123.私たちの戦い
アストラにしては、少し暑いぐらいの日が続いている。
そんな中でこれ程の人数が集まったのだから、その分の熱気も凄い。
ナイトリオンに乗り、肩にはルーナが乗っている。
緊張感が漂う空気の中、私は口を開いた。
「時間になったら、総員攻撃態勢に入って。何が待ち受けているか分からないし、魔王軍は初陣、他国の軍勢に比べたら数も少なくて、不安かも知れない。命の危険を感じたら直ぐに逃げて。此処にいる全員、みんな生きて帰る。それが、私たちの戦い方だ」
皆を巻き込みたくないとか、そういう意味では無い。
ただ、そうやって勝ちたいからだ。
一人も死なせずに、必ず生きて帰る。
それは魔王軍だけではなく、他国も同じだ。
ふと、リタが私とディアス皇子に親指を立てて合図する。
そろそろか……。
「行こうか、ベリィ様」
「うん」
ユニコーンの騎士と魔王が並ぶなんて、少し前までは想像もつかなかっただろう。
ディアス皇子の横には、ユニコーンに乗ったエドガーの姿もある。
二人が和解出来たようで、本当に良かった。
「じゃあ、行くね」
そう言った直後、周囲に激しい空間の歪みが発生する。
突如として現れた何かが放つ魔力は、私達のよく知ったものだった。
「ッハハハハハ! そう上手く行くとでも思いましたか!?」
そう言って、奴は青空を塗り潰すかのように赤黒い骸の空を広げた。
「メフィル……!」
私は身体に魔力を込めようとするが、やはり阻害されているらしく魔法が使えない。
虚空剣ヴァニタスで斬られたはずなのに、魂を完全に消滅させる事は出来なかったのか……!?
「やはり、あのとき魂の一部を移しておいて正解でした。あなた方には油断も隙もありませんが、私にも抜かりはありません。さあ、ここで終わりにしましょうかァ!」
メフィルはそう言ってから、この状況の違和感に気付いたようで、不意に動きを止める。
展開したはずの赤黒い骸の空は、いつの間にか暗い夜空のようになり……
太陽は、黒く染まっている。
「照らせ、黎明剣グローライザー!」
大きな刃を振り翳したシャロが、メフィルの背後を取った。
奴の視界から外れた場所で、エクリプスを展開したのだ。
「赫灼焔舞!」
「シャーロット・ヒルゥ!」
メフィルは腰に携えていた剣で応戦するも、シャロの魔法には敵わずに地面へと落ちて行く。
「咄嗟の対応にしては、随分と出来過ぎていますねぇ……!」
奴も気付いたか。
アストラ王国、シリウス郊外。
都市からは既に民を非難させており、メフィルの出現と同時にサーナによる結界も展開させた。
そうして更に、ディアス皇子が魔法での攻撃を加える。
「プリズムスラスト!」
攻撃は命中したが、やはりメフィルの肉体は再生する。
だが、これで奴も理解したはずだ。
魔力阻害が、機能していないことに。
「そのお顔、気が付いたようですね!」
郊外で一番高い建物の上から、セシルが不敵な笑みを浮かべる。
その傍にはケイシーと分身のディーネがおり、彼女は水魔法で常時セシルの瞳を潤していた。
瞬きをしないようにする為だ。
「カンパニュラの小娘が……何をした!?」
肉体を再生させながらそう問い質すメフィルに、セシルは笑みを崩さずに答える。
「リバース・パノプティコン。
メフィル・ロロ、貴方は魔力阻害を抹消する牢に閉じ込められたというワケです。封じ込めの結界もありますし……残念ながら、袋の鼠ですね」
作戦会議の際、セシルとリタが話していたものだ。
二人でメフィルの魔力阻害を分析し、そこからリタが魔力阻害を無効にする能力を生み出したらしい。
しかし、それは知恵の眼ありきの力だ。
