25.法陣
あれから毎日、自警団の裏庭を借りて、リタに教わった法陣の組み換えを何度も何度も練習した。
「ベリィちゃんの魔力は、なんか不安定なんだよね」
組み換えについて教わる前、リタから魔法を見せて欲しいと言われて見せたところ、早速のダメ出しをされた。
「それって、どういうこと?」
「魔力ってのは、過剰に法陣へ流しちゃうと溢れちゃうんだよ。ほら、例えばこの器に勢いよく水を入れると、こんな感じでこぼれるでしょ?」
リタはそう言って適当な器に、なぜか持っていたお酒をドバドバと流し込む。
そうしてそれをグビグビ飲むと、再び話を続けた。
「だから、あれだ。丁寧に魔力を流せば、綺麗に満タンになるんだよ。とりあえず、組み換えと一緒にそっちも練習かな~」
その課題として、私は魔法の構築中に気を乱さないようにする練習も出された。
正直、組み換えの練習よりもこっちのほうが難しい。
あと、組み換えを教わる前にリタから
「そういえば、ベリィちゃんって魔法の仕組みは知っている?」
と訊ねられた。
私たち魔族は、構築の仕組みを知らなくても魔法が使えてしまうから、それを覚えていない者も多いのだ。
「うん、アルブにいるとき勉強したから。魔力と法陣で構築したものを、詠唱で発動する。でしょ?」
「流石はベリィちゃん! そりゃ魔王家の娘ちゃんだもんね。そのぐらいは勉強してるか。じゃ、組み換え教えちゃっても大丈夫かな」
「うん、えっと、お願いします」
それからリタが教えてくれたのは、複雑だが面白いものだった。
「組み換えって言うのは、本来、魔法は決められた法陣の型でしか構築できないけど、それを上手い具合に組み換えることで、全く新しい魔法が作れるようになる。あ、因みに転用と組み換えは別物だからね」
転用というのは、法陣を本来の魔法とは別の魔法として使う事だ。
「でも、魔法の発動には詠唱が必要でしょ? 新しい魔法を構築したとして、詠唱の呪文はどうするの?」
「詠唱っていうのは、法陣を通して構築した魔法に言葉を乗っけているだけなんだ。確かに発動条件は詠唱だし、予め定まっている法陣には決まった詠唱呪文があるけど、不定形な法陣ならやっちまえ~とかでも発動は出来る。
要は組み換えた法陣に自分の意思を乗せて、それを言葉にするのが魔法の発動条件なんだよ。何となく分かったかな?」
「詠唱って、そんな意味があったんだ……」
「まあ、ベリィちゃんは魔力量が多いから、何回でも練習して直ぐ出来るようになるよ。大事なのは、法陣の形状を理解、そして把握すること。それじゃあ先ず、組み換えした魔法を披露してみよっかな。これが魔法の真髄、お見せしよう!」
リタはホロクラウスを構えると、私の前でそれを一振りして見せた。
「イレジスト」
確かに、構えてから一振りまでの動作はしたはずだった。
それなのに、私の目でも捉えられなかった。
これが本当に……重力魔法なのか?
「物体にかかる空気抵抗を無くしたんだよ。アンチグラビロウルは空気抵抗を利用した魔法だけど、反重力を弄ってたら空気抵抗そのものに干渉できたんだよね。
そしたらさ、重力をかけるより空気抵抗を無くした方が速く動けるんだよ! すごくない?」
凄い……本当に凄い!
それはもう重力操作じゃ無いと思うけれど……だからこそ、組み換えなのだ。
「組み換えは簡単な事じゃないけど、法陣の形状さえ理解出来ちゃえば自然と慣れるよ」
法陣を理解すれば、もっと強くなれる。
私は早速、基礎的な闇魔法の法陣から弄り始めた。
「あ、ただ……」
その瞬間、組み換え途中の法陣に流していた魔力が突然爆発した。
「無闇矢鱈にいじると、暴発したり、全然違う魔法が出たりするから、マジで気を付けてね~」
「……それ、先に言ってよ」
法陣の組み換えに正確な方法は無く、私自身が感覚を掴むしかない。
教わってから三日目……
リタは仕事の時以外ほとんど私の練習に付き合ってくれて、色々と教えてくれた。
ルーナは相変わらず私にくっついてくるけれど、魔力爆発を起こしたりすると危ないので、少し離れたところで待ってて貰っていた。
「少しは慣れてきたかな?」
「まだ、上手く感覚が掴めなくて……」
組み換えは思った以上に難しく、上手くいったかと思えば全く違う魔法が出てしまったりする。
「ん~……ん~~……!」
いける!
