107.兄弟の因縁
剣と剣の衝突する音は、耳が痛くなりそうな程に激しく響いている。
黎明剣グローライザーが目覚め、偽物のメフィルは倒された。
残るは、本体のみ。
「余所見をしている場合か!」
俺の頬を剣先が掠める。
新しく出来た傷口から、僅かに血の流れる感触がした。
「随分と余裕だな、ユーリ」
「うるせえ……」
こちらも既に手一杯だ。
ディアス・エヌ・アイテール、やはり強い。
俺は奴の攻撃を避けるので必死だが、奴は俺に幾つもの傷を負わせている。
少しでも気を抜けば、確実に負けてしまうだろう。
俺は幼い頃、強い兄貴を尊敬していた。
既に次期皇帝として育てられていた兄貴は、剣技も立ち振る舞いも、当時から皇族として相応しかったのだ。
「お前は、俺の憧れだった……!」
俺が剣を振り、ディアスの胴に斬りかかる。
奴はそれを剣身で受け止め、そのまま鍔迫り合いの状態になった。
「昔話か?」
「あの時のお前は、本当に輝いて見えたんだ。今だってそうだ! どんなに変わっちまっても、やっぱりお前はアイテール帝国第一皇子、ユニコーンナイツのディアスだよ……だから……!」
鍔迫り合いを解き、俺は再び奴との距離を取る。
「分からねえんだ。どうしてお前が、そこまでしてメフィルの野郎を助けるのか。なあ、本当に他国の事なんかどうでも良いのか? 本当にメフィルは、アイテール帝国の為に動いてんのかよ……?」
「ユーリ、ワタシはあくまでメフィルに仕える身だ。彼が創星の力を手に入れれば、この星は彼のものだ。そうして、ワタシは彼の下で全ての国を支配する。アルブ侵略は、その記念すべき第一歩だ」
そう話すディアスの目からは、確かな信念が見て取れた。
「ふざけるな……だからって、おやっさんを殺したり魔族を迫害する必要はねぇだろ! お前、いつからか変わっちまったよな。昔のお前なら、多種族を見下すような事は絶対にしなかったはずだ。なのに、どうしてだよ!」
脚部に雷魔法を発動し、素早くディアスの懐に入り込む。
俺は剣を捨てると。そのまま奴を押し倒して馬乗りになる。
「種族など関係無い。ワタシにとって、人族も魔族も全てがワタシの下だ。何も魔族だけを限定して差別しているわけでは無いのだよ。皆は平等に、ワタシの道具に過ぎない。そこを退け、ユーリ」
「うるせえええ!」
俺は怒りに身を任せ、ディアスの顔を拳で殴った。
更に奴の襟首に掴みかかり、その半身を持ち上げる。
「お前がどうしようも無いクズ野郎なのはよく分かった! だからって、あんな奴の下に付くのか? お前はメフィルの下で良いのかよ……?」
「世渡り上手と言って欲しいな。ユーリ、お前も少しは先を見据えて行動した方がいい!」
そう言うと、ディアスは俺の顔を殴り、今度は反対に俺が押し倒される。
「漸く待ち望んだ今日が訪れたのだ! この機を逃すわけには行かない……! ワタシの邪魔立てをする者は……否、もはや邪魔では無いか」
そう言って、ディアスは先ほど落とした剣を拾い、俺の顔の横にそれを突き立てた。
「見ていろ、ユーリ。ワタシの悲願が果たされるその光景を……!」
そう話すディアスの目には、強い光が宿っていた。
それはまるで、勇者のように。