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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
陽光/月と太陽 編
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24.硝子窓の中

 憂鬱な気分のままシリウスに戻り、それから私はずっと塞ぎ込んでいた。


 こんな状態で、何日が経過したのだろう?


 硝子窓(ガラスまど)(うち)から外を見渡すと、名前も知らない白い花だの、その蜜を吸いにやってくる虫だの、柵の向こうの道を時おり通過する人だのが眼に着くけれど、その他にこれといって数え立てるほどのものはほとんど視界に入って来ない。


 こんな事をしていて良いのだろうか?

 思考が不安感と絶望感に支配されて、何か考えようにも悪い方向ばかりにいってしまう。


 今の私の眼界は極めて単調で、そうしてまた極めて狭い。


 何度かシャロやシルビアが様子を見に来たり、食事を部屋に持って来てくれるけれど、正直あまり食欲がないし誰とも話したくない。


 私は本当に最低だ。

 友達に気を遣わせて、いつもいつも迷惑ばかりをかけている。


 これから、どうすればいいのだろう?


 もうサーナを助ける必要は無い。

 あいつは私の敵なのだから。


 だからと言って、私にサーナは殺せない。

 殺したくないという意味ではなく、今の私では勝てないのだ。


 あの時サーナが使った、魔法改竄の力……サーナにあんな力があったなんて、全然知らなかった。

 それとも、あのブライトという女の仕業だろうか?


 奴はサーナに仕えていると話していたけれど、だとしたらサーナは一体何者なのか?

 かつてサーナに付き纏っていた組織と、何か関係が……?


「ベリィちゃーん!」

「ベリィ~!」


「「ごはんだよー!」」


 唐突に部屋へ飛び込んできたのは、昼食を持ったシャロとシルビアだった。


「今日アタシ達も一緒に食べていい? たまにはベリィちゃんともご飯食べたくなっちゃった~!」

「あーしも! あーしもあーしも!」


 テンションが高い……


 シルビアはそれ何の鳴き声なの?

 あーし鳥とか?


「別に良いけど……」


「やったー! じゃあアタシたちのご飯も持ってくるね!」

「あーしも!」


 嫌だって言えばよかった……


「いっただっきまーす!」

「わあシャロの料理美味しそー!」


 まあ、文句は言えない。

 ここはシルビアの家だから。


 元々シルビアの兄であるバーンが使っていた家らしく、それなりに広くて私は一部屋丸々使わせてもらっている。


 二人とも、私なんかに気を遣って明るく振る舞ってくれているのだろう。


「キュイッ、キュイッ!」


 そうだ、ルーナともアルブから戻って来てずっと一緒だけど、相変わらず私にべったりである。

 それでもこの子なりに私の元気がないことに気付いているのか、私がぼうっと硝子窓の向こう側を眺めていると、鳴きながら指を噛んでくることがある。


「ルーナちゃんも元気だね! ベリィちゃん、食欲ありそう?」


「あ、うん……前よりは少しだけ。ありがとう、二人とも。あと、ルーナもね」


「キュイ~!」

「よかった~! ベリィちゃんがごはん食べてくれるようになってアタシ嬉しいよ~!」

「あーしも嬉しいよ~! 嬉しくて今日はいっぱい食べるぜ!」


 唐突な大食いをしたシルビアだったけれど、ふと私は彼女の足に目をやる。

 その視線に気付いたのか、シルビアはハッとなって頬を赤らめた。


「どこ見てんだよ!」


「いや、またシルビアの足が太くなるのかなって……」


「ならないよ! あーしが食べたもん全部ここにいってるわけじゃ無いから!」


 少し時間がかかってしまったけれど、二人とルーナのおかげで元気が戻って来た気がする。


 食事の後、久しぶりに外へ出ようと思い、シルビアについて自警団までやって来た。


 シャロは、家で留守番をしてくれている。


「一緒に来てくれてありがとう、シルビア」


「ま、丁度あーしも用事あったから。ベリィは、エドさんとか呼ぼうか?」


 気を遣ってくれたシルビアには感謝するけれど、用があるのはエドガーではない。


「ううん、リタっているかな?」


「団長? いつもなら、裏庭で飲んでるけど」


 いつも裏庭で飲んでいるのか……

 あの人、難しい仕事とか全てジャックに任せているのかもしれない。


「わ、わかった、ありがとう」


 シルビアに言われた通り裏庭へ向かうと、そこにはちゃんとリタがいて、ちゃんとお酒を飲んでいた。


「ん、ベリィちゃん! 元気なった!?」


 リタの声は少し枯れていて、先日の戦っていた姿とは比にならないほど酔っ払っている様子だ。


「うん、ちょっとだけ。ええと……この前は、ありがとう。助かった」


「どういたしまし~、早くサーナちゃんと仲直りできると良いね!」


 その言葉に、少し心が重くなった。

 サーナのことなんて、もうどうでもいい。


 あいつのことは、何も考えたくない。


「あ……ごめんね。そっか、考えたくなかったよね」


「平気。でも、あいつはもう友達じゃない」


 リタだって悪気があって言ったわけではない。

 この人はきっと根が優しいから、本気で私とサーナを仲直りさせてくれようとしているのだ。


「実は、私にも親友がいたんだよ。いや、私は今でも親友だと思っている。色々あって、道は違えちゃったけどね」


 リタが親友と呼ぶ人物に、心当たりがあった。


「それって……」


「流石に分かっちゃうか。そ、ブライト・ハート・プラネテス。あん時サーナちゃんを連れてった奴だよ」


 そうか、あの二人もかつては親友同士だったのだ。


「関係を築くのは難しいけど、関係が壊れるのは一瞬。あの時、もっと早くアイツの葛藤に気付いてやればよかった。とか、後悔ばかりが残る」


 リタとブライトの間に何があったのか分からないけれど、何となく本人から話されるまで、訊かない方がいいと思った。


「後悔……か」


 サーナと絶交してしまったことで、私は何か後悔するだろうか?

