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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
【完結編】黎明/月に吠える
188/220

133.色欲

 全身の血が熱くなっている。

 対峙するのは、ウサギのように長い耳の生えた淫魔だ。

 名は、確か……キュウ。


「アンタ、名前は?」


 ボクに訊いているようだ。

 名乗って何の得がある?


「あなたに名乗る名前など、持ち合わせていません。話しかけないでください」


 ボクは更に血の巡りを早め、両手に魔力を込めた。


「ブラッドロウル……」


 ボクが詠唱と同時に動き出すと、敵も同じように動き出す。

 血液で生成した二本の剣を翳し、ボクはそれを奴の首へと振り下ろした。


 直後、敵の身体が凄まじい炎に包まれ、その熱気でボクは攻撃を中断せざるを得なくなる。

 この女、先ほどから無詠唱で火炎魔法を使用しているみたいだ。

 メフィル、或いはメフィストの力によるものだろうか?


「ブラッドロウル、アシッド!」


「クフフッ」


 大量の酸を振り撒いたつもりだったが、全て奴の炎に蒸発させられてしまった。


「アンタやるわね! 長く抵抗する子ほど、堕とし甲斐があるってものよ!」


 奴の言葉に耳を傾けてはならない。

 厄介なものだ。

 五感を通してこちらの精神を蝕んでくる、魅了魔法。

 ポルカさんとビートさん、そうしてバーナさんは、まだ理性を保っているけれど、既に戦闘が困難な状態だ。

 皆も先程まで普通に戦っていたのだが、知らず知らずのうちに奴の術中に嵌っていたらしい。


「グオオオオッ!」


 キュウの背後に、鋭く尖った無数の触手が迫る。

 ザガンさんの操る、アンデッドクリーチャーのものだ。


「チッ」


 奴は舌打ちをすると、素早くそれを避けた。


「アンタもしつこいわね。さっさと倒れなさいよ!」


 ザガンさんはアンデッドを操っているから、キュウの催眠魔法を直接受けていないのだ。

 彼のおかげで、どうにか敵の軍勢は抑えられている。


「ねぇ、そろそろ限界なんでしょ? 少し気を抜けばもう———」


「ッ!?」


 まずい、耳元で囁かれた。

 気配に気付けなかったのだ。

 身体の力が抜け、妙な浮遊感に襲われる。


 気を抜くな、少しでも気を抜いたら……!


「ルカ、大丈夫か!?」


 ザガンさんの声が聞こえる。

 大丈夫、戦いに集中すればいい。


「へぇ〜……アンタ、ルカっていうのね」


 腹立たしいことに、名前を知られてしまった。

 知られたところで損がある訳では無いが、知られなければ会話の頻度が減るかと思っていただけである。

 実際、向こうがボクの名を知っていようがいまいが、何かと話題を見つけて話しかけて来るのだが……。


「くっ……はぁ……」


「かわいい……さっきまであんなに強かったのに、弱っちゃうとそんな情けない声が出るのね」


 駄目だ、耳を傾けるな……。


「だま……れッ!」


 すぐさま生成した血の剣で、キュウの声がする方向を振り払った。

 手応えは無い。

 大丈夫だ、離れる事が出来ればいい。


 魅了魔法は、操血魔法で解除出来る。

 もっと早く血を巡らせて、魅了解除の法陣を脳に行き届かせるのだ。


「アンタ、もしかしてアタシの魅了を解いてる? どうりで何回も魅了しているのに、全く効かないわけだわ」


「だから、何か出来るんですか? ボクにもっと強い魅了魔法でもかけてみます?」


 奴の意識をこちらに向かせたい。

 ボクなら短時間で魅了の解除が出来る。

 あとは、隙を見て……


 突如として、目の前が炎に包まれる。

 この女、無詠唱な上に動きも速い為か、少しでも遅れると攻撃をもろに受けてしまいそうだ。


 咄嗟に攻撃を避け、今度は無数の血液を撒き散らす。


「ブラッドロウル、ニードルプリズン!」


 ボクは血の棘で檻を形成し、その内側にキュウを閉じ込めた。


「ボクはルカ・ツェペシュ・ヴァレンタイン。吸血鬼の末裔です。血を自在に操る事が出来るので、君の魅了魔法も血を使って解除しています」


 正直なところ、ボク自身もここまで繊細に血を扱えた事に驚いている。

 操血魔法を使い続けているうちに、かなりコツを掴めてきた。


「律儀に名乗ってくれたわね。アタシは色欲のキュウ。あのお方に仕えるグリードナイツよ」


 あのお方とは、メフィルの事だろう。

 彼女の他にも男が一人、魔物が一体居たけれど、なぜメフィルに従っているのだろうか?


「キュウ、君はどうしてメフィルに仕えているんですか? もしかして、何か弱みでも握られて……?」


「あのお方の事を悪くいうなッ! あのお方は、アタシを愛してくれた唯一の人なの……! アタシに、本物の愛を教えてくれたのよッ!」


 そんなわけがあるか。

 彼女は間違いなく利用されている。

 欲望に飢えた魂に、創星魔法で力を与えた姿……メフィストは、グリードナイツの事をそう話していた。

 つまり、キュウは色欲に飢えている。


「メフィルに愛されているのに、未だあなたは飢えているんですね。なぜですか?」


 ボクの言葉に、キュウは目を血走らせて声を荒げる。


「黙れ! アンタごときに何がわかんのよ!」


 その瞬間、棘の檻は激しい炎に包まれ溶けていく。

 凄まじい火力だ。

 近付いただけで、皮膚が焼けそうなほど熱い。


「アタシはこれで良いのよ……! あのお方の為になるなら、これで良いの!」


 可哀想だ。

 出来る事なら、その魂だけでも助けてあげたい。


「……そうですか。仕方ありませんね」


 ボクは一度全ての操血魔法を解除し、右手に魔力を集中させた。


『ごめん、お待たせ!』


 不意に、ポルカさんからの念話が届く。

 最高のタイミングだ。


「サイコプロージョン!」

「火焔拳・弾!」


 ポルカさんとバーナさんの攻撃が、左右からキュウに炸裂した。


「スタッグバイト!」


 続けてビートさんが攻撃したけれど、これは避けられて腕に掠るだけとなってしまった。

 しかし、あの攻撃によって毒が傷口に入ったはずだ。


「くっ……! アンタたち、どうして!?」


 キュウは驚きを隠せないようで、その表情からは焦燥が見て取れる。


 皆が魅了で動けなくなった直後、ポルカさんから念話が届いたのだ。

 念魔法で魅了を解除出来るかも知れないから、それまでどうにか時間を稼いで欲しいとの事だった。


「時間はかかったけど、上手く行ったよ! ありがとね、ルカくんとザガンさん!」


「ふざけんじゃないわよ! もう許さない、アンタたち皆殺しにしてやる!」


 そんな事はさせない。

 こちらも準備は整った。


「来い」


 ボクは一言そう呟き、魔力を込めた右手で何もない空間を掴む。

 重く澱んだ空気が全身を包み、それはまるでボク自身の魂を吸い込んでしまうかのようであった。


 そうして、ボクは一本の剣をこの手に握る。


 漸くボクの元に来たか。

 瞬間、脳内に言の葉が流れ込んでくる。


「無に帰せ、虚空剣ヴァニタス」


 虚ろな光が、その剣身から怪しげに解き放たれた。

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