106.戦う理由
少し離れたところで、皆の戦う音が響いている。
ボクらはその喧騒を背に、暫く無言のまま向かい合っていた。
「なぜ攻撃して来ない?」
先に口を開いたのは、ザガンの方であった。
不思議だ。
敵と対峙しているにも関わらず、今のボクには彼を敵として見ることが出来ない。
それは、今日この場所で二人きりになってから、一度もボクに攻撃する様子が無かったからである。
勿論、以前話した内容についても気になる事があった。
恐らく、彼はもうメフィルの仲間では無い。
仕方なく従っているだけなのだろう。
「そっちが攻撃をして来ないので」
ボクはそう短く返す。
こんな事を言ってしまうと、攻撃して来るだろうか?
そう思ったが、やはりザガンは何もして来ない。
「……ルカ・ファーニュ、俺を殺すならば殺せ」
自決をせず、生殺与奪の判断をボクに委ねるか。
殺すことも考えたけれど、それでは彼が報われない。
ボクは本心が聞きたいのだ。
「一つ、確認したい事があります」
「……何だ?」
「シリウス事件前、あなたがミアさんの死体をアンデッドにしたと聞きました。しかし、その死体はミメシス技術による複製だったらしいですね。あなたは、それを知っていてアンデッドにしたのですか?」
ボクの質問から、暫くの間沈黙が続く。
「そうだ」
軈て口を開いたザガンは、一言だけそう返した。
誰が何の目的でそうしたのか、詳しい事情は分からない。
ミアさんはアイテールの者が逃がしてくれたと言っていたけれど、ミメシス技術を知っているアイテールの者は限られてくる……と言うよりも、一人しか居ないはずだ。
或いはボクらの知らない所で、まだミメシス技術が扱える人物がいるのだろうか?
ディアス・エヌ・アイテール、彼は一体何を目論んでいるのだ?
「そうですか、ありがとうございます。それだけでも聞けてよかった」
この情報のおかげで、おおよその状況が掴めてきた。
あの時、ザガンを連れ戻しに来たグレイという男。
彼はメフィルとは別の何かを企んでいるのだろう。
それがボクらにとって、吉と出るか凶と出るか。
未だそこまでは分からないが、少なくともザガンはメフィル側では無い。
それでも尚、従わなければメフィルに殺されたりでもしてしまうのだろう。
「ルカ・ファーニュ、お前の目的は何だ?」
そんな事を訊かれても、ボクはただ皆さんの助けになりたいだけだ。
こうして外の世界に馴染めるようになったのは、皆さんのおかげなのだから。
「強いて言えば、メフィルを倒す事ですかね。今のあなたは、既にメフィルの仲間では無いのでしょう? ですから、戦う理由が無いんですよ」
ボクの答えに、ザガンは一瞬狼狽える。
既に分かり切っていたことだ。
今更何を驚いているのか?
「……そうか、そうだな。俺は、俺が忠誠を誓っていたのは、女神でもメフィルでも無い」
漸く、話す気になってくれたか。
「聞かせてください、ザガン。あなたの本心を……」
ボクとザガンは、その場にあった適当な岩に並んで腰を下ろし、腹を割って話し始めた。
「元々、俺は魔族の中でも立場が弱かった。そんなある時、俺を救ってくれたのがブライトだったのだ。彼女は俺の力を認めてくれた。俺はブライトと行動を共にしていく中で、どうしても彼女に惹かれてしまったのだ。だから……」
ザガンは一呼吸置いてから、話を続ける。
「だから、俺は彼女を殺したメフィル・ロロを許さん! 許せないのだ! にも関わらず……俺には勇気が無かった。奴に反逆する勇気が……しかし、それが今日叶うかもしれない」
彼が何をしようとしているのか、ボクには分からないけれど……
「目的は一緒、と言う事ですね。ボク達と来ませんか?」
ボクの提案に、ザガンは少し俯きながら両手を額の前で組み、暫く考えてから口を開く。
「……そうだな、既に役目は終えたも同然だ。俺にはお前達と戦う理由が無い」
この戦いは、きっとボクらが勝つ。
そう断言できるだけの条件が、ボクの頭の中では揃いつつあった。
「それでは、ベリィさんの所に行きましょうか。あ、もう少し訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
立ち上がったボクは、軽く伸びをしてからザガンにそう問い掛ける。
「ああ、どうした?」
「あなたにミアさんのミメシスを渡した人物は、今あなたが協力している者と同一人物ですよね? その人が誰なのか、ボク達の味方なのか、教えてもらえますか?」
大凡はボクにも察しが付いているけれど、一応は聞いておきたい。
それによって、この後ボクがどう動くべきなのかが決まる。
「良いだろう。俺を動かしていたのは———」
それは、想像以上に大掛かりな計画であった。