76.幸福の証
実践での剣術は、一通りシャロに叩き込んだ。
ルークと出掛けていたウールが戻ってきてそれを見たとき、感心する程だったらしい。
「お嬢も上達されましたね」
ウールからそう言われたとき、思わず顔が熱くなって上手く返せなかった。
本当は凄く嬉しかったのに。
その夜、夕食を終えた私は宿を出て海に来ていた。
きめ細かな砂浜を歩く感触は、アルブの雪と似ているようで全く違う。
明日、アストラ共和国に帰るんだ。
帰ったらやることが沢山あるだろうな。
ディーネから聞いたメフィルの弱点を踏まえて、当日の細かい作戦を考えなければならない。
忙しくなる前にウールと話したくて、わざわざマレ王国まで同行してもらったのに……
お父様の訃報を知らされたとき、ウールも死んでしまったのではないかと思っていた。
そうでないとは信じたかったけれど、従者も全員殺されたと聞いていたのだから。
カンパニュラでウールに再開したとき、私は本当に嬉しかったんだよ。
もう二度と会えないと思っていた大好きな人に、最悪な状況の中で会えたんだもの。
シリウス襲撃事件からそれなりに経ったけれど、その後は被災地の復興やら何やらで、自警団に入ったウールは忙しそうだったから、話せる時間があまりなかった。
ここへ来てやっと話せると思ったのに、私が素直になれないせいで……
「お嬢、どうかされたんですか?」
不意に声をかけられ、後ろを振り向くと少し離れた所からウールがこちらに歩いてきていた。
「ウール……!」
「海へ行かれていると聞きましたので、明日出発でしょう。その前にお嬢とお話でも出来ればと思いまして」
思いがけない展開に、私は戸惑いながらもそれを悟られないように冷静なフリをした。
「そうなんだ……うん、少し話そう」
二人きりになってしまった……
緊張するけれど、折角こうして機会が出来たのだからゆっくり話がしたい。
二人で砂浜に並んで座り、夜の海を見ている。
話したい事はたくさんあったはずなのに、何を話そうとしていたか忘れてしまった。
「ローグ様の訃報を伝える為に、カンパニュラまで戻っていた時、朦朧とした意識の中でお嬢のことも考えていました。これからどうなってしまうのか、もしもお嬢の身に何かあったら……シャロさんから聞いたんです。アルブがアイテールの属国になった後、お嬢が奴隷市場に行ったと。そうして抜け出した後に、シャロさんと会ったんだって」
そうか、ウールにはまだその話すらしていなかった。
あの時、奴隷市場で会ったリサとメイがいてくれたから、私はこうして踏み出すことができた。
踏み出した後にシャロと出会えたからこそ、私は復讐に囚われず勇者になる夢を思い出せた。
そう、私だけは……
あれから、あの奴隷市場にいた人達はどうなってしまったのだろうか?
無闇に破壊してしまったせいで、奴隷の人達にも怪我を負わせてしまったかもしれない。
奴隷制度を廃止したアイテール帝国で、あの人達は幸せにくらせているのかな……?
