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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
四霊/百花繚乱花嵐 編
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113.旅の終わり

 アストラ共和国に帰ってから数日後……


 サーナの体調は徐々に回復し、今ではしっかりと食事が摂れるまでになった。

 女神の力は、半分ほどメフィルに奪われてしまったらしいけれど、彼女自身は以前と変わらず元気そうである。


 私はと言うと、黒く染まっていた角と片目が元通りになっていた。

 セシルが言うには、あの花嵐の影響らしい。


 一度カンパニュラに戻っていたセシルやヴェロニカ達は、時々こちらの様子を見にやって来ると言い、今もシリウスを訪問している。


 その後、メフィルの行方は不明、ボフリは死亡。

 フルーレとザガンは投獄され、今では牢の中で罪を償っている。

 グレイはと言うと、現在は国籍を帝国へと移していたことにより罪には問えず、そもそもこれといった罪を犯していなかったらしい。

 私から見ても、寧ろメフィル討伐の立役者だったように思える。

 何はともあれ、嵐は過ぎ去ったのだ。


「だから、野菜もしっかり食べないと元気にならないよ」

「キュイキュイ」


「うぇ……アタシ野菜苦手なんだよ〜」


「ふん、サーナはお子様だね。私は野菜食べれるし」

「キュイッ」


「はぁ? アタシだって別に食べれないわけじゃないし! 今、食べるから……」


 私は、毎日病院に通ってサーナの様子を見ながら、二人で他愛のない会話をしている。


「んっ……」


 にんじんを口に入れた後の、サーナの何とも言えない表情が面白い。


「ふっ、なにその顔」

「キュヒヒッ」


 サーナが恨めしそうな目で、私とルーナを交互に見る。

 本当、元気になって良かった。


「まあ、食べれなくは無い。あ、そういえばお父様は?」


「ああ、さっきケイシーに呼ばれて出て行ったよ」


 ルシュフさんは、あれからうちのメイド達と同じ宿に泊まり、私と一緒にサーナの看病をしたり、旧アルブ王国を代表してウールと一緒に偉い人達と色々やってくれている。


 どうやらアルブ再建についても話が上がっているらしく、それに関しては追々アイテール帝国との協議を重ねて行くらしい。

 その時には、私も参加しよう。


「お父様も大変だなぁ。戻ってきて早々に忙しそうで」


 幸いにも話は順調に進んでいるようだけれど、全てルシュフさんとウールに任せきりなのは申し訳ない。

 とは言え、私に出来る事なんてあまり無いのだけれど。


「失礼、お食事中だったかな」


 ふと、声が聞こえた部屋の入り口に目をやると、アイテール帝国の国章が胸元にある服を着た男性が、二人の護衛を連れて立っていた。

 その姿に思わず身構えてしまうけれど、彼はもう敵では無い。


「ディアス、皇子……いえ、大丈夫です」


 私が辿々しくそう返すと、ディアス皇子はその表情を少し緩ませて笑う。


「敬語は不要だ。君達の様子が気になってね、アルブの件で訪問したついでに寄らせて貰ったよ」


 そう言ってディアス皇子が一歩踏み出した瞬間、僅かにサーナが殺気の籠った魔力を放ったのが分かった。


「ちょ、サーナ……!」


 サーナは私に制止されると、気が付いたかのように魔力を引っ込める。


「あ、す、すみません……」


 彼女はディアス皇子にそう謝罪しつつも、まだその目は睨んでいるように見えた。


(いや)、そう警戒されるのも無理はない。メフィルの目を欺く為だったとは言え、ワタシは君の前でルシュフ公爵を斬ったのだ。サーナ様、これ迄の事を改めてお詫びしよう。本当にすまなかった」


 そう言ってディアスが深々と頭を下げると、流石のサーナも戸惑った様子で、頭を上げるように促す。


「あの、大丈夫なので……こっちこそ、その……お父様や従者達のこと、助けてくれてありがとうございます」


 ディアス皇子、改めて話してみると、あの時とはまるで別人のようだ。

 皇族としての圧倒的な存在感がありながら、物腰の柔らかい話し方をしており、安心感すら覚えてしまう。


 これが、本当の彼なのだろうか?


「お許し頂けたようで良かった。ところでベリィ様、少し話したい事があるのだが、外に出れるかな?」


「あ、うん。構わないよ。サーナ、ちょっと行って来るね」


「ん、行ってらっしゃい!」


 私とディアス皇子は病室を出ると、護衛の人達に付かれながら聖騎士団が保有する集会所へと向かった。

 その一室に私と皇子だけが入り、護衛の二人は扉の前で待機している。


 帝国の実質的なトップに当たる人物が、今目の前にいる。

 街を歩いている時も、大衆からの視線が物凄く感じた。

 アイテール帝国の皇子と、魔王の元王女が並んでいるのだから、民からすれば何事かと思ってしまうだろう。


「済まないね、今後についての重要な話がしたかったのだよ」


 今後……それは、現在アイテール帝国の属国になっている、アルブ王国についての話も含まれているのだろう。


「最初に聞いておきたいことがある。アルブは……返してもらえるの?」


 私の問いに、ディアス皇子は眉と口角を下げ、少し俯きながら答える。


「アルブは返還しよう。あの期間、こちらからも民には手を出してはいない。そうだな、先ずは君にもこれ迄の全てを謝罪する必要があった。本当にすまなかった」


 ディアス皇子からの謝罪に、思わず私まで頭を下げてしまう。


「あ、あの、こちらこそありがとうございました。アルブのこと、守るつもりで属国にしてくれたんだよね……? ところで、奴隷制度を廃止したのって……?」


 私が奴隷市場を破壊した直後、帝国は奴隷制度を廃止したらしい。

 それをやったのは、恐らく……


「ああ、ワタシだ。長きに渡り続いた奴隷制度だったが、いずれワタシは廃止したいと考えていてね。君があそこを壊してくれたおかげで、上手いこと話が通ったよ。本当に感謝している」