 そうだとしても、今はアイツを許す気にはなれない。


「難しいよね、人付き合いって。私はこんなんだからさ、あんまし他人も近寄ってこないけど、それでも世の中で生きている限りは必ず人と関わる必要が出てくる」


「私は、初めて会った時よりも、リタのことは話しやすい人だと思ってるよ」


 初めて会ったリタの印象は、うるさくてお酒臭くて、本当に最悪だった。


 おまけに吐物で服を……


「ありがと、あん時はマジでごめんね。結局、人と関わるのなんて臨機応変にやってかなきゃいけないんだよね。私は最近そのへんテキトーだけどさ。テキトー過ぎても周りに迷惑かけちゃう。これでも自警団のトップだから」


 アハハとリタは笑い、そうしてまた話を続けた。


「人を信じたり、疑ったり、理解したり、決別したり、私達は生きている限り、その苦悶から解放されることはない。でも、一人でも信じられる友達がいるなら、その苦しみも大分マシになる」


 リタにとって、その友達はきっと今でも……


 私の信じられる友達は……?


 私を心から信じてくれたシャロやシルビアは、きっと私にとって大切な友達なのだ。


「リタ、ありがとう。なんだか心がすっきりした」


 リタの言う通り、全ての人を信じたり疑ったり、どちらかに偏って生きるのは難しくて、臨機応変に関わらなければならない。


 そんな中で信じられる友達がいるのは、凄いことなんだろう。


「もしかして、私なんか良いこと言った? それなら良かったよ」


 本当に、この人は掴みどころがないと言うか、真面目なのか不真面目なのか分からない人だ。


 そう言えば、リタに聞きたいことがあってここまで来たのだ。

 久しぶりに外の人と話して満足してしまい、危うくこのまま帰るところだった。


「……ねぇリタ、ブライトの魔法って、空間魔法だったりするの?」


「お、何で分かったの?」


 あの時、私の転移魔法に似た魔法を使っていたから、もしかしたらそれに近い空間魔法を使ったのではないかと思ったけれど、やはり当たったらしい。


「転移魔法みたいなの、使ってたから」


「ああ、あれは空間魔法の転用で擬似転移だね。転移魔法と違って移動距離は限られるけど、空間を削って移動するだけだから、魔力の消耗自体は転移魔法ほど大きくないんだよ。やり方はむずいけど」


 人族にも魔族にも、それぞれに得意とする魔法がある。


 人や物、その全てが魔力を持っているけれど、それを魔法として形に出来るかは魔法の才の有無によるものだ。


 魔法の才があれば、法陣を記憶することで魔法の構築が可能となるが、その中でも自分の魔力と相性のいい魔法が存在し、皆それを自身の魔法として主に使っている。


「私、空間魔法そんなに得意じゃないけど、転移魔法の法陣は空間魔法に似てる。ねぇ、リタも転移魔法覚えれば使えるんじゃないの? 私より強いし」


 私の問いに、リタは


「あはは~」


 と何かを誤魔化すように笑った。


「いやぁ、私の魔力量じゃ転移は構築すらできないよ。実は私、他の人より極端に魔力が少ないんだ」


「……え?」


 何かの冗談だと思ったけれど、リタが嘘をついているようには見えない。


 まさか、本当に……?


「だって、反重力結界と攻撃の重力魔法、魔法の多重発動もできるのに、どうして……」


「まあ、その辺はね。魔力が少ないから、少ない魔力で魔法を構築出来るように法陣弄ってるんだ。悪く言えば小手先で誤魔化してんのさ。まあ私より器用に魔法が扱える人なんてたぶん居ないだろうから、私は最強なんだよ」


 法陣を弄る……?

 魔法の法陣は予め決められたもので、それらはかつて神が作り出したと言われている。


 確かに、既存の魔法から派生して生まれた魔法はあり、むしろ現在はそれがほとんどだ。


 しかしそれらは偶然の産物であり、もしもリタが法陣を自在に弄ることが出来るのならば、それは……


 神のように、新しい魔法を生み出すことも可能ではないだろうか?


「ベリィちゃん、やってみる?」


 そう私に提案するリタの顔は、悪戯を企む子供のように笑っていた。


「……私、強くなりたい。もっとみんなを助けられるように、教えて欲しい!」


「よし、分かった。それじゃ、めっちゃ頭使うよ?」


 私は


(臨むところだ)


 と心の中で返し、それからリタと法陣の組み換えの特訓を始めた。

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