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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
【完結編】黎明/月に吠える
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128.地砕の剣士

 目の前に現れた、羊のようなツノを持つ男。

 顔は人間だが、よく見るとその瞳も羊と似ている。

 僕は羊男に向けて、地砕剣スモークエイクを構えた。


「眠い……さっさと終わらせなきゃ」


 奴はそう呟くと、背後の軍勢に僕達を始末するよう指示を出した。

 その声からは、何やら魔力のようなものが感じられる。

 あれで軍の魔物達を支配しているのか?

 何か、一瞬だけ浮遊感のようなものを覚えた。

 脳の錯覚か?

 姉さんの匂いが消えた。

 遠くへ行ってしまったようだから、当然と言えば当然である。


「聖剣使いが二人か、余裕」


 気配で分かる。

 この男、かなり強い。


「貴様の敵は、聖剣使いだけでは無いッ!」


 ジェラルドが一瞬で距離を詰め、細くうねる刀身を男の首へと迫らせた。


「ボアコンストリクター!」


 刀身が男の首へと巻き付くように動くが、それはあと少しのところで動きを止めてしまう。

 反重力……では無さそうだ。


「ぐっ、何だ……これはッ!」


 すかさず僕も加勢し、スモークエイクに魔力を巡らせる。


「ロッククラッシュ!」


 違和感がある。

 目の前の敵は、そこに居るようで居ないような……そんな感覚だ。


 そうか、幻術だ!

 最初に感じた一瞬の浮遊感は、幻術をかけられた時のものだったのだろう。


「団長! そいつは幻だ!」


 僕が攻撃を止めてそう叫ぶと、ジェラルドは驚いたようにその場から離れる。

 すると、先程まで目の前に居た敵の姿は煙のように消えてしまった。

 直後、僕の正面に黒い球体が迫る。

 影魔法か……!


「クソッ」


 球体をスモークエイクで弾き、それを敵陣の中へと投下した。

 この戦い、敵はあの羊男だけでは無い。

 奴の率いる軍勢を片付けなければ、こちらが厳しくなる一方だ。


「カンパニュラ騎士団、総員ジェラルドさん達の援護を!」


「オデたちも、みんなを、守るぞ!」


 カンパニュラ騎士団とオーク兵団が、羊男の率いる軍勢へと一斉に攻める。


「加勢に感謝する!」


 ジェラルドは刀身を真っ直ぐに伸ばし、その剣先へと魔力を込めた。


「ピットアウェアネス!」


 ジェラルドの魔絞剣コンストリクターには、一部の蛇が持つピット器官と似たような穴が剣先に空いている。

 奴はその穴を介し、空間の熱を感知することが出来るらしい。


「見つけたぞ、コブラスティング!」


 コンストリクターの刃が伸びた先には何も見えないが、どうやらジェラルドの感知魔法は正しかったようだ。


「ぐっ……」


 直後、虚空から姿を現した羊男が、首元を押さえながら地面に膝をついた。


「熱で感知したのか、幻が効かない……これは何だ、毒……?」


 毒に怯んでいる今なら隙がある。

 僕は予め魔力を巡らせていたスモークエイクを構え、聖剣魔法を発動した。


「グランドブレイク!」


 僕の攻撃に合わせ、カンパニュラ騎士団長のヴェロニカさんもレイブロッサムの聖剣魔法を発動する。


「リリーコンチェルト!」


 攻撃は命中した。

 やったか……?


「なるほど、強いね」


 砂塵の中、羊男は現れない。

 まさか、今の奴も幻術だったのか!?


「はい、一人目」


 声の聞こえた方向は、ヴェロニカさんが居た場所だ。


 まずい……!


「ヴェロニカさんッ!」


 そう叫んで僕が視線を移した時、ヴェロニカさんは虚な目で棒立ちになっていた。

 幻術で洗脳したのか……?


「ほら、戦って。君の敵はアイツらだよ」


 羊男がヴェロニカさんの耳元でそう囁くと、彼女はレイブロッサムを構えて僕の元に突撃してきた。


「ちょっと、ヴェロニカさんッ!」


 まずい、よりにもよってヴェロニカさんが洗脳された……!

 ジェラルドならまだしも、ヴェロニカさんの事は傷付けられない。

 攻撃を防いで、隙を見て気絶させるしか無いのか……?

 そもそも、ヴェロニカさんを相手にして僕がそこまで出来るのか?


 迫る剣先を受け止めようとした瞬間、僕の目の前に巨躯が現れる。


「ヴェロニカさん、お、おちつけ!」


 オーク兵団長、ゴルゴンさんか。

 彼の力を借りれば、何とか出来そうだが……


「ゴルゴンさん、ヴェロニカさんは洗脳されています。一先ず落ち着かせるために、動きを封じたい!」


「わ、わかった。オデが、盾になる」


 頼もしい助っ人だ。

 魔物と共闘するなんて変な感じだけれど、本来はきっとこうあるべきなのだ。

 姉さんも、きっとそんな世界を願っている。


「オオオオオオオオッ!」


 ゴルゴンさんがヴェロニカさんの攻撃を弾き、透かさず僕が彼女の剣を払い落とそうとスモークエイクを振りかぶる。


「フラワーラプソディ」


 瞬間、レイブロッサムの聖剣魔法がゴルゴンさんの盾に直撃し、その威力で僕の身体ごとスモークエイクも吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 ゴルゴンさんの盾は破壊され、それを握っていた左手が血だらけになっている。


「ゴルゴンさん、逃げろ!」


 次の魔法が来る……!

