105.蒼い炎も吹き飛ばせ
これ以上、足手纏いにはなりたくない。
以前のサーナ救出作戦で、もしボフリが居なければ、勝っていたのではないだろうか?
あーしは、ずっとそう思っている。
あの男さえ居なければ、アンセル村が焼かれることは無かった。
あの男さえ、居なければ……
脱走犯を追う日々の中で、あーしはひたすら自分の剣技を磨き続けた。
ビートさんには一通り双剣での戦い方を教わったし、あとは自分なりにそれを実戦に活かすのみ。
ルカやミアさんも付き合ってくれて、より本番に近いような特訓が出来た。
二人は本当に強くて、ルカ一人が相手でもあーしじゃ勝てないのに、ミアさんは魔物だから動きが人族や魔族とは違う。
その上、ルカと同等かそれ以上に強いんだから、何回も負け続けて心が折れそうになった事もある。
それでも、諦めなくて良かった。
最後の脱走犯と戦闘になった時、あーしとヒスイの間に流れる風の動きが、僅かに変わった気がした。
おかげで、もっと深くヒスイと繋がることが出来たんだ。
今のあーしなら、奴を倒せるだろうか?
目の前にいる、あの男を———
「さぁ、祭りの始まりだ」
そう言ってニヤリと笑うボフリは、この戦いを楽しんでいるように見えた。
ふざけやがって……こんな奴の為に、これ以上誰かが不幸になるのなんて許せない。
「テメェがどんな目的であーしらの村を滅ぼしたのか、そんなのは知ったこっちゃない。でもあの時、テメェはあーしがガキだったから見逃したんだろ?」
あーしの問いに、ボフリは笑みを浮かべたまま答える。
「子供は殺したら可哀想だからなぁ。特にお前はまだ小さかったから、少しでも痛えことはしたくなかったんだ」
コイツが子供を殺さない理由なんか知らないけれど、これはきっと奴の信念みたいなものだ。
信念を持って戦う奴は強いけれど、あーしだってコイツには絶対負けたくない。
今日ここで、決着を付けてやる。
「……痛かったよ、凄く。家族も住む場所も奪われた挙句、兄ちゃんは変な奴らに攫われて改造されちゃうし、もう心がボロボロだったよ。テメェのせいだ。もう二度とテメェが誰かを不幸にしない為に、あーしがケジメつけてやるよ」
そう言って手にしたヒスイを、ボフリへと向ける。
「吹き飛ばせ、疾双剣ヒスイ」
ヒスイに魔力を込め、技の構えを取った。
「ヒスイ疾風斬り」
銀狐一閃のスピードも合わせて、通常の倍は速く動けている。
これまでは銀狐一閃を乗せて聖剣魔法を発動すると、脚に負担が掛かりすぎて反動で動けなかったりしたけれど、特訓のおかげでそれも無くなった。
今なら、反動無しでもっとスピードが出せる。
「ヘルフレイム」
蒼炎の魔法を使ってくることは分かっていた。
あーしはあまり考えて行動するタイプじゃないから、相手が炎を纏っていようと関係無い。
猪突猛進、前だけを見て突き進め!
「お前……!」
炎に関係なく突撃してきたあーしに驚いたのか、一瞬だけボフリの炎が揺らぐ。
よし、今だ!
