94.ただ黙々と
シリウスの手前まで転移した私達は、門番にどう伝えようか考えながら街の方へと歩いて行く。
明るい場所に出て気付いたことがあるけれど、やはりミアの様子が以前と違う。
胴が少し太くなっただけでなく、薄紅の鱗はより一層美しさを増している。
それに、以前よりも美人になったような……
「ミア、もしかして何か変わった?」
私が問い掛けると、ミアは思い出したように「あっ」と言い、笑顔で自身の身体を少しくねらせて見せた。
「そうでした、実はわたくし……進化したのです」
「進化……!?」
そうか、ミアは魔物だから上位種へと進化することが出来る。
ラミアの上位種、という事は……
「このミア、ラミアからエキドナに進化致しました。少しでもベリィ様のお役に立ちたいと思い、迷宮で鍛えていたのです。わたくしは以前よりもずっと強くなっておりますので、なんでも頼ってくださいね!」
エキドナって、蛇の最上位種だ……!
ミアがそんな神話級の魔物になったなんて、まるで信じられない。
けれど彼女から伝わってくる魔力は、確かに以前と比にならない程のものだ。
「エキドナ……凄いね、ありがとう」
ミアが私の為に強くなってくれたのは凄く嬉しいけれど、この戦いに巻き込んでしまったら、今度こそ本当に彼女を失ってしまうかもしれない。
そうならない為にも、私が頑張ってみんなが戦わなくてもいい世界にするんだ。
「そこ、何者だ!?」
不意に声のしたほうを見ると、門番達が武器を持ってこちらに走ってくる。
まずい、ミアは魔物だから怪しまれるのは当然だ。
「あ、えっと……私は……」
「ベリィ、なのか……?」
更に背後から声をかけられたかと思えば、それは聞き覚えのある男性の声だった。
後ろを振り返ると、酷く疲れた様子のエドガーが立っている。
「エドガー……!」
彼の顔を見た直後、私は思わず涙が溢れてしまった。
きっとエドガーの事も沢山傷付けてしまったのだろう。
刑務所が壊され、逃げた凶悪犯をずっとさがしていたのかな?
それなのに、私は身勝手に暴走して……
「よかった、ベリィ……ずっと探してたんだ。ああ、無事でよかった……」
エドガーはそう言ってこちらに歩いてくると、ミア達メイドのほうにも目を向ける。
彼女らがエドガーに会釈すると、エドガーもそれに会釈で返した。
「あなたは……確か……!」
「ベリィ様のメイドで、ミアと申します。あなたが勇者様ですね?」
そういえば、エドガーはミアのアンデッドが現れた現場で一緒に居たんだ。
混乱しているだろうから、詳しい事情は後で話そう。
「ええ、はい。と、とりあえず中へ。ちょっとジェラルド団長を呼んでくるから、ここで……」
「ベリィ殿!」
「お嬢! え、姐さん!?」
エドガーがそう言うや否や、ジェラルドとウールが門の方から駆けてきた。
ウールはミアの姿を見て驚き、そう叫んでいる。
「ベリィ殿、無事か!?」
「ごめんね、詳しい事は中で話したい」
ジェラルドにそう伝え、私達は一先ず自警団の会議室へと向かった。
「ベリィさん……!」
「ベリィ!」
私のために急きょ皆が集まり、ルカとシルビアも部屋に入って来る。
シルビアは泣きながらこちらに走ってくると、そのまま私を強く抱きしめてきた。
「よかった……ごめん、ベリィ……あーし何もしてあげれなくて……」
「シルビアが謝る事なんて無いよ。サーナのこと、説得してくれてありがとう」
あの時、シルビアが居なかったらサーナを説得出来なかったと思う。
何も出来なかったのは私のほうだ。
そのせいでサーナを救えなかったし、シャロだって……
それから私は、あの後のことを全てみんなに話した。
つい先ほど目覚めたばかりだという事、迷宮のアビスに助けられた事、ミア達の事も……
