129.夢幻
「はっ……!」
目が覚めた!
身体を起き上がらせる為、急いで全身に力を込める。
肉体は通常通りで、思っていたほど重くはなかった。
辺りを見渡すと、ジェラルドがあの羊男と戦っていた。
ヴェロニカさんとカンパニュラ騎士団員は、ぐっすりと眠ってしまっている。
僕も、今まであんな状態だったのか。
「オオオオオオオオッ!」
「グオオオオオオォッ!」
凄まじい雄叫びと同時に、金属同士のぶつかり合う音が鳴り響く。
一体はゴルゴンさん、もう一体の馬鹿みたいに大きな身体の魔物は……そうか、ベリィさんの、魔王軍獣魔軍団長のタイタスさんだ!
「獣魔軍団、全勢力を持ってカンパニュラ騎士団を守れ!」
「オーーーーーーッ!」
獣魔軍団の魔物達は、タイタスさんを始めとした精鋭揃いなだけあって、数は聖騎士団やカンパニュラ騎士団に比べて少ないが、それでも敵陣を次々と倒して行く。
やはり、ベリィさんの人選と人望は素晴らしい。
ヴェロニカさんは大丈夫だろうか?
僕が自分で気付くまで目を覚まさなかったという事は、恐らくこちら側から起こそうとしても目を覚まさないはずだ。
彼女には、自力で目を覚ましてもらうしか無い。
僕はジェラルドに加勢して、夢の出来事が現実にならないようにするのだ。
「穿て、地砕剣スモークエイク!」
再び言の葉を詠唱した僕は、スモークエイクを構えて羊男に斬りかかる。
「砂塵切断!」
羊男と目が合う。
奴はスモークエイクの刃が届く寸前で、煙のように姿を消してしまった。
「ルーク、起きたか!」
「眠って悪かった! アンタは平気なのか!?」
僕は周囲の気配に集中しつつ、ジェラルドにそう問い掛ける。
「俺は問題ない。ゴルゴン殿やタイタス殿も、魔物は影響を受けないようだ。しかし、戦況は厳しいぞ……」
じゃあアンタは魔物か何かですか?
と突っ込もうかと思ったが、そんな余裕は無い。
「お前、もう目を覚ましたのか」
虚空から声が響く。
変に反響して、声の主である羊男の居場所は分からない。
「ピットアウェアネス」
ジェラルドが熱感知を発動する。
その直後、唐突に僕の背後へと気配が現れた。
「ルーク、後ろだ!」
「わかってる!」
咄嗟にスモークエイクを軌道魔法に乗せ、相手の攻撃を防ぐ。
少し遅れていたら、思いっきり食らっていた。
羊男の放つ魔法は、恐らく幻に特化した影魔法だろう。
厄介な力だ。
「今の、よく防げたな。やったと思ったのに……魔力が矢印みたいだ」
コイツ、僕の軌道魔法を視認している?
本来であれば、軌道魔法の発動時に出現する矢印は、僕以外が視認することはできない。
中にはベリィさんのように、魔力の形状までぼんやりと把握できる者はいるだろうけれど、恐らくコイツは創星の力を持つメフィルによって何かをされたのだろう。
「軌道魔法、物体の軌道を正確に移動させる僕の固有魔法だ。お前、一体何者だ?」
僕の問いに、羊男は表情一つ変えずに口を開く。
「僕はグリードナイツ、夢幻のシーパー。影魔法と催眠魔法の使い手だ」
影魔法と催眠魔法……どちらも特に珍しい魔法では無いが、催眠魔法では眠らせた上で決まった夢まで見せる事は不可能なはずだ。
やはり、コイツはメフィルの手で異質なものに強化されているのだろう。
「貴様が何者であろうと、我々はメフィル・ロロを倒さねばならん! 先ずは貴様を倒す!」
メフィルじゃなくてメフィストな……という突っ込みは、そんな場合ではないからやめておく。
兎に角、シーパーを倒さないとメフィストには構っていられない。
ベリィさんがここに居ない今、一刻も早くサーナさん達に加勢する必要がありそうだ。