。
「……うお」
がさっと葉の茂る枝を持ち上げたジタンが、不意に立ち止まった。
「おいどうなってんだよ、気持ち悪ぃ……」
困惑したような声に、みんな何事かと先を覗き込む。あたしもシグレの肩越しにひょっこりと顔を出した。
「うわっ……」
そして思わず声が出る。
まるで腐ったような黒ずんだ草花に、ぼろぼろと表面の剥がれた木、その先にかろうじてぶら下がっている朽ち果てた葉っぱ――今まで見てきた豊かな森とは、似ても似つかない光景が広がっていた。
それだけじゃない。ここに来るまでに何本か見えていたあの赤い血管のようなものが、急にぐっと数を増やしてそこかしこにびっしり張り巡らされていた。
途中で何回も枝分かれしたそれは、地面や木の周りを埋め尽くして、まるで森全体を侵略しようとしているみたいだ。しかも微妙にうごめいているようにも見えて、ジタンの言う通りちょっと薄気味悪い。
「えっ何この、突然バイオハザードしましたみたいな」
「ひぅっ……」
青ざめた顔のリーリアが、両手で自分を抱きしめた。
「こ、こんなトコいくのぉ……!? リーリアちょっとやだぁ……」
さすがにこんなところを意気揚々と飛び込む……という訳にはいかなくて、どこかためらうような沈黙がパーティー全員に降りた。
「確かに、気は進まんかもしれんが……」
そんな中で口火を切ったのは、オルフェだった。
「じゃけぇってここで帰りゃぁ、何のために来たんか分からんようなるわい」
「ええ、たかが荒れた森じゃないですか。むしろ、手応えの無さすぎる今までよりも面白いというもの」
シグレが前方を睨むように見据えながら言った。
「……まぁ……逃げ帰ったところで依頼は達成になんねぇし、また来るような二度手間踏む方が面倒くせぇしな……」
奮い立たせるような二人とは違って、いかにも仕方なさそうな覇気のない声で言ったジタンは、首に手を当ててコキッと鳴らす。
みんなの様子を見てリーリアも勇気を出したみたいで、オルフェの肩にしがみつきながらもこくこく頷いた。
「あっしも止めはしねェよ」
進むことを決めたみんなを前に、冷静な声で遮楽が言った。そして一呼吸置いて、続ける。
「だが、お節介ながら一つだけ助言はさせて貰うぜ。ここから先、いつでも出られる準備はしておいた方がいい」
その言葉を裏付けるかのように――森を覆い尽くす赤が、一瞬だけ動いた気がした。
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