102.Present for enemy
少し標高が高いせいか、空気が冷たく感じる。
アルブの寒さには慣れていたつもりだったのに、暫くアストラで生活していたから、すっかり寒がりになってしまったようだ。
「遅かったですねぇ、フルーレ」
「うん、ちょっとコイツ連れてくるのに手間取ってさ〜」
フルーレはそう言うと、メフィルに向けて私のことを突き出した。
メフィル、と呼ぶのは正しいのだろうか?
声はメフィルと同じだが、その姿はまるで別人のようだ。
外見はメフィルよりも老けており、僅かに皺がある。
これが奴の本体……漸く出会えた。
「何とも、醜悪な姿ですね。まだ貴女の父親のほうが勇者らしかったですよ、ベリィ・アン・バロル」
そんな事、思ってもいないくせに。
「ベリィ……」
そう小さな声で私の名前を呼んだのは、柱に鎖で縛られた少女。
サーナ、ごめんね。
あられもない姿で捕まっている彼女を見て、私は思わず怒りが込み上げてくる。
「おやおや、怖い怖い。まあ抵抗してこないあたり、シャーロット・ヒルの死は貴女に相当なダメージを与えたようですねぇ。最高のプレゼントが出来て何よりです」
最悪なプレゼントだよ。
そう言いかけたが、私が伝えるべき事はそれじゃない。
「やあ、メフィル……」
私は顔を上げ、メフィルの目を真っ直ぐに見つめる。
それに対し、奴は少し怪訝な顔をした。
「私からも、あなたにプレゼントがあるんだ。これまで、ずっとお父様の為に仕えてきてくれてありがとう。そのお礼だよ、受け取ってくれるよね?」
「……はあ?」
ああ、やっとメフィルにもお礼が言えた。
沢山お世話になってきたから、あれが全部嘘だったとしても、感謝は伝えたかったんだ。
そうしてこれが、私からのお礼だよ。
簡単に縛られた鎖を一気に解くと、メフィルの視界を遮るようにフルーレが私の前に立つ。
魔力阻害から外れたその一瞬の隙を見て、私は空間魔法を構築した。
今の私は、ブライトと同等の空間魔法が扱える。
一定の範囲内ならば、大勢の人達を一気にワームホールで移動させることだって可能なのだ。
そうしてワームホールが開き、その中から次々と皆が飛び出して行く。
真っ先にメフィルへ目掛けて攻撃を仕掛けたのは、勿論……
「照らせ、陽光アイネクレスト!」
見たか、メフィル・ロロ。
「これが私からの、プレゼントのお返しだ!」
「キュイッ!」
目映い光と共に飛んできたルーナが、私の肩に乗る。
突如現れたシャロを前に、メフィルは驚愕しているようだ。
それもそのはずだ。
殺したはずの相手が、平然と生きているのだから。
「何故だ、何故生きている? シャーロット・ヒル……」
メフィルの声色から、明らかに恐れているのが分かる。
「だから言ったじゃん、お前は絶対に逃さない。アタシが必ず見つけ出すって。もう逃げられないぞ、フェレスト!」
シャロのこんな怒鳴り声を聞いたのは初めてだ。
彼女の発した聞き慣れない名は、メフィルの別の名前……?
それが恐ろしかったのか、メフィルは後退りをして酷く怯えている。
「な、なぜだぁ! なぜ貴様がその名を知っている!?」
かつてないほど恐怖に満ちたその顔を見て、私は思わず笑ってやりたくなった。
けれど、それはまた後で。
今度こそ、サーナを助ける!
