119.魔剣
ディアス皇子に訊いてみたところ、やはり半神としての力を持つヘロディスでなければ、聖剣を作るのは難しいようだ。
とは言え、マギアクリスタルを剣にすること自体は可能らしい。
そこで私は、セシルに聖剣の作り方を調べてもらったが、やはり聖剣の作り方は秘匿されているようで、正確な方法は分からなかった。
しかしマギアクリスタルの鍛え方については記録が残っており、セシルはそれを文字と図に書き起こしてくれたのである。
何やら少し忙しそうだったけれど、そんな中でも対応してくれて、本当にありがたい。
アルブを建て直したら、国としてお礼をしないとね。
次にディアス皇子の伝を頼り、数名の鍛治職人に相談をしてみたが、やはり貴重なものを壊してはいけないからと誰もやりたがらない。
確かに、今や友好国となったアルブの次期魔王の所有物を壊してしまった場合、極刑は免れないと思ってしまうのは当然だろう。
実際、私もディアス皇子もそんな事は考えていないのだが……。
そこで私は、一先ず知り合いを頼ってみる事にした。
シリウス自警団の副長、ジャック・ヘルハウンド。
彼は過去に鍛治屋で働いていたこともあり、鍛造の経験もある。
ジャックなら最悪壊れちゃっても良いと伝えておけば作ってくれそうだし、別に良いかなと思った。
「それなら、俺の師匠を紹介しよう。あの人の鍛造の腕はシリウスで一番だ」
そうして、私は結局ジャックが紹介してくれたお師匠と会うことになった。
その間、ウールとグレイには他の用事を済ませておいてもらい、私はルーナを連れてジャックと共に鍛冶屋の前までやって来た。
店に入ると、その奥からは鉄を叩く音が聞こえてくる。
店主は鍛造所にいるのだろう。
「いらっしゃーい……って、ジャックさん!」
店の奥から出てきてジャックの名を呼んだのは、若い女性だった。
「ご無沙汰してます、ティナさん」
短めの銀髪と元気そうな声色のティナと呼ばれた彼女は、私の姿を見ると一瞬驚いたような顔になって会釈してきた。
「えっと、もしかしてベリィ様ですか?」
「あ、うん、よろしく……」
「わぁぁ、お父さーん! ベリィ様がご来店だよー!」
そう言ってティナは店の奥に引っ込んで行くと、少しして鉄を叩く音が止まったかと思えば、今度は強面の男性を引き連れて店に出てきた。
「おい、マジか……って、ジャックじゃないか! 久しぶりだな!」
強面の男性はカウンターから店に出てくると、ジャックへと駆け寄り笑顔で肩を叩く。
「お久しぶりです、師匠。お元気そうで何よりですよ! 紹介するよ、俺の師匠のガスタさんだ。師匠、彼女はアルブ王国魔王のベリィ・アン・バロルさんです」
「そりゃあ、見れば分かるが……それで、なぜベリィ様がこちらに……? まさか、うちの武器を買ってくださるとか……!」
顔は怖いけれど、凄く気さくな人だ。
この人になら、マギアクリスタルの事も頼めそうである。
「うん、将来的には武器も買いたいと思っているけれど、今日はお願いがあって……」
「お願い、と言いますと?」
私はポケットの中からマギアクリスタルを取り出し、それをガスタに見せた。
ガスタは最初、これが何なのか分からない様子だったが、暫く見ているうちにその魔力に気付いたのか、直ぐに目を輝かせ始めた。
「こ、これはまさか……!」
「マギアクリスタル、聖剣の材料になっている水晶だよ」
やはり、このクリスタルは鍛治職人の間でも知られている代物らしい。
「どうしてまた、こんな貴重なものを……いや、まさかベリィ様、これを……?」
「ガスタ、これで剣を作って欲しい。万が一失敗しても、あなたを咎めることはしない。だから……お願いします!」
そう言って頭を下げた私に対し、ガスタは慌てながら頭を上げるように促してくる。
「頭を上げてくれ、ベリィ様! その、本当に俺が作っても良いんですかい? こんな貴重な機会を頂けるなんて……!」
「それって、つまり……作ってくれるの?」
私の問いに、ガスタは少し戸惑いながらも笑顔で口を開く。
「勿論だ! ああ、いや……勿論ですとも! まあ、聖剣の作り方なんて知らないが、こんな機会を逃すわけにはいかねぇ。そうと決まれば、早速剣のデザインをどうするか相談させてくだせえ」
「ガスタ……! うん、よろしくお願いします!」
「キュイ!」
「よかったな、ベリィさん。師匠、自分からもよろしくお願いします!」
「おうよ、任せときな!」
駄目元だったけれど、ジャックを頼って本当に良かった。
その後、私はガスタやティナと共に剣のデザインを決めると、彼らにセシルが書いたマギアクリスタル鍛造の説明書を渡す。
ガスタは緊張している様子だったけれど、その表情はどこか楽しそうにも見えた。
それからの数日間は忙しく、アルブの復興と魔王軍の人員確保に追われる日々ではあったけれど、時折シャロ達と会って他愛のない話をしたり、ガスタの元へ行って剣の進捗を確認したり等と、充実した時間を過ごした。
半月ほど経った頃、ガスタから剣が完成したとの知らせが入った。
直様仕事を切り上げ、ルーナとウールを連れて鍛冶屋に向かうと、店の前で興奮した様子のガスタが辺りをキョロキョロと見回している。
彼は私達に気が付くと、息を荒げながらこちらに駆け寄って来た。
「ベリィ様、完成、しました……! 凄いものが……!」
その言葉に、私も気分が高揚する。
ガスタに連れられ店内に入ると、そこではティナが布に包まれた長いものを抱えて立っていた。
彼女はそれを台の上に置き、包んである布をゆっくりと捲り始める。
やがて布の中から姿を現したそれは、繊細でありながらも力強さを感じる一本の剣であった。
白銀色の剣身はキラキラと煌めいており、ガードの部分には三日月が拵えてある。
その元となった造形は、私の憧れである勇者の剣……光竜剣ルミナセイバーだ。
「流石に、剣の中へと法陣を刻むことは叶いませんでしたが、それでも他の聖剣に負けねえぐらいの出来にはなったと思いますぜ。如何でしょう……?」
「最高だよ、ガスタ……! 本当に、本当にありがとう!」
ガスタに頼んで良かった。
これ程までに素晴らしい剣が出来るなんて、正直思っていなかったけれど、改めて考えてみれば当然かも知れない。
この店に置いてある剣は、どれも精巧で美しい。
そんな素敵な剣を作るガスタだからこそ、これを最高の形で完成させる事が出来たのだろう。
「お気に召して頂けて何よりです! それでベリィ様、剣の名前はもう決めたんですかい?」
名前はずっと考えていた。
色々とひねりを効かせた名前なんかも考えてはいたけれど、やはりシンプルなものが一番良い。
「魔剣グリムセイバー、私専用の勇者の剣だよ!」
この剣と、お父様から受け継いだ覇黒剣ロードカリバーで、これからも沢山の人達を守って行こう。