141.疾双の銀狐
妖魔軍団、ブラスト、そうして兄ちゃんに託されたこのチャンスを、逃すわけにはいかない。
討伐まであと一歩だ。
もっと速く、更に速く動け。
風よりも、音よりも、光よりも……それに到達出来なくなって良い。
大事なのは、己の限界を超えること。
構築出来た。
あとは———
「法陣……」
直後、目の前が真っ暗になったかと思えば、あーしは全身が何かに包まれて身動きが取れなくなった。
なんだこれ……生温かくて、ぬめぬめして、締め付けられる……!
まさか、食われた!?
「くっ……そ……ふざ、けんな……!」
ウルティマの構築に集中して気が付かなかった。
兄ちゃん達はもう一つの頭を攻撃していたけれど、こっちにまで気が回らなかったんだ。
まずい、呑み込まれる……!
粘液まみれの肉壁に全身を押されて、魔法も発動出来ない。
このままじゃまずい。
誰か———
その瞬間、目の前を真っ赤な刃が通り過ぎ、あーしは誰かに抱き抱えられた。
え……?
「ヴァニタス・ブラッドロウル、サーベル」
「ルカぁ!」
「遅くなってすみません、シルビアさん」
遅くなんて無い。
いつも大事な時に助けてくれる。
最高だよ、ルカ。
「ブラッドロウル……シルビアさん、足場に使ってください!」
ルカは自身の血を使い、あーし用の足場を構築してくれた。
いける、このまま———
構築に集中しろ。
大丈夫、一回出来たんだ。
今度は前回よりもしっかりと、不完全ではなく完璧なウルティマを発動しなければ。
「シルビア、俺も続く!」
兄ちゃん、まさか……!
「わかんねぇけどよ、何だか行ける気がしてきたぜ。お前に触発されたのかもな、鍛錬の成果が実を結んでくれたのか、何にせよこれは好機だ! 絶対にやるぞ!」
倒すんだ、あーしら兄妹で。
「法陣展開、空を荒らせ———」
「法陣展開! 盛焔に舞え———」
足元に大きな法陣が展開される。
これだ、遂に構築出来たぞ、完全なウルティマ!
風を纏った双剣を構え、あーしは血の足場を強く踏み込んだ。
「ヒスイ、風神連斬!」
「ホムラ!」
あーしと兄ちゃんのウルティマが同時に発動され、二人でグラトニュードラの胴体へと刃を入れる。
「おりゃああああああ!」
「どりゃああああああッ!」
ヒスイの風でヒートルビーの炎は勢いを増し、刃と共にグラトニュードラの全身を切り裂いて行く。
それに続くように、あーしは奴の巨躯へと連撃を繰り返し続けた。
「これで、終わりだあああッ!」
あーし達の刃はグラトニュードラを真っ二つに切断し、ボロボロになったそれは大きな音を立てて地面へと倒れ込んだ。
「はぁ……お、おわった……」
眩暈がする……何とか見える目で周囲を見渡すと、あのナメクジ野郎も倒されているようだった。
それに、500以上は居たあの軍勢……全てオニヒメさんが一人で殲滅したのか。
ベリィ、魔王軍の戦力ヤバいじゃん。
「やったな、シルビア」
しばらく倒れ込んでいると、兄ちゃんはそう言って手を差し出してきてくれた。
「うん、ありがと!」
あーしはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「さて、しんどいけど向こうに戻るか」
「そうだね、早くエドさん達に合流しないと」
ルカがこちらに来たという事は、他のグリードナイツのうち一体は倒したのだろう。
みんなは無事だろうか?
魔法を連続で使い過ぎて身体が重い。
不意にふらついて倒れそうになったあーしを、ルカが受け止めてくれた。
「大丈夫ですか? 一緒に行きましょう」
「うん、ありがとね、ルカ」
可愛い顔して、やる事は格好良いんだから。
何だか兄ちゃんがニヤニヤしているけれど、あーしら別にそういうのじゃないからな。
そういうのじゃ……ないよな?
血を吸わせるぐらい、別に良いよな。
兎に角、今は一刻も早く向こうに加勢しないと。
首を洗って待ってろよ、メフィル。