126.交わる星彩
「フィアード!」
中途半端な攻撃では駄目だ。
分かってはいるけれど、手数は向こうのほうが多い。
こちらが攻撃の準備をしている間に、次の攻撃が来てしまう。
少しでも隙を作り出す為、メフィルを覆い尽くすように骸の塔を形成したけれど、それも一瞬で崩壊してしまった。
「スタアメイカ・メテオ!」
流星のように降り注いだホロクラウスの刃が、蛇霊の胴体を切断する。
土の上でのたうち回るそれは、最後の抵抗だと言わんばかりにリタへと目掛けて毒を吐き散らした。
「当たんねーよ、馬鹿が」
リタは反重力結界を張っており、毒は全てそれに押し出される。
怪物は一体倒したけれど、それでも再び生み出されてしまうだろう。
早く、何とかして本体を倒さなければ……
「私の傀儡を一つ倒したぐらいで、何も変わりはしません———」
メフィルの背後から、首元に向けて大剣が迫る。
「カギロイ!」
剣は首まで到達したが、寸前で魔法は解除されてしまったようだ。
攻撃はメフィルに受け止められ、その受け止めた右手からは黒い魔力が放出されている。
「シャロ、逃げて!」
「第一禁断魔法、カース・オブ・ダークネス」
創星魔法を使わなかった……?
禁断魔法に耐性を持つシャロを相手に、わざわざ禁断魔法を使ったのは、一体どういった理由だ?
「ぐっ……!」
シャロは咄嗟にアイネクレストを構え、メフィルの攻撃を防ぐ。
やはり禁断魔法は効いていない。
まさか、メフィルは連続して新秩序が出せないのか?
そうであれば、こちらの手数を増やすことで奴の隙を作り出せるかも知れない。
とは言え、この場には私達三人しか居ない。
早くサーナ達のところに戻りたいけれど、私がここを離れてしまえばメフィルに攻撃が届かなくなる。
悩んでいる余裕は無い。
兎に角、渾身の一撃をメフィルにぶつけるんだ。
「ネビュラメイカ」
メフィルがシャロに気を取られている間に、リタが蠱魔を倒していた。
あれほど皆が苦労して倒した怪物を、たった一人で二体も……やっぱり、リタは強い。
「調子に乗るなよ、リタ・シープハード」
メフィルの纏う悪意の魔力が増幅して行くのが分かる。
「第九禁断魔法、無限終焉」
この魔法はまずい……!
時間掌握を使えば、メフィルとの距離を一瞬で詰めて魔法を防ぐ事ができるけれど、今の奴は創星魔法によって聖剣魔法以外の法陣をコピーする事が出来るはずだ。
時間掌握を敵に使われるのは、最も厄介な事になるだろう。
アルタープリベントによって固定した法陣であればコピーされる事は無いけれど、領域系や時間掌握などの魔力消費量が多い魔法は、法陣を固定する事が出来なかった。
だったら、こちらも領域を塗り替えるだけだ。
お願い、上手くいって……!
「エリアミスト!」
この決戦に向けての特訓中、私の霧魔法は霞魔法へと進化していた。
エリアミスト、オーディー・ムーンチャイルドと同じ技を使うのは初めてだけれど、少しでも時間稼ぎになれば良い。
万が一コピーされたとしても、この魔法によって生み出された空間の魔物達は、その強さが発動者の魔力に依存しない。
下手に強力な領域系の魔法を使うよりは、まだリスクを回避できるだろう。
「ナイス、ベリィちゃん!」
リタはそう言って、私にウインクをしてみせた。
禁断魔法によって黒く染まりかけていた空は元に戻り、メフィルは深い霧に包まれ見えなくなる。
領域に作用する魔法は、領域系の魔法で消す事が可能だ。
「黎明一突!」
メフィルの手が届かない隙に、残ったブラッディドールをシャロが倒した。
「小細工を……」
立ち込めていた霧が晴れ、それを手で払うようにしてメフィルが姿を見せる。
「厄介な魔法ですねぇ、法陣を改竄すれば関係ありませんが」
領域系魔法でも、攻撃を相殺する役割ぐらいしか果たさない。
やはり、強力な魔法でメフィルに新秩序を使わせて、シャロに攻撃の隙を与えるしかないのか。
ふと、メフィルの背後で何かが動いた。
あれは……影?
