60.光と闇の行き先
ブライトの空間魔法を受けた時、どのように対処すれば良いのか?
そうリタに訊ねた際に教えてもらったのは、一部の空間を一時的に固定し、あらゆる空間異常の影響を受けない状態へと変化させる空間魔法の組み換え式魔法だった。
法陣の組み換えは、一つ新たに作り出すだけでも難しい。
だからこそ相手に出来ない戦い方が出来るし、リタは強いんだ。
「スペイリデュース!」
「フィクスエリア!」
ブライトから放たれた空間を削る魔法が、私に届く一歩手前で消滅した。
通常、避けるか同じ魔法で相殺するか以外に防ぐ術のない空間魔法も、組み換えて作った魔法ならば正面からでも防ぐことが出来る。
戦闘に関してはまだまだ素人の私だけれど、リタのおかげで戦い方の幅が広がった。
「小癪な! スペイディストーション!」
空間を歪ませる魔法……!
避けないと簡単に身体をぐちゃぐちゃにされる。
「スペイディストーション!」
一か八か、同じ空間魔法での相殺を試みる。
私の魔法はものの数秒で破られたけれど、その間に避ける余裕は出来た。
怪物の姿になって魔力はより強大になった上、元々の技量や経験値が違うから空間魔法では全く敵わない。
「逃げるだけかい? おチビさん!」
「チビって言うな!」
正面から鋭い爪で仕掛けてきたブライトに、私は少し怒りながら剣を構える。
あの姿で力も相当強くなっているだろうから、下手に応戦すると攻撃をまともに食らってしまう。
そうならない為、私はリタからもう一つ新しい組み換え魔法を教わってきた。
構築が複雑な魔法だから、攻撃との併用は難し過ぎてまだ出来ない。
けれど、これが出来れば戦いに余裕が生まれるはずだ。
私は魔法の構築に集中し、剣を構えたまま目を瞑った。
「アンチグラビロウル・フルカウル!」
次に目を開けた時、ブライトの爪は私の目の前で止まっていた。
細かく言えば止まったわけではなく、動きが遅くなったのだ。
リタから「これが出来れば戦いも有利になる」と教えてもらった、彼女が生み出した究極の防御魔法。
アンチグラビロウル・フルカウル、全身を反重力の外装で覆い、自身に接近してくる凡ゆるモノの動きを遅延させる魔法だ。
リタが反重力結界と呼んでいた魔法が、これの事である。
まだリタのように攻撃の魔法と同時発動することは出来ないけれど、これでも十分戦い易くなった。
「リタの反重力結界か……その魔法をどうやって?」
「法陣の組み換え、リタに教わったんだよ。ねえ、一つ訊いてもいい?」
「……何かな?」
「ブライトは、リタのことが嫌いになったの?」
リタの話を聞いてから、ずっと気になっていた事がある。
二人が決別したあの日、ブライトはリタを「鬱陶しい」と言って離れて行った。
でも今のブライトからは、リタを嫌悪しているような印象を受けた事がない。
シリウス事件前、ブライトが現れた際にリタと話していた時も、彼女の表情と声色は懐かしい友人と話しているような感覚だった。
私の問いに、ブライトは一度距離を取ってからゆっくりと首を振る。
「いいや、今でも大好きだよ。ただ……悩みに悩んだ結果、考えが変わった。確かにリタのことを鬱陶しく思ってしまった事もあったけれど、本当はずっと親友で居たかった。しかし、リタの考えはワタシと違ったんだ。キミにも経験があるじゃないか、ベリィ・アン・バロル」
その言葉で、ふと奴の顔が浮かんだ。
サーナ……いや、今はそんな事どうでもいい。
そもそも、奴はおかしくなってしまったんだ。
私の友達を人族というだけで悪く言ったのだから。
「ワタシはね、主とキミの関係が壊れてしまった事に関しては、深く悔やんでいるんだよ。ワタシだって、キミたちには昔の自分のような思いをして欲しくは無いからね。だから、初めはキミのこともこちらに連れ込むつもりだった。主がそう提案したんだ。ワタシとしては、呪われたツノを持つ魔王の一族などどうでも良かったんだが、やはりキミには利用価値があると考えている」
コイツは何を言っているんだ?
もしそれが本当なら、どうしてサーナを利用した?
どうして、サーナにあんな事を吹き込んだ?
