121.魔王軍
あれから、魔王軍の人員はそれなりに確保する事が出来た。
前提として、私の考える魔王軍には複数の軍団を置くつもりだ。
最初に立ち上げたのは、ザガンを軍団長とした軍団である。
彼の屍操魔法では、数百体もの死霊とアンデッドを操る事が可能な上、アンデッドクリーチャー等の強力な魔物も従えている為、戦力としては一人で申し分ない。
次に、元魔王軍の軍団長を呼び戻した。
お父様の代では、魔王軍は一軍のみであった為、軍団長はその彼のみだったのである。
「久しぶりだね、タイタス」
牢の中の巨躯に、私は声を掛ける。
ここは、アイテール帝国の刑務所だ。
アルブが帝国の属国になった日、彼はたった一人で抵抗し、ユニコーンナイツの騎士達に捕えられたらしい。
後にディアス皇子と話した事で誤解は解け、今日まで私が来るのを待っていたのだそうだ。
彼は私の声に振り向くと、目を丸くしてこちらを見た。
「ベリィ……様……!」
彼はミノタウロスという魔物だが、ミアと同じように言葉を話すことが出来る。
彼が居れば、魔王軍は直ぐにでも立て直せるだろう。
「ベリィ様、某は……罪を犯しました。帝国の兵を殺し、ここに捕えられた身であります」
彼は捕えられる前、突如アルブに攻め入って来た帝国の兵士を数名殺してしまったらしい。
だから、ここで罪を償うとでも言いたいのだろう。
「ディアス皇子から許可は得ている。それに、あれは戦争だから。攻めてきた兵士も、あなたも悪くない。戦争というのは、そういうものだから。でも……私はこれから、もう二度と戦争が起こらないような世界にしたい。先ずは、民が安心して暮らせるアルブ王国を作りたい。その為には、タイタスの力が必要なの。一緒に、行こう?」
私の話を聞いていたタイタスは、その瞳から流した涙を頬に伝わせていた。
彼は優しい魔物なんだ。
私が幼い頃は一緒に遊んでくれた事もあったし、不器用だけれど誰よりも力持ちで、災害が起きた時には真っ先に救助へと向かってくれていた。
そんなタイタスのことを、私は心から信頼している。
「ご立派に、なられましたな……ベリィ様……」
私の横にいた兵士が牢の鍵を開ける。
私は牢の中に入り、タイタスに手を差し伸べた。
タイタスの大きな人差し指が、私の手のひらに触れる。
これで、魔王軍は軍としての機能を取り戻せるだろう。
とは言え、出来ればもう一声欲しいところだ。
ミアやタイタスのように、言語でコミュニケーションが取れる魔物がいれば、是非引き入れたいのだけれど……。
そこで私は、メトゥス大迷宮の最下層へと向かう。
勿論、転移魔法で。
「あら、ベリィ様」
私の気配に気付き、こちらに視線を向けた赤い目の女性。
深淵の守護者、アラクネ・アビスガードだ。
「やあ、アビス。急に来てごめんね」
「いえ、また遊びに来て頂けて嬉しいです。何か、お役に立てる事はありますか?」
相変わらず、アビスは物腰が柔らかく、迷宮の最下層だと言うのに安心感すら覚えてしまう。
ふと、これが相手を安心させてから捕食するという巧妙な罠だったらどうしようと、そんな思考が脳裏をよぎってしまいそうになり、直ぐに掻き消した。
「あ、うん……あのね、ちょっと相談があって……」
私は、アビスに魔王軍を復活させるという話を伝えた。
その上で、アビスやミアのように言語が通じる魔物が、知り合いに居るかと訊ねてみたのだ。
彼女は少し考えてから、何か閃いたかのように口を開く。
「知り合い……と言うより、私の眷属に適任の子がいますね」
「本当に!?」
まさか、こんなに早く見つかるとは……!
アビスはニコッと笑い、2回手を叩いた。
「オニヒメ、いらっしゃい」
直後、アビスの側に現れたのは、どう見ても人族の女性だった。
着物、と言うのだろうか?
