134.虚空の吸血鬼
「無に帰せ、虚空剣ヴァニタス」
ディアス皇子の言っていた意味が理解できた。
ヴァニタスを手にした瞬間から、果てしない虚無感に精神を支配されそうになる。
「大丈夫、その虚空はボクの血で埋めてあげるよ」
ボクはヴァニタスに自身の血を触れさせる。
すると朧げな青い剣身へと鮮血が吸い込まれ、ボクの魔力と剣の魔力が繋がるのが分かった。
なるほど、そうすれば良いんだね。
「なにボソボソ言ってんのよ! 武器が増えたからって何になるわけ———」
「ヴァニタス・ブラッドロウル、サーベル!」
ヴァニタスの剣身から伸びた鮮血の刃で、キュウの胴に攻撃を入れる。
敵の反応速度が早いために避けられてしまったが、血によって伸びた刃の切先は辛うじて掠ったようだ。
「ぐっ……!」
否、今の攻撃でキュウの胴体はざっくりと斬れた。
致命傷には至らないから直ぐに再生されてしまうだろうけれど、刃は僅かに掠っただけのはずだ。
攻撃の威力が、強化されているのか?
「痛ッ! ムカつくんだけど! アンタ絶対許さない!」
傷口が回復された。
凄まじい治癒力である。
「ヴァニタス・ブラッドロウル……」
再び剣を構えたボクは、ヴァニタスに血を与えて次の攻撃を加える。
「ハルバード!」
「このっ、ふざけんな!」
剣先から伸びた鮮血の槍と、燃え盛る爆炎が衝突した。
透かさず炎を振り払うが、その中にキュウの姿は無い。
「残念だったわね〜、あと少しなのに」
耳元で囁かれた……!
まずい、この至近距離では魅了の影響をもろに受けて———
瞬間、ボクの周囲を灼熱の炎が包み込む。
「くっ……ブラッドロウル、バリア!」
自身を血の防壁で囲うことにより何とか防いだけれど、魅了が解けていないから上手く防ぎきれない。
このままでは焼け死んでしまうだろう。
何とかして抜け出さなければ……
「火焔拳……!」
爆炎を纏ったバーナさんの拳が、キュウの懐に入り込む。
攻撃は避けられたかに思えたけれど、何かが違うように見えた。
キュウの周囲に漂う、僅かな大きさの火球が目に入る。
まさか……!
「クラスターボム!」
その直後、全ての火球が同時に爆発し、キュウへと直撃した。
「へっ、どうだ! ルカに教えてもらったやり方で編み出した技だせ!」
バーナさんがボクのブラッドロウル・プリズンを見た際に、やってみたい技があるから練習に付き合って欲しいと言われたことがある。
その時に教えたのが、この起爆型攻撃だ。
ボクの場合は血液を撒き散らし、それを後から棘状に変形させることで檻を形成するけれど、バーナさんは炎で同じ事をしたのである。
火焔拳・爆によって起こした火の粉を周囲に散らせ、それを同時に爆発させるのだ。
バーナさんのおかげで、ボクを包んでいた炎は消え去り、無事に魅了も解除することが出来た。
「アンタも馬鹿ね! アタシは火炎魔法使いなんだから、同じ火炎魔法には耐性があるって分かんないの?」
攻撃は当たったけれど、向こうも炎によってダメージを軽減させていた上に、元より火炎魔法に耐性のあるキュウは平気な顔をしている。
「うるせえ! んじゃ殴りゃいいだけだ!」
バーナさんの攻撃は、近接でも魔法を纏っているからキュウには有効だけれど、相手との距離が近ければ近い分、魅了の影響も受けやすくなる。
一度解除されてからはまだ平気そうだが、再び魅了によって戦闘不能状態にまで追い詰められる可能性はあるだろう。
そうならない為に、攻撃を分散させるのだ。
「念鞭!」
ポルカさんの念魔法、念力を鞭のようにして攻撃する技だ。
「チッ……!」
これにより一時拘束されたキュウに、ビートさんが斬りかかる。
「百足連撃!」
その剣捌きは、宛ら巨大なムカデが這っているかのようだ。
「ああもう! いい加減にしろ!」
キュウの叫び声と共に、彼女から凄まじい爆炎が舞い上がる。
今の攻撃で毒を食らったはずなのに、関係なく魔法が出せるなんて……
「アッハハハハハハ! アンタら残念ね! アタシが火炎魔法を使うと、手も足も出ないじゃない!」
「そうでもありませんよ」
ボクはヴァニタスの剣先に魔力を込め、鮮血の弾丸を形成する。
「ヴァニタス・ブラッドロウル、バレット!」
鮮血の弾丸を三発放ち、爆炎の中を潜り抜けてキュウの首に直撃させた。
「ああああああッ……!」
もがき苦しんだと同時に炎の威力が弱まり、そこへビートさんとバーナさんの攻撃が入る。
「スタッグバイト!」
「火焔拳・突!」
ビートさんが振った刃は首に、バーナさんの拳は腹部に直撃したけれど、どうやら様子がおかしい。
「はぁ……はぁ……ナメんじゃないわよ。雑魚のくせに」
魅了魔法が使われた……!
力の入らなくなった二人は、その場に倒れ込んでしまう。
とは言え、ビートさんの攻撃による毒は効いているようで、キュウはかなり苦しそうだ。
「はっ、直ぐに……アンタらも戦闘不能にしてやるわよ」
「そうはさせん」
瞬間、急の背後には何者かが立っていた。
あれは、ザガンさんのアンデッドだ。
「くっ、邪魔よ!」
キュウはそれを振り払い、アンデッドの身体はボロボロと崩れ落ちた。
ザガンさん、あの軍勢は倒したのか?
「お前の軍は貰った。これで方を付ける」
ザガンさんの声がする方に目をやると、その後ろには先ほどよりも多くのアンデッド達が群れを成していた。
「パンデミカ、俺のアンデッドが噛んだ者をアンデッド化させる魔法だ。お前の率いていた魔物達は、全てアンデッド化させて貰ったぞ」
なんて恐ろしい魔法だ……彼が敵だった際に、味方でアンデッド化した者は居なかったから、この魔法は使ってこなかったのだろうか?
「はぁ? べ、別に良いし! そんな雑魚共を奪われたところで、痛くも痒くもないわよ!」
「安心しろ、直ぐに向こうへ送ってやる」
そう言って、ザガンさんはポケットから何かを取り出す。
それは茶色……否、鼈甲色と言うのだろうか?
そんな色をした飴玉ほどの玉を取り出し、キュウに向けて投げつけた。
キュウは身構えたけれど、その玉は彼女の手前で落ちたまま何も起こさない。
「な、なんなの……?」
少しの沈黙が続き、やがてザガンさんが口を開く。
「ポマード、仮死魔」
その直後、小さな玉から膨大な魔力が溢れ出し、徐々に人の形を形成し始める。
「死霊達の行進を始めよう」
遂に姿を見せたそれが纏っていたのは、恐怖そのものであった。