「え、私……あの時は無我夢中で……でも、ディアス皇子のおかげで、私の大切な友達も今は幸せに暮らしてる。そっか、全て皇子の策略だったんだね」


 リサとメイは、これからもきっとカエルムで幸せに暮らせるはずだ。

 この人が皇帝になれば、あの国はきっと良くなる。


「ハハ、どうかな。それで、本題だが……」


 そうしてディアス皇子は、これからの事について話し始めた。


「先ずはワタシからではなく、ジェラルド騎士団長からの伝言だ。サーナ・キャンベルの処遇についてだが、罪には問われない事となった」


「よかった……!」


 それは、ジェラルドが教会と協議していた内容である。

 過去2回に渡るシリウス襲撃において、サーナも関与していた事から考えると、相応の罪に問われても仕方が無いところを、ジェラルドのおかげで不問としてくれたのだ。

 そうなった一番の理由は、サーナがブライトに利用されていたという事である。

 他にも様々な事情を考慮した上で、今回の決定に繋がったのだそうだ。


 良かった……これでまた、一緒にアルブで生活が出来る。


「教会の方でも、そう決定が出されたらしい。次の話だが、今後のアルブ王国についてだ。先程も言った通り返還は確定しているが、その後の復興支援などについては、我々アイテール帝国が責任を持って尽くそうと考えている」


 ありがたい申し出だ。

 正直なところ、私やルシュフさん達だけでは立て直しが難しい。

 世界で最も国家勢力の強い帝国であれば、隙を見て他国から手を出される事も無いだろう。


「ありがとう、ディアス皇子。私も頑張るね」


「否、元はと言えば我々が犯した罪だ。これで全てが償えるとは思わないが、今後は国家の立て直しに協力を惜しまないつもりだ」


 メフィルを倒す為とは言え、アルブを襲ったのは帝国だけれど、私はもうディアス皇子を恨んではいない。

 ルシュフさんを助けたのも、ミアやメイド達を助けたのも彼なのだから。


「ディアス皇子がアルブに来ていなかったら、ミア達は今頃居なかったから。ミアが言ってたんだよ、あの時助けてくれたディアス皇子には、感謝してもしきれないって」


「そうか、まさかワタシの行いに感謝してくれる者が居たとはな……」


 皇子は嬉しいような、申し訳ないような顔をしながらそう呟く。


「ところで、ディアス皇子……ヴァニタスは?」


 私の問いに、ディアス皇子は少し困った様子を見せた。

 今更気付いたけれど、彼は虚空剣ヴァニタスを持っていない。

 置いてきただけかとも思ったけれど、大切な聖剣を少しでも手放すような事があるだろうか?


「実は、あれ以降行方が分からなくなってしまってね。危険な代物だから、従者達に探させてはいるのだが、今のところ見つかってはいない」


「そうなんだ、見つかるといいね……」


 虚空剣ヴァニタス、役目を果たして何処かに消えたのか?

 それとも、何か別の理由で……。


 不安ではあるけれど、ヴァニタスも半神ヘロディスが作った聖剣の一つだ。

 きっと悪い方向には行かないだろう。

 

「そうして、これは私事ではあるのだが……父上の退位が決定した。よって、ワタシがアイテール帝国皇帝となる」


 これは先日から聞かされていた話だったけれど、随分と早く決定したようだ。

 帝国の歴史は、私の先祖である女神ルシファーよりも古い。

 改めて考えると、私は今とてつもない大物と話しているのか。


「おめでとう、それじゃあ、ディアス陛下って呼ばないとだね」

「キュイキュイッ!」


 ルーナもご機嫌な鳴き声で、ディアス皇子を祝福しているようだ。


「ハハ、少し気が早いかな。だが、ワタシの方こそ君を魔王様と呼ぶべきか」


 魔王か……確かに、今後アルブ王国の魔王になるのは私だけれど、出来れば肩書きはもう一つ欲しい。


「私は、勇者ベリィ。人族も魔族も、私が守ってみせるよ」

「キュイッ!」


 ……言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。


「……やっぱり、今の無し———」


「そうだな、君は紛う事なき勇者だった。大切な人や、大切なものを守れるのならば、それは誰であろうと勇者になれる。それが物語の中で相対する、魔王であっても」


 その言葉って……!


「お父様……」


 思わず、声に出してしまう。

 ディアス皇子は僅かに首を傾げたが、それからゆっくりと立ち上がり、私にこう言った。


「見守っているよ、君の活躍を」



 ディアス皇子と別れた私は、再びサーナが待つ病院へと向かった。

 きっと、一人で退屈しているだろうな。


「戻ろっか、ルーナ」


「キュイ!」


 穏やかな日常が、漸く戻ってきたような気がする。


 長い旅が終わったのだ。


 そうして、また新しい旅が始まる。


 私はこれからも、大切な人達を守り続けて行こう。

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