137.暴食
あの野郎、ベリィ達をどこに飛ばしやがったんだ?
おまけに何なんだよ、グリードナイツって……
あーしらの前にいるナメクジ野郎が、そのトップなのか?
背後にいる軍勢は、ざっと数えただけでも500を超えている。
それに比べて、こちらは6人と25体の魔物達。
オニヒメさんは、人で数えて良いんだよな?
うん、良いや。
「腹が減った……」
あのナメクジ野郎、喋るのかよ。
腹が減ってんなら、戦いの前に食ってこい。
イヤ、分かんないけどそんな余裕無かったのかな?
どうでも良いこと考えるな!
兎に角、これはマジでヤバめな状況だ。
「う……オェェ……」
ナメクジ野郎が、唐突に何かを吐き出した。
ボトンッと音を立てて地面に落ちた粘液まみれのそれは、何やらうぞうぞと蠢いている。
手脚……イヤ……違う。
「存分に食い尽くせ」
それはみるみるうちに大きくなり、直ぐに私達の背丈を超えてしまった。
このままではまずいと、本能的にそう感じたのだと思う。
気が付けば、私達はそれに刃を向けていた。
「ヒスイ疾風斬り!」
「ブレイジングヒート!」
「スピアリーファ!」
「サモンズ、ブーストフェンリル!」
「ストームアロー!」
攻撃は全て直撃したけれど、今のが効いたのかすら分からない。
どうして、コイツが今ここに……?
シリウス襲撃事件の日にフルーレが連れてきた、厄災級の怪物……グラトニュードラの成体だ。
「こんなデカブツ、どこに持っていやがった? テメェ何モンだ?」
兄ちゃんの問いに、ナメクジ野郎はその大きな口をゆっくりと開く。
「俺は暴食のベル、今からグラトニュードラと共に、お前らを食い尽くす」
よく分からないけれど、倒すべきなのは確かだ。
「バーン、シルビア、ブラスト、三人はグラトニュードラを頼む。ベルとかいう奴は俺とウルフに任せろ」
「そそ、多分そっちはオレが居ても足手纏いだろうし、コイツの足止めぐらいはさせてくれよ!」
「了解っス!」
「ああ、任せたぜ!」
ジャックさん、マットさん、ありがとう。
とは言え、相手はみんなで力を合わせた上に、ベリィが全力を出してやっと倒した相手だ。
あーし達に勝てるのか?
「シルビア、お前シリウス襲撃事件の時にコイツと戦ったんだろ?」
兄ちゃんの問いに、あーしは「うん」と頷く。
「じゃあ楽勝だ。あん時の奴は、魔王ローグのミメシスを食ったからな。今回のグラトニュードラは、あれよりもずっと弱い。俺ら兄妹で倒すぞ!」
確かに、それもそうだ。
手強い相手ではあるけれど、あの時の奴に比べれば大した事は無いはず。
問題は、ナメクジ野郎の連れてきた500以上の軍勢か。
ベリィの配下、魔王軍妖魔軍団が一緒だけれど、団長のオニヒメさんも含めて26名とかなりの少数だ。
あーしの不安を察したのか、オニヒメさんが目を閉じたままこちらに顔を向ける。
「あの軍勢はアタシにお任せください〜。仰山いらっしゃいますが、直ぐに片付けましょう。皆さんも、シルビアさん達に加勢してあげてください」
オニヒメさんは、自身が率いる軍の魔物達にそう指示を出した。
まさか、500以上の軍勢を一人で相手するつもりなのか?
「ご心配なく〜」
そう言って、オニヒメさんは敵軍の方へと歩を進めていった。
深淵の守護者の眷属だって聞いていたけれど、魔物にしては気配が違う気がする。
何はともあれ、頼もしい味方がいて良かった。
今は兎に角、グラトニュードラを倒す。
「行くぞ!」
「応!」
「了解!」
最大まで成長したグラトニュードラは、6本ある巨大な首をぐねぐねと動かし、その先に付いた頭は全てこちらに向いている。
巨大な怪物から認識された時の恐怖と言ったらない。
「アモンズ!」
兄ちゃんは鬼人の姿に変身すると、直ぐに聖剣魔法を発動した。
それに合わせて、あーしもヒスイへと魔力を込める。
「カーディナルプロージョン!」
「ヒスイ爆空斬り!」
それぞれ別々の首に攻撃するが、傷を付けることは出来ても完全に斬ることは出来ない。
「妖魔軍団の皆さん、攻撃を集中させましょう!」
ブラストはそう言ってボウガンを構え、すぐさま攻撃を放つ。
「ガストショット!」
放たれた矢と同時に、妖魔軍団の魔物達が一斉に魔法を撃ち始めた。
それらはグラトニュードラのうねる首に直撃し、攻撃を受けた一本が苦しんでいるように見える。
「ヒスイ、突風斬り!」
あの太い首を斬るには、ヒスイの剣身だけでは長さが足りない。
もっと速く、強い攻撃で風の刃を使って斬るんだ。
「どりゃああああああ!」
行け、斬れろ!
「ぐっ!」
全身に強い痛みが走る。
突き飛ばされた……!
あーしの身体は、地面へと落下して行く。
「大丈夫か、シルビア!」
兄ちゃんに受け止められて助かったけれど、グラトニュードラは既に次の攻撃へと移っている。
「ありがとう兄ちゃん」
「デカいだけあって強いな。同時に攻撃するぞ!」
さっさとコイツを倒して、必ずメフィルをぶっ飛ばしてやる。
巨大な敵に向け、あーしと兄ちゃんは再び剣を振り被った。