「お嬢……?」
「ウール、私……これでよかったのかな?」
私は少しだけ泣きそうになり、俯いたままウールにそう問い掛けた。
やってしまった事は今更変えられないけれど、それでも時々あの人達のことが心配になってしまう。
私が生きる為、戦いに巻き込んでしまった人達の事を……
「お嬢が居なければ、シリウス事件の時にアストラは滅んでいたはずです。オレや他の皆さんが生きていられるのも、お嬢が頑張ってくれたからです。もしも過去に後悔するような事をしてしまったのなら、それも背負って頑張りましょう。大丈夫、このウール・フレイが一緒に背負います」
ウールはそう言って、そっと私の頭に手を置いて撫でた。
な、撫でられてる……
「ちょ、ちょっと、もう子供じゃないんだから!」
私は思わず彼の手を払いのけてしまい、直後それに対する後悔で心が埋め尽くされる。
だって急に撫でられたらびっくりするし……
「申し訳ありません、つい昔のクセで……そうですね、以後気を付けます」
そういえば、昔は何かが出来るようになる度にこうして頭を撫でてもらっていたな。
今思えば恥ずかしいし、当時でも少し恥ずかしかったけれど……
「ま、まあ……でも、別に良いよ。き、嫌いじゃないから」
「そう、ですか? お許し頂きありがとうございます」
まるで撫でられるのが好きみたいな言い方をしてしまったけれど、ウールに距離を置かれるのは嫌だからこれで良しとしよう。
後悔か……奴隷市場を壊してしまった事も含めて数え切れないほどあるけれど、あの人達の為にも私は前に進まなければいけないんだ。
私は一人じゃない。
みんなの為にも、必ず平和な世界を作るんだ。
世界を救う勇者になって、いずれアルブを奪還して魔族が平和に暮らせる国を作る。
魔族だけではなく、人族もみんなが平和に暮らせる世界。
不可能に等しいけれど、お父様が目指した世界をいつかは……
「ねえ、ウール」
「なんでしょう?」
勇者になりたいと言った私をお父様が応援してくれたのは、お父様自身が平和な世の中を望んでいたからだと思う。
その為にお父様は、覇黒剣ロードカリバーを私に託してくれたのだろう。
だったら私はお父様の意志を継いで、それを実現させる。
「いつか私がアルブを奪還して魔王になったら、ずっと側で支え続けると誓って」
ウールは一瞬驚いたような表情をした後、私の前に跪いてこう言った。
「はい、誓います」
それから私達は、夜が更けるまで二人きりで他愛のない話をし続けた。
翌朝、眠い目を擦りながら起き上がり、ルークと合流して早めの朝食をとった。
ダイヴダンジョンの入り口前に行くと、そこには深くフードを被ったディーネとその横でサラマンダーが立っている。
「おはようございます。もう準備の方はよろしいですか?」
「ああ、もう大丈夫だ!」
ルークの問いにはサラマンダーが返事をした。
外見が人型でない彼は、幻術を使い姿を人に変えている。
ディーネは耳のあたりにある鰭以外はほとんど人族と変わらないので、フードを被っていれば問題ないだろう。
彼女は腰に真海剣アクアマリンを携え、もう一本両手で大事そうに剣を抱えていた。
布で包まれているが、隙間から覗く柄を見るに灼炎剣ヒートルビーだ。
サラマンダーがディーネに託したと言っていたけれど、このヒートルビーは本物なのだろうか?
「ディーネ、その剣はスワンプマンじゃないの?」
突然声をかけられたことに驚いたのか、ディーネは「へあっ!?」と変な声を上げてからスゥーと空気が抜けるような音を出して呼吸をし、ゆっくりと話し始めた。
「ほ、本物……これはサラマンダーが渡してくれた大切なものだから。彼はね、あたしに大切なものを沢山くれたの。この首飾りのサファイアも、彼がくれたものだから……あ、あたしの瞳の色にそっくりだから、きっと似合うって……この灼炎剣ヒートルビーも、彼の心すらも……」
ディーネはそう言って海霊のサラマンダーを見ると、抱えていたヒートルビーを彼に渡す。
「俺が持っていてもいいのか?」
「もちろん、だって……これはあなたがくれた物だもん。あなたはあたしが生み出した海霊だけど、心はサラマンダーそのものだから。あなたと過ごす時間は、あたしにとっての幸福で、あなたがくれた物は全部がその証。あたしは今でも、あなたと居ることができて幸せだよ。だから……あたしはあなたやシルフとノームの為にも、また頑張るよ」
そうか、本物のサラマンダーは死んでしまったけれど、彼の心はまだディーネと一緒なんだ。
この二人の幸福を守る為にも、私が頑張らないと。
「それじゃ、行くね」
皆で輪になって手を繋ぎ、私は転移の魔法を口に出した。
「テレポート」




