62.終演
聖剣魔法には、ウルティマという究極奥義が存在する。
消費する魔力量も出鱈目に多く、例え聖剣に選ばれた聖剣使いであっても、その法陣すら知らずに生涯を終える者も多いと言われている。
リタはそれが、14歳の頃に発現したと話していた。
魔王の娘である私でさえ、まだウルティマは使う事が出来ない。
目の前でリタの周りに展開された法陣は、まるで星座早見盤のように美しく、赤く染まっていた世界を美しい夜空の世界に変えた。
「ソワレ」
彼女が剣を振ると、星空がぐるりと動いたように見えた。
恐らく一瞬の出来事だったのだろうけれど、体感では数分ほど星空を眺めていたように思える。
世界が元に戻ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
かつて建物のあった場所は酷く崩壊し、とても私の知っているシリウスとは思えない。
リタは……晴れた夜空に刻星剣ホロクラウスを掲げ、そこに立っていた。
「リタ……!」
お父様の偽物が、その向こうで倒れている。
身体は胴のあたりを裂かれており、もう助からないだろう。
ロードカリバーの力が無かったとは言え、魔王クラスを相手に勝つなんて……紛れもなく、リタは最強だ。
「リタ!」
ブライトはリタの名前を叫び、彼女の元に駆け寄ろうとする。
その気配を感じたのは、ブライトのお腹を刃が突き抜けた直後の事だった。
その時まで、確かに私達の背後には誰も居なかったはずだ。
転移?
この一瞬で……いや、それともブライトと同じ空間魔法だろうか?
「駄目じゃないですか、もっと働いて頂かないと」
信じたくなど無かった。
その聞き慣れた声が、私の絶望をより一層強くする。
「貴様……裏切ったな?」
「裏切るも何も、貴女は利用価値があったから泳がせておいただけですよ。ですが、もう用済みです。後はこちらだけで事足りますので」
そうだ、きっと偽物だ……
お父様のミメシスと同じで、偽物なんだ……
そうだよね……?
「メフィル……」
私の声が聞こえたのか、彼はこちらに目を向けてあの頃と変わらない笑顔を見せた。
「お久しぶりですね、ベリィ様。お元気そうで何よりです」
これが偽物……?
そんな筈がない。
紛れもなく、あの頃と同じメフィルだ。
「お嬢、メフィルから離れてください!」
そう言ってウールがこちらにやって来ると、私の前に立ちメフィルへと剣を向けた。
「コイツなんですよ……ローグ様を殺ったのは、メフィルなんですよ! あの時、全部コイツが!」
そんな……
だってメフィルは、お父様の事を凄く慕っていたし、他の従者や私にも優しかった。
それなのに……
「いやぁ、あの時は流石にヒヤヒヤしましたよ! 何せ相手は魔王ローグですからね。しかしずっとお側で見てきましたので、ほんの小さな隙でも見逃しませんでした。そもそも、こうして仕舞えば魔王でさえ魔法が使えない」
その瞬間、何かが起きた気がした。
私は咄嗟にブライトを助けようと剣を構え、魔法を発動しようとした。
魔法が……発動しない!
魔力が上手く動いてくれない。
こんな事、今まで無かったのに……
「ふざ……けるな! アモンズ!」
再びケルベロスの怪物へと変身したブライトが、自身のお腹に刺さったメフィルを引き抜いて鋭い爪を構える。
錬金術なら使えるのか?
でも魔法が使えないなんて、メフィルが何かをしたのだろうか?
「テレパス! テレパス! クソッ、魔法が完全に封じられたか!」
フルーレに念話を使おうと試みたブライトだけれど、やはり魔法は使えないようだ。
「残念ですが、フルーレは計画を中止しませんよ。貴女の声は届かない」
「メフィル、貴様いつからこんな事を考えていた? 初めからだったのか?」
ブライトの問いに、メフィルはハハハと笑ってから答える。
「それはもう、ずっと昔からですよ。漸く機会が巡ってきたというだけの事です。ベリィ様、感動の再会ではありますが、貴女にも此処で死んで頂きたい」
嘘だ……優しかったメフィルは、あの頃と同じ笑顔でこんなにも恐ろしい事を言っている。
私は恐ろしくて、剣を持つ手がガタガタと震えた。
「お嬢、お下がりください。奴は今度こそ俺が倒します!」
ウールは私を守ろうとしてくれているけれど、メフィルを相手に通用するのだろうか?
