61.恩讐の彼方
相変わらず、ルーナは丸く可愛らしい瞳でこちらを見ている。
大きくなっても、その表情に変わりはない。
「月光竜は女神の使いとされていて、一説によれば月で生まれた存在であるとも言われている。もしそれが正しく、絶滅したはずの月光竜が新たに月からこの地に生み出されたのだとすれば、恐らくそれは主から何かしらの影響を受けているだろう。ベリィ・アン・バロル、その子を少し見せてくれないか?」
「はぁ? 駄目に決まってるでしょ! ルーナは私の友達なの! 絶対渡さないから!」
「いや別に奪ったりしないから! 本当に、見せてくれるだけでいいの! ほら、この通り!」
そう言って、ブライトは怪物の姿から人間の姿へと戻った。
信用できない。
けれど、今のブライトからは不思議と敵意が伝わってこない。
信じたわけでは無いけれど、私はサーナを抱いてブライトに少しずつ近づいて行った。
「ルーナ、と言ったかい? 不思議だ……どこか主と似ている気がする」
「私はそんなの思った事ないけど?」
まあ、確かに名前は似てるかも……
「……済まない、気のせいだった。しかし、今し方この子が主と同じ力を使ったのは確かだ。そうか、これが月光竜か。貴重な存在を見させてもらったよ、ありがとう」
なんか……モヤモヤしたままだ。
さっきまであんなに憎かった相手が、今は私に敵意すら向けてこない。
この距離なら斬れる。
私は再び魔力を込め、ブライトの首元に刃を向けた。
「えっと……サーナを馬鹿にしたこと、絶対に許さないから。斬っても、いい……?」
斬りづらい……敵意のない相手は、やっぱり斬れない。
「さっきは済まなかったね。まさかキミが、そこまで主のことを思ってくれているとは……」
もしかして……そういうことか。
「まさか、私を試したの?」
リタから聞いたブライトは、本当に優しくて友達思いな人だった。
だから、サーナのことをあそこまで悪く言う様子に、多少なりとも違和感を覚えたのだ。
人はそう簡単に変わることができない。
だから、互いに認め合わなければならない。
以前、お父様がそんなことを言っていたな。
「本当は、本当にワタシは、ここで全て終わらせようと思っていた。けれどね、創星教として主のお側で生活するようになってから、どこか昔に戻ったかのような幸福を感じてしまっていたんだ。覚悟を決めたワタシが、今更幸福になる事など許されるはずがない。だから、主との距離感には気を付けていた。恐らく、それが却って彼女に気を遣わせてしまっていたのだろうけれどね」
ブライトは顔を俯かせてそう話す。
その表情が、どこか辛そうに感じた。
「今更だが、これは単なる言い訳に過ぎない。ベリィ・アン・バロル、キミをここに連れてきたのは計画の邪魔をさせない為だったけれど、本当は心のどこかで、キミにこれを伝えたかったのかもしれない」
そう言ったブライトは私の肩に手を置くと、その目を真っ直ぐこちらに向けた。
「どうか、主を許してやってはくれないかな? あのお方は、今でもキミのことを大切に思っているんだ。彼女の人族に対する恨みが直ぐに消える事は無いだろう。それでも、人族が皆そうでない事ぐらいは理解して頂けるよう、ワタシからも説得する! だからどうか……」
ブライトの言葉に、嘘は無いように思えた。
彼女は私とサーナが決別した事を、ずっと苦しんで見ていたのだろう。
でも、だからと言って今更……
「出来るかな、仲直り。私がサーナを許しても、サーナは人族を許さないかもしれない。もしそうだったら、私はもう立ち直れないよ……これ以上、サーナと喧嘩したくない……」
胸が苦しくなった。
私だって、本当はそうしたかった。
本当はあの頃みたいに、サーナと親友でありたかった。
そんな気持ちに蓋をして、私はただシャロやシルビアを傷付けたあの子を恨む事だけに執着し続けた。
本当は、心が壊れそうなほど辛かったのに……
その気持ちの蓋を開けてくれたのは、意外にもブライトだったのだから、本当に分からないものだ。
涙が止まらない。
サーナ……ちゃんと謝らなくちゃ。
沢山酷い事を言ってしまったし、独りで辛い思いもさせてしまったかもしれない。
許してもらえないかもしれないけれど、私はサーナを許すよ。
だから……
「出来るよ、仲直り。キミは主にとって……サーナにとって、親友なのだから」
悔しいな、何故だかブライトに負けた気分だ。
彼女は私の頭を撫でると、左腕の傷に治癒魔法を施してくれた。
「……ありがとう」
「せめてものお詫びだよ」
今更気付いたけれど、街の方から激しい爆発音が鳴り響いている。
きっと、リタとお父様の偽物が戦っているのだろう。
いくらリタでも、お父様ほどの力を持つ相手では敵わないかもしれない。
早く戻って、助けてあげなきゃな。
少しは私にも出来る事があるだろうし。
「ねえ、ブライト」
私が名前を呼ぶと、彼女は不思議そうにこちらを見た。
「何かな?」
「私からもお願い、リタと仲直りして、ちゃんと罪を償って欲しい。それと……幸せになっちゃいけない理由なんて無いと思う。私は、ブライトにも幸せになって欲しい」
ブライトはそれに頷くと
「ありがとう」
と言って笑った。
「でも、まだワタシにはやる事が残っている。国王を殺すのはやめだ。その為にフルーレを向かわせていたんだが、彼に襲撃を止めてもらわないとね」
「でも、お城にはアストラ聖騎士団が護衛で付いてるし、あの程度の奴には負けないと思うけど」
それを聞いたブライトだったけれど、まだどこかバツが悪そうな顔をしている。
「それが……予め忍び込ませていたんだ。予定では恐らく、そろそろ動き出すかもしれない」
「え、やばいじゃん」
「そうなんだよ、ちょっと念話で話す。テレパス」
ブライトは念話でフルーレに呼び掛けている。
しかし何度か呼んだ後に念話を中断した為、恐らく通じなかったのだろう。
「駄目だ、応答がない。距離かな? ちょっと、街まで戻ろうか」
「うん、私の転移魔法を使うね」
私はブライトの手を掴み、転移魔法を構築し始める。
「テレポート」
そうしてやって来たのは、リタとお父様の偽物が戦っているであろう場所。
ここならば、私も直ぐにリタを手伝えると思ったからだ。
「夜を歌え」
しかし目の前に広がっていたのは、私達の想像を超えた景色だった。
赤く染まった世界が一瞬にして夜空へと塗り替えられ、傷だらけのリタが剣を振る。
「ソワレ」
私はこの時に見た情景を、ずっと忘れる事は無いだろう。




