116.休暇
燦々と照り付ける太陽が、水面に反射して綺麗だ。
私の横、パラソルの下で潮風に涼んでいる少年が、ふと私の視線に気付いてこちらを見る。
「どうかしましたか?」
白いワンピースを着た彼の肌は白く、開いた口から鋭い牙を覗かせた。
「ううん、こう見ると、やっぱり吸血鬼なんだなって」
ルカは吸血鬼と人族のクォーターだから、吸血鬼としての体質が薄い為、本来であれば太陽の下を歩くことが出来る。
しかし、これ程の強い日差しでは、流石に影響を受けてしまうらしい。
「えへへ、少しなら平気なんですけど、極力避けたほうが良いかもしれません。特に、今は薄着ですし」
マレ王国の日差しは、アストラ王国と比べて非常に強く、主にこれからの時期は気温が30度を超える事もある。
海水浴シーズンよりは少し早いけれど、砂浜にはそれなりの人達が居た。
「サーナちゃん、シルビアちゃん、見て! なんかいた!」
「ちょ、シャーロット! それナマコ!」
「どうしたんだよ〜、ナマコ? って、うえっ!?」
その瞬間、シャロの持つナマコが、シルビアの顔面に白い内臓を吐き出した。
「ひぎゃーーーー!!」
賑やかだな。
巻き込まれたナマコが可哀想だけど。
ひと段落ついた私達は、マレ王国へと羽を休めに来ていた。
海があるからという事で、初めて水着を買ってみたけれど、普段あまり肌を露出しないから、少しだけ恥ずかしい。
リタも来たがっていたけれど、残念ながらアストラに残ってやる事があるらしく、泣きながら悔やんでいた。
「みんなの水着姿がぁ……私、ルカたんが女の子水着着てる姿を生き甲斐にしてえんだぁ……」
なんて言っていたけれど……
リタ、ルカは水着を着なかったよ。
「ベリィちゃーん、海入らなくてもいいのー?」
「あ、うん……私は大丈夫」
水着まで用意したは良いものの、やはり海に入るのは少し怖い。
アルブにいた頃は、海なんかとは無縁の生活だったし、実際に初めて海を見たのは、アストラのミラ港へ行った時が初めてだった。
サーナもその筈なのに、平気で海に入って遊んでいる。
流石は星の女神……。
「あ、あの、ベリィさん……」
ふと、少し控えめに私を呼ぶ声がする。
そちらに視線を向けると、麦わら帽子を深く被った女性が、背の高い男性と並んで立っていた。
「ディーネ、バーン、来てたんだ」
私達の他に、この二人とルークがこちらに来ている。
二人はルークの家に居たはずだけれど、どうしてここに居るのだろうか?
「ああ、ルークが用あるってから、海にでも行くかってディーネさん誘ったんだ。なんか楽しそうだな!」
こうして並ぶと、凄くお似合いな二人に見える。
バーンの立ち振る舞いが、サラマンダーに似ているからというのもあるかも知れない。
「あ、あたしは……来るつもり、無かったんだけど……ベリィさんに、もう一回……お礼、言いたくて……」
あれ以降、ディーネは私に会うたび、何度も礼を言ってくれる。
それは、メフィルを倒した事や、私がディーネを外に連れ出した事などを含めた、全てに対するお礼らしい。
「いいんだよ、ディーネ。私は私のやりたいようにやった。こちらこそ、一緒に戦ってくれてありがとう」
「ベリィさんは、本当に……勇者みたいだね」
勇者……そうか、私はもう皆から勇者のように見えるんだ。
「ディーネさんは律儀だなぁ。でも、マジでベリィ様はかっけえよ。あ、あと色々あって言い忘れてたけど、妹と仲良くしてくれてありがとうな! んじゃ、オレはちょっとその辺走ってくっかな〜!」
そう言って、バーンは砂浜を走り出して行った。
あの時、バーンはシルビアの代わりに、ボフリを殺したんだ。
以前から、敵対していた記憶の祭壇の構成員を何人も殺してきたと聞いたけれど、そんな彼にとっても、きっと殺しは決して気持ちの良いものでは無いだろう。
私だって、ミメシスとは言えオーディーをこの手で殺した。
あれほど最悪な感触は、他に無い。
いつも明るく振る舞っているバーンだけれど、きっと彼も覚悟を決めてここに居るんだ。
「水着のねーちゃんがいっぱいだぜ〜!」
……きっと、そう、だよね?
「あ、あの人……本当に、サラマンダーそっくり……」
ディーネは私の横に腰掛けると、そう言って苦笑する。
「なんか、楽しそうで良かった」
そう言って、私も苦笑した。
こんな平和な日々が、ずっと続いてくれたらいいのにな。
その夜、気温が高いせいか寝苦しく、少し外に出ようと宿の共用スペースに行くと、そのベランダにシャロとサーナの姿があった。
邪魔をしたら申し訳ないと思い、ゆっくりと歩いて部屋に戻ろうとすると、二人の会話が耳に入る。
「そう言えば、サーナちゃんはベリィちゃんとどうやって出会ったの?」
な、なんか私の話をしている……。
「ベリィと初めて出会った時、凄くワクワクしたな〜。周りの子達は、ベリィのツノを怖がっていたけれど、アタシにはそれがよく分からなかった。今思えば、それはアタシが星の女神だからなのかも知れないけれど、その時は運命かもって思ってたよ」
「素敵な巡り合わせだったんだね!」
確かに、あの頃からサーナだけが私のツノを恐れなかった。
当時は、そんな事もあるものかと思っていたけれど、やはりサーナと出会えた事や、シャロと出会えた事は、私にとって運命だったのかも知れない。
「シャーロットは、どうやってベリィと出会ったの?」
別に、そんな事知っても面白くないって……。
シャロ、変なこと話さないよね?
「アタシは、最初ベリィちゃんに助けてもらっちゃったんだ。村に憑いていた魔物を、後先考えず倒しに行っちゃった時、心配だからってベリィちゃんが着いてきてくれてね。結局魔物はベリィちゃんが倒してくれたんだけど、そこで正体を知ったんだ。ベリィちゃんが立ち去ろうとした時、アタシは引き止めたの。あの瞬間、どうしても手を離しちゃいけない気がして……ここでベリィちゃんを独りにしたら、アタシは一生後悔するって思った。でも、あの時引き止めて本当に良かった!」
シャロ……そうか、そうだったんだ。
私の為に、そこまで考えてくれていたんだね……。
ありがとう、シャロ。
「そっか……本当にお人好しだね、シャーロットは」
「えへへ〜。あ、アタシのことはシャロでいいよ! その方が呼びやすいかも!」
「そ、そう? じゃあ……シャロ、えっと……これからも、よろしくね!」
「うん! よろしくね、サーナちゃん!」
シャロとサーナ、こうして二人が普通に話せる日が来て、本当に良かった。
「あれ、ベリィちゃん?」
不意に声を掛けられ、私は驚いて固まってしまう。
シャロが私に気付いたようだ。
「あ、ごめん……なんか眠れなくて……」
「そうなんだ。ちょうど今、二人でベリィちゃんと会った時の話をしてたんだよ!」
「そうなんだ。まさか、変な事話してないよね?」
聞いていたけれど、知らないふりをした。
二人だけの会話を、邪魔したく無かったから。