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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
陽光/月と太陽 編
33/220

26.翼を捨てた猟犬

 シリウス郊外は、私達が直ぐに駆けつけたにも関わらず、既に酷い有様だった。


 死者が数人、腹部や脚などを食いちぎられたような死体が、道に転がっている。


「シャアアアアアァ!」


 その先で叫び声を上げる人物から、私は目を逸らしたくてたまらなかった。


 あの時のままなのだ。


 いつものメイド服を着た、頬に鱗のある下半身が蛇の綺麗な女性……


「ミア……そんな……」


 ミアは、既に死んでいたのだ。

 帝国の兵に殺されたのか、ブライトの仲間に殺されたのかは分からないけれど、こんなの酷過ぎる。


 彼女の横、道の脇には魔族の男が一人立っており、じっとこちらを見ていた。


「彼女は俺の屍操魔法(ネクロマンシー)でアンデッドとなった。半人とは言え、やはり魔物のほうが扱い易い」


 ミアの出生について詳しくは分からないけれど、彼女は魔族ではなくラミアという魔物だと言うことは知っている。

 以前戦ったホーンスパイダーよりも上位の魔物であり、私達と同等の知能を持っているのだ。

 それでも、ミアは他の魔物と違い、本当に優しかった。


「お前が、ブライトの言っていた屍操魔法使いなの?」


「如何にも、俺はザガンと言う。ブライトからの伝言だ。祭りを楽しめ、と」


 何が祭りだ……


「ふざけるな!」


 フードを脱いでザガンに斬りかかろうとした私だったが、それをミアに制止されてしまう。


 ミアだけでは無い。


 立ち去ろうとするザガンをリタとエドガーが追おうとするも、いつの間に現れたのか無数のアンデッド達が道を塞いでいた。


 いくらアンデッドとは言え、大好きなミアのことは斬れない……


「シャアアアアアアアッ!」


「厄介だな……エド、あのアンデッド共は頼めるか? キツかったら言って」


「問題ありません」


 エドガーはそう言ってアンデッド達の中に駆けて行き、それらの胴体や首を切断するように攻撃し始めた。


「アンデッドは死体だ。ゴーストと違って魔法以外でも倒せる。ベリィちゃん、大丈夫?」


 わかっている。

 アンデッドの倒し方なんて分かっているんだ。


 ただ私は、目の前のミアが死体だとしても、殺したくは無い。


「ミアは……うちに仕えてたメイドなの……優しくて、温かくて、そんな……」


 私が攻撃してこないことを悟ったのか、ミアはロードカリバーを跳ね除けて私の身体を長い尻尾で拘束した。


「ベリィちゃん! それはもう奴に操られた死体なんだ! 私が斬るよ!?」


「まっ……て……! う……あぁ……私が……!」


 苦しい……このままじゃ戦えない……!

 ああ、躊躇ってはいけなかったんだ。

 このミアはもうミアではない。

 私の手で楽にしてあげないと、いつまでも操られたままでは可哀想だろう。

 でも、でも……!


「うぅ……ぐっ……いゃっ……」


「ベリィちゃんッ!」


 その時だった。

 フードの中に入っていたルーナが出てきて、私の耳を噛んだのだ。


 本当に痛かった。


 そうか、きっとルーナは今の私に怒っているんだ。

 ごめんね、ルーナ……


 戦うよ。


「ぐ……グリムオウドッ!」


 締め付けられた喉から辛うじて声を絞り出し、私を拘束するミアをグリムオウドで引き剥がした。


「シャアアアッ! シャアァ!」


「ごめんね、ミア……」


 ミアはもう死んだのだ。

 もう助からない。

 だから、今はこれを斬るしかないんだ……


 ミアは死んでいるから、これは、死体……


「ハデシス……」


 詠唱の後、ロードカリバーでミアの腹部を切断した。

 二つに斬られた身体はその場に倒れ、ミアの表情が先程の凶暴なものではなく、いつもの優しい顔に戻る。


「ベリィ……様……」


「……ミア? ミア!」


「ベリィ……様……あり、がとう……ござい、ました……」


 その言葉を最後に、ミアは二度と目覚めることはなかった。


「今の……本当のミアだった……」


「屍操魔法の法陣が肉体に残った魔力で構築されて、一時的に生前の意識を取り戻したんだろうね。本当に……何してくれてんだよ、ブライト」


 リタは怒っているのだろうか?