このまま発動すればなんとか……
「こいっ!」
そうして私の発動した魔法からは、何やら気持ちの悪い魔物が現れた。
「おっ、ロックテンタクルじゃないか! やれやれ! 早く襲え!」
そうか、洞窟などの岩にくっ付いて生息している、触手だらけの魔物だ。
「気色悪い……」
私はロードカリバーを抜き、それを振り上げた。
「待って待ってベリィちゃん! 触手プレ……ロックテンタクルの触手から分泌される粘液は肌に良いらしいよ!」
「そんな話、聞いたことないけど……」
「ばっか、お前も縮こまってないで早く襲えよ! コイツ、まさかベリィちゃんのツノにビビって襲えないのか……!」
「もう殺すからね?」
「……ごめんなさい」
いきなり呼び出しておいて申し訳ないけれど、ロックテンタクルは直ぐに殺した。
どうせロックテンタクルに私を襲わせて、恥ずかしい姿でも見たかったのだろう。
少し腹が立って強めの口調で言ったところ、ツノの威圧感を強くしてしまったのか、リタは見たことないほどに怯えていた。
その後も何だかんだリタは練習に付き合ってくれたが、今日も組み換えは上手く行かなかった。
「ベリィちゃん、今日もお疲れ様!」
家に帰ると、シャロが夕飯の支度をして待ってくれていた。
「ただいま。ありがとう、シャロ」
毎日こうして、家に帰るとシャロが待っていて、三人でご飯を食べて、この生活がずっと続いてくれたらと願ってしまう。
辛いことは無かったことにして、ずっと幸せに暮らしたい。
「今日はシルビアちゃんが美味しいパン買ってきてくれたよ! エドガーさんとお買い物に行ってきたんだって!」
「そっか、楽しみだね」
シルビアは最近少し元気が無さそうに見えていたけれど、今は何だか普段通りのシルビアに戻ったようだ。
「はぁ~、あーしの聖剣は扱いがムズイんだよな~」
そんな事をぼやいているけれど、表情は元気そうである。
「シルビア、パンツ見えてるよ」
「キュイッ」
「別にベリィに見られたところで減るもんじゃないし」
「エドガーも来てるよ」
「キュイッ」
「はっ? お前バカそれ早くっ……!」
「冗談だよ。なに必死に隠してるの?」
「キュイ~」
この反応は、やっぱり元気そうだ。
「……全く、お前それ今度同じことやってやるから覚悟しとけよ」
「はしたないな、私は人前で下着なんて見せないよ」
「キュイキュイッ」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ないだろう。
勝負をしていたつもりはないけれど、私の勝ちだ。
あと、ルーナも人を弄ることを覚えたんだね。
かわいい。
「あ、そうだ。パン買ってきてくれてありがとう」
「あ、パン……パンね、どういたしまして! シリウスで有名なパン屋さんのだから、毎日頑張ってるベリィに美味しいもの食べて欲しくってさ」
これだけ弄ったのに、シルビアは本当に優しいな。
だからちょっと、揶揄いたくなる。
翌日、朝から裏庭で訓練していると、昼過ぎになってからリタが自警団にやって来た。
「おはよ~ベリィちゃん。調子はどうYO!」
「相変わらずかな。でも、こういう地道な作業好きだから楽しい」
「よかったよかった。人生、楽しむのが一番だからね!」
リタといると、何だか前向きになれる。
お酒ばかり飲んでいる変な人だけれど、何だかんだ私のことも気に掛けてくれるし、何でも受け入れてくれるから話しやすい。
「ん~、やっぱ朝は酒に限るわ」
「もう昼だよ、リタ」
今リタに対してそう言ったのは、私ではない。
私も同じ事を言おうとしたのだ。
じゃあ、一体誰が……?
