124.イレギュラー
何かを仕掛けてくることぐらい、私達も想定していた。
それがこれ程までに不快なものだとは、考えも及ばなかったけれど……
「アンタは……!」
震える声でそう発したのは、サーナである。
今、私達の目の前に現れたその存在は、サーナと瓜二つの女性……
彼女が、女神ルシファーだとでも言うのか?
「ッハハハハハ! 私を追い詰めたつもりでしたか? 残念ながら、こちらもあなた方を殲滅するつもりで来ているのですよ。確実な方法で……!」
メフィルの声に反応したのか、ルシファーの姿をしたソレはぴくりと動き、ゆっくりと目線を上げてニヤリと笑った。
容姿こそサーナに瓜二つだが、不気味な笑い方はまるでメフィルのようだ。
「メフィル、お前何をした……?」
私の言葉にメフィルもニヤリと笑い、ルシファーの姿をしたソレの肩に手を置いた。
「彼女は、サーナ様を元に作り出した星の女神のネオミメシスです。とは言え、精神は空のまま。元よりそのつもりでしたが……なぜかって?」
そう話すメフィルに続くかのように、今度はルシファーの姿をしたソレが口を開く。
「私自身が、この肉体を器として使う為です。既に創星のエーテルを手に入れた私であれば、私自身が星の女神と成る事が出来る……! サーナ・キャンベル、もはやあなたは必要無い。私こそが星の女神……」
ソレは話を止め、少し考えるような素振りを見せてから、再び話し始めた。
「折角ですから、名を改めましょう。創星神メフィスト、それが私の名です」
そんな事が許されて堪るか……!
しかし、そうであれば何故メフィルは直ぐに世界改変魔法を使わなかった?
創星の力が使えるのであれば、あの時のように世界改変魔法を発動させてしまえば、手っ取り早く望みを叶えられたはずだ。
それをしなかったのは……今のメフィルは、まだ完全に回復していない……?
「ハハーン、さてはお前まだ完全復活はしてねーな?」
どうやらリタも同じ考えだったらしく、煽るようにメフィストへとそう言った。
それでもメフィストには余裕があるようで、リタの言葉を鼻で笑い飛ばす。
「フッ、調子に乗っていられるのも今のうちですよ。先ずは手始めに、軍を一つ潰してみましょうか」
そう言って、メフィストは前に出した右手へと魔力を集中させる。
「そんな事はさせないっ!」
私は即座に地面を蹴り、メフィストへと一直線に向けて剣を振り翳した……が、私の前にはメフィルが立ちはだかる。
「第一禁断魔法、カース・オブ・ダークネス」
この状態で聖剣魔法を使っても、メフィルの禁断魔法に相殺されてしまう。
仕方ない、先ずはメフィルを……!
「スタアメイカ・エクスプロージョン!」
突如として目の前で起きた爆発が、メフィルの禁断魔法を阻止する。
「テメェの相手は私がしてやんよ、残り滓!」
「リタ・シープハード、貴様はこの手で殺してやるッ!」
残り滓って……
言い方はともかく、リタの支援は心強い。
それに、この場所には聖剣使いと精鋭達が集まっている。
私達は、絶対に負けない。
「シェードダイヴ!」
この影魔法は、ディーネが陰に潜る時のものと同じである。
一時的に奴の視界から消える事で、攻撃の予測を少しでも遅らせれば……!
「インフェルノハデシス!」
陰から飛び上がったところで、一気に聖剣魔法を放つ。
攻撃の位置は気付かれなかった。
行ける!
剣身がメフィストに到達する頃、突如として魔法は解除されてしまった。
そんな……!
