95.魔王の力
事件というものは、比較的都会から少し離れた場所で起こりやすい。
特にシリウスでは聖騎士団が巡回しており、騒ぎを起こせば直ぐに捕まってしまうのは目に見えているだろう。
となれば、標的にされやすいのは……
シリウスの姉妹都市、プロキオンだ。
バーンが行った時は特に異常が無かったらしいけれど、当然ながら潜伏している可能性もある。
プロキオンにやって来た私は、深くフードを被り街の周囲を探り始めた。
バーンの言う通り特に異常は見当たらないけれど、私の魔力感知が先程から妙な気配を感じている。
「キュイ」
それはルーナも一緒らしく、何かを警戒するようにキョロキョロと周囲を見回していた。
魔力感知。
これは昨日目覚めた時に、アビスの魔力を感知した事でその存在に気付いたのである。
闇魔法が暴走した事による影響なのか、私は幾つかの新たな魔法が使えるようになったらしい。
魔力感知はそのうちの一つであり、主に上位種の魔物が持っている能力のようだ。
しかし不審な魔力は感知できても、それが大きな反応を見せない限りは居場所を掴むことが出来ない。
闇雲に探し回って警戒されるのは困るし、相手が動き出すのを待つしかないか。
そう思っていた矢先、不審な魔力が大きく波打つのを感知した。
魔法を発動した時の反応だ……!
今なら位置が分かる!
「行こう、ルーナ」
「キュイッ」
私は魔力の波を感知した場所の付近までワームホールを繋ぎ、物陰からそちらを覗き込む。
そこは公爵家の館のようで、やけに人通りの少ない町の中、館の門の前に立っていたはずの門番はその場に倒れていた。
相手は常に魔法を発動しているらしく、私の魔力感知が強力な魔力の波を拾い続けて脳内の警鐘が鳴り止まない。
隠密行動を取っているようだけれど、相手は強いだろう。
被害者が増える前に、早く止めないと。
私は勢いよく空に飛び上がり、上から館を見下ろす。
見えたのは、館の中に居た兵士を捕らえている黒い影……まさか、影魔法か?
通常魔法である影魔法は、誰でも使うことが出来る。
しかしこの影魔法……否、考えている暇はないな。
先ずは助けなきゃ。
「グリムオウド」
地面を這わせた怪物の手によって兵士を拘束する影を掴み、その隙に私は兵士を抱えて救出する。
「エタニティフォグ」
助けた兵士に顔を見られてはまずいと思い、咄嗟に霧を発生させた。
視界は悪くなるけれど、それは相手も同じだ。
それにこの感覚、やはり間違いない。
「なんだぁ? 突然割り込んでくるとは良い度胸じゃねーか」
その声にも聞き覚えがある。
あの時、カンパニュラへと向かう途中の森で私たちを襲った野盗のリーダー、影魔法使いの男だ。
「やっぱりアンタだったのか。こんな所に居たとはね」
「その声……おい、お前まさかあの時のガキか? 忘れもしねぇ! 俺はテメェらのせいで捕まったんだ!」
何を言うかと思えば、他人のせいにするのはやめて欲しい。
「スペイリデュース」
空間を削る魔法により、影使いとの距離を一気に詰めた私は、念魔法を込めた足で地面を強く踏み込む。
「グリムオウド」
私自身から出した怪物の手で握り拳を作り、それで思いっきり影使いを殴る。
「ぐはっ……!」
影使いを館の敷地外に出すと、そのまま人気の少ない郊外まで飛ばした。
「クソッ、ガキがぁ! シェードダイヴ!」
着地地点に影があり、そこへ潜られてしまった。
逃げられただろうか?