使えるのは、リタとセシルのみ。
セシルはソロモンの部屋を通じて、リタから法陣を受け取っているから発動が可能なのだ。
これなら、心置きなく魔法が使える。
「小癪な真似を……!」
確かに、私たちの計画した作戦は壊された。
しかし壊されたのは、あくまで仮の作戦である。
あれは、作戦の内容を一通り話し終えた後の事だった。
「と、今話したのは、あくまでメフィルがこちらの襲撃計画に気付かなかった場合の作戦」
不意に、リタがニヤリと笑いそう話した。
メフィルの事だから、既に迎え撃つ準備を済ませていてもおかしくは無い。
その為の作戦を、既に考えておいたのだ。
「これから話すのは、メフィルがこちらの襲撃計画に気付いた場合の作戦だ。というか、こっちのほうが楽。だから、私らが出向くんじゃなくて、向こうから来てもらおうってワケ」
メフィルの性格だから、こちらが油断している隙を狙って襲撃してくる可能性が高い。
それを見越した上で、奴の行動を逆手に取ろうという作戦だ。
「私は知恵の眼でメフィルの魔力を辿り、遂に奴の居場所を突き止めたんだけど、メフィルからしたらこちらが奴の魔力に干渉しているわけだから、勘付かれる可能性の方が高い。でも、私なら絶妙な微調整によって、魔力への干渉が相手に感知されない追跡が可能なんだよね。そこでやるのが、一瞬だけわざと奴の感知に引っ掛かるように、思いっきり干渉する。そうすれば、上手い具合に挑発になるっしょ」
挑発のタイミングは、皆の準備がある程度整ってからである。
リタはニヤリと笑いつつ、得意げに話を続けた。
「んで、メフィルにはこっちに来てもらいたいワケなんだけど、その様子は私が追跡しておくから、みんなは気にせずやっていてね。奴が行動を起こしたら、直ぐに迎え撃つ準備をしよう。万が一、奴が挑発に乗らず逃げた場合、また追跡して逃げた先を最初に話した作戦で襲撃すれば良い。どうよ、完璧っしょ!」
メフィルの移動手段が転移だとしても、リタであればそれすらも魔力の流れを追跡する事が出来る。
少しでも動きがあればシリウスへと人員を集めるつもりだから、直ぐの対応も可能だ。
メフィル・ロロ、もうお前の思い通りにはさせない。
ここからは、私たちの戦いだ———
「光れ、刻星剣ホロクラウス!」
「輝け、光竜剣ルミナセイバー!」
「咲き誇れ、乱咲剣レイブロッサム!」
「燃え上がれ、灼炎剣ヒートルビー!」
「潜れ、真海剣アクアマリン!」
「穿て、地砕剣スモークエイク!」
「吹き飛ばせ、疾双剣ヒスイ!」
「塗り潰せ、黒星剣ホロクロウズ!」
「統べろ、覇黒剣ロードカリバー!」
先に魔法を発動していたシャロ以外の聖剣使い全員が、私を含めて殆ど同時に言の葉を詠唱する。
そうして振り翳した刃は、一斉にメフィルへと向かった———
「ミルキーウェイ!」
「スパークルス!」
「フラワーラプソディ!」
「フレイミングバッシュ!」
「ハイドロスラスト!」
「ロッククラッシュ!」
「ヒスイ突風斬り!」
「ネビュラメイカ!」
「インフェルノアビシアス!」
「黎明一突!」
メフィルまで、あと少し……
全力の聖剣魔法に包囲された奴の顔は———
笑っていた。
「フッ、フハハハハハハハハ!」
刹那、目の前を包み込んだ暗く黒い魔力と同時に、凄まじい衝撃が私達に襲い来る。
何者かが、メフィルを庇う様にして突然現れたのだ。
私達の攻撃は何一つ当たる事なく、前にはメフィルと……
「そんな……!」
思わず声を漏らした私の口は、開いたまま塞ぐことが出来なくなった。
それ程までに、この状況を理解するのに時間が掛かったのである。