 私には何も分からないし、頭の中が整理できない。


 それでも、次の満月の夜にはお父様の死体がシリウスを攻めてくる。


 満月まであと三日。


 いくらリタが強くても、お父様ほどの力を持った敵と沢山の軍勢が攻めてきたら、確実にシリウスは火の海になるだろう。


「ベリィ、大丈夫か?」


 あのアンデッド達を倒してきたエドガーが、私を心配してくれて駆け寄ってきた。


 それなりに数がいたけれど、一人で倒せるのだから、やはりエドガーは強いのだ。


 それもそうか、エドガーの正体は勇者なのだから。


「……あなたがユーリって、本当なの?」


「……黙っていてすまなかった。既に捨てた名だ。今はエドガーという名が、俺の本当の名だと思っている」


 別にエドガーを責めるつもりはない。

 エドガーにも、きっと複雑な事情があるのだろう。

 それでも、何だか気まずい。


「あ、簡単に言うとエドちゃんはアイテールを家出したんだよ! クソ親とケンカしたんだよね!」


「まあ……間違いではないのですが……」


 納得は出来たが、リタも言い方というものがあるだろう。

 ミアのことで心に余裕を無くしていたけれど、普段通りのリタに救われた。


「立ち話も何だし、戻ろっか」


 一度自警団へ戻った私に、リタが温かいミルクを出してくれた。

 飲み物の温度に迷う時期だけれど、今の私には温かい物のほうが有り難かった。


 まだ少し頭が痛い。

 魔力が不安定で魔力防御を上手くかけられていなかったから、ミアに締め付けられた身体も痛い。

 帰ってすぐ、リタに身体を確認してもらったけれど、痣はあっても骨は折れていなかった。


「ベリィ……」


 気がつくと、休憩室の戸の前にエドガーが立っており、私を呼んでいた。


「うん?」


「さっきの、話なんだが……ベリィには、しっかり伝えておきたいと思ってな。隣、座っても良いか?」


「わかった」


 やはりエドガーは後ろめたさを感じているのか、それとも単に私のツノに恐れているのか、どこか落ち着かない様子である。


「エドガー、別に私はあなたが勇者ユーリだからと言って責めるわけじゃないし、それを黙っていたからと言って怒ってるわけでもないよ。エドガーにもエドガーの事情があると思うから、無理に今すぐ話さなくても大丈夫」


「ベリィ……そうか。すまない、ありがとうな。でも、やっぱり話しておきたいんだ。おやっさん……ベリィの親父さんにも、関係する事だから」


 ずっと気になっていたことがあり、エドガーがお父様の事を「おやっさん」と呼ぶのだ。

 元勇者であるエドガーが、魔王のお父様とそれほどの仲だったのか、信じ難いけれど何かしらの関係は確実にあると思っていた。


「うん、わかった」


 私の返事を聞くと、エドガーは自分が如何にしてこうなったのかを大筋に纏めて話してくれた。


 ユーリがルミナセイバーに選ばれたのは、16歳の時だった。

 その時点で勇者となったユーリは、世界中を巡り人々を助けていた。はずだった。


 彼は遠征として国外に出る事はあるものの、帝国は勇者に選ばれたユーリの地位を独占し、その時点でユーリ自身は、父親であるクロード・グラン・アイテールに不満を抱いていた。