「ハイドロスラストッ!」
影の中から飛び出すと同時に、アクアマリンの聖剣魔法がメフィルに炸裂する。
「グハッ……!」
「もう逃さない、お前はここで必ず殺してやる」
ディーネがメフィルに向けて放ったその言葉は、呪いそのものだった。
静かだが、強い恨みを宿している。
「皆さん、お待たせ致しました」
唐突にセシルの声がしたかと思えば、大勢の足音もこちらに向かって来ている。
音の方向を見ると、ケイシーとセシルがアストラ聖騎士団を引き連れてやって来ていた。
「天才美少女公爵令嬢と、アストラ聖騎士団の到着です」
ジェラルドの姿は見えない為、恐らく彼は向こうに残っているのだろう。
「セシル……! でも大丈夫なの? 向こうの魔力阻害は……」
私の問いに、セシルはニッコリと笑ってみせた。
「問題ありません、わたくしとケイシーはディーネさんの作った海霊です。それにしても、この魔法は知恵の眼すらもコピーしてしまうのですね。感心してしまうような、恐ろしいような……」
なるほど……立ち振る舞いが本人と相違ないからわからなかったが、海霊であればセシルがここに居るのも納得出来る。
知恵の眼がコピー出来たということは、恐らくリバース・パノプティコンも使えるのだろう。
「助かるよ、ありがとう!」
「いえ、この場はお任せください。パペティア」
セシルの召喚した人形と、アストラ聖騎士団の団員達が、一斉にメフィルの元まで向かって行く。
心強い助っ人だ。
これなら、メフィルが捌き切れない程の魔法攻撃を与える事が出来るかも知れない。
「セシル様ッ、シャロちゃんならメフィルを完全に倒せます! ディーネさんも、シャロちゃんの攻撃を確実に当てられるよう協力してください!」
「承知致しました」
「わかった」
リタの呼びかけに、二人はそう言って頷く。
私も行かなければ……早く、メフィルを倒してサーナ達の方へ……!
「ベリィちゃん!」
不意にシャロから呼ばれ、彼女の方に目をやる。
シャロは左手にアイネクレスト、右手にグローライザーを持ち、メフィルからの攻撃を弾き返して再び口を開いた。
「ここはアタシ達に任せて! ベリィちゃんは、メフィストをお願い!」
シャロ……そうだ、彼女であれば安心してこの場を任せる事が出来るではないか。
「……ありがとう、シャロ!」
私は一度2つの剣を鞘に収め、右肩のルーナに声をかける。
「ルーナ、メフィストが居る場所に戻ろう。大型竜になれる?」
「キュイッ!」
ルーナは元気よく鳴き声を上げると、全身に光を纏って忽ち大きくなっていった。
「ヒューイッ!」
私は大きくなったルーナに乗り、もう一度メフィルに視線を向けた。
すると奴もこちらに気付き、目が合った瞬間に気味の悪い笑みを浮かべる。
「おや、こちらを離れても良いのですか? あなたが離れたせいでこの場にいる者達が全滅したら、あなたの責任ですよ?」
「そんなの、心配する必要ないよ。私はみんなを信じているから」
大丈夫、シャロは必ずメフィルを倒してくれる。
だって彼女は、私が知る中で一番強いから。
「言ったはずだぞ、メフィル。星は常にお前を捉えていると。例え何処に居ても、私達は夜空に浮かぶ星達のように、ずっとお前を睨んでいるんだよ。シリウスという宇宙の中でその星彩は交差し、必ずお前の輪廻を終わらせる」
リタはそう話すと、メフィルの魔法をホロクラウスで切り裂き、こちらに笑顔を向けてくれた。
それに対して、私も笑顔で頷く。
「行こう、ルーナ!」
「ヒュイーーーッ!」
力強い羽ばたきで大地に砂埃が舞い、ルーナはそれを再び地面へと叩きつけるように舞い上がった。
待ってろ、創星神メフィスト。
お前は私が必ず倒してみせる。