120.特定
初めての転移魔法は、少しだけ酔った。
ベリィちゃんやセシル様は、いつもこんな感覚に襲われているのか。
やっぱりすごいっすわ。
そんなワケで、このリタちゃんは現在カンパニュラへとやって来ている。
知恵の眼が発現して以降、私の魔力はかつて無いほど膨大なものとなった。
死の間際に目覚めたこの力だけれど、私には何となくこの未来が想像出来ていたんだよね。
今考えてみれば、これが発現する前から未来を垣間見る事はあったんだろうな。
偶然であるという説は捨てきれないけれど。
と、フランボワーズ邸に着きましたとさ。
門の前では、見覚えのある可愛い子が立っていた。
彼女は私に気が付くと、笑顔でお辞儀をする。
「お待ちしておりました、リタ・シープハードさん」
声かわいい〜!
そう、カンパニュラ騎士団のヴェロニカさんだ。
「どうも、ヴェロニカさん。本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ宜しくお願い致します……! それでは、中へどうぞ!」
ヴェロニカさんに案内され、建物の中へと入って行く。
何気に、私は此処へと来るのが初めてだ。
今日の目的は、天才美少女公爵令嬢のセシル様にお会いする事。
ソロモンの部屋で何度かやり取りはしているけれど、やはり直接会って話した方が話し易い。
「あの、リタさん……!」
移動中、ヴェロニカさんがどこか緊張した様子で私の名前を呼ぶ。
「はい、どうしました?」
顔、可愛過ぎるだろ。
「実は、以前より一度お話させて頂きたいと思っておりました。シリウス襲撃事件でのご活躍に加え、今回メフィル・ロロを倒したお姿、本当に素敵でした。私、リタさんの事を尊敬しておりますっ!」
告白?
いきなり褒められて思考が停止し掛けたけれど、まあ良いでしょう。
と言うか、シリウス襲撃事件では一回死んでるんだけどね、私。
あれだけは格好が付かなかったなぁとは思っていたけれど、それすら褒めてもらえるなんて、嬉しいなぁ。
しかも、こんな可愛いおにゃのこに……
「ありがとうございます! まさか騎士団長様にそこまでお褒め頂けるなんて、光栄です! 今度、もしお時間よろしければ、ゆっくりお話出来ませんか?」
はい、テンパってナンパみたいな事をしてしまいました。
でも、私もヴェロニカさんとはお話してみたかったんだよね。
純粋に同じ聖剣使いとして語り合いたい気持ちもあるし、半分は下心。
「よろしいのですか……!? お誘い頂けて嬉しいです! 是非!」
私は心の中でガッツポーズをした。
可愛い騎士団長さんと二人きりでお茶とかしちゃったりなんかして……幸せ過ぎるだろ。
よろしければ、そのまま隣の宿で朝まで語り明かしませんか?
とまでは言えなかった。
私はこう見えて奥手なんだよ。
そんな会話をしているうちに、先ずはレオン公爵の部屋へと着いた。
レオン公爵に挨拶を済ませ、直ぐにセシル様の部屋に向かう。
コンコンコンコン……と、ヴェロニカさんが扉を叩いた。
「リタ・シープハード様がお越しになられました」
彼女がそう言った直後、内側から扉が開く。
そこから顔を出したのは、少し目付きの悪い獣人の女性。
セシル様のお世話係と護衛をしている、ケイシーさんという方だ。
彼女とは戦場にて一度会っており、目付きが悪いだけで優しいというのは知っている。
「お待ちしておりました、中へどうぞ」
ケイシーさんが開いた扉の向こうには、ベッドに座る可憐な少女の姿がある。
「失礼致します」
私は入口で一礼し、部屋の中へと入った。
「ごきげんよう、リタさん。遠路はるばる、ありがとうございます」
白く細い身体でありながら、それを思わせない程の凛とした振る舞いに、思わず見惚れてしまう。
カンパニュラ公国のご令嬢、セシル・キキ・フランボワーズ様。
私と同じ知恵の眼を持っており、傀儡操縦魔法という極めて繊細な技術が求められる固有魔法を、自在に操ることの出来る本物の天才だ。
一応、私もやれば出来そうだけれど。
「この度は、お招き頂けて光栄です。転移魔法で来ましたので、遠路ではありませんでしたね」
私が冗談混じりに少し笑いながら言うと、セシル様もクスッと笑う。
目上の方にこんな事を言うのは失礼かも知れないが、セシル様はご冗談がお好きな方だ。
ソロモンの部屋では、いつも少し砕けた感じで会話をしている。
「それで、報告とは何でしょうか?」
私は今日、セシル様に重大な報告があってここに来た。
機密情報だから、敢えて直接伝えた方がいいと思い、こうしてカンパニュラまでやって来たのだ。
「はい……特定しました」
私のその一言で、セシル様は不敵な笑みを浮かべた。
「ご苦労様でした。詳しいお話を聞かせて頂きましょうか」
それから私は、セシル様とヴェロニカさん、そうしてケイシーさんに自分の持つ情報を開示した。
先ず何を特定したのかと言うと、メフィル・ロロの居場所だ。
あの戦いで、私はメフィルの魔力に触れた。
だから、奴が死んでいない事も知恵の眼の力によって分かっていたのだ。
その魔力を頼りに、ずっとソロモンの部屋でセシル様と情報を共有しつつ、居場所の特定に勤しんでいたところ、漸く見つける事が出来たのである。
とは言え、魔力を頼りに探しまくったわけだから、向こうはこちらが探している事に気付いてしまう可能性だってある。
だから私は、特定した事を悟られないようにすぐさま魔力との接続を切り、こうして口頭でセシル様へと伝えに来た。
これで、こちらにも準備をする余裕が持てる。
一通り話し終えると、セシル様は閉じていた瞼を開いてから、願うように声を発した。
「これで、全てが終わると良いですね」
本当に、平和が一番だから。
特にベリィちゃん達には、これ以上戦いで辛い思いをして欲しくは無い。
と言うのは、私のエゴか。
「終わらせますよ、私が居るんですから」
私はそう言って、自信ありげに笑って見せた。
確証なんてものは無いし、私一人の力でどうにかなる問題では無い。
でも、そろそろ終わらせなきゃいけないだろう。
それに、私達ならきっと勝てる。
そう信じているから。
「頼りにしておりますね、リタさん」
セシル様は笑顔だったけれど、その声は切実なものだった。
不安だろうな。
だから私は、いつも通り最強の剣士で居るだけだ。
皆が不安な時、誰かが希望にならなければいけない。
魔王ローグも、本当はそうなりたかったのだろう。
それは、きっとベリィちゃんも同じだ。
「お任せください! 一度は倒した相手です。それに、今や奴にとっての脅威は私だけではありません。私達全員の力が、メフィル・ロロを倒すのです」
だから、絶対に負けるはずがない。
待っていろ、メフィル・ロロ。
お前の輪廻は、必ず私達の世代で終わらせる。