27.シリウス事件
明日の夜、遂にザガンのアンデッド軍がシリウスに攻めてくる。
必ず、この手でお父様のアンデッドを止めるのだ。
「ベリィちゃん!」
シャロの声だ。
この日、私は法陣の組み換えにより生み出した魔法を、自警団の裏庭で最終調整していた。
「シャロ、来てくれたんだ」
「うん、差し入れ持ってきたよ!」
シャロはパンが入ったバスケットを持っており、焼きたてなのか既に良い香りがしている。
少し休憩しようと、私達は庭のベンチに腰掛けてパンを食べ始めた。
法陣固定魔法、アルタープリベント。
私が最初に作った魔法は、サーナのアルターライズを遮断する為の魔法。
そうして次に作ったのは、収納魔法のストレージだ。
これはリタから聞いた事だが、サーナは魔力を通して法陣に干渉してくる。
しかしそれは、サーナが法陣から魔法として放たれた時の魔力に触れることが条件らしく、内側で構築された法陣には届かないのだと言う。
そこで考えたのは、サーナが届かない領域に予め法陣を固定するという方法だ。
あの時、サーナは聖剣に刻まれた法陣を改竄できなかった。
聖剣には元々の法陣が刻まれているけれど、人や他の物に同じ事をするのは不可能だ。
ならば、それが出来るようにすれば良い。
自分自身に刻むのは無理でも、使いたい法陣を予め干渉されない領域に入れておけば良いのだ。
それで組み換えに利用したのが、収納魔法だ。
収納魔法は本来、空間魔法の一種とされる既存の魔法だが、私のは転移魔法の法陣を組み替えて作り出した少し特殊なもの。
そうして作り出した収納魔法の中の保存・記憶の法陣を組み換え、物ではなく魔法の法陣を一時的に保存出来るようにしたのだ。
これに使いたい魔法を一時的に保存することで、擬似的に聖剣魔法と同じように改竄されなくなる。
恐らく、これで少しはサーナとも戦える。
あと幾つか練習で作った魔法があるけれど、どれも使い勝手が悪そうだから没にした。
法陣の組み換えはすごい技術だが、リタの言っていた通り小手先で誤魔化しているような部分がある。
どれだけ組み換えても、既存の魔法より強力なものは作り出せないのだ。
だから、もっと私自身が強くならなければ意味が無い。
明日、お父様には私の全てをぶつけるのだ。
「いや~、なんか大変なことになっちゃったね」
恐ろしいはずなのに、シャロはいつもと変わらない様子でそう言いながら、疎らに雲が流れる空を見上げていた。
「うん……」
こんな時、私が気の利いた事を言えない。
「今こんなこと言うのも何だけどさ、実はアタシって魔法が使えないんだ」
「……うん、知ってた」
「え、ええーっ! 知ってたの!?」
シャロが魔法を使えないのは、以前から何となく気付いていた。
自分から言わなかったので触れてこなかったけれど、彼女がアイネクレストの光以外で魔法を使ったところを見た事がない。
ところがシャロ自身に魔法が扱えない以上、アイネクレストの発光はアイネクレスト自体に刻まれた魔法と言うことになる。
世界の均衡を保つ為、これまで神によって創造されてきた聖剣は神器とも呼ばれ、歴史上にはそれが八本と記されており、名前も明確になっている。
神器の中に、盾は存在しない。
つまり、神器でもないのに法陣が刻まれた陽光アイネクレストは、本来あるはずが無いのだ。
とは言え、黒星剣ホロクロウズのように存在しないはずの聖剣までこの目で見てしまったのだ。
きっと何かしらの理由で、歴史から抹消された神器があるのかもしれない。
あの時エドガーが口にした、虚空剣ヴァニタスという名も、もしかしたら……
「でも、アタシがやることは変わらないよ! ベリィちゃんのことを全力で守る! 背中は任せて! なんちゃって、アタシじゃ頼りないね」