「ボフリ、ザガン、ゴミ共の相手は任せますよ! フルーレ、お前は何をしている!?」
フルーレの口から、ドロドロとハイジャックスライムが這い出してくる。
スライムが抜け出した身体は、まるで抜け殻のようにその場に倒れ込んでしまった。
これでも気絶しているだけらしい。
「オレの新しい使い魔が、頑張ってくれちゃったわけ。よくやったな、スウ」
ウルフはあのスライムに名前を付けたらしい。
こうして見ると、可愛く見えなくもないような……。
「フルーレはもう使い物にならないよ。さぁ、どうする?」
私の問い掛けに、メフィルは一瞬怒ったような顔を見せてから、いつものように不敵な笑みを浮かべた。
「元より、そんなゴミの戦力になど期待しておりません……ディアス!」
メフィルの呼びかけで、満月を背に空からディアスが現れる。
居るだろうとは思っていたけれど、虚空剣ヴァニタスを持つディアスがいるのは一番厄介だ。
「ワタシの崇高な目的の邪魔をするか、ユーリ」
そう言ったディアスの前に、ルミナセイバーを構えたエドガーが立ちはだかる。
「ああ、邪魔させてもらう。ベリィ、コイツは俺に任せてくれ。必ず親友を助けろ!」
「ありがとう、エドガー」
そうして私は、背負っていたロードカリバーを引き抜く。
敵は目の前、パノプティコンと魔力阻害で魔法は使えないけれど、よく考えてみればあの能力も完璧ではない。
恐らく激しい攻撃を受けた時には一時的に解除される事もあるし、遮蔽物に隠れて視界から逃れることが出来れば、一切の影響を受けない。
前回と違い、今回は初めからエドガーもいるし、何より敵の数が少ない。
パノプティコンは厄介だけれど、勝てる可能性は上がっているはずだ。
「このゴミ共が……! 制約解除! 第二禁断魔法、ブラッディ・ドール! 第三禁断魔法、蠱魔! 第四禁断魔法、蛇霊! 第六禁断魔法、悪魔の屍!」
メフィルの詠唱で、あの時よりも更に巨大な魔物達が現れた。
今回は新たに、巨人のようなアンデッドまでいる。
「私の邪魔をするなァ!」
メフィルの叫びに呼応するように、召喚された魔物達は一斉に動き始めた。
確かに、あの魔物一体一体は出鱈目な強さを持っている。
けれど、今の私達にはセシルが居るんだ。
これは、作戦会議の際にセシルが話していた事。
「この戦い、わたくしも戦場に入りますが、カンパニュラとシリウスの警備が手薄になってしまうと、万一にも以前のような襲撃があった場合に対処できない可能性があります。その為、アビスさんが眷属を派遣してくださる事になりました。カンパニュラはカンパニュラ騎士団、ゴルゴンさん率いるオーク兵団、ミニチュアスパイダーパペット達に。シリウスはアストラ聖騎士団、シルバーランクとゴールドランク冒険者の方々、町周辺には複数の蜘蛛型モンスターと、3体のゴライアスドラゴイーターを待機させて頂けます」
ゴライアスドラゴイーターは、その名の通りドラゴンすらも捕食してしまう程の大きな身体をした蜘蛛型の魔物だ。
そんな強力な魔物を3体も……民が怖がらないか少し不安だけれど、どうやら魔物達はあくまで待機しているのみで、緊急時以外は人里離れた場所に身を潜めてくれているらしい。
「さて、これでわたくしは戦場で自由に行動できるようになったワケですが……今回、秘密兵器を用意しておりまして……」
それを話した時のセシルの顔は、かつてないほど無邪気で楽しそうに見えた。
そうして今まさに、セシルはそれを使おうとしている。
「趣味の悪いお人形さんに、哀れなフランケンシュタイン……2体同時にお相手出来るでしょうか」
セシルの周囲には巨大な法陣が展開され、その様子はまるで聖剣魔法のウルティマのようだった。
「これを作ることが出来たのも、アビスさんやキラユラのおかげです。さあ、出撃しましょう。機動装甲傀儡コロッサスパペティア・アブソリュート!」
セシルの詠唱で、大きく地面が揺れる。
やがてセシルと側にいたケイシーを飲み込むような形で法陣から姿を現したのは、巨人のような姿をした白銀色の傀儡だった。
その体には恐らく鎧のようなものを纏っており、月明かりに照らされてキラキラと輝いている。
ところで、セシルとケイシーはどこに……?
「リンク完了、乗り心地は最高です! 皆さん、わたくしに踏み潰されないようお気を付けくださいね!」
まさか……あの傀儡に搭乗しているのか!?
「セシル! そこにいるの!?」
私の呼び声で、傀儡の顔がこちらに向く。
「ええ! 空を飛んでいるような気分です! 本当に飛べるのではないかと! さあさあさあ! 早くわたくしと戦いましょうよぉ!!」
何やら様子がおかしいけれど、興奮した時ってそうなるよね。
とりあえず、魔物はセシルに任せよう。
私のやるべき事は、サーナを助ける事だ。