女神の夢(第十夜)
陽光に照らされた銀世界を歩いていると、道の先で一人の女性がポツンと立っているのが見えた。
彼女がこちらを振り向くと、セミロングの黒髪がさらりと揺れる。
「もう死にます」
女性ははっきりとそう言った。
白い頬の底に温かい血の色が程よく差して、唇の色は赤い。
到底死にそうには見えないけれど、女性は静かな声で「もう死にます」と言ったのだ。
アタシも、これは死ぬのだと思った。
女性がぱっちりと開いた少し赤い瞳に、アタシの姿が映る。
その顔は、女性と全く同じだった。
「死にます」
もう一度、女性は小さくそう言った。
「本当に死ぬの?」
「ええ、死にます。そう決まったのですから」
アタシは黙って、女性と向かい合っている。
暫くすると、女性がまた口を開いた。
「死んだら、忘れてください。あなたは、あなたとして、生きてください。きっと私は、また来ます」
何を言っているのか、まるで分からなかった。
しかし、アタシにこれを伝えたかったのだという事は分かった。
「いつ来るの?」
「もう直ぐ来ますから。私が来たら、それはあなたではありませんから。私を殺してください」
残酷だけれど、アタシはそれをやらなければならないと思った。
そうしなければ、きっと皆が不幸になる。
ふと、目の前の気配が消えた。
先程までそこに立っていた女性の姿は、何処にも無い。
白く輝く雪道には、アタシ一人の足跡しか残されていなかった。
そこで初めて、今見ているものが、アタシの夢である事に気付いた。