110.ソワレ(再演)
勝利への確信と同時に、最大の疑問が生まれてしまう。
なぜリタは生きているのだろうか?
ミメシス……?
否、これまで見てきたミメシスとは違い、確かに彼女はリタ・シープハード本人のように見える。
それに、あの眼は何だ?
まるで……セシルと同じ……!
「本当に……驚きましたよ。まさかリタさんが……わたくしと同じ力を持っておられたとは……先程、知恵の眼で……わたくしに……コンタクトを取られましたね? ゲボッ……」
いつの間にか巨大傀儡から降りていたセシルが、吐血する口元を押さえながらそう話した。
心配過ぎて話が入ってこない……!
「ああ、セシル様! ご無沙汰してます! てか大丈夫ですか!?」
「問題ありませ……うっ……問題ありません。少し……無茶をし過ぎてしまいました」
「ええ……ご自愛ください……」
問題があるようにしか見えないけれど、まあセシルだから平気だろう。
それにしても、リタが知恵の眼を……セシルの言い方では、まるで元から持っていたかのように聞こえたけれど、当時のリタには知恵の眼が無かった。
まさか、目覚めていなかったという事か?
本来あるはずの知恵の眼が覚醒しなかったせいで、リタの魔力は他人よりも少なかったのかもしれない。
先程リタから感じた魔力は、彼女自身の魔力でありながらも、以前とは比にならないほど膨大なものだった。
とりあえず、なぜ生きているのかなんてどうでも良い。
リタが帰ってきた。
その事実だけで良いんだ。
「まあ、一旦コイツやるか」
そうして、彼女は再び剣を構える。
魔力阻害とパノプティコンが復活し、今はリタも魔法が使える状態では無い。
「驚きはしましたが、魔法が使えなければ脅威では無い。大人しく殺されてください」
「へっ、そいつはどうかな! テメェこそ魔力阻害が無ければ大した脅威じゃないだろ! もはや私のほうが強いまであるな。や〜い、ざぁこざぁこ!」
煽り方が幼稚過ぎる……いつものリタだ。
「馬鹿な事を。第七禁断魔法、スカル……」
「エクリプス」
メフィルの詠唱を遮り、シャロがエクリプスを発動する。
これなら、シャロだけはメフィルの魔力阻害に邪魔をされない。
「クソッ、小癪な……!」
メフィルの表情に焦りが見える。
シャロは聖剣魔法を構築し、グローライザーの刃をメフィルへと向けた。
「黎明一突!」
「カース・オブ・ダークネス!」
二人の魔法が相殺した直後、僅かに魔力阻害が途切れる。
その隙を見て、リタは一瞬のうちに聖剣魔法を構築した。
「グランシャリオ」
夜空を割いて現れたホロクラウスの剣身が、メフィルへと落ちて行く。
構築が早過ぎる。
私でさえ、ルーナの力を借りないと構築からあの早さで発動には至らない。
これが、知恵の眼の力だと言うのだろうか?
「スカルギャラクティカ!」
夜空に広がった骸達により、グランシャリオの刃が止められる……かに思えたが、剣身はその勢いを落とさずに骸達を散らせてメフィルに直撃した。
「ナイスだよ、シャロちゃん。お陰で奴の隙を突けた」
リタはそう言ってシャロに笑顔を向けると、直ぐに次の魔法を構築し始める。
この激しい魔力の動きは、まさか……!
「くっ……人族ごときがぁ! 私を倒せると思うなァ!」
まずい、メフィルの魔力阻害が……!
「知るかよ」
直後、リタは瞬時にその場から移動し、メフィルの背後を取る。
駄目なんだ、リタ……今のメフィルは全方位監視が出来る。
視界から外れたところで、魔力阻害からは逃れられない。
はずなのに、どうして……リタは魔法が使えるの……?
「法陣展開、夜を歌え———」
リタは空中でウルティマの法陣を展開し、その青い眼で標的を捉える。
天に美しい星空が広がると、星座達は歌い踊る様に動き出した。
「なぜだ、なぜ……貴様ぁ! なぜ魔法が使える!?」
リタとメフィルは互いに目を合わせている。
しかしウルティマの法陣は途切れる事なく、遂に彼女はその魔法を口にすると、銀河のように青い剣身を一振りした。
「ソワレ」
斬撃はメフィルの首を刎ね、奴の身体はその勢いで吹き飛ばされると、地面に強く激突してから倒れた。
倒した……?
否、再生するのか?
「あ……ああ……まだ……だ……」
転がったメフィルの首から、呻き声のようなものが聞こえてくる。
すると、それは宙に浮かび上がったかと思えば、メフィルの身体に移動して再び一つになった。
「ぐっ……馬鹿め……貴様の魔法では、私を完全に倒すことは……不可能だ……」
そう言って、メフィルは地面に膝をつき立ち上がろうとする。
「ならば、これで終いだ」
メフィルの背後に誰かが立っている……!
いつの間に……!?
「なっ、ぐああああっ!」
ズシャリという音と共に、メフィルの心臓を黒い剣身が貫く。
奴を刺したのは……
「ディアス……貴様は……裏切ったか……ッ!?」
ディアスが……虚空剣ヴァニタスでメフィルを刺したのだ。
一体、どう言う事……?
「裏切るだと? 馬鹿を言うな、ワタシはこの時をずっと待っていたのだ。諸悪の根源、メフィル・ロロ……永きに亘る貴様との因縁は、ここで断ち切るッ!」
ディアスは力強い声でそう言うと、メフィルから剣を引き抜く。
そうか、虚空剣ヴァニタスに斬られた者は、その魂が消滅する……!
ディアスは、ずっとこの機を狙っていたのだろうか?
殆ど不死に近いメフィルが自身の本体を曝け出し、絶対的な隙を見せるこの瞬間を……
「ディアス・エヌ・アイテール……全てを信用していたわけでは無かったが、裏切る事は無いと侮っていた……! 一体、いつから考えていた!?」
右手で腹部を押さえながら、自身を刺した相手を睨むメフィル。
そんな時、唐突にディアスの横へ何者かの気配が現れる。
「それについては、俺のおかげかなぁ」
奴は……人族?
転移魔法では無い。
今、どうやってあの場に現れたんだ?
それに……隣に居るのは……
「サーナ……サーナ……!」
懐かしい顔があった。
彼は泣きながらこちらに駆け寄ると、私が抱くサーナの頭に手を添える。
「お父様……?」
ルシュフさん、生きていたのか……!?
そうか、ルシュフさんを殺したのはディアスだ。
ディアスはメフィルの目を欺く為に、ルシュフさんを殺害する振りをしていたんだ!
「グレイ……お前の計画かぁ!?」
グレイ……アビスの言っていた創星教の人族だ。
ルカがシリウスで接触した時、ザガンを連れ戻しに来たと話していたけれど、まさか彼もずっとメフィルを倒す為に……!
「いやいや、計画を立てたのは俺じゃなくてディアス皇子だ。さて、ここからはネタバラシの時間だな」
「ああ、ワタシから話そう」
それからディアスは、計画の全貌を話し始めた。
彼の企てた永きに亘る陰謀が、いま明らかになろうとしている。