シャロの言葉は、いつも私に勇気をくれる。
彼女とならば、どんな困難でも乗り越えられそうだ。
「頼りなくなんか無い。出会ってから今日まで、ずっとシャロに助けられてきた。だから……背中は任せた」
シャロは強い。
力持ちというのもあるけれど、本当に心が強いんだ。
「ベリィちゃん……! もちろんだよ!」
この笑顔に、何度も救われてきた。
彼女になら、任せられる。
明日、必ずお父様のアンデッドを倒し、魂を救ってみせるのだ。
*
夜空には綺麗な満月が昇っている。
民は聖騎士団の魔法結界内に避難し、現在シリウスは国王軍の兵士、国王直属の組織であるアストラ聖騎士団、シリウス自警団、そうして私とシャロが待機し、厳戒態勢を敷いていた。
「我らアストラ聖騎士団で、必ず魔王の首を討ち取るぞ!」
声がうるさいのは、アストラ聖騎士団の団長であるジェラルド・ローベルクという男。
リタから聞いたけれど、融通の利かないおじさんらしい。
無論、私が魔王の娘であるということは秘匿である。
「聖騎士団の連中はともかく、国王軍の兵は数が少ないね。ったく、この状況ナメてんだろ国王」
シルビアはそんな文句を吐きながら、私とシャロの元にやって来た。
「確かにね。でも、きっと大丈夫。だって、私は勇者になるんだから」
その為に、先ずは魔王を倒すんだ。
大切な人やものを守れるなら、誰だって勇者になれる。
そう教えてくれた、お父様の為に。
アンデッドとなった魔王ローグを、倒す!
「勇者か~……じゃ、あーしらはもう勇者の仲間ってわけだね」
「え?」
これから勇者を目指す私に、シルビアは変な事を言うものだ。
「ベリィちゃんはもう、アタシ達にとって勇者だよ! だからアタシもシルビアちゃんも、勇者の仲間だよね!」
「そ、あーしらは勇者一行なんだよ! さ、早いとこシリウスを救おうか、勇者ベリィ!」
「キュイキュイ!」
勇者ベリィ……この旅を始めてから、何一つ守れていない私が、勇者を名乗る資格なんて無いと思っていた。
それでも、二人が私を勇者と言ってくれるなら、今日だけはこのシリウスを守る為に、勇者として戦ってみせる。
「みんな、ありがとう……!」
「おい、何だあれは!」
兵士の一人がそう叫ぶや否や、皆がその光景に目を疑った。
そうか、敵対勢力のブライトは空間魔法使いである。
何も正面から進軍する必要は無く、ある程度の距離を詰めていれば……アンデッド兵の擬似転移が可能なのだ。
そうして私達の眼前にあったのは、既に数百を超えるアンデッドの軍勢。
その数は数十から百体ほどの勢いで増え続けており、早くも配備されていた兵士達の中には殺された者もいる。
「ねえ、こんなのムリだろ……!」
シルビアは口で文句を言いつつも、聖剣を手に持ってアンデッド達に立ち向かって行った。
「シルビアちゃーん! 気を付けてねー!」
「ありがとー! シャロとベリィも気を付けて!」
私達もこうしてはいられない。
恐らく、あの軍勢に続いてお父様のアンデッドも……
その瞬間、凄まじい爆発音と共に地面が揺れ、空気の振動が肌に伝わった。
「や……ば……」
前方へと走り出していたシルビアの足が止まり、その場にへたり込んでしまう。
シルビアだけでは無い、皆がこの圧倒的な存在感に恐れ慄いていた。
姿が確認できないほど離れているけれど、この気配は間違いなく……お父様のものだ。
「おーい怯むなお前ら! アイツら倒さないと、シリウスどころか世界終わっちゃうぞー!」
リタの声で何とか皆が立ち向かおうとするが、それでも国王軍の兵士達は恐怖心で力を発揮しきれていない。
「我々は決して怯まない! 進め!」