暴走してしまったことを謝罪すると、シルビアはまた私を抱きしめて「いいんだよ、ベリィは何も悪くない」と言ってくれた。
シルビアも他のみんなも、優しいから私を許してくれるんだ。
私のせいで、メフィルを取り逃したようなものなのに。
「キュイ〜……」
「大丈夫だよ、ありがとう」
ルーナのことは、またセシルが面倒を見ていてくれたらしい。
私に元気がないと思ったのか、頬擦りで慰めてくれているようだった。
更に、セシルからはシャロについての話を聞かされた。
シャロがいる病室へ行くと、確かに彼女はベッドの上で横になっている。
手首に触れても脈はないけれど、その肌にはまだ温もりがあった。
それどころか、まるで高熱を出している時のように熱い。
「太陽より残火が尽きし時、そこに神の御使いあり。太陽に火が焚べられし時、黎明を訪う魔法が汝と共にあらんことを……今分かるのはそれのみですが、いずれシャロさんに何かしらの影響が出ることは確かでしょう。彼女の目覚めを信じるほかありません」
私はシャロがまだ死んでいないかもしれないという希望に、また涙が溢れてしまう。
「シャロ……お願い、目を覚まして……シャロ……」
そうして暫く泣いた後、私はシルビアとルカに連れられて家に帰った。
魔族のメイド達が泊まる場所は国が用意してくれることになったけれど、魔物であるミアはあまり人目に触れてはまずいという事になり、私と一緒にシルビアの家で暮らすことになった。
この日から、視界に映る世界の色が薄くなった気がする。
実際に薄く見えるのか、気のせいなのかなんて分からない。
それほど些細な変化だけれど、少なくとも私は自身の変化に気付いてしまった。
鏡に映った私は、もはや化け物だった。
三日月のようだったツノは黒く染まり、白い罅のような模様まで入っている。
更に顔の左目のあたりは黒く変色し、自分から放たれる威圧感も増しているように感じた。
帰ってきた私を見た民衆が怯えていたのはこれか。
みんなは優しいから指摘しなかったのだろうけれど、こんな姿では外を出歩けない。
「……隠さなきゃ」
私は一先ず自分のツノと左目を包帯で巻き付けようと考え、その日は寝てしまった。
早朝、重い身体を起こして自身のツノと左目に包帯を巻く。
そうしてリビングに向かうと、ミアが料理を作っていた。
「ベリィ様……! おはようございます」
「おはよう、ちょっと出掛けてくる」
「あの、朝食は……!」
「ありがとう、あとで貰うね」
私はそう言ってロードカリバーを背負い、家を飛び出した。
身体は重いけれど、休んでなんが居られない。
みんなは逃げた凶悪犯を探しながら、街の見回りをしているんだ。
交代制でやっているなら、この時間でも誰かしら居るはず。
一刻も早く捕まえて、サーナを助けに行かないと……
「あれ、ベリィ……様? じゃねぇか。って、その頭……怪我……じゃねえよな、悪い」
不意に脇道からやって来て声を掛けてくれたのは、シルビアの兄であるバーン・フォクシーだった。
彼はあの時に見た鬼人の姿ではなく、人族の姿をしている。
こうして見ると、やはり顔立ちはシルビアに似ているかもしれない。
バーンは包帯で巻かれた私の頭に驚いた様子だったけれど、触れてはいけないと思ったのか直ぐに謝ってきた。
「おはよう、大丈夫だよ。あの姿じゃとても人前には出れないから、隠してあるんだ」
「そうか。あ、なんか用事? 最近物騒だから、良かったら送るぜ?」
「平気、あなたに用があるから。ちょっと話があるんだけど、時間ある?」
「え、ああ、良いけど。んじゃ、ちょっと行くか」
バーンはそう言って、私を自警団まで連れて来た。
建物の前にはルークとヴェロニカが立っており、二人で何かを話している。