信用していない訳ではない。
ただ今のメフィルからは、何か不気味な恐ろしさを感じてしまう。
「ベリィ、キミたちは関わるな! ワタシに任せろ!」
ブライトがメフィルと交戦し、私達から距離を離してくれている。
そんな中、追い討ちを掛けるかの如く地面がガタガタと揺れ始め、王城から金切り声のような咆哮が鳴り響いた。
「わあああ! 何あれぇぇ!?」
不意に、少し離れた場所からシャロの驚く声が聞こえてくる。
そちらに目をやると、シャロとシルビアと……何故かサーナの姿もあった。
するとサーナはこちらに気付いたのか、少し気まずそうな表情で私の名前を口にした。
「ベリィ……」
その声でシャロとシルビアも気付き、こちらに手を振っている。
「あ、ベリィちゃーん! 何あれー!」
シャロの指差す方を見ると、王城が何かに侵食されるかのように破壊されていた。
いや、どうやら食べているように見える。
「遂に……遂に完成したぞ……!」
唐突にやってきたのは、王城に居たはずのフルーレだった。
彼は満面の笑みでこちらに向かって来ると、王城を食べる巨大な魔物の方に視線を向ける。
「コイツを育てるのは苦労したよ。ブライトのおかげで海底火山から連れて来るところまでは上手く行ったけれど、育てる環境作りが難しくてね。さあ、存分に暴れろ! グラトニュードラ!」
グラトニュードラって、海底火山のみに生息しているヒュドラの名前だ。
確かに魔物の姿はヒュドラ同様に首が多く蛇や竜に似た頭をしているけれど、あれ程に大きくなるなんて聞いたことがない。
「フルーレやめろ! 計画は中止だ! これ以上城を壊させるな!」
声を荒げて制止するブライトに、フルーレは首を傾げる。
「なんで? 僕がやりたくてやってるのに、なんでブライトの言うこと聞かなきゃいけないんだ?」
コイツ、ブライトの仲間では無かったのか?
フルーレは再びグラトニュードラに目を向けると、まるで新しい玩具を手に入れた子供のような笑顔を浮かべた。
「おーいグラトニュードラ! こっちのやつも食べていいぞー!」
そう言って奴が指を差した先には、お父様の偽物が倒れている。
直感的に、食べられたらまずいと思った。
しかしグラトニュードラはこちらへと移動して首を伸ばすと、それを咀嚼する事もなく丸呑みしてしまったのだ。
「グラトニュードラは暴食の魔物、食べた生物の魔力を吸収して、それを栄養にどんどん強くなるんだ。魔王の肉は美味しいか?」
直後、グラトニュードラはその首を激しくのた打ち始め、金切り声のような咆哮を何度も発し続けている。
「やっぱり魔王の魔力は強過ぎて長くは持たないか。まあいいや! 沢山壊すんだぞー!」
フルーレはそう言うと、召喚したスカルモスキートに掴まり飛んでいってしまった。
そんな……あれ程の化け物では、夜が明ける頃にはシリウスが壊滅してしまう。
王城は既に破壊されており、恐らく中にいた城の者や避難していたはずの民たちも殆ど助かっていない。
ああ、最悪だ……
みんな必死で頑張ったのに、せっかくブライトと和解出来たのに、どうしてこんな……
「さて、そろそろ幕引きと致しますか」
メフィルを見ると、倒れたブライトの心臓に剣を突き立てている。
あの姿に変身出来たとは言え、深傷を負った上に魔法も使えないともなれば、やはり勝つ事は厳しかったのだろう。
ブライト……折角分かり合えたのに……
「終わんのはテメェだよ、カス野郎」
その声がする直前、何かが途轍もない速度で視界を横切った気がした。
「なる……ほど、まだ動けましたか……」
メフィルの身体を剣が貫き、彼の背後にはリタの姿がある。
魔法が使えないはずなのに、気付いた時には一瞬でメフィルを刺していた。
「おんやぁ? 魔法が使えちゃうよ? まあ私はもう魔力ほぼ無いんだけどな。でもテメェ、魔王ローグと私の親友を殺ったのは絶対に許さねえ。一緒に地獄へ堕ちようぜぇ! なぁ!!」
リタの掠れた叫び声を聞いたメフィルは、何がおかしいのか口から血を吐きながらも笑っている。
「残念ですが……私は死にませんよ。この肉体にはもう用がありません。勝手に一人で死んでください、リタ・シープハード」
そう言い残すと、メフィルの身体はピタリと動きを止めてしまった。
死んだのだろうか?
いや、この身体に用がないとはどう言う意味だ?
メフィルは……一体何者なんだ?
「さぁて、あの巨大ヒュドラをどうにかしないとなぁ」
ボロボロの掠れた声でそう呟いたリタに、アストラ聖騎士団長のジェラルドが駆け寄る。
「リタ・シープハード、しっかりしろ! 皆に聞いて欲しい! 現在、王城とその周辺は無人となっている。避難した民も国王も、全て安全な場所へと避難して無事だ! ある者が避難の手助けをしてくれた。まだこの国はやり直せる。その為にも、あの巨大な魔物を倒すぞ!」
シリウスの民全員を避難って……一体誰が……!?
大規模転移でも使わない限り不可能なはずだ。
そんな事が可能なのは、それこそお父様や迷宮のアラクネぐらいしか……いや、まさかな。
「皆さん、わたくしはカンパニュラ公国のセシルと申します。現在、あのグラトニュードラと戦えるサイズの傀儡を召喚する為の魔法を構築中です。但し、これは足止めさせる程度にしかなりません。グラトニュードラが魔王の魔力を吸収した今、完全に倒すのは不可能でしょう。ですから、どうか皆さんにも戦って頂きたいのです。共にこの世界を守りましょう」
セシルがそう言い終えると、その場にいた殆どの者がそれぞれ武器を構え始めた。
それは当然、リタも同じ……
「リタ、もう大丈夫だよ。あとは私達に任せて」
私の言葉に、リタはニッコリと笑って見せる。
「ありがとね、ベリィちゃん。そうだなぁ、もう限界かなぁ……あとは、任せるよ……」
リタはもう十分救った。
ここからは私が、私達が救う番だ!
「行きます。パペティア・モンスタ!」
セシルの詠唱を皮切りに、皆が巨大な魔物へと向けて駆け出した。




