100.朝日
大丈夫、私はコイツより強い。
直ぐに終わるさ、負けるわけが……無いんだから……
「テンプス……ロ……う……」
魔力がどこかに詰まって逆流しているようだった。
詠唱も発動も出来ない……早く、倒さないと……!
「精神的な影響でここまで弱くなるんだなぁ。ちょうど良いや、今のうちだよ」
「何、言って……うぁっ……!」
フルーレがそう言った直後、私の全身に何か柔らかいものが覆い被さってきた。
これは……スライム……!?
「ハイジャックスライム、生き物の体内に入り込んでその肉体を操る事ができる、寄生型のスライムさ! お前の身体、僕の魔物のオモチャにしてやるよ」
スライムは私の全身に纏わり付き、口から少しずつ侵入してくる。
力が入らないし、魔法すら思うように使えなくて抵抗が出来ない。
「あ……うぁ……」
嫌だ、死にたくないよ……。
私、勇者になるんだから……こんなところで、絶対に死ねないんだ……。
いや……助けて……
シャロ、みんな———
「プロミネンス!」
途切れかけた意識の中、全身に凄まじい熱を感じたかと思えば、私に纏わり付いていたスライムがドロドロと溶けて崩れ落ちる。
プロミネンス……シャロ……?
「ヒスイ爆空斬り!」
「ブラッドロウル・アシッド!」
シルビア……ルカ……
二人はガーゴイル達を一掃すると、武器を構えて私の前に立った。
「ったく、こんなになるまで無茶しやがって!」
「あとは任せてください、ベリィさん」
ああ、私が頑張らなきゃいけないのに、みんなに迷惑をかけてしまった。
「ボアコンストリクター」
フルーレはジェラルドの蛇魔法で拘束され、そのままルークに取り押さえられる。
「ぐっ、離せっ! 離せよ!」
「抵抗するな、殺すぞ」
「ひぃっ……!」
ルークの物凄い剣幕と直球な暴言に気圧されたのか、フルーレは直ぐに黙り込んだ。
「ベリィちゃん、大丈夫!?」
そうして私の元に駆け寄ってきたのは、キラキラと輝く大きな盾を背に携えた、まるで陽光のような……
「シャロ……」
涙が溢れて視界が悪いし、そうでなくとも私の意識は朦朧としていて、目の前の風景すらよく見えない。
けれど、彼女の姿だけは本当に、本当にはっきりとこの目に映った。
「シャロ……わ、わたし……もう……」
「もう大丈夫、アタシに任せて」
その言葉を聞いた途端、私の胸に閊えていた何かが取れたような、将又この心に空いていた穴が塞がったような、そんな気がしてまた涙が溢れ出した。
「わぁっ、っていうかベリィちゃん、その顔どうしたの!? よごれ……?」
シャロは少し怪訝な表情で、私の左目あたりが黒くなった顔を見ている。
「汚れなわけないじゃん……シャロぉ……」
私はそんなシャロの能天気な発言がおかしくて、泣きながら笑ってしまった。
霞む景色の中にいるシャロの姿はまるで朝日みたいで、それが私には眩しく、そして優しく見えた。
「ベリィちゃん、一緒に帰ろう!」
もう二度とシャロに傷付いて欲しく無かった。
もう二度と、みんなに苦しんで欲しく無かった。
だから独りで頑張ってきたけれど……
やっぱり、私は独りじゃ何も出来ないな。
「……うん!」
私は差し出されたシャロの手を握り、そうして皆でシリウスへと帰ったのであった。
魔法が上手く使えなかった私の代わりに、ルーナの大規模転移魔法でシリウスに戻る。
以前は転移魔法を使った事すら無かったのに、いつの間に覚えたのか。
そういえば、ルーナはサーナと同じ力を持っているって、ブライトが言っていたな。
という事は、以前私が使った大規模転移をコピーしたのだろうか?
皆がここへ来る時も、ルーナの転移でやって来たらしい。
私が知らない間に、この子も成長してるんだ。
シリウスに帰っていた私は、先ずお風呂に入らされた。
入浴はおろか、暫く服も着替えてなかったせいで、かなり臭かったようだ。
何だか申し訳ない……
そうして身体に異常が無いか調べたいと言われ、病院のベッドに寝かされると医者とセシルによって色々と検査をされた。
結果、全て精神的不調によるもので、特に異常は無かったらしい。
セシルから一つ言われたのは、黒くなったツノと片目のことだ。
「闇魔法の暴走による後遺症ですね。半神アラディアから受け継がれてきた魔王が持つ闇の魔力は、膨大過ぎるが故に制御が利かなくなる可能性がありますから。とは言え、一時的なものでしょう。放っておけば治りますから、安心してくださいね」
セシルはそう言うと、私のツノを優しく撫でた。
少しくすぐったい。
「セシル、私のツノが怖くないの?」
「確かにベリィさんのツノは無条件に生物を恐れさせる力を持っておりますが、ここにいる者は皆、ベリィさんのお人柄をよくご存知です。わたくしも同じ。まあそれはそれとして、わたくしは天才なのでベリィさん程度の威圧感ではちっとも怖くありません」
セシルは自慢げにそう話しながら、優しい笑顔を見せた。
「セシルのそう言うところ、大好きだよ」
「あら、奇遇ですね。わたくしもわたくしのこう言うところが大好きです」
セシルの自己肯定感の高さは見習いたい。
本当に格好良くて、素敵な人だ。
検査が終わった後、病室にエドガーが果物を持ってやって来た。
散々困らせてしまったから、私はその事について謝ったけれど、彼は何一つ私のことを責めなかった。
代わりに、エドガーはこう教えてくれたのだ。
「勇者ってのは、孤独に戦う剣士じゃない。皆に親しまれ、民の側で民を守ってこそ、平和の象徴足り得る。これまで通りで良いんだ。ベリィが今までやってきたように、みんなで戦えば。俺もそれを見失っていたらしい」
そうだった。
物語に出てくる勇者は民に親しまれ、仲間と共に悪を討つ。
決して孤独では無かった。
本当に大事なことを忘れていたようだ。
「ありがとう、エドガー。やっぱり、エドガーは本物の勇者だね」
「勇者に本物も偽物も無い。俺から見れば、ベリィこそ勇者らしいよ」
勇者にそう言ってもらえるなんて、嬉しいような恥ずかしいような、何だか変な気分だ。
「じゃあな、ゆっくり休むんだぞ」
エドガーは最後にそう言い置くと、病室を出ていった。
「うん、ありがとう」
彼が去った後、これまでの疲労が一気に来てしまい、それから丸二日眠ってしまったらしい。
次に目が覚めた時、私の耳に入ってきたのは、新たなサーナ救出作戦の内容だった。