ヘヴンズバグ③
生前、ルシファーは私にあるモノを渡してくれた。
それは彼女がこの星に降り立った時、魔力によって性質が変わってしまった水晶らしい。
私にはそれの価値がよく分からなかったけれど、透明なそれは光に当たるとキラキラ光って、綺麗だと思った。
ルシファーが息を引き取った頃には、そんな石の事など既に忘れてしまっていたのだと思う。
気付けば、世界は大きく変わってしまっていた。
主である女神ルシファーを失った魔物達は、世界中へと散らばってしまった。
各地を守護していた竜達が抑止力となり、直ぐに人を襲うような事は無かったけれど、それもいつまで続くかは分からない。
誰かが、魔物達を統べる存在になる必要がある。
ふと、私はルシファーが何気無く話した内容を思い出した。
「私は、天国からきたのですよ」
それは、不意に放たれた言葉だった気がする。
あまりに唐突だったから、私は口をぽかんと開けたまま、彼女の顔を見ていた。
「天国って、どこにあるの?」
私の問いに、ルシファーが優しく微笑んで答える。
「此処ではない、遠い場所。この地球の昔話を読みました。それには、天国という世界が描かれており、きっと私が元居た世界は、それに近いのかも知れません」
天国、私もそれが何なのかを知っている。
当然と言えば、当然の話だ。
私達は何も疑う事なく、彼女の事を女神として接していたのだから。
きっと女神なんて、天国から来る他に無いだろう。
不意に頭上から手が降ってきて、それが私の頭を優しく撫でた。
手のひらの感触が心地良くて、私は思わず目を閉じてしまう。
そんな彼女の温もりが、この星の生命に優しさを与えていたのだろう。
私は、彼女に恩返しがしたいと思った。
もう居ない相手に恩を返したところで、何も伝わる事は無いだろう。
これからは、私の自己満足だ。
そうしなければ、私の生きている意味は無いと思ったから。
生かされている分際で、勝手に生きる意味を見出そうだなんて、私は傲慢な生き物だ。
でも折角生きるならば、傲慢に生きていたい。
私が生きた証を、爪痕を、ルシファーの記憶と共にこの星へと刻むような生き方をしたい。
だから私は、天国の名を自身に冠した。
ファウナ・ヘヴンズバグ。
それが、魔物を統べる女王の名だ。