「フレイミングバッシュ!」
兄ちゃんの灼炎剣ヒートルビーが放つ聖剣魔法が炸裂する。
あーしはギリギリでその場から避け、攻撃を兄ちゃんに任せていた。
「チッ」
兄ちゃんの攻撃はボフリの服を切り付けただけだったけれど、まだチャンスはある。
「ブラックスモーク!」
ルークさんのスモークエイクが放った聖剣魔法で、辺りが黒煙に包まれる。
そうしてボフリの姿が見えなくなる寸前に、あーしは奴の背後を取っていた。
「ヒスイ、爆空斬り!」
ボフリに向けて放った攻撃による風圧は、あーし自身にも強い負荷を掛けてくる。
奴と共にその場から吹き飛ばされ、お互い地面に激突して倒れると、直ぐに立ち上がって攻撃の体勢を取った。
「お前……死ぬ気だな」
ボフリはそう言って、ニヤリと笑う。
そうか、奴には今のあーしがそう見えるんだ。
「死ぬ気なんかねーよ。テメェに勝つ為に戦ってんだ、死ぬ気でなぁ!」
死んでも勝とうだなんて思っていない。
死ぬ気で戦って、絶対に生きて勝ってやる。
「同じじゃねぇのか?」
分からないだろうな、初めから死ぬ事を前提に戦っているような奴には。
ボフリは死ぬ為に戦っているようなものなんだ。
だから死を恐れていない。
ある時、リタ団長が話していた事を思い出す。
「死を覚悟して戦っている奴は強い。死ぬ事が怖くないから、どんな状況でも自分の身を守らないで、ひたすら攻撃だけに集中出来るんだよ」
それなら、あーしも死ぬ事を恐れなければ良い。
死への恐怖を克服するのは、簡単な事では無いから、今のあーしが本当に死ぬ気で戦えているのかなんて、そんな事は分からない。
でも、ボフリにはあーしが死ぬ気に見えたらしい。
それなら、成功かな。
「これが、あーしの覚悟だ」
そう言ってヒスイに魔力を込め、次の魔法を構築し始めた。
次に放つ聖剣魔法の発動中は、一切の防御が出来なくなる。
もしかしたら、ヒスイはそんなあーしの覚悟に応えて、この法陣を教えてくれたのかも知れない。
「……そうか、なら殺されても恨むなよ」
お前の事は、ずっと恨んでいるんだよ。
でもそれ以上に、あーしは友達の助けになりたい。
これはもう、あーしだけの戦いじゃないから。
ベリィ達がメフィルに集中できるように、あーしが必ずボフリを倒してみせる。
「カーディナルプロージョン!」
「クリミナルフレイム……!」
兄ちゃんとボフリの魔法が激突する。
奴の蒼炎魔法は強いけれど、兄ちゃんだってあれからずっと聖剣魔法の練習をしてきたんだ。
四精霊サラマンダーから託された、灼炎剣ヒートルビー。
四霊聖剣の中では最も攻撃に特化した神器だから、聖剣魔法の威力は桁外れだ。
「アモンズ!」
更に兄ちゃんは鬼人の姿へと変身し、燃え上がる蒼炎の中に突っ込んで行く。
「この姿になれば、多少は熱に耐性が付くからなぁ! バーニンクリメイション!!」
兄ちゃんの蒼炎魔法と、ボフリの蒼炎魔法が衝突し、周囲に凄まじい熱波が広がった。
「アジャスト、グランドコラプス!」
その熱波を少しでも軽減させようと、ルークさんがあーしの前で熱波の軌道を逸らし続けてくれている。
「シルビアさん、僕もバーンも合わせるから、そっちのタイミングでいつでも使って!」
ルークさんの言葉に、あーしは無言で頷く。
詠唱以外で声を出せない。
当然ながら、周りに気を遣えるほどの余裕すら無いんだ。
「ハッハッハッハッハ! やるじゃねーかよ! まさかお前がここまで蒼炎を使いこなせるとはなぁ!」
「テメェのおかげだよ、クソ野郎! 感謝の印にぶっ殺す!」
兄ちゃんのお陰で、ボフリは攻撃に集中しているようだ。
相手が攻撃をしている時は、必ず隙が生まれる。
今のうちに、早く構築するんだ。
魔法を使えない事が、ずっとコンプレックスだった。
あーしがリタ団長やベリィのように、ウルティマを使える日が来るなんて、考えてすら居なかった。
でも、心のどこかでずっと願っていたんだ。
もっとひどく大きな、全てを壊す風を起こしたい。
「法陣展開、空を荒らせ———」
あまりに不完全過ぎるウルティマだ……!
威力も本来の半分程度しか出せていないかも知れない。
魔法が使えないあーしは、法陣に魔力を流し込むのも下手くそだから。
でも、あーしは動ける。
足りない分は、あーし自身の脚力でカバーするんだ!
「ヒスイ風神連斬!」
一気に踏み込み、燃え盛る蒼炎の中に突っ込んだ。
中途半端な風は、炎の威力を強めてしまう。
だったら、この炎を吹き飛ばす程の風を起こしてしまえば良いんだ。
“どっどど どどうど どどうど どどう
蒼い炎も吹きとばせ
でっかい悪意も吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう”
無我夢中だったから、そんな歌を歌っていたような気もする。
“どっどど どどうど どどうど どどう”
そういえば、この歌は村長があーしに教えてくれたんだっけ。
意味はよく分からないけれど、これを歌っていたら、風と一つになれる気がするんだ。
ただの気のせいだと思う。
でも、おかげで今日まで頑張って来れたよ。
気付けば燃え盛っていた蒼炎は消え去り、目の前には大火傷を負ったボフリが倒れていた。
あーしがやったのか、右腕が無くなっている。
「ヒュー……ヒュー……」
その口からは、今にも消えそうな程の小さな息遣いが聞こえた。
あーしは火傷の痛みを堪えながら、ボフリに刃を向ける。
「さよなら……」
みんな、仇は取ったよ。