 ヴェロニカさんに味方を殺させたらだめだ!


「ローズ……セレナーデ」


「やめろぉぉぉぉっ!」


 舞い散った薔薇の花びらが、鮮血に染まって行く。

 どうする、どうしたらいい?

 ゴルゴンさんが、ゴルゴンさんの心臓が貫かれた……!

 助けないと……

 ヴェロニカさん、頼む……今は目を覚さないでくれ……!


「くっ……ブラックスモーク!」


 黒煙で視界を遮り、僕は一気にヴェロニカさんへと接近する。


「っぐあああああ!」


 スモークエイクの剣身でヴェロニカさんの身体を殴り、ゴルゴンさんから引き離した。

 申し訳ないけれど、今は我慢をして欲しい。


「ゴルゴンさん、ゴルゴンさんッ!」


「オデは……もう、助からないな……」


 まずいまずいまずい、助けなければ……治癒を、治癒魔法、僕は使えないじゃないか!


「残念だったね、僕の勝ち」


 声のした方に目を向けると、そこには何かを手に下げた羊男の姿……

 信じられない、やめろ、そんなはずがない。


「おい、嘘だろ……団長……」


 ジェラルドの首が……羊男の手に握られている。

 ふざけるな、何勝手に死んでいるんだよ。


「こっちも用済み」


 羊男は、その手に持った魔絞剣コンストリクターでヴェロニカさんの心臓を突き刺した。


「あああああああッ……!」


 最後に洗脳を解いて、痛みを……コイツ……!


「最後、お前だけだよ。どうする?」


 許せない、こんな事は許されない……!


「おやおや、もう終わりましたか」


 後ろから声がした。

 メフィルの声である。


 おかしい、そんな筈はない。


「ああ、そういえばあなたは、リタ・シープハードの弟でしたねぇ」


 メフィルそう言って、僕に何かを投げつけてきた。

 背中にぶつかったそれはぐちゃりと音がして、僕の足元へと転がる。


「…………」


 信じられるものか。


「いやぁ、強かったですよ。敬意を評したいぐらいです。それに比べてあなたは、大した力もない。血縁がないとは言え、出来損ないの弟ですねぇ」


 知ったことか。

 こんな事が現実なわけが無い。

 夢だ、これは悪い夢だろ……!


「夢だ……」


「ッハハハハハ! 夢だと信じたい気持ちはよく分かりますよ! お辛いでしょう、ですが……直ぐにあなたもお姉ちゃんと同じ場所に送ってさしあげますから」


「いや、これ夢だろ」


 おかしいと思ったのだ。

 確かに、攻撃の感触は現実と相違なかった。

 それにしたって、ジェラルドがあの短時間で殺されるはずがないし、毒を食らった羊男がジェラルドを殺せるとは思えない。

 ヴェロニカさんだって、そんな簡単に洗脳されるような人では無いだろう。


 一番あり得ないのは、姉さんの匂いだ。

 どれだけ遠くに離れていても、姉さんはシリウスの結界内に居る。

 その匂いが消えたとなれば、ここは現実ではない。


「姉さんが死ぬ? 馬鹿なことを言うな! 貴様如きに、姉さんが殺されるわけが無いだろう!」


 姉さんは最強だ。

 残り滓のメフィル・ロロが、姉さんに勝てるはずがないのだ。


「おい羊男、お前は僕を怒らせた。僕を夢から覚ませ」


 僕はスモークエイクに全魔力を注ぎ、姿勢を低くして構えた。


「嫌だね、何をしようと夢から覚める事は不可能だ。現実の世界では、今頃お前も眠っている。このまま夢に閉じ込められて死ぬといいよ」


 戯言を、そんなわけがあるか。

 確かにこれは奴の作り出した夢かもしれないが、同時に僕の見ている夢でもある。


「一度見てみたかったんだよ、明晰夢ってやつ。夢って、案外突拍子もないこと起きるよな」


 これが夢であれば、それを見ている僕も思い通りに夢を操作できるかも知れない。

 夢の内容を変えなくても、現実で出来ない事が出来るぐらいの事は……


「お前、何をするつもり?」


 この感覚は初めてだ。

 全身が熱くなり、地砕剣スモークエイクと僕自身の肉体を魔力が激しく脈動している。


 僕はこれまでに、一度もウルティマを使えた事がない。

 法陣だって知らなかった。

 きっと、まだそのレベルに達していないのだろう。


 だけどこれは夢だ。

 一か八か、ウルティマを発動してみせる。


「法陣展開、大地を砕け———」


 分かる、法陣が見えた!

 全身を廻る魔力がより激しくなり、大地には法陣が形成される。


 これが、僕の本気だ。


「ワールド・エンド・クェイク!」


 砕かれた大地の下に虚空が現れ、僕はその中へと吸い込まれて行く。

 良かった。

 これで僕も、少しは姉さんに近付けただろうか?

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