ヘヴンズバグ④
あれから、暫くは平穏が続いていた。
ルシファーの子供達は健やかに成長し、一人は魔族達の国を作り、一人は鍛治職人になったらしい。
私は各地を飛び回り、常に魔物達の様子を観察していた。
魔物とコミュニケーションを取る中で、仲良くなった子もいる。
特に仲が良かったのは、ある時メトゥス大迷宮の中で出会った蜘蛛の魔物だった。
彼女はレッサースパイダーという小さな蜘蛛だったが、どうやら他の個体とは違うようで、本来は茶色であるはずの体色は黒曜石のように黒く、全身が鎧のように硬い。
更に念話魔法と高い知能を持っており、私と同様に言葉を話すことが出来た。
小さな身体で懸命に生きている彼女の事が、私は好きだった。
だから私は、彼女に名を与えようと思ったのだ。
「名前ですか?」
「そう、君に名を付けたい」
私の提案に、彼女はとても喜んでくれた。
その嬉しそうな姿は、ずっと覚えている。
「その……どんな名前なのですか?」
ルシファーが私に名を与えてくれた時、温かくて幸せな気持ちになった。
だから彼女にも、私が名を与えることで幸せになって欲しい。
「アビス、名を授けよう」
いずれこの迷宮を統べる地竜クラガリが老いた時、次なる深淵の守護者には彼女が相応しいと思った。
その願いを込めて、私は彼女に深淵の名を与えたのだ。
「アビス……私はアビスと言うのですね! 素敵な名を頂けて、今とても幸せです! ありがとうございます、ファウナ様!」
そう言ってはしゃぐアビスの姿は、本当に可愛らしかった。
「これから先、きっと困難に直面する事があるはず。けれど、あなたは私が名を与えた。私の祝福を受けた者だ。だから、きっと乗り越えられる。立派になって、いつか共にこの星の守護者として世界を見守ろう」
思えば、これは殆どが私自身の願望だったのかも知れない。
私は孤独が嫌いだから、友達が欲しかったのだ。
しかし、彼女であればきっと立派に成長して、私と対等な存在になってくれるだろうと信じる事が出来た。
それまでは、私が見守っているから。
待っているよ、親愛なるアビス。