幕間 桜の騎士
「私のこと、囮に出来ないかな?」
ベリィ様のご提案に、私は強く反対出来なかった。
危険だと分かっているけれど、その作戦は確実である。
ジェラルドさんだけは最後まで煮え切らない様子だったけれど、そうしている間にもメフィルは陰で暗躍しているかも知れない。
私達には時間が無いから、多少危険な方法であっても確実な方法を選択する必要がある。
結局、私達はベリィ様に頼るしかない。
「ヴェロニカさん、大丈夫ですか?」
「は、はいっ!」
不意にセシル様から名前を呼ばれ、私は調子の抜けたような返事をしてしまう。
そう言えば、ゴルゴンさんの処遇についてどうするかをお話しているところだった。
あの後、私はゴルゴンさんに連れられて、直ぐにオークの村へと向かった。
騎士団を率いれば威圧になると考え、行ったのは私一人だけだ。
オークの皆さんには、ゴルゴンさんから今後メフィルが村に襲ってくるかもしれないという旨を説明してもらい、一時的にセシル様の監視可能な地区へ移り住んで頂くことになった。
これは既にセシル様からの許可を頂いており、場所はフロース山の付近と決まっている。
セシル様の人形と、使い魔のキラユラちゃん達によって仮の家を建て、既にオークの皆さんにはそちらで暮らしてもらっている。
当然、魔物が近くで暮らすことに対して抵抗を持つ民がいるかもしれないという事は想定していたけれど、皆は意外にもオーク達を受け入れてくれた。
恐らく理由は幾つかあり、一つはベリィ様のご活躍によって魔族への偏見が無く、それにより意思の疎通が可能な者ならば、魔物であっても上手くコミュニケーションが取れるかもしれないという考えを持っている事。
二つ目は、オークの居住区がセシル様の監視下である事。
カンパニュラ公国とその周辺は常にセシル様の監視下にあり、そのおかげかマレ王国に次いで犯罪が少ない平和な国である。
オークの皆さんは非常に温厚で、とても悪事を働くようには見えないけれど、万が一の事があった場合は直ぐにセシル様が動いてくださる。
居住区の出入口ではカンパニュラ騎士団の団員が交代で見張りをしている為、メフィルの刺客らしき何者かの襲撃を受ける可能性も限りなく低いはず。
そうして、私が今セシル様と話し合っているのは……
「養蜂、いいお考えですね。オークの方々に手伝って頂くのも悪くないかも知れません」
先日、オークの村長さんが見張りの団員に
「住まわせてもらうのだから、何かできる事があれば手伝わせて欲しい」
と提案してきてくださった。
カンパニュラでは養蜂が盛んだけれど、各国で蜂蜜の需要が上がるにつれて養蜂家の方々の負担も増えてしまっている。
私はそれをセシル様に話し、オークの方々にも養蜂を手伝ってもらえないかと提案していた。
「オークの皆さんは力持ちですし、養蜂家の方々のご負担も減るかと……」
「そうですね、わたくしの方から養蜂場の方々に一度お話させて頂きましょう。居住区とも近いですし、オークの皆さんがやって来た時もあの方々は歓迎されていましたので」
「ありがとうございます……! それでは、私は任務の方に戻らせて頂きます」
「ええ、お気を付けて。あまり無理をしないように、ですよ?」
「……はい」
オークの方々の件は、これでひと段落。
セシル様のお部屋を出た私は、外で待機してくださっていたルカさんの元へ向かった。
「あ、お疲れ様でした」
「お待たせしてしまってすみません」
「いえ、では戻りましょうか」
私はルカさんの転移魔法で、カンパニュラからシリウスへと移動した。
一刻も早くサーナさんを救出し、メフィルを倒さなければ……
私に出来るのは、ベリィ様をサポートする事のみ。
「私が、リタさんのように強ければ……」
ルカさんと別れた後、私は日の傾く街の中でそう呟いた。
人族最強と呼ばれた刻星の英傑……あの方のようにもっと上手く戦えていれば、メフィルを倒す事ができたのだろうか?
メフィルが動き出したのは、リタさんが亡くなった直後だ。
奴にとって、リタさんはそれだけの脅威になり得たという事になる。
私が、もっと……
自分があまりに不甲斐なくて、思わず涙を溢してしまった。
泣いている場合ではない。
聖剣使いとして、カンパニュラ騎士団長として、もっと強くなってみせる。