135.スリラーパレード
突如現れた、謎の女。
あれは、ザガンさんが召喚したのか?
カシマ……と聞こえたけれど、アンデッドとは違うようだ。
どちらかと言えば、ゴーストに近い気配を感じる。
「ぇ……」
女が何かを呟いた。
「はぁ? 何? 聞こえないわよ!」
キュウが苛立った様子でそう言うと、カシマという女は不自然に身体を揺らしてから再び声を出す。
「ねぇ、ワタシ、キレイ?」
シルビアさんから聞いたことがある。
黄昏時に現れる、口の裂けた怨霊の話。
そうか、仮死魔だ。
まさか、あれが……?
キュウを見ると、なぜかその場に固まったまま動かない。
恐怖している……?
否、動けないのだろうか?
「お前が仮死魔の問いに答えるまで、互いに不可侵が約束される。さぁ、どうする?」
ザガンさんの言葉に、キュウは若干苛立ちながら口を開いた。
「くっ、うっさいわよブス! さっさと死ね!」
お決まりの流れが壊れた。
「お前が死ねぇぇぇぇ!!」
凄まじい速さで、仮死魔はキュウの胸を長い刃物で突き刺した。
速過ぎる。
今のは移動と言うより、転移に近いように見えた。
「ぐはっ……! な、何が……」
「アッハハハハハハハハハ!!」
キュウの言葉を遮るように、仮死魔は何度も何度も彼女の身体を刃物で刺し続けている。
少しの間、ボク達はあまりの恐ろしい光景に手を出せないでいたが、次の瞬間にキュウは全身を燃やし、仮死魔を炎に包んだ。
「ギャアアアアアア!!」
ゴーストだから、魔法攻撃は有効なのだろう。
とは言え、今の攻撃はキュウにも効いたはずだ。
「はぁ……はぁ……何なのよ、もう……」
そんなキュウに、休ませる暇を与えず攻撃を加える。
「サイコツイスト!」
ポルカさんの念魔法で、キュウの右腕が捩れた。
「ぐっ……!」
「もう、また魅了解除しなくちゃいけないじゃん!」
ビートさんとバーナさんの事は、ポルカさんに任せよう。
キュウの相手は、ボクとザガンさんだ。
「キュウ、君は一体どうしたいんですか? ボク達を倒せば、それで満足するんですか?」
ボクの問い掛けに、キュウは苦しげな表情でこちらを睨む。
「それが、あのお方の為なら……アタシはアンタらを殺す」
「君にとって、本当の愛とは何ですか?」
直後、キュウは一瞬だけ困ったような顔になった。
やはり、彼女の中には迷いがある。
もしかしたら、彼女の本音が聞けるかもしれない。
「アンタに何が分かるのよ……誰もアタシを愛さなかったくせに、アンタはアタシを助けてくれなかったくせに!」
その瞬間に、これまでとは比にならない程の爆炎が周囲を包み込む。
そうだ、ボクには君を救えない。
君を救えるのは、君だけだ。
「ヴァニタス・ブラッドロウル、アシッドニードルプリズン」
酸を分泌する血の棘で串刺しになったキュウは、一時的に炎の威力を弱めた。
その隙に、ザガンさんがアンデッドを操り炎を鎮火して行く。
「ルカ、少し時間をくれ! 強力なアンデッドを召喚する!」
ザガンさんの言葉に、ボクは頷きながらヴァニタスを構えた。
剣身に酸の血を纏わせ、それでキュウへと斬りかかる。
「アンタなんか大嫌い! 死ね! 死んじゃえ!」
「ごめんなさい、ボクは君の事を倒さないと」
少しのあいだ攻防を続けた後、遂にザガンさんが召喚の準備を整えた。
「待たせたな、ネクロマンス・僵屍!」
満を持して現れたそれは、一体のみの小柄なアンデッドだったが、それは他のアンデッドよりも良い服を着ており、更に黄色い呪符のようなものが付いた帽子を頭に被っている。
両手を前に出しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねるその姿は、どこか可愛らしく見えるが……放たれる魔力は仮死魔以上であった。
「な、何? こっち来ないで! 来るな!」
キュウが炎で攻撃するが、僵屍は動きを止めない。
炎が効いていないわけではなく、攻撃を受けるたびに腐敗した皮膚が焼け爛れて行く。
「僵屍は、お前に喰らいつくまで動きを止めない」
ザガンさんが、まだこんな切り札を持っていたとは……この人、あれだけ大量のアンデッドを操れるだけでも凄いとは思っていたが、実はボクより強いのかも知れない。
キュウが僵屍に気を取られている。
今なら、アレが出来るだろうか?
「ヴァニタス、ボクに教えて。どうすれば良い?」
その瞬間に、ヴァニタスから魔力と共にボクの中へと何かが入ってくる。
これは……そうか、ありがとう。
まだ魔力はあるし、足りなければ血を魔力に変換すれば良い。
どれほど消費するのかは分からないけれど、きっと大丈夫なはずだ。
「法陣展開、蒼月に揺らげ———」
ボクの足元に、剣身の色と同じ朧げな蒼の法陣が展開される。
これがウルティマか。
身体がずっしりと重くなり、剣を振るのも大変そうだ。
だが、これで構築は出来た。
あとは発動するのみだ。
「アンタ、何する気よ!」
僵屍に腕を噛まれ、それを振り払うキュウがこちらを見てそう叫んでいる。
やはり、彼女の魂を解放するにはこうするしか無い。
「エタニティボイド!」
刹那、無限の虚空が周囲一面を包み込む。
その中に一つ、朧げな蒼月が浮かんでいる。
「vanitas vanitatum, et omnia vanitas」
キュウは目の前に広がる虚空を見つめ、人形のように動かない。
今の彼女は空虚だ。
何も考えていないし、何も感じない。
だから、ここで斬られても痛みを感じないのだ。
ヴァニタスに斬られた者は、その魂が消滅してしまうと言う。
そんな事、彼女にとってはあまりに残酷だろう。
せめて、来世では幸せになれるように。
「ブラッドロウル、サーベル」
ボクは静かに、キュウの首へと血の刃を当てる。
「さようなら」
無限に続く虚空の中、ヴァニタスは飛び散った鮮血をひたすらに吸い尽くした。