「あ、ベリィ様!」
ヴェロニカは私に気がつくと、いつものように優しい笑顔を向けてくれた。
ルークも私に会釈した後、バーンに向けて手を振っている。
「ふぁ〜あ、ねみぃねみぃ……プロキオンも異常なしだが、どこかに潜伏しているのは確かだ。念のため向こうの見回りしてる兵士にも改めて警戒するよう伝えといたが、逃げた犯罪者の中にはかなり腕の立つ奴もいる。でけぇ事が起こる前に捕まえねぇと」
バーンはそう言って、自身の腰に携えた灼炎剣ヒートルビーに手を触れた。
彼がサラマンダーに託された、火を司る四霊聖剣。
剣の柄に埋め込まれたルビーは、まるでサラマンダーの魂がその中で生きているかのように、燃えるような赤色をしている。
刑務所の襲撃は大きな事件となったけれど、民はそれに気を取られて私達がアイテール帝国に潜入していた事を知らない。
あの一件はメフィルとしても大事にしたくなかったようで、自らこちらの刑務所を襲撃してカエルムでの出来事を有耶無耶にしたかったのだろう。
とは言え、敵が多いのは厄介だ。
「ルーク、私にも手伝わせて。数は多いほうが良いでしょ?」
私の提案に、ルークは少しだけ迷ってから頷いた。
「分かった。でも、大丈夫? サーナさんも探さないとだよね?」
「サーナの手がかりを探しながらでも出来る。私なら無制限に転移魔法が使えるから、みんなより探す範囲は広げられるはずだよ」
昨日、皆で集まった際に話したのは、メフィルの捜索及びサーナの救出についてだった。
そこで私達は、これを実行する為のパーティーを組んだのだ。
そのメンバーが、エドガー、ルーク、バーン、ヴェロニカ、ジェラルド、そして私を入れた6人である。
急な戦闘が起きても良いように腕の立つ面子を集めたけれど、凶悪犯の捜索と町の見回りにもそれなりの戦力を持つ者が必要だ。
そこで、ルカやシルビア、そしてアステロイド冒険者の人達にはそちらを担当してもらう事になった。
そうして役割を分担したは良いものの、逃げた者達を早く捕まえるに越したことはない。
これは私の失敗なのだから、私が始末しなければいけないんだ。
「確かに……並行して出来るかもしれないけれど、無理はしないでね。大変だったら、いつでも僕達に頼って」
「うん」
私はそれだけ伝えると、再びシルビアの家に戻った。
本当なら今直ぐにでも出たいところだけれど、折角ミアが朝食の用意をしてくれたんだ。
お腹も空いているし、食べてからにしよう。
家に戻ると、ルカも起きてミアと一緒に朝食の準備をしていた。
「ベリィさん、おはようございます。ミアさん、早朝から凄い手の込んだものを作ってくださっていて……何だかすみません」
「いえいえ、わたくしはこちらに住まわせて頂いている身ですから……これくらいの事はやらせてください」
ミアは相変わらず優しいな。
アビスを見ていても思うけれど、結局魔物も人族や魔族と同じだ。
否、全く違うのかもしれないけれど、その壁を超えて互いに認め合えるのだと思う。
私はミア達が用意してくれた朝食を食べると、直ぐに外出の支度をした。
「ベリィ様、行かれるのですか……?」
「うん。サーナのこと、早く助けないとだから」
「……そうですね、どうかお気を付けて」
私のことを小さい頃から知っているミアからすれば、私なんてまだ子供なのだろうけれど、もう周りから心配されるほど弱くはない。
「じゃあ、行ってきます」
「キュイッ!」
私はルーナを肩に乗せ、逃げた凶悪犯を探すべく家を出発した。
もう誰も傷付けさせない。
私が終わらせるんだ。
ただ黙々と、やるべき事をやれば良い。
「ワームホール」
先ずは少しずつ空間を移動して、怪しい気配が無いか調べていくとしよう。