29.幻影の盾
小さい頃から、アタシは力持ちだった。
だから、ある時おばあちゃんにこう言われたんだ。
「シャロは強いから、沢山の人を守っておやり。情けは人の為ならずと言ってね、助けた分はいつか自分の幸せとして返ってくるんだよ」
それからひたすら、見返りなんてどうでもいいから、アタシは陽光アイネクレストと一緒に、旅先で困った人達を助けてきた。
勿論良いことばかりでは無かったし、裏切られた事も沢山あった。
これは、おばあちゃんに言われたからじゃない。
「アタシは元々、こういう性分なんだ!」
「どういう性分だよ、下等種族!」
やっぱりサーナちゃんは強いから、アタシはアイネクレストで攻撃を防ぐのが精一杯だ。
「陽光アイネクレスト!」
「くっ……!」
まずくなったら、アイネクレストの光で視界を塞ぎ、そうやって誤魔化しながら戦うしかない。
「アンタ、その光るやつ鬱陶しくてイライラするんだよ! アタシの魔法も干渉出来ないし、その盾なんなの!?」
「ごめん! でもアタシにはこのぐらいしか出来ないから!」
「舐めんな、舐めんな舐めんなよ! 弱い癖に、雑魚の癖にアタシをイライラさせないでよ!」
余計に怒らせてしまったかもしれない……
アタシも結構キツくなってきたけれど、ここでやられる訳にはいかないんだ。
ベリィちゃんが魔王様のアンデッドを倒すまでは、アタシがサーナちゃんを止めないと!
「ネビュラメイカァ!」
ホロクロウズの聖剣魔法、これで四発目だ。
防がなきゃ、足も凄く痛いけど、折れなければいいな……
「アイネクレスト!」
黒く発光した刀身がアイネクレストに到達し、その振動が身体中の骨に響く。
幸いサーナちゃんは武器の扱いが上手くないから、その点ではアタシのほうが勝っていると思う。
それでも、きっと魔力が強いから攻撃が重いんだ。
次に攻撃を受けたら、流石に骨折れるかも……
「聞いて、サーナちゃん!」
「うるさい!」
「サーナちゃんは本当にこれでいいの? ベリィちゃんと喧嘩したままで、魔王様だってアンデッドとして良いように使われちゃってるのに、これは本当にサーナちゃんの意思なの?」
「アンタに何がわかるの? 魔王様の屍を使うのは、あの人の弔いの為。魔王様は最後に、魔族の世界を作るための礎になるんだよ。アンタら下等種族を潰す為に、必要な事なんだよ!」
今のサーナちゃんには、何を言っても無駄かも知れない。
それに当事者じゃないアタシの言葉では、尚更響くわけがない。
それでも、これだけは分かる。
サーナちゃんもベリィちゃんも、お互い絶対に仲直りしたいはずなんだ。
時間はかかるかもしれないけれど、アタシは諦めない!
「……アンタ、もうボロボロじゃん。いい加減、止め刺すよ?」
サーナちゃんの言う通り、アタシはもう限界に近い。
斬撃を全て防げるわけじゃないから、出血は酷いし頭もクラクラしてきた。
対して、サーナちゃんは傷ひとつ無い。
アタシが一度も攻撃出来ていないんだから、当たり前か。
「アタシ……まだ戦えるよ……!」
「アンタって本当に、とことんウザい女だよね。もういい、死ね!」
そうしてまた、サーナちゃんはネビュラメイカの構えをとった。
もう一度アイネクレストだけで防げる自信は無い。
恐らく、これが当たればアタシは確実に死んじゃう。
だったら、アレをやってみるしかない。
発動できるか分からないし、発動出来たとしても有効かどうかすら分からないけれど、今はこれしか無いんだ。
「ネビュラメイカ!」
お願い、まだアタシはこんなところで死ねないんだ。
だから、アタシに力を貸して。
ベリィちゃんを信じて、アイネクレスト!
「幻影! ファントムイスカ!」
ベリィちゃんに教えてもらった、意味すら分からない呪文を詠唱する。
瞬間、それは起こった。
アイネクレストの色は影のように黒く染まり、盾に施されていた陽光の装飾は、捻じ曲がって先を尖らせた。
同時に盾から放たれた黒い波のようなものが形を成し、先端が交差した鳥の嘴のような刃が現れる。
次第に大きくなってゆく黒い刃は、音を立てて幾重にも重なり、こちらへと向かってきていたサーナちゃんを挟み込んだ。
「あああああっ……! アンタ、何やって……!」
幻影ファントムイスカ、よく分からないけれど、ベリィちゃんがアイネクレストに入れておいてくれた盾用の影魔法だ。
「幻影ファントムイスカは、相手に幻を見せて、あたかもそれが現実に起きているかのように脳を錯覚させる影魔法。もちろん幻だから攻撃にはならないけれど、誤魔化しぐらいにはなると思う。私のアルタープリベントで一時的にアイネクレストへ刻み込んでおくから、いざとなったら使って。たぶん、使えると思う……」
アタシは馬鹿だからよく分からないけれど、ベリィちゃんがそう教えてくれた。
だから……
「アルターライズ……アルターライズ! アルターライズ! なんで法陣が書き換えられないの? なんで……アンタ、一体何者なんだよ!」
「アタシはシャーロット・ヒル。お節介な盾使いの冒険者で、勇者ベリィちゃんの仲間だよ!」
「勇者……ベリィ……?」
これはハッタリの魔法だから、幻だって気付かれるのも時間の問題だ。
本当なら今のうちに攻撃するか、逃げるかしなきゃいけないんだけど、アタシは少しサーナちゃんと話がしたい。
「ねえ、サーナちゃん……今、ベリィちゃんは人族と魔族の架け橋になれるような、そんな勇者を目指してるんだ。アタシはベリィちゃんの夢を応援したい。その為に何だって協力したい! だから、サーナちゃん……今は難しいかもだけど、いつかサーナちゃんにもアタシたち人族のこと、認めてもらうように頑張るから!」
これが、今アタシがサーナちゃんに言える精一杯の言葉だ。
今すぐにとは言わない。
いつか、サーナちゃんとも友達になれるって信じてるから。
「アタシ……でも……」
「主よ、耳を貸してはなりません」
突然に空間が捻じ曲がり、幻影ファントムイスカが解除された。
そこに現れて倒れ込むサーナちゃんを抱きかかえたのは、リタさんの友達のブライトさんだ。
「幻を見せる影魔法か。その盾、主のアルターライズが効かないなんて、一体どういうことかな? この世に盾の神器は存在しないはずだけどね」
「それより、今はサーナちゃんと少しお話させてください!」
「キミの話なんて聞くに足らないよ。スペイリデュース」
ブライトさんがアタシに向けて放った魔法は、どのような仕組みなのかよく分からなかった。
それでも、今アタシの目の前の空間が、酷く捻じ曲がっていくのが見える気がする。
このままだと、アタシもこれに巻き込まれて……
怖くなって、目を瞑ってしまった。
……アタシ自身に、何かが起こったような感覚はしない。
恐る恐る目を開けると、アタシの眼前でペールブルーのペリースが風に靡いていた。
「あっぶない! シャロちゃん一人でよく頑張ったね! すごいよ!」
「リタさん!」
よかった、リタさんが来てくれたんだ。
「スペイリデュースを食らっても死なないなんて、リタは流石だね」
「馬鹿野郎、とっくに対策してあるっつーの。それより、大人しく投降したほうが身の為だぞ。この戦い、私達の勝ちだ」
「やめときな。リタもそろそろ魔力の限界でしょ。いくらキミでも、万全の状態でなければ魔王は倒せない。今のキミにそこまでの魔力は無いだろう?」
「ちげーよ、魔王は私じゃなくてベリィちゃんがやってくれる」
「随分と魔王の娘を高く買っているじゃないか。まあ良い、ここはお暇させてもらうよ」
そう言って、ブライトさんはサーナちゃんを連れて消えていった。
リタさんはそれに対して、何かをするわけでもなく、ただブライトさんが居た場所を見ていた。
「追わなくても、いいんですか?」
アタシが訊ねると、リタさんは
「うん」
とだけ言った。
ああ、何だか身体の力が抜けて行く。
たくさん血が出たし、色んなところが痛い。
アタシはここまでだ。
あとは任せたよ、ベリィちゃん。




