ヘヴンズバグ①
季節が変わって雪が溶けた頃、私は洞窟の中に根を這った小さな繭玉の中から生まれた。
久しく浴びた日の光は一段と眩しく見えたが、私の見たものはそれでは無かったみたい。
直後に降り注いだ光と強い魔力に、私は洞窟に押し戻されて気を失う。
次に目が覚めたとき、私の身体は大きくなって、二本の脚で立てるようになっていた。
水溜まりに映ったその姿は、まるで人のようでどこか違う。
全身に魔力の流れを強く感じるまま、私は外の世界に足を踏み出した。
自分の羽が揺れるたびに舞う、白いキラキラとした鱗粉が綺麗だ。
元々、人がほとんど足を踏み入れない場所だったけれど、時折現れる人達が私を見て驚くから、そうやって脅かしては楽しんで、気儘に日々を過ごしている。
ある時、道の向こうからひ弱そうな女が歩いてきたから、物陰に身を潜めて様子を窺っていると、彼女が歩く度に異様なほどの魔力が波打っているのが分かった。
只者では無い。
そう思って暫く身を潜めたままでいると、女は私が隠れた物陰にの前で立ち止まり、こちらに目をやる。
「あなたですね、最近この辺りで皆を脅かしている魔物は」
その声は、まるで頭の中に直接届いて来るかのようなもので、文字や言葉を知らない私にも理解することが出来たのだ。
気付かれたことが恐ろしくなり、逃げ出そうにも逃げ出せずにいると、女は私の手を優しく掴み、そっと抱くように引き寄せた。
そうしていると、何故だかとても心地が良く感じて、先程までの恐怖心が一気に安心感へと変わる。
「不思議な子です。私の眷属支配に影響されない魔物が居たなんて。独りで寂しくはありませんでしたか?」
この女は私の母親のような存在なのだと、この時そう確信した。
私が人のような姿になったのは、この女の力なのだ。
「え、ええ〜、ええ……」
この時、私は初めて自分の口から声を発した。
とても人が話すような言語にはならないけれど、それはとても気持ちの良いものだった。
「言葉が分からないのですね、無理もありません。では、私が教えて差し上げましょう」
女はお日様のような笑顔を見せ、私の頭を優しく撫でる。
「私はルシファー、あなたは……そうですね、名を与えましょうか」
名を持たない私にとって、それは生を受けてから初めての幸福であった。
ルシファーが付けた、私の名は———
「ファウナ、名を授けましょう」