否、魔力感知の警鐘は鳴り止まない。
「シャドウグラスプ!」
後方からの攻撃……私はロードカリバーを抜き、魔力を込めた。
「統べろ、覇黒剣ロードカリバー」
迫ってきた影を縦に斬ると、それは切れ目から枝分かれして私を取り囲んだ。
なるほど、こういう使い方も出来るのか。
「飲み込め、シャドウスワロウ!」
突如として私の周囲に広がり、覆い被さる黒い影。
警鐘が無くても、これに飲み込まれてはまずいと分かるほどの魔力を感じる。
「ワームホール」
すぐさま影の中から抜け出し、影使いの正面に移動した。
なるほど、あの時はリタが簡単に倒していたけれど、この影使いは結構強かったんだ。
当時の私なら、多分勝てなかっただろうな。
「アンチグラビロウル」
反重力により身体を軽くし、ロードカリバーに魔力を込める。
今の私は、言うなれば一人で三人分の力が出せる。
言い方が単純過ぎるかもしれないけれど、実際それに近いような状態だ。
並列思考魔法。
これにより一度に幾つもの動作が処理出来るようになった。
思考はそれぞれ、情報、肉体、魔法に分けており、扱いは難しいけれど以前よりも動きやすい。
「このクソガキ!」
身を守る為か、もしくは攻撃の為か、影使いは自身を覆うように黒い影を広げた。
あれに突っ込めば、恐らく先程のように私自身が飲み込まれるだろう。
だったら尚のこと、正面から攻撃したほうが確実に倒せるじゃないか。
「魔力、フルパワー……」
暴走の影響か、ルーナの力を借りなくても100%の魔力が出せる。
二つの法陣に最大まで魔力を込め、私はロードカリバーを構えて踏み込んだ。
「インフェルノハデシス」
地獄の業火を纏ったロードカリバーで影を斬り裂き、影使いの男に刃が到達する寸前で止める。
これが、魔王の力だ。
「がああああああああっ!」
男は炎に焼かれながら、私の目の前で倒れ込む。
コイツも一応は人間なんだ。
殺さずに捕まえて、ジェラルド達に引き渡したほうが良いだろう。
全力を出したのに、身体が壊れるどころか痛みすら感じない。
痛覚が鈍っているだけかもしれないけれど。
「キュイ〜……」
少し俯いていた私の顔を、ルーナが心配そうに覗き込んでくる。
「平気、ありがとう」
お父様には及ばなくとも、今ならリタと並ぶぐらいの実力はあるはずだ。
リタと違って、私なら無制限に魔法が使えるから、もっと多くの民を助ける事ができる。
「ベリィ!」
不意に私を呼ぶ声がした方を見ると、エドガーがこちらに走ってきていた。
わざわざプロキオンまで来ていたのか。
「まさかと思って来てみたが、やっぱりここに居たか」
「うん、倒したよ。まだ生きてるから、影に気をつけて拘束お願い」
そう言って影使いの男をエドガーに引き渡した私は、ロードカリバーを鞘に収めて転移魔法を構築し始めた。
「ベリィ、待ってくれ!」
エドガーに呼び止められ、私は魔法の構築を中断する。
「なに?」
「メフィルについて少し調べたい事があるから、一度パーティーメンバーで集まりたい。それと、今後ベリィの行動には俺も同行させて欲しいんだ」
確かに、そっちも大切だ。
とは言えエドガーが私に同行したいだなんて、やっぱり信用されてないのだろうか?
「ごめん、そうだね。また暴走されたら困るもんね」
「そうじゃないんだ、ただ心配ってか……お前に無理して欲しくない」
エドガーは優しいな。
だからきっと勇者に選ばれたんだ。
もしも私があの時みたいに暴走したら、それを止められるのはエドガーか……
ふと、視界の端で僅かに光るものが見える。
蜘蛛の糸だ。
それを伝って、1匹の蜘蛛がこちらを見ている。
アビスの眷属だろう。
こうして私の行動を監視して、万が一暴走したらまた止めてくれるように準備しているのか。
私なんかに労力を割かせてしまって申し訳ない。
「……わかった」
何にせよ、不測の事態に備えるに越したことはない。
一先ず話し合いがあるらしいので、私はエドガーと共にシリウスへと戻った。