目付きが鋭くなったリタの視線の先を見ると、そこに立っていたのは司祭の女性……ブライトだった。
「何しにきたんだよ~、今ベリィちゃんとヒミツの特訓してるんだが?」
「それはすまないね。こちらも話したいことがあるんだが……」
「その前に、私の質問に答えて」
私は剣を抜き、カンパニュラで起きた魔物襲撃事件について訊ねた。
「カンパニュラ公国に、呪符で操った魔物を送り込んだのは、アンタなの?」
「ああ、あれね。あわよくば厄介な知恵の眼の公爵令嬢を始末出来ればと思ったんだが、それ以上の成果が得られて満足しているよ」
ブライトはそう言って、いやらしい目で私を見る。
「じゃ、次はワタシが話しても良いかな? 今日はキミ達に報告があって来たんだ」
ブライトは不敵な笑みを浮かべると、次に声を大きくして話を続けた。
「次の満月の夜、我ら創星教の屍操魔法使いによるアンデッド軍が、シリウスを冥府と化し、国王の首を討ち取るだろう!」
彼女の自信に満ちた声と表情に、私は思わず震えてしまった。
まさか、ブライト側にそこまでの勢力があるなんて……それに、創星教とは?
「許せねえよ、そんな事。私が絶対に止める」
「今回は流石に厳しいんじゃないかな? とっておきがあるんだ。それに、満月だからね」
満月に、一体どんな意味があるのだろう?
思い当たる節がある気がする……いや、でも……まさか、そんな筈は無い。
「おいおい、こっちにはベリィちゃんもいるんだぜ? 満月となれば魔王のツノがあるベリィちゃんは月の魔力でパワーアップだ! あれ、そうだよね?」
「そう……だけど……ねえ、アンタの言うとっておきって……?」
魔王のツノが持つ力は、人を恐れされる威圧感だけでは無い。
ルーナと同様に月の魔力をツノから吸収し、満月の場合は普段よりもずっと強い力が出せるのだ。
だからこそ、ブライトが満月の日と言ったのが気になった。
「ああ、最高の死体が手に入ったんだ。ローグ・ロス・バロル。ベリィ、キミのお父さんだよ」
私の頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
「やめろ……お父様を……そんな事に……!」
ブライトに斬りかかろうとした私だったが、すでに彼女が背後から何者かに剣を突きつけられ、両手を上げていることに気付いた。
「動くな」
エドガーだった。
彼はブライトの首に剣を当てており、彼女が下手な動きをすればいつでも斬れる状態だ。
「これはこれは、ユーリくんじゃないか。久しいね」
「その名は捨てた。今はエドガー・レトリーブだ。ローグ……おやっさんでシリウスを焼け野原にする気か?」
「人聞きが悪いね。これは弔いだよ。ローグは新たなる創星の糧となる。ユーリ、キミが戦えば倒せる相手じゃないか。ルミナセイバーはどうしたのかな?」
「黙れ、もう一つ質問に答えろ。おやっさんを殺したのは、本当にディアスなのか?」
エドガーの言うおやっさんって、お父様のことなの……?
それにユーリって、あの死亡した勇者、ユーリ・アラン・アイテール?
ルミナセイバーの話をしていたから、間違いない。
エドガーが、ユーリ……?
「ああ、本当だよ。彼は禁断の聖剣を目覚めさせたんだ。それで魔王を殺した」
「まさか……虚空剣ヴァニタスを……?」
「アイテール帝国には良いものがあるね。まあ、どちらにせよディアスは共通の敵というわけさ。キミもこんな国を守るのは、考え直した方がいいよ」
「……死ねッ!」
エドガーが剣を動かした瞬間、既にブライトの姿は無かった。
「そうだ、早く郊外に行かないとまずいよ? 前座として良いアンデッドを放ってあるんだ」
話に追い付けない。
虚空剣ヴァニタスなんて聞いたことがないのだ。
禁断の聖剣と言っていたけれど、そんなに恐ろしい聖剣なのだろうか?
「ベリィちゃん、エドについて突っ込みたいこと沢山あると思うけど、一先ず郊外に行こう。エドも来て」
「わ、わかった」
「……了解」
本当に聞きたい事が山々だったけれど、先ずは此処を守るのが最優先だ。
私はフードを被り、リタ達と共に郊外へと向かった。