どうして……
今はサーナの事なんかどうでもいい。
しかし不思議と込み上げてくるのは、強い怒りの感情だった。
友達を利用したこと、友達を傷付けた事への怒りが、沸々と湧き上がってくる。
「お前……どの口が言ってるんだ!」
ロードカリバーに強い魔力を込め、ブライトに斬りかかる。
「ハデシス!」
「ワームホール」
ブライトの詠唱で目の前には空間の歪みが発生し、私はその中に吸い込まれる。
次の瞬間に見えたのは、先程まで足をつけていた地面だった。
ワープさせられたのだ。
私は透かさず身体を反転させ、ロードカリバーを地面に突き立てる。
「フィアード!」
ブライトを取り込むように現れた骸の塔だったが、それは一瞬にして空間ごと消滅させられた。
「スペイリデュース」
聖剣魔法の中でも上位クラスの魔法なのに……やはりブライトの空間魔法自体も強化されているのか。
塔が消えた直後に飛び出してきたブライトは、爪を立てて私に攻撃を仕掛けてくる。
「フルカウル!」
発動が一歩遅れたのか、私が反重力結界を発動するよりも前に、ブライトはロードカリバーに爪を触れさせていた。
力が強い……当たったのが剣だから耐えられたけれど、身体に当たっていたら致命傷にもなりかねない攻撃だ。
「無駄だよ、反重力結界は発動前にその内側へと触れてしまえば良い。確かに、主の人族への恨みへと拍車を掛けたのはワタシだ。まあワタシも人族だけれど、今の主が頼れるのはワタシだけだ。依存させてしまえば、都合良く言う事も聞いてくれるからね。本当に馬鹿な子だよ」
「ふざけるな……お前だけは、お前だけは絶対に殺してやる! サーナに何と言われてもいい! お前だけは!」
これまで感じたことのないような怒りで、ツノが熱くなってくる。
コイツがサーナを……私の友達の生活を滅茶苦茶にしたんだ。
「グリムオウド!」
地面から出現させた怪物の手によってブライトを拘束し、抜け出される前に魔法を叩き込む。
「イビルクロウ!」
「リスペイスメント」
直後、私の目の前に巨大な岩が出現する。
岩を空間ごと入れ替えたようだ。
攻撃は岩に直撃し、それが砕け散るのと同時に鈍い振動が私の腕から身体中に伝ってくる。
砕けた岩の向こうから、ブライトの爪が襲ってきた。
防ごうにも動きを鈍らせてしまった私は、避けたは良いけれど左腕に傷を負ってしまった。
この程度なら直ぐに治癒魔法で治せる。
けれど、今はそんな事をしている余裕なんて無い。
「シャドウス!」
直ぐに聖剣魔法で攻撃を仕掛け、ロードカリバーから伸びた影の刃が、月明かりでうっすらと見えるブライトの影を斬る。
「ぐはっ……」
不意打ち用で残しておいたこの魔法ならば、確実に当てることができる。
しかし、あの姿のブライトは一筋縄ではいかない。
腹部に傷を負った彼女は、傷口を押さえながらも魔法を発動した。
「ワームホール……!」
空間に空いた穴へと消えて行ったブライト。
どこから現れるのか分からない。
それなら……
「フルカウル」
反重力結界で全身を覆い、ブライトの奇襲に備えた。
「隙だらけだよ、スペイディストーション」
背後から声が聞こえた時には、既に彼女の魔法が発動していた。
近距離からの空間魔法が、私に直撃する。
重力魔法で空間魔法は止められない。
身体が捻じ切れそうだ。
何とか相殺しないと、何とか……!
「キュイ!」
その瞬間、フードの中から飛び出してきたルーナが、身体を淡く発光させながら私の頭に飛び乗ると、長い尻尾を一振りさせて何かを薙ぎ払うような仕草を取った。
その衝撃波はとても小さな身体から出たとは思えないほどで、ブライトの魔法を一瞬にして打ち消した。
「トカゲ……いや、月光竜? おい、今ソイツは何をした?」
困惑した様子のブライトに、私もうまく説明ができない。
ルーナはまだ身体を発光させており、小さな声で唸るような鳴き声を上げている。
「ルーナ……?」
「キュイ……キュイ……!」
ルーナの放つ光は徐々に大きくなり、そうして少しずつその身体も大きくなっていることに気付いた。
これは……
以前、セシルから聞いた話を思い出す。
月光竜は成長すると子犬程度の大きさになり、一時的に大型竜の姿に変身することも出来る。
今のルーナはアストラヤコウトカゲと同じサイズだけれど、まさか……
「キュイ!」
その姿は、確かに子犬ほどの大きさにまでなっていた。
しかしこれまでと違うのは、背中に翼が生えているということだ。
月光竜……いきなり成長するタイプだったんだ。
「どういう事だ、ベリィ・アン・バロル。その月光竜はどこで手に入れた?」
ブライトは少し声を荒げてそう問い質す。
手に入れたというか、なんか懐かれて一緒にいるだけなんだけど。
「お前には関係ないでしょ」
「今、それがワタシの空間魔法の法陣を崩したんだ。主のアルターライズと同じように、法陣に干渉したんだよ!」
それって……
ルーナが、サーナと同じ力を持っている?
そんな事が本当にあり得るのだろうか?
ただでさえ分からないルーナの謎が、更に深まってしまうばかりだった。
それから数秒間、私とブライトはルーナを見て目を丸くしていた。