創星魔法とは言えども、アルターライズは予め聖剣に刻まれている法陣は改竄出来ないはずだ。
「無駄ですよ。確かに、まだ私は以前のような新秩序を構築できませんが、それを一時的に発動して魔法を無効化させる事ぐらいなら出来ますからね。あなた方の攻撃は、私に当たらない」
星の女神による世界改変魔法、新秩序。
万物に宿る魔力へと無条件で干渉し、その性質を自在に変化させてしまう魔法らしいけれど、そんなものを大規模な範囲で発動させてしまったら、間違いなく世界の形が変わってしまう。
それは、私達生物も例外では無い。
直接触れられて魔力に干渉された場合、何が起こるか分からないのだから、魔法の発動媒体となる右手だけには触れないようにする必要がある。
「キュイキュイッ」
気を付けて、と言ってくれているらしい。
ルーナの大型竜への変身は、体力の消耗が激しいから直ぐには使えない。
先ずは、メフィストを倒す術を考えるのだ。
「ベリィ!」
ふと、私の横に剣を構えてサーナが立ち並び、そう声を掛けてくる。
「サーナ、女神様から見て何か攻略法は無い?」
「ある。新秩序は万能に見えるけれど、改変の許容範囲を上回る魔力量で押し切れば勝てるよ。あの時、四霊聖剣のアルス・マグナが新冥界秩序を消滅させたのは、許容範囲を遥かに超える魔法に飲み込まれたからだと思う」
そうなれば、話は早い。
私は側のナイトリオンからもう一本の剣を抜き、それを左手で構える。
魔剣グリムセイバー、二刀流の戦法は身体に叩き込んだ。
「つまり、手数を増やせば良いってことだよね」
「そーゆーこと」
皆で一斉に強力な攻撃を当てれば、奴の創星魔法を壊す事が出来るだろう。
「まあ、アタシの新秩序で相殺するのが一番良いんだけどね。消耗が激しいから、そんなに長くは出来ないかも……」
「分かった、ありがとうサーナ。私も全力をぶつけてみる」
メフィルによる儀式の影響で、サーナの力は半分以上奪われている。
その状態で新秩序を何度も発動し続ければ、体への負担が大きくなるのは当然の事だ。
サーナには、あまり無理をさせたくは無い。
「ベリィ、俺も協力する。魔法で攻撃しまくればいいんだな?」
「ワタシも行こう、皆で合わせるぞ」
エドガーとディアス皇子が、私達の横に立って剣を構える。
奴がどこまでの魔法を防ぎ切れるかは分からないけれど、やってみるしかない。
「みんな、行こう」
私の合図で、四人同時に魔法を発動する。
「ネビュラメイカ!」
「シャイニーレイ!」
「飛翔一閃!」
「フィアードアビシアス! グリムレイヴンス!」
「無駄ですよ」
メフィストの右手から、異様な魔力が溢れているのが分かる。
私達の刃は、あと一歩のところで受け止められてしまった。
しかし、魔法は解除されていない。
このまま押し切れるか……?
「ニューオーダー……ッ!」
サーナの詠唱……!
直後、メフィストの魔法が解かれたと同時に、私達の魔法も消滅してしまった。
あと少しだったけれど、間に合わなかったか。
「ごめん、上手く調節できなくて、みんなの魔法も解除しちゃったかも……」
「平気、ありがとうサーナ!」
今の魔法解除は、サーナの新秩序による影響だったのか。
調節さえ出来れば、私達の攻撃をメフィストに当てることは叶いそうだけれど、やはり負担が大きいようだ。
「流石は星の女神ですね。しかし、あなたは未だ創星魔法を使いこなせない。大した脅威ではありま———」
メフィストは話の途中で唐突に苦しみ出したかと思えば、その右手が僅かに黒く変色しているようだった。
これは、誰の攻撃だ……!?
「腐蝕、呪怨魔法を浴びるのはお初でしょうか? これでも本気を出したのですが、指一本が限界とは……」
オニヒメの呪怨魔法!
今の腐蝕攻撃でメフィストの右手小指が黒くなり、ボロボロと崩壊した。
媒体に欠損が出れば、魔法の威力も弱くなる。
オニヒメ、あなたが居てくれて良かった。
「ありがとう、オニヒメ!」
「いえいえ、少しでもお役に立てたのであれば何よりです〜!」
オニヒメからの腐蝕攻撃を喰らったメフィストは少し不機嫌そうにした後、僅かに口角を上げて口を開く。
「再生出来ないのは厄介ですが、大したことはありませんね。さて、大勢の相手をするのもそろそろ疲れて来ましたので、後はお任せしましょうか」
メフィストはそう言うと、指を鳴らしてから再び口を開いた。
「オーダー、グリードナイツ」
その直後に結界の外側からやって来たのは、黒いローブを身に纏った3人と———
それらが率いる軍勢だった。