 クロードは、第一皇子であるディアスを可愛がっていた。

 その為、勇者に選ばれたユーリはクロードから相手にされる事は殆ど無く、軍にも馴染めない彼はひたすらに孤独だったのだ。


 ユーリが18歳になった頃、洞窟に棲みついた凶暴な魔物の退治に一人で向かった時、偶然にも魔王ローグと居合わせた。


 洞窟はメトゥス大迷宮付近にあり、ローグは時折メトゥス大迷宮で魔物を狩り、鍛錬していたのだ。

 初めは驚いたユーリだったが、次第にローグの物腰の柔らかさに安心して、共に洞窟の魔物を倒し、その日はそれで別れた。


 数日後、ユーリはローグの事が気になり、何とはなしに再び同じ場所を訪れてみると、そこにはまたローグがいた。


 聞くと、彼もユーリが来る気がしていたと言う。


 それから二人は、次はいつだと予定を立てて会うようになった。


 ある時、悲観的になっていたユーリは、いっそ魔王に帝国を潰して欲しいと考え、ローグに対し帝国への不満を残らず吐き出していた。


 そうして自分の話に腹を立てたユーリが叫ぶと、ローグはユーリの頭を優しく撫でたのだった。


「俺を殺せば、魔王の首を討ち取ったと国にも認められるだろう。どうだ?」


 ぶっ飛んだローグの発言に、ユーリは呆れた。

 そんな事するわけが無い。俺にとっておやっさんは本当の父親みたいなものだ。と、ユーリは笑いながら話した。


 それから月日が過ぎ、何度かローグとも会っていた頃、遂にユーリは光竜剣ルミナセイバーを捨て、勇者の資格を自ら破棄したのだった。


 これに関して、ローグから何かの影響を受けたわけではない。


 引き金は、アイテールが自国の村を意図的に潰し、その村民を奴隷として売り出していたことに気付いた事だった。


 元より奴隷制度を良く思わなかったユーリからすれば、許されない事実だったのだ。


 ユーリは最後、皇帝クロードへと剣を向け


「ユーリ・アラン・アイテールは死んだ! ディアスにも伝えておけ、この国はいつか潰す」


 と言い放った。


 無論、彼の行いは国家反逆罪に該当するが、クロードがユーリを咎めることはしなかった。


 そもそも、相手にする気が無かったのだ。


 ユーリは最後まで、帝国の道具でしかなかった。


 そうして国を出たユーリは先ずそれをローグに伝え、心配するローグに


「近いうち、また会いましょう」


 と言うと、そのままアストラ王国へと向かったのだった。


「俺が勇者を辞めたのは、自分には向いていないと思ったからだ。どの道、帝国を出た後の俺はただの犯罪者、勇者なんて続けられなかった。無責任だと非難されても仕方がない。それでも、俺の根っこに勇者の資格なんて物はなかった。

帝国は俺を死人として公表したが、おかげで今は自由にやれている。結局、俺は逃げ出したんだよ」


 エドガーはそう話すと、どこか憂いを帯びたようなその目で私を見る。


「その後も、おやっさんとは何度か会っていた。ある時、おやっさんに頼まれたんだ。まるで近い将来、自分が死ぬ事を予知していたかのように……ベリィという一人娘がいるから、自分に何かあった時は守ってやってほしい。と……その二月後に、おやっさんは亡くなった」


 その話を聞いて、私は泣くでもなく、ただエドガーの過去を頭で理解していた。

 一つ確かな事は、エドガーがお父様の事を、本当の父親のように慕っていたという事だった。

 彼はもう私にとって、兄のような存在だったのだ。


 私の方が上なのにエドガーを兄と呼ぶのは、少し納得がいかない部分もあるけれど。


「本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれない。エドガー・レトリーブという名は、リタ団長に付けてもらったものだ。今まで黙っていて、本当に済まなかった」


「ううん、話してくれてありがとう。お父様のこと、エドガーとの関係なんて全然知らなかったから、聞けて嬉しかった」


 エドガーは緊張が解れたようで胸を撫で下ろし、もう一度私に


「ありがとう」


 と言った。


 何だか今日は疲れてしまったから、早く家に帰って休みたい。

 家ではシャロとシルビアが待ってくれている。

 早く二人に会いたいな。


「二人とも~、私ちょっとさっきの件で出なきゃいけなくなったから、行ってくるね~!」


 慌ただしく休憩室に戻ってきたリタが、そう言って再び部屋を出ていった。

 何だか、怠けていないリタを見るのは新鮮だ。


「私も、今日は帰ろうかな」


「送ろうか?」


 席を立った私に、エドガーはそう訊ねる。

 こういう時、私は直ぐに甘えてしまうのだ。


「いいの?」


「俺も今日は、そのまま帰るから。ちょっと、ジャックさんに報告書だけ出してくるな」


「うん、ありがとう」


 それから私はエドガーの馬に乗り、彼の背中に寄りかかって帰路についた。


 家に着くと、シャロとシルビアはいつもの明るい笑顔で待っていてくれた。

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