112.花嵐
ディアス皇子の、長い戦いが終わった。
メフィルはどす黒い魔力と血が溢れ出す胸を左手で押さえ、息を荒げながらディアス皇子の前で膝を突いている。
「貴様はもう終わりだ、メフィル・ロロ……否、魔皇フェレスト」
こうしている間にも、虚空剣ヴァニタスの力がメフィルの魂を蝕んでいる。
本当に……これで終わるのか……?
「クックック……ッハハハハハハハ!」
高笑いを始めたメフィルの足元に、巨大な法陣が展開された。
まずい、何か来る……!
「これで終わるとでも思ったか!? 私は不滅だ……決して死ぬ事はありませんよ」
そう言った奴が、不意に私へと視線を向ける。
「ベリィ・アン・バロル! これは私からのプレゼントのお返しです。受け取ってください」
この魔力、まるでサーナの力と同じだ。
否、もっと禍々しくて……激しく脈動する膨大な力を感じる。
「クソッ、何をする気だ!?」
ディアス皇子はその場から離れ、エドガーと並ぶ形でメフィルにそう言い放つ。
「あーあ、これはヤバいのが来ちゃうねぇ。どうしよっかなぁ」
リタは呑気な口調で話しているけれど、内心焦っているように見える。
これ程までに大規模な魔法だ。
私達どころか、このままでは周辺の国々まで巻き込みかねない。
「それでは皆さん、せいぜい抗ってください。第十禁断魔法、新冥界秩序」
星の女神による、世界改変魔法……!?
サーナの魔力を吸収したことで、この力まで使えるようになっていたのか。
対抗出来るのはサーナしか居ないけれど、今の彼女は……
「ハァ……ハァッ……ぐっ、アタシが……止めなきゃ……」
サーナは私の膝から頭を起き上がらせ、メフィルと同じ魔法を構築しようとする。
駄目だ、今のサーナには負担が大き過ぎる……!
「サーナ、駄目! 今そんな事したら、サーナが死んじゃうよ!」
「そうだ、サーナ……! もうお前に辛い思いをさせたくは無い……」
私とルシュフさんは必死でサーナを止め、何とか彼女に魔法を使わせないようにした。
そうしている間にも、大地や空、この空間全てに禍々しい魔力が流れ続けている。
折角サーナを助けたのに、こんな所で終わるなんて嫌だ……!
全員のウルティマをぶつければ、止められるだろうか?
でも、ぶつけるって何処に……?
「諦めるのはまだ早いな。そうですよね、セシル様」
リタはそう言ってニヤリと笑い、セシル様に目を向けた。
それに対し、セシルも不敵な笑みを浮かべている。
「ええ、その通りです。何せここには、四霊聖剣士と鍵の聖剣士が揃っているのですから」
四霊聖剣と、鍵……?
一体、何のことを言っているんだ?
四霊聖剣……まさか……!
「起こそう、奇跡を!」
そう言って、シャロがグローライザーを天に掲げる。
それを合図に、四霊聖剣士達とヴェロニカ、そしてリタがシャロの元に集った。
シルビア、バーン、ルーク、ウンディーネ、ヴェロニカ、リタ、シャロ……そうか、四霊聖剣の奇跡は、四霊聖剣だけでは起こせないんだ。
鍵となる聖剣が揃うことで、漸くその魔法を解き放つことが出来る。
そう言う事だったんだね。
「必ず、成功させましょう!」
ヴェロニカの言葉に、皆が力強い声で返事をする。
次の瞬間、メフィルの魔法とは別に、新たな魔力が動き始めた。
そうして、詠唱はバーンから始まる。
「命を焚べし、紅蓮の猛火は」
バーンが灼炎剣ヒートルビーを掲げると、続けてディーネが真海剣アクアマリンを掲げる。
「水紋となりて大地へ届き」
ディーネの詠唱ののち、ルークが地砕剣スモークエイクを掲げた。
「大地に芽吹く命の風は」
続けてシルビアが疾双剣ヒスイを両手で天に掲げ、詠唱する。
「暗雲の空を吹き飛ばし」
リタが刻星剣ホロクラウスを夜空に掲げる。
「夜を歌う星座は、花の如く」
乱咲剣レイブロッサムを掲げたヴェロニカが、口を開いた。
「百花繚乱、咲き誇る!」
そうして、最後にシャロが黎明剣グローライザーを天高く掲げる。
「目覚めよ、黎明を訪う魔法!」
「「「「「「「法陣展開!」」」」」」」
皆の声が揃うと、剣士達を中心として巨大な法陣が現れた。
それはまるで、奇跡のように……
「「「「「「「アルス・マグナ!」」」」」」」
夢のような光景が、目の前に広がっていった。
炎と水が調和するように舞い、大地には花が芽吹くとそれが風に揺られ、花弁が空に舞い上がって行く。
軈て色とりどりの花弁は、嵐を起こすかのように宙を踊り、周囲を侵蝕していた黒い魔力を飲み込むと、さらに勢いを増して大きなものとなっていった。
夜の静寂を目覚めさせる程の花嵐が、この場所を……否、世界中を彩っているのだ。
「あ、あれ……?」
この魔法の力なのか、宛ら優しい陽光に照らされたかのように、心が暖かくなる。
私の中に残っていた黒い魔力が、そっと消えて行ったような気がした。
世界中を彩った花の嵐が過ぎ去ると、いつの間にか空には朝日が昇っていた。
ふと、私は周囲を見渡してみる。
みんな無事だ。
でも……
「メフィル、逃げたか……」
ディアス皇子が、無念の表情でそう呟いた。
虚空剣ヴァニタスでの攻撃は、確実に効いていたはずだ。
必ず見つけ出して、今度こそは倒してみせる。
それよりも、漸くサーナを助ける事が出来たんだ。
「ありがとう……勇者さま」
私が、勇者……!
お父様、私は大切な人を守れたよ。
ちゃんと勇者みたいになれたかな?
そうだったら、嬉しいな。
「サーナ、無事で良かった……!」
訪れた静かな朝は、明日への希望に満ちていた。
帰ろう。