幕間 従者として
ある雪の日の事だった。
まだ幼かったお嬢が、外で雪遊びをしたいと言い出したから、ミアさんの代わりにオレがお世話をした事があった。
正直なところ、この頃のオレはまだ子供との接し方がよく分からず、少しぶっきらぼうになっていたのかも知れない。
それにどんな過激な雪合戦をするのかと思えば、やったのはただ雪を丸めて雪だるまを作るという、可愛らしい遊びだった。
「お嬢、お寒くはないですか?」
オレがそう訊ねると、マフラーから覗く頬を赤くしたお嬢が笑う。
「だいじょうぶ! この手袋、ミアが編んでくれたの! かわいい?」
「ええ、よくお似合いです」
「えへへ、ありがとう!」
オレはと言えば、こんなに着込んでも寒いのだから、子供は元気だな。
やがてお嬢が作った雪だるまは、ローグ様の背丈よりも高いものとなっていた。
「見て、おっきいでしょ!」
お嬢は両手をいっぱいに広げ、自分と雪だるまの大きさを比べて見せる。
体の小さなお嬢と並んでいると、その大きさが余計に際立っていた。
「立派ですね。お顔は作らないんですか?」
その雪だるまには、まだ顔のパーツが無かった。
オレがそれについて訊ねると、お嬢はこちらに駆け寄り、にっこりと笑ってオレの手を取る。
「お顔はウールが作るんだよ。わたしじゃ届かないもん! それに、ウールはまだ雪だるま作っていないでしょ?」
確かに、オレはお嬢が雪だるまを作っている姿を見ていただけで、自分は何もしていなかった。
そうか、お嬢は誰かと一緒に雪遊びがしたかったんだ。
「そうですね。それでは、オレがお嬢のこと肩車するんで、一緒にお顔を作りましょう」
「かたぐるま……! うんっ!」
その日から、オレは従者として、一生かけてお嬢のことを守り続けようと誓った。
ローグ様の娘だからでは無い。
このお方の笑顔を守りたいと、心からそう思ったんだ。
そう思っていたのに……いつの間にかお嬢は、オレなんかよりもずっと強くなっていたな。
最近は少し冷たくされる事も多いし、そういう年頃というのもあるが、少し寂しい気持ちがある。
それでもオレは決めたんだ。
お嬢の為に尽くそうと———
「スタッグバイト!」
「ポルターガイスト!」
「水刃!」
ビート、ポルカ、ディーネさんが、敵に向けて左右と背後から攻撃する。
オレ達の前にいるのは、黒く禍々しい身体に蝶のような金色の羽を持った、蟲型の魔物。
メフィルはコマと呼んでいたな。
奴は以前現れた時よりも大きく、力も増しているように見える。
「くそっ、コイツ硬すぎでしょ!」
「やはり毒にも耐性があるか……」
「斬れない……」
三人の攻撃は強力だが、それでもコマを傷付ける事はできない。
「ギイィィィィィッ!!」
コマは気味の悪い鳴き声のような音を立て、こちらに威嚇のような行為を取ってくる。
気を付けないと、奴の攻撃は一度当たっただけでも運が悪ければ致命傷になりかねない。
「みんな、オレの魔法で奴の動きを鈍らせる! そしたら一斉攻撃だ!」
オレの提案で、その場の全員が一斉に頷いた。
先ずは羽……!
「アイスボルト!」
飛びあがろうとしたコマに氷魔法を放つと、それは少しズレたがギリギリ羽に当たり、それの動きが一瞬鈍くなる。
「アイスボルトッ!」
二度目のアイスボルトを放ったのは、俺では無かった。
「コピーライド、プリント」
ディーネさんが、レンダリング魔法でオレをコピーしたんだ。
もう一人のオレが放った魔法は、羽を含む広範囲を凍らせた。
飛べなくなったコマは自重と氷の重さで落下し、オレともう一人のオレはその隙を突いて、更に氷魔法を撃ち込む。
「「アイスバレット!!」」
氷を最大限まで圧縮して放たれるこの魔法ならば、威力は十分のはず。
思った通り、それは漸くコマの胴体に穴を開けることが出来た。
「今だ!」
オレの掛け声で、皆が一斉に魔法を撃ち込んで行く。
「ハイドロスラスト!」
「ローカストプレイグ!」
「サイコプロージョン!」
「ガストショット!」
「火焔拳・爆!」
ディーネさん、ビート、ポルカ、ブラスト、バーナ、全員の攻撃が直撃して抉れた胴体からは、黒い液体がドロドロと流れ出している。
このまま行けば、オレ達で勝てるかもしれない。
さっさと片付けて、お嬢の元に戻ってやる。