ジェラルド率いるアストラ聖騎士団は、自警団と同じく精鋭達の集まりだ。
威圧感に恐れを感じながらも、果敢にアンデッド達へと立ち向かっている。
「元気だねぇ。ルビちゃーん、大丈夫かー?」
「も、漏らしてないっスからね!」
「漏らすって何だ? ま、大丈夫ならよかった。無理しないでねー!」
ああ、リタの呼びかけに対して、シルビアがまた墓穴を掘っている。
本人はその事に気付いていないらしい様子だけれど……
「シャロ、行ける?」
「うん! ちょっと怖いけど……大丈夫!」
お父様の気配は遠いけれど、辿っていけば必ず会えるだろう。
回り道をしている暇はない。
「よし、行こう!」
「うん!」
私とシャロはそれぞれ武器を持ち、同時にアンデッド軍に向けて駆け出した。
「照らせ、陽光アイネクレスト!」
「レイヴンス!」
シャロのアイネクレストが目映い光を放ち、アンデッド達が怯んだ隙に私が斬る。
今は兵士たちの目があるから普通の剣を使っているけれど、出来れば早くロードカリバーを使って一気に蹴散らしたい。
先ずは、兎に角先へ……兵士達や聖騎士団の人達が追い付けないところまで行くんだ。
そうやってひたすらに斬り続けていると、気付けば私達はかなり先へと進んでいた。
「シャロ、今からロードカリバーで行く」
「わかった!」
私は剣をロードカリバーに持ち替え、その魔力を一気に解き放つ。
「統べろ、覇黒剣ロードカリバー!」
恐らく、この覇気でお父様のアンデッドが私に気付くかもしれない。
それならば好都合だ。
リタに教えてもらったおかげで、多少は魔力の扱いが上手くなったと思う。
今日はその実戦だ。
「ハデシス!」
ロードカリバーに魔力を込め、精一杯の力で横に薙いだ。
黒く大きな魔力の刃はアンデッドの軍勢を一気に斬り裂き、これだけで約数百体は倒せただろう。
「す、すごいよベリィちゃん……!」
「これなら行ける。シャロ、進もう!」
「そうはさせない」
そう言って不意に私たちの行手を塞いだのは、ホロクロウズを手に持ったサーナだった。
「サーナ……お前の顔なんか、二度と見たくなかった」
「……うるさい。ベリィなんかもう知らない。どうせアタシには勝てないんだ。ここで二人とも死んでもらう」
やっぱり私は、心の底からコイツが嫌いになったんだ。
今サーナの顔を見て、本当に腹が立った。
周りにはアンデッドの兵士達、それにお父様のアンデッドもこちらに向かってきている。
こんな奴、さっさと倒さないと。
「ベリィちゃん、ここはアタシに任せて欲しい」
何を言い出すかと思えば、シャロは盾を構えてサーナの前に立った。
「ちょっと、流石に無茶だよ……!」
「大丈夫! アタシがサーナちゃんを止めるから、ベリィちゃんはお父さんのこと助けに行って!」
シャロは本気だ。
とても敵うとは思わないけれど、彼女は言っても聞かないだろう。
「……わかった。ダメだと思ったら絶対に逃げて」
そうだ、私の背中はシャロに任せよう。
「……アンタに何が出来るの? 下等種族は問答無用で殺す。特にアンタは、一番気に入らない!」
「そっか、じゃあ仕方ないね! アタシもサーナちゃんには怒ってるから、絶対に負けられない!」
あれだけの実力差を見せ付けられたのに、シャロはよく言ったと思う。
いざという時のために、シャロにはお守り代わりのものを渡してある。
それが発動できるかどうかは分からないけれど、シャロならきっと大丈夫だ。
「任せた、シャロ!」
「任せて! 行くよ、陽光アイネクレスト!」
アイネクレストの発光を合図に、私はサーナの横を駆け抜けて行く。
目指すは、お父様のいる場所だ。
必ず倒して、お父様もシリウスも救ってみせる。