東の国で着られている服を見に纏い、その目はニコニコ……と言うか、ニヤニヤ笑っているように見える。
「お呼びでしょうか〜、お母様」
アビスはオニヒメの頭を撫でると、私に彼女の紹介をしてくれた。
「この子はオニヒメ、ジョロウグモという魔物です。人を騙していそうな胡散臭い見た目ですが、とっても良い子で可愛いのですよ」
「ニャッ、お母様ったら、酷いですよ〜」
確かに、少し胡散臭いけれど、笑顔が素敵で可愛らしい。
「あのお方は、アルブ王国魔王のベリィ・アン・バロル様です。オニヒメ、ベリィ様に仕えてあげなさい」
アビスにそう説明されたオニヒメは、私に視線を移す。
彼女は一瞬ツノに気圧されたように見えたが、直ぐに私の前までやって来て、膝を突いてから口を開けた。
「初めまして〜、オニヒメと申します。アタシが魔王様のお役に立てるかどうか分かりませんが、ご期待に添えられるよう働かせて頂きます〜!」
言語が話せると言うことは、それなりに上位の魔物だろう。
「よろしくね、オニヒメ。あなたには、魔王軍に入って欲しいの。戦闘に参加してもらう事もあるけれど、それでも良い?」
「ええ、勿論です〜。アタシ、こう見えて結構強いのですよ?」
そう言ってニヤリと笑うオニヒメに、私も笑顔で返した。
「ありがとう、可愛い笑顔だね」
「ニャッ! にゃはは、お母様以外の方に笑顔を褒めて頂いたのは初めてです〜! お優しいのですね、魔王様」
「お父様がね、優しい人だったの。だから、私もみんなに優しくありたいんだ。あと、私の事はベリィで良いよ。魔王って呼ばれ方は、まだしっくり来なくて……」
「あい、承知致しました、ベリィ様!」
これで魔王軍の人員は確保出来た。
残りの構成団員は王国内で募集したり、それぞれの伝手に頼って集めてみようと考えている。
そうして、数日が経ち———
魔王軍には十分な団員が集まり、遂に組織として完成した。
先ずは、タイタスを軍団長とした獣魔軍団。
これは肉体的に力のある魔物達によって構成された軍団で、その中にはかつての魔王軍に居た者もいる。
その数は、およそ50体。
他国の軍に比べれば数が少ないけれど、選りすぐりの精鋭揃いだ。
次に、ザガンを軍団長とした死霊軍団。
この軍に関しては、ザガン以外の構成員が殆ど屍操魔法により操られているゴーストとアンデッドの為、団員を集める手間が省けた。
次はオニヒメ。
彼女には妖魔軍団という軍の団長を任せることにした。
団員は主に魔法に特化した魔物達と、蜘蛛型魔物によって構成されている。
こちらも数は少ないけれど、魔法に長けた精鋭達に集まってもらったから、戦力としては申し分ないだろう。
この3軍団をアルブ王国正規軍、通称魔王軍とする事にした。
勿論、軍事統括は魔王である私が行う。
現状はこれが限界だけれど、いつかもっと人員を増やして、豊かな国に出来たらいいな。
「はぁ〜……」
「キュイ〜……」
本当に疲れた……。
とりあえずルーナを撫でて、癒しを補給する。
ここ数日、色々な所を行ったり来たりして動きっぱなしだったから、夜に寝る以外休む暇が無かったな。
本当は寝る時間を削ってまでやるべきだったんだけれど、それはウール達に止められた。
「お嬢、睡眠だけはしっかり摂りましょう」
「後の仕事は、このグレイにお任せください」
「そうですよ、ベリィ様。ミアがご一緒致しましょうか?」
添い寝はルーナにしてもらっている。
一先ず、諸々落ち着いたかな。
私は部屋のソファに腰掛け、大きな欠伸をした。
夜はしっかり寝ているつもりだけれど、やっぱり疲れているせいか、少しだけ眠い。
時間に余裕が出来たから、明日はシャロ達の所に顔を出そう。
環境が整ったら、みんなを招待してパーティーを開くのも良いな。
これからも、やりたい事が沢山ある。
不意に、部屋の扉をノックする音がした。
続いて聞こえてきた声は、ウールのものだ。
「お嬢、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
扉が開き、ウールが少し急いだ様子で部屋へと入って来る。
「失礼致します」
「どうしたの?」
私の問いに、ウールは息を整えてから口を開いた。
ここまで走って来たのだろう。
それほど、重要な報告なのだろうか?
「メフィル・ロロの居場所が、分かりました」
……そうか。
パーティーは、全てが終わってからだな。
「分かった、詳しく聞かせて」
私達の、最後の戦いが幕を開ける。