97.ネオミメシス
「じゃあ、行ってくる」
捕らえた男達をジェラルドに引き渡した後、直ぐに私は別の場所に向かおうとした。
早くメフィルに私という脅威を知らせないと……そのうち来るだろうなんて、そんな悠長な事は言ってられない。
「待て、ベリィ!」
エドガーは私を呼び止めると、紙に包まれたパンを差し出してくる。
「朝から食べてないだろ。少しは食べたほうが……良いと思うぞ」
言われてみれば、今日はまだ何も食べてなかった。
私は「ありがとう」と言い、それをエドガーから受け取る。
「俺達もこっちでの用が済んだら直ぐに追い付く。念話飛ばすから、そしたら居場所教えてくれ」
「分かった」
そう言って私は転移魔法を構築し、次の目的にへと向かった。
やってきたのは、アルタイルという都市。
以前一度だけ通り道として利用した事はあったけれど、街を観光した事は無い。
シリウスやプロキオンに比べたら小さな町で、住民も多いわけではないけれど、それでも立派な都市だ。
このご時世だから、犯罪者による事件は各地で頻発している。
この都市も、警戒しておくに越した事はないだろう。
そう思っていた矢先、魔力感知が唐突に強い魔力を拾ったのが分かった。
あの影使いの比じゃない……!
咄嗟に市街を離れるべく踵を返そうとしたところ、周囲は突然濃い霧に包まれた。
「何っ!?」
「キュイッ!?」
私のエタニティフォグと同じ……?
否、この濃さと範囲はそれ以上だ。
これだけの範囲で私を覆う程の霧を発生させるなら、必ず詠唱が聞こえるぐらいの距離に居るはず……
それも聞こえなければ、魔力感知によると敵は離れたところに居そうだ。
それが少しずつ、こちらに迫ってくる。
仮に無詠唱だとして、この威力……
進化型の固有魔法使いか?
例えば、私の持つ霧魔法は法陣の形を覚えるだけで使える通常魔法だけれど、稀にそれが進化して固有魔法化する事がある。
そうなった場合、一部の魔法は詠唱破棄で発動可能となるのだ。
霧魔法の進化固有魔法は……
「ハッハッハ、もうワタシの存在に気付いたのかね。流石は魔王の娘と言ったところだ」
聞いたことのない声、初対面だろうな。
けれど、敵の正体は何となく分かった。
霞魔法使いで、かつてリタとブライトによって倒された旧女神教の代表。
「どうしてアンタが生きてるの? オーディー・ムーンチャイルド」
霧のせいで姿は見えないけれど、奴は確かに近くまで来ている。
「初めまして、のはずだが……何故ワタシの正体まで知っているのかね? ベリィ・アン・バロル」
以前リタが話してくれた過去の話で、オーディーという男が霞魔法を使っていたと聞いた。
この魔力量と特徴的な口調からして、その本人である事は間違いない。
「そんな事はどうでもいい。なぜ生きてるのか教えろ」
「キュイーーッ」
リタの話によれば、オーディーはブライトが殺したはずだ。
まさか、あの時完全に死んでなかったのか?
「蘇ったのだよ、《《ネオ》》ミメシスとして」
ネオミメシス……お父様の偽物と同一の存在か?
奴は錬金術によって作られたホムンクルス……?
という事は、メフィルからの刺客!?
「アンタ、メフィルを知ってる?」
私がそう問い掛けると、オーディーは「ハッハッハ」と笑いながらこちらに歩いてくる。
「知っているとも。ワタシはメフィル様によって蘇らされ、キミを始末するよう頼まれたのだから」
確定だ。
遂に来た!
私を始末する為だけに送り込んだ、私の敵……!
これはチャンスかもしれない。
コイツを倒してセシルに調べて貰えば、メフィルの居場所に繋がるヒントが掴めるはずだ。
「そっか。じゃあ、倒すね」
私は濃霧を裂くようにロードカリバーを抜き、魔力解放の言の葉を詠唱する。
「統べろ、覇黒剣ロードカリバー」
相手が範囲系の魔法使いならば、こちらも闇魔法の範囲攻撃魔法で対抗したほうが手っ取り早い。
とは言え此処は市街地だから、住民達の建物には被害を出したくない。
先ずはこの濃霧をどうにかしないと……
炎で蒸発させる手も考えたけれど、霧の水分に何が混ざっているかも分からない。
一か八か、一瞬だけこちらの領域を生み出して、この霧を消滅させる。
「アポカリプス」
詠唱して発動後、直ぐに解除する。
闇魔法の長時間使用は、私はともかく魔法に耐性のない一般市民達の身体に負担を掛けてしまう。
この程度ならば、恐らく殆ど影響は出ないだろう。
領域を塗り替えたおかげで、こちらの魔法を解除した直後の視界で霧は晴れていた。
その直後、巨大な霧の手がこちらへと迫ってくる。
ヘイズグラスプか……無詠唱だとタイミングが分かりづらい。
私は並列思考で判断力を向上させて、どうにか避けているけれど、当時のリタはこれをほぼ一人で……やっぱり、リタは凄いな。
「グリムオウド」
怪物の手で霧の手を掴み、互いに押し合うような状態になる。
相手は強い……けれど、今の私のほうが上だ。
「ロードディストピア」
新たに生み出した怪物の手によって、更にオーディーの霧へと攻める。
霧の手はそれに押し負け、蒸発するように消えてしまった。
「やはり強いな、ベリィ・アン・バロル。だが、強くなったワタシを簡単に倒せるとは思わない事だ」
複製のクセに強くなった……?
まさか、だから《《ネオ》》ミメシスなのか?
このオーディーは、当時のオーディーよりも強いんだ。
コイツを倒す事が出来れば、今の私がリタに並ぶ実力を持っているという事が証明できる。
「終わりだ、フィアードアビシアス」
何も生け取りにする必要は無い。
死体を持ち帰れば、セシルの知恵の眼でコイツの記憶は読めるはずだ。
……妙だな。
こちらが止めを刺す寸前なのに、殆ど動きが無い。
しまった、罠だ!
「エリアミスト」
その瞬間、私の視界は突如として白く染まり、一寸先も見えない程の濃